第42話 緊急役員会
2018年5月21日(月) (株)ファミリア 会議室 <冴木 和馬>
緊急の役員会が始まる。俺は誰よりも先に会議室に入り、皆が到着するのを待っていた。今日までの間に真子とは何度か話をした。しかし、真子の決意は固くファミリアを辞める事は変わらないとハッキリ断言された。
そして、今日の朝に林から高知別班を務めてくれていたリサーチ部の3人のデポルトへの異動が正式決定したとメールが届いた。本人達には勤務前に伝えて「今日はこのまま退社して良い」と伝えたが、やりかけの物や引継ぎ等もあるので今日は残ると言われたそうだ。あとで顔を出そう。
会議室に林・高野・トモ・岩崎・常藤さん、そして真子が入って来る。全員が着席し、俺が声をかける。
「では、冴木真子役員より役員退任と(株)ファミリア退職の願いが出された為、緊急の役員会を行います。まず、冴木役員からは時期は会社にお任せするが、早い段階での役員退任をお願いしたい旨とそれと同日をもって退社したいとの事でした。冴木役員間違いありませんか。」
「はい。この度は急なお願いとなりまして、誠に申し訳ありません。役員の皆様には....「真子さん!!理由はなんですか!?」」
真子の言葉を岩崎が遮る。目にはもう溢れそうなほど涙が溜まっている。岩崎にも理由を話していないのか。
真子はふぅっと息を吐いた後、寂しそうな笑顔で話し始める。
「林君からもトモ君からも、もちろん晴香ちゃんや和馬からも理由を聞かれた。でも、これと言った理由が見当たらないの。私としては自分達が必死に守って来た、育て上げて来た会社が、こんなにも簡単に社内の誰かの成功を妬ましく、疎ましく感じて全体の業務に影響を生んでしまうような会社になってしまった事に大きな責任を感じてしまったって感じかしら。」
「それだったら!真子さんだけの事じゃないじゃないですか!?私達、役員全員に管理職全員に責任はあるでしょ!?」
「そうね。確かにそうなんでしょうね。でもね、私の中でもうこの会社にあの時のようなワクワクした感情を持てなくなってしまったのよ。そんな人間が会社を束ねる、大きな決定権を持つ役員にいるなんて、社員達が可哀想よ。」
この会社に魅力を感じなくなった。言い換えればそう言う事だ。岩崎も呆然とした表情で背もたれに倒れ込む。あの仕事人間で何をしてても気力がみなぎり、皆の先頭を走っていた真子の発言だとは思えなかった。
「だから、役員として、社員として果たすべき責任を遂行出来ないと判断したから辞任届を提出しました。」
誰もそれ以上追及出来ない。重苦しい雰囲気の中、林は確認しなければならない事を真子に聞く。
「退社した後はどうするつもり?専業主婦になるの?」
「今でも専業主婦みたいなもんだからね。それも悪くないんだけど、次に受けようと思ってる会社はもう決まってるの。」
皆の背中に力が入るのが分かる。ファミリアを支えて来た設計士が他社に行く。それがどれだけ大きな損失になるか。何とか引き留められないだろうか。そんな事を考えているのだろう。
「どこの会社だ。」
「デポルト・ファミリアよ。」
俺以外の役員達の思考が一瞬止まった感じがした。岩崎が慌てて話し始めた。
「だったら、役員だけ辞めて異動願いで良いじゃないですか!?会社辞める必要無いじゃないですか!」
岩崎の言い分は尤も。俺や常藤さんたちのように本社からの出向扱いも出来るだろうし、いくらでも方法はある。
「晴香ちゃん。この会社に役員や社員として残りたくないのよ。だから、一子会社の見習い社員としてスタートしたいの。確かに本社と言う大きな鳥かごの中にいる事は分かってる。私が言ってる事も屁理屈でしか無い事もね。でもね、もう私の中で決めた事なのよ。ごめんなさい。」
あぁ、こうなったらダメだ。もう折れない。岩崎も諦めの表情だ。林が進行を預かった。
「分かった。皆の決を採ろう。冴木役員の辞任届を受理する事に賛成の者。」
俺以外の全員の手が挙がる。皆が俺の顔を見る。
「次の勤務希望でうちの名前を出してくれている以上、俺はこの採決に参加すべきじゃない。まぁ、多数決で受理だから関係ないかも知れないが。」
「そうだな。真子。今取得している株はどうする?」
「持っとくわ。あんたたちが馬鹿やった時の説教係ぐらいにはなれるでしょ?」
今になってやっと会社を立ち上げた頃のあの調子に戻れたのだと思った。いつの間にか皆が責任を負い、学生時代の時のようには振る舞えなくなった。会話も段々と自分達の立場を優先した物になり、真子はもしかしたらずっと息苦しかったのかも知れない。
「分かった。これで真子はうちの外部の大株主だな。」
