第43話 県2部リーグ 第2節
2018年5月22日(火) Vandits事務所 <冴木 和馬>
東京から朝イチで高知へ常藤さん・中堀と共に移動し、その足で事務所へ向かった。何とか午前中に事務所に到着した。事務所にはスタッフは揃っていたので、東京本社であった事を報告する。
やはり一番驚かれたのは真子の退社とデポルトへの入社だ。特に坂口さんは本当に驚いていたが、坂口さんには設計部の主任は坂口さんで変えるつもりはない。今後も宜しくと伝えた。坂口さんからすればやりづらいかも知れないが、そこをしっかりと仕切ってくれなければこの先も任せる事が出来なくなる。
そしてリサーチ部の高知別班が来てくれる事になった事も伝えると、これは営業部も広報部も本当に喜んでいた。今まで全員で何となく兼務していた現地のリサーチを別班と共に動けるようになるのは非常に助かる。とりあえずは別班の入手を主任に置き、リサーチ部として正式に立ち上げる。
そして常藤さんが事務所を出て部屋を借りる事を報告すると、北川と高瀬も借りる事にすると報告された。ほぼ全員が家賃を会社に半分出して貰いながら部屋を借りているのに、いつまでも自分達だけ家賃がいらない生活が心苦しかったようだ。
そこで、雪村さんからの提案もあり、安芸市内でリフォームしてこの間完成した築13年の8部屋のアパートを一般賃貸では貸し出さず、社員寮とする事にした。リサーチ部の塩川もいるので男子寮として開放しても良いだろう。サッカー部にも部員寮から移りたいメンバーを聞いてみるか。
ここで秋山から質問される。
「新入社員がもし転属願い出してくれたとしたら、いつぐらいに分かるんですか?」
「おそらく皆が新入社員の時に配属希望を提出する期限があっただろ?あれと同じ時期になるはずだ。多分6月中旬には分かると思う。でも、....まぁ、あんまり期待しないでくれ。」
俺が気まずくそう言うと全員の目線が常藤さんに集中する。常藤さんは目を閉じて「今回もやらかしました。」と簡潔に報告した。すると、皆は楽しそうに笑い、「冴木さんらしいなぁ」と軽く流してくれた。
「じゃあ、北川と高瀬は契約書書いたら雪村さんから鍵受け取って暇な時に引っ越ししといてくれ。引っ越し業者は会社費用で呼んで構わないから、それも雪村さんに相談してくれ。あと、元々置いてた家具も持って行って構わないからな。ベッドとか。置いてても処分しなきゃならなくなるし、空いた部屋は部署ごとの部屋にする予定だから。」
「分かりました。」
デポルト・ファミリアの新しい体制に向けての準備が始まった。
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2018年5月27日(日) 高知春野陸上競技場 球技場 <有澤 由紀>
【高知県社会人サッカーリーグ2部 第2節 対 FC南海】
今日は待ちに待った県2部リーグの第2節です!私がデポルト・ファミリアで委託社員としてお世話になるようになって初めての公式戦!そりゃぁ、もう気合が入りますっ!!
前節でもアルバイトとしてお手伝いには来ていましたが、今日は何と言っても前節を快勝しての第2節ですから、勢いが失われていないか非常に重要な一戦です。
正直言うと県2部クラスでは地域によっては趣味で集まっているチームがコンスタントに試合がしたいと言う理由で県リーグに所属している事も多いので、ヴァンディッツのような企業チームからするとかなり物足りない試合になる事が多いのです。そして、ヴァンディッツにとって少し不利となるのは高知県の2部リーグに加盟しているチームは長年2部にいるチームが多く、チーム間の交流も多い事から「こないだ試合した〇〇ってこう言うチームだったよ」と言うような情報交換が当たり前のように行われています。
なので、ヴァンディッツが相手チームに対して何もデータが無いのに相手チームはざっくりとでもこちらのデータを持っていると言う状況が多く、恐らく県2部の間はずっと付きまとう事になります。しかし、チームとしてはそれでも問題なく昇格出来るチームで無ければ地域リーグには挑戦出来ないと考えています。
カメラを構えて準備万端です。
今日のスタメンは前節で得点を決められなかったFWの飯島君と鈴木君の2トップが起用されました。試合前ミーティングでも板垣監督が珍しく「二人にはここでしっかりと結果を残して貰いたい」とプレッシャーにもなるような言葉をかけていました。
MFもスタメン安定だと思っていた八木君を控えに回し、右サイドで出場機会の多かった大野さんを中盤の攻撃的位置に置いて、五月君と二人でゲームメイクをさせる意図があるような布陣となりました。
DF陣はもう安定と言っていいCB大西君、右SB和瀧君、左SB青木君の「上本食品トリオ」が務めます。練習時や他の試合でもやはりこの3人が一番安定しています。ある意味、GKを外したポジション争いで最も厳しいのはDF陣かも知れません。
試合が開始されました。しかし、相手はあまり積極的にボールを奪いに来ません。やはり前節のチームから情報は来ているのでしょう。しっかりとサイドハーフの二人にマークが付き、最終ラインは4バックと守って一発カウンターを狙う事がありありと見える戦い方です。
しかし、そこはうちもしっかりと対応します。相手が攻めてこないならばこちらの最終ラインを上げて前線との間を狭くする事で相手がボールを追いやすい環境をわざと作ります。よっぽどに統率されたチームで無ければ、目の前に取れそうなボールが流れると無意識に取りに走ってしまいます。それが、狙いです。
こちらは右左へとボールを動かしながら、規律良く守ろうとする相手最終ラインを誘い出します。五月君が中盤をドリブルで駆け上がろうと言う姿勢を見せた瞬間、右サイドの馬場さんに貼り付いていた相手の選手がボールを取れると思ったのか馬場さんから目を離します。
その瞬間、馬場さんはすかさずマークを剥がし一気に右サイドを駆け上がります。こうなるとゴール前中央をしっかりと守っていた4バックの一人は馬場さんを追わなくてはならなくなります。
そこをしっかり五月君は大野さんとのワンツーで突っ込んできた選手を躱し、馬場さんにボールを出すと見せて、タイミングよく最終ラインを突破した飯島君にラストパスを通します。これを飯島君が落ち着いて決めて、前半15分にVandits安芸が先制します。
今日もたくさん駆けつけてくれた応援の皆さんの歓声が響き渡ります。
「飯島っっ!!ドンドンドン!!飯島っっ!!ドンドンドンッッ!!!」
えっ!?ゴールした飯島君のコールが起こります!いつの間にこんな練習してたの!?コールが終わると国人衆の三原さんと冴木さんの息子さんの拓斗君が上手くいったねとばかりにハイタッチしています。なるほど。今、うちの応援を引っぱってくれている二人のおかげでしたか。思わずカメラを向けてシャッターを切りました。
こうなると守備からのカウンターを狙うチームはきつくなります。専守速攻は相手が攻めてくるからこそ成り立つ戦術です。こちらは1点を取った事で焦って攻める必要は無くなります。相手は積極的にボールを取りに行かざるを得ないのですから、当然フォーメーションに綻びが生まれます。
アマチュアサッカーを10年以上見続けて来た程度の私の目ですが、ヴァンディッツの中盤ははっきり言って地域リーグに行っても勝負出来る人材が揃っています。そこからボールを奪ってと言うのは今日の相手では少し厳しいと言えます。
そして段々と相手の最終ラインと中盤の連携が取れなくなり、うちの前線へのパスが面白いように通り始めます。しかし、そこで更に相手の隙を突けるのが五月君の良い所。中央のパス回しに完全に意識を取られていた相手チームは、いつの間にかマークを外した高瀬君への注意を怠ります。綺麗なサイドへのパスが通り、少し後ろ目から中へ上げたパスを身長を活かした飯島君が難しい後ろからのクロスをヘッドでボールの方向を変え、ゴールネットを揺らします。前半32分、2点目を取り前半を終えます。
後半はFWの飯島君をベンチへ下げ、鈴木君の1トップへフォーメーションへチェンジ。DFを1枚増やし右SBに岸本君を置き、和瀧君と大西君がCBとして迎え撃つ初めての形が取られました。FWの鈴木君には相当にプレッシャーのかかる後半戦となりました。
再三のチャンスになかなか決め切れません。相手DFよりも身長・体格共に劣る鈴木君へのサイドからのクロスは厳しいと判断し、鈴木君が最も得意とするラストパスへの飛び出しを狙います。しかし、これは当然相手も分かっておりしっかりと鈴木君にマークが付き、なかなか振り切れません。
それでも五月君、そして及川さんはまるで千本ノックかのように鈴木君へのラストパスを狙い続けます。そして、後半40分。大野さんが囮となり相手DFを引き付けた隙を五月君のラストパスが綺麗に通り鈴木君に待望の初得点が生まれました。
試合は3対0で勝利しましたが、内容的にはかなり厳しいモノとなった事は間違いありません。相当なプレッシャーだったのか、得点を決めた鈴木君は試合終了後のミーティング中に涙を流すシーンも見られました。
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《では、第2節を勝利しましたVandits安芸の板垣監督にお話を伺います。開幕2連勝おめでとうございます。》
ありがとうございます。厳しい要求に応えてくれたメンバーのおかげです。
《今日は飯島選手・鈴木選手の2トップ。開幕戦でハットトリックの中堀選手を外す決断をされました。その意図はなんでしょう?》
今、チームの最大の課題として取り組んでいるのが、元々チームを組んでいたメンバーにセレクションで加入してくれたメンバーがいかにフィットして新たな可能性を見せられるかと言う事です。その中でもやはり攻撃陣に関してはこの県リーグからどんどんと新しい事に挑戦して引き出しを増やしていかないと、上のリーグへ進んだ時に間違いなく厳しくなると考えていました。
《その中で飯島選手の2得点。鈴木選手は苦しみながらも初得点を挙げて期待に応えてくれましたね。》
そうですね。鈴木に関しては高校時代もレギュラーを張っていた訳でも無かった中で、本人は相当なプレッシャーだったと思います。特に前節で良い勝ち方をして、この試合の前半も良い流れに乗れていましたから。そう言った意味で自分が試合を壊せないと言う怖さはあったかと思いますが、しっかり得点を決めてくれました。これは本人にとっても相当な経験になってくれたと思います。
《来月の第3節に向けて意気込みをお願いします。》
はい。変わらずやっていく事は同じだと思っています。今日もスタンドに駆けつけてくれた国人衆・サポーターの皆さんの声援に背中を押してもらいました。その期待を裏切らない内容を続けていきたいと思います。
《ありがとうございます。以上、板垣監督でした。》
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同日 試合会場 <冴木 和馬>
試合が終わりお見送りタイムも含めて皆が試合場外の広場へと移動した中、俺はメイン観客席の反対側、バックスタンドと呼ばれる三列の長いベンチが据えられている応援席の端に向かう。
そこには白のポロシャツに紺のスラックスパンツ、黒のベースボールキャップを被った男性が一人、試合が終わり観客も関係者もいなくなった観客席で座っていた。俺はその男性の隣に何も言わず並び座る。
「良い試合だったね。」
「まだまだです。第1節も来ていただいてましたね。ご挨拶出来ず申し訳ありませんでした。」
「いや、どの面下げてと言われれば何も言えない。しかし、どうしても気になってね。」
俺の隣に座っているのは、上本食品代表取締役社長の上本悟郎さん。司達が勤務していた会社の社長だ。彼は司達が会社を辞めた後も練習試合や公式戦を欠かさず見に来てくれていた。練習試合の時には試合後に挨拶しようと思ったら既に帰られており、第1節では笹見会長が来ていた事もあり挨拶しようと目線を向けると頭だけ下げて帰られてしまった。
やっとご挨拶が出来る。
「国人衆の登録、ありがとうございます。」
「さすがに実業団チームを認めていない社長が企業名でスポンサーになる訳にもいかなくてね。ホームページへの名前の記載も控えてくれたそうだな。改めて礼を言わせてくれ。」
「いえ、しかし良いんじゃないですか。プライベートで来られているんですから。楽しんでいただきたいです。」
「そうだな。そうなれるようにしたいものだ。」
上本さんは個人で国人衆の登録をしてくれ年間50万円のサポーター料を支払ってくれた。当然だが、個人としては一番高額で、昔の武将で言うなら国人領主の中で最も勢力がある武将と言える。
「まだ公式戦2勝ですが、いかがですか?彼らを見て。」
「君がここまで注力する理由が分かった気がするよ。久しぶりにスポーツで胸を熱くさせて貰った。」
「いつか上本さんにも譜代衆として応援したいと言ってもらえるようなチームに成長させます。」
「そうか....では、私も必要ないと言われないように会社を盛り立てないといけないな。」
二人で静かに笑う。そして上本さんは「では、また来月。」そう言って立ち去った。大人ってのは面倒だ。彼は彼で父親が理想とする会社と自分が目指す会社の狭間で藻掻いているんだろう。俺や笹見建設さんとはまた違った苦しみが彼にはある。
上本さんの背中を見送った後、そっとまた座席に座り、
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