林が笑いながら言う。他の皆も苦笑いだ。厳しい株主が誕生したもんだ。
「では、役員会としては早急に冴木真子の退職時期を決め、それまでの間はデポルト・ファミリアへの出向扱いとする。ファミリア側の退職が決まった時点で、真子と新たに雇用契約を交わしてくれ。」
「分かった。」
「ありがとう。リン。」
「....久しぶりに呼ばれたな。そう呼んでもらえるなら真子が辞める事も案外悪くないのかも知れないな。」
真子は楽しそうに笑う。そして隣に座ったトモに話しかける。
「トモちゃん、高知に遊びに来てね。」
「分かってる。ちゃんと仕事を終わらせていくから美味しいお店を見つけておいてよ?」
拗ねたような表情で下を向いたままのトモ。真子はこの一週間、ずっとトモに付きっ切りで会社を辞める事、高知へ行く事を説明していた。だから、この時トモは精神的にも崩れずにいられたんだと思う。
「それでは、役員会を終了します。皆、お疲れ様。」
・・・・・・・・・・
同日 リサーチ部 <冴木 和馬>
リサーチ部のある階にエレベーターが着き、ドアが開くと他の者には一切目をくれず、ズカズカとセクションリーダーの徳間の前へと歩み寄った。
「冴木さんっ!わざわざここまで申し訳ありません。」
「徳間さん、いつもありがとう。お疲れ様。色々と迷惑をかけてしまってすまない。」
慌てて立ち上がる徳間にそう言って握手をすると、徳間は「いやいやいや!」と否定してデスクで作業をしていた社員を数名呼ぶ。女性二人と男性一人、皆俺よりも随分若い。
「高知別班を務めていた、入手、伊崎、塩川の3人です。こちら冴木社長だ。」
3人が慌てて頭を下げる。以前にリサーチ部に来た時に挨拶だけはさせてもらっていた。それを見ていた他の社員も少しざわつく。
「色々迷惑をかけて申し訳ない。君達が出してくれてた異動願いは無事に受理された事は聞いた?」
「はい。今日の朝に徳間リーダーからお聞きしました。」
入手さんが答える。この3人の中では年上で高知別班の班長的なポジションを務めてくれていた。
「そうか。こちらでもすぐに受け入れ出来るように準備はするが、明日からは出社しなくていい。自宅で出来るリサーチを続けてくれ。多少仕事のペースが落ちるとかそんな事はまったく気にしなくて構わない。良いかな?」
3人は驚いた表情で頷く。ここで俺はギアを一つ、いや二つ上げて、徳間に話しかけるようにリサーチ部全体に聞こえるように話し始める。
「さて、徳間。今回の件で本当にリサーチ部には迷惑をかけた。申し訳なく思っている。」
「いっ..いえ、業務に支障をきたしてしまった事の責任は私にありますので。どうか。」
「そうだな。俺も、まさか!嫉妬や妬みがあったとしても!業務に支障が出るような事になるなんて、思いもしてなかったんだ。」
俺の迫力に徳間は顔が引きつっている。俺の隣にいる3人からも緊張の雰囲気が伝わって来る。そして、フロアは機械の音しか聞こえないほど静寂に包まれた。
「ここは会社だ、徳間。会社で最も大事な事は、自分に与えられた事をしっかりとこなして、会社に利益をもたらす事だ!!違うか!?」
「そうだと思います。」
「徳間、明日には分かる事だから言っておく。俺達役員が不甲斐なかったばかりにお前達に迷惑をかけてしまった。その責任を取って冴木真子役員は辞任を申し出た。日にちはまだ決まっていないが、その日をもって会社も退社される。」
フロアの雰囲気が張り詰める。俺は完全に八つ当たりだと分かりつつも徳間に言葉を続ける。
「そのような責任を冴木役員に追わせてしまった役員会としても今回の事は非常に重く考えている。徳間、本当にすまない。しかし、これは先ほど人事部と設計・リノベーション部にも通達して来た事だ。よぉ~く、肝に銘じてほしい。」
「はいっ!!」
「自分が評価されていないだか何だか知らんが、そのイライラを他人にぶつけて職場の雰囲気を悪くして、挙句の果てに業務に支障をきたすような事は今後一切許さんッッッッツ!!」
俺は振り返りフロア全体に向けて叫ぶ。
「会社には仕事をしに来い!!苛めだ、嫌がらせだと学生気分のままなら他の会社でやるかアルバイト生活に戻れっっ!!もう一度言うぞ!!会社は仕事をする場所だ!役員会には今回の件で問題行動や会社の業務に支障をきたしたとする社員の名前は全て報告されている。」
フロアの数名からざわッとした雰囲気を感じる。
「そんな物は確認すらしていないが、今後同じことを繰り返すつもりなら今すぐ異動願いか退職届を徳間に出せ。はっきりと言う!心を入れ替え職務に当たらぬのならうちの会社にはいらんっ!!良いなっっ!!」
「「「「はいっっ!!!」」」」
俺は下を向き、ふぅ~っと大きく息を吐く。そして徳間に向き直る。今にも泣きそうな顔だ。俺は徳間の方にポンと手を置く。徳間がビクリと反応する。耳の傍で小声で話す。
「すまん。埋め合わせはする。食べたいもん考えといてくれ。久しぶりにゆっくり飲もう。」
そう言って離れると徳間はホッとしたような顔で俺を見ていた。フロアから見えないように俺は徳間にウインクする。
「3人は今日だけはすまんが、この雰囲気で働いてくれ。帰りたい時間に帰って構わない。徳間、フォローを頼むぞ。」
「はいっ!本当に申し訳ありませんでしたっ!!」
徳間が少し芝居がかったように深々と頭を下げる。やはりこいつは上司向きだよ。フロアの社員全員が頭を下げる。その中を足早に退散した。
・・・・・・・・・・
同日夜 鮨『悟助』 <冴木 和馬>
今日は仕事終わりに俺も含めてファミリア立ち上げメンバー行きつけの鮨屋を予約し、うちの家族と常藤さん、中堀、そしてリサーチ部の徳間も呼んだ。
うちの家族は俺達が仕事の話もあるので、別に個室でお食事をするようにした。カウンターには俺と常藤さん、中堀、徳間が座っている。
「遠慮はいらんからな。ガンガン食べてくれ。大将も気にせずガンガン握ってくれ。」
「はいよぉ!嬉しいねぇ!おっきな会社の社長さんになっちまったからうちみたいな小せぇ店にはもう来ねぇんじゃないかと思ってたけど、真子ちゃんも含めて皆ちょいちょい顔出してくれるからよぉ。」
「高い店は緊張するし、鮨食う時に大将の声無いとつまらんと思う体になっちゃったよ。」
「こんちくしょぉ。嬉しい事言ってくれるねぇ、じゃあ、適当に握らせてもらうよ。」
徳間には色々と気遣わせた挙句に小芝居打たせてしまったので、お寿司をたらふく食べてもらおうと招待した。本人は満面の笑みで大将の握りを待ち構えている。
「中堀、本社の雰囲気はどうだった?」
「いや、凄い会社だって言うのは聞いてましたけど、あんな大きなビルの半分以上が本社フロアなんて初めて知りました。やっぱり高知のあの事務所の雰囲気が俺は好きです。」
俺と常藤さんが大笑いする。そう言ってもらえる事務所を作れて良かったが。
「ただ、もうこれ以上事務スタッフが増えると今の事務所では手狭になってくるなぁ。どうしましょう?常藤さん。」
「そうですね。私はまず自分の部屋を探そうかと思います。妻も高知へ来たいと先日言っておりましたので。」
「奥様、弁護士でしたっけ?」
「えぇ、今の事務所でもだいぶ古株になってしまいましたし、お互いに稼ぎが悪い訳でもありませんので。そろそろ落ち着いて老後を考えたいと。」
「そんなぁ。老後なんて歳じゃないですよ。常藤さん。畑の手伝い来てくれてもバリバリ動けてるって八木達も言ってましたし。」
常藤さんの謙虚な言葉を中堀が笑いながら否定する。確かに常藤さんは本当に元気で健康だ。こう言った所は俺も見習いたい。
「ありがとうございます。だからこそ、元気なうちに妻との生活も大事にしておこうと。お互いに仕事に生き過ぎましたので。」
「良いですね。良い部屋が見つかったら教えてください。うちも探さないといけなくなりそうなので。」
「そうですね。しかし、お子さんはどうなさるんですか?転校ですか?」
「ふぅ....その部分も俺が話に加わる前に本人達でしっっっかり話が終わってました。やはり転勤族になると家族の会話に参加出来なくなるのはツラいですね。」
常藤さんと苦笑いをする。中堀もどう返して良いか分からず愛想笑いだ。
前回、林から真子の退職を聞いてから自宅で真子と話し合ったのだが、真子は今年に入った頃からもう退職を考えて動いていたようだ。真子から子供たち二人に「一年くらいの間に高知に仕事で行く事になるけど、二人はどうしたい?」と聞いたのだそうだ。すると、長男の颯一は大学進学に大事な高校2年での転校は大変だから、出来れば東京に残りたいと言った。次男の拓斗は一緒に高知へ行きたいと話した。
それを聞いて色々と手を尽くし、颯一も納得して東京に住む真子の両親に颯一をお願いする事にした。それを聞いた俺はすぐにご両親に電話した。ご両親は「気にしなくて大丈夫。しっかり面倒見ます。」と仰っていただけた。東京本社へ行く際には必ず颯一に会う事を約束し、颯一も東京に残れることになり嬉しそうだった。
とは言っても、高知へ二人が来るのはまだ数ケ月かかるだろう。早く物件を見つけてあげないと。と言うか、俺もいよいよ生活拠点が高知となった。
色々とまた変化が起こるなぁと考えている目線の先で、徳間が旨そうに鮨を頬張っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます