第41話 やっかみと嫉妬
2018年5月14日(月) (株)ファミリア 大会議室 <冴木 和馬>
会議室に残った40名ほどの新入社員達の表情が一気に緊張感を増す。子会社の社長だと思っていた男が自分達の本社の代表取締役だったんだ。まぁ、緊張もするだろう。良く見ると何人かは落ち着いた表情をしている。恐らく入社試験の時から役員クラスの顔はしっかりと覚えていたんだろう。大事な事だ。
海外の映画でもトイレ掃除してたお爺さんが会社の会長だったみたいなのがあっただろう。油断は大敵なのさ。
「さて、これで落ち着いて話せるね。会社の事業内容は分かってもらえただろうから、ここからはうちの会社、あっ、デポルト・ファミリアの方ね。デポルト・ファミリアの中核事業でもあるVandits安芸について説明させてほしい。」
そう言うと常藤さんがPCを操作し始める。壇上の壁に設置された大型ビジョンにプレゼン用の資料が映し出される。
「これをざっと見て貰っても分かる通り、うちの子会社の全ての業務はおのずとヴァンディッツへ影響ある仕事になっている。宿泊施設も然り、移住業務も然り、農園なんてのはその最たるものだね。」
業務とチームがどういう関りなのかを簡単に説明していく。何名かはメモを取ってくれている子もいた。
「うちの子会社の全社員のうち半分以上がサッカー部員だ。ここに来ている中堀貴之も去年までは高知にある別企業で管理職として働いていた。そのメンバーが本気でJリーグ入りを目指す、そう決意してヴァンディッツは立ち上がった。中にはそんな甘いモノじゃない。巻き込まれるのは迷惑だなんて思う者もいるかも知れない。でも俺達はその遠いゴールを目指すと決めた。本気で。」
常藤さんが次の資料を出した。室内がまたざわつく。俺は資料の説明をする。
「これは去年八月から先月までにVandits安芸に協力を申し出てくれた企業・個人のスポンサー。うちでは企業スポンサーを譜代衆、個人スポンサーを国人衆と呼ばせてもらっている。その人数と金額だ。」
譜代衆14社、3億4200万円。国人衆118名、894万円。総額3億5094万円。これが今のヴァンディッツの力だ。そりゃ(株)ファミリアと言う後ろ盾があってサポートしてくれている企業が大半だろう。しかし、大事なのは118名の国人衆だ。チームが正式に動き始めて半年ほどでこれだけ集まったのは、はっきり言って予想外、予想以上過ぎる。
「チームはまだ走り始めたばかりだ。現状としては県リーグでは入場料収入も無ければ、まだグッズ販売も始められていない。少しづつ少しづつチームとしても会社としても歩み出している。もし、君達の中に興味を持ってくれている人がいればぜひ一緒に歩いて行こう。待っています。」
改めての質問タイム。今度は数名から手が挙がった。一番前の席に座っていた女性の社員を指名する。真っすぐな目で質問をくれた。
「私は中学・高校時代はプレイヤーとして、大学時代は男子サッカー部のマネージャーとして活動しておりました。そのような私でもチームの力になれるような仕事はあるでしょうか?」
俺は緊張した様子の彼女に笑顔で応える。
「質問ありがとう。君の心配に関しては僕からすれば可能性しか見えない。現在は女子サッカー部を作れていないので、プレイヤーとして活動してもらう事は近年中には君の希望に沿えないかも知れない。しかし、マネージャーとしての君の経験は今のヴァンディッツからすれば、喉から手が出るほど欲しい経験と知識だ。」
彼女の顔に少し喜びが見える。良かった。希望を持ってもらえたらしい。
「僕も含めだが、ヴァンディッツの試合や練習の時にサポートをしているのは、部員自身か仕事終わりの社員が手伝いをしているのが実情だ。当然だが、社員達はサッカー経験も無ければ他のスポーツでのマネージャー経験も無いので、何をすればチームの役に立てるのか分からず手探り状態でサポートしている。たとえばそれが用具出しや記録を付けたりする事なのか、ドリンクを用意する事なのか、専門的な知識は監督から貰うしか自分達も動き様が無い。その中でそう言った経験がある人が手を挙げて参加して貰える事は本当に有難いことだ。」
これには彼女も思う事があるのか、うんうんと頷きながら話を聞いてくれている。
「当然、普段は社員として会社の中で働いて貰うが、これに関してはもし君が手伝ってもらえるなら僕達とも話し合って、たとえば強化部への転属とするのか、それとも一般業務をしながらのサッカー部マネージャーとして活動して貰うのか、そう言った事も改めて決めていけたらと思う。ぜひ、しっかりと悩んでみて欲しい。」
彼女は力強く頷いてくれた。他の質問を求めると男性社員から手が挙がる。
「冴木社長に質問です。将来的に選手として勤務されている社員の方のプロ契約に関してはどう考えてらっしゃるでしょうか?」
「質問有難う。プロ契約に関しては県リーグ所属中は契約する意思は会社としては無いと言うのが結論です。恐らく四国リーグに上がれたとしてあるかどうかは定かではない。JFLに加盟出来て、その選手の状況によってはプロ契約も必要となるかも知れない。しかし、それもまだ机上の空論でしかなく、会社としても現実的な状況ではないと言う見解です。」
「どういった条件となればプロ契約を結ぶ判断になるのでしょうか?」
「上のカテゴリーに進んでいけばおのずとプロ契約が条件となるので、その場合には当然契約する選手は出てくると思う。例えばJ3リーグではプロC契約以上の選手を3人以上保有する条件となっています。なので、Jリーグ入り出来た時点では最低でも3名以上のプロ契約選手は必要であろうと言う事は言えると思います。」
まぁ、聞いてるのはそう言う事では無いよな。
「我が社としてのプロ契約の判断はと問われれば、プロ契約をしてるから社員契約の選手よりも優遇しているとか、実力として高く評価しているとか、そう言った事は一切ありません。社員契約の中であったとしても会社内の所属が強化部に転属になれば、はっきり言って一日中サッカーの事に携わる生活になります。それは先ほど質問をくれた彼女がマネージャーとして強化部に所属して給料を貰う形になれば、人によって見方を変えれば彼女はうちの会社で初めてのプロ契約と言えなくもない。まぁ、ちょっと強引すぎますか。」
何人かから笑い声が漏れた。まぁ、強引だよな。この意見は。
「今の現状としては会社として優先すべき業務が山の様に積まれている状態です。部員全員が通常業務をこなしながらサッカーをしているのが現実です。会社としての下地をしっかりと作り、安定した経営を作る事でプロ契約と言う物が現実として見えてくるのではないかと今は考えています。あえてプロ契約選手をどう言った選手とするか例えるならば、『将来的に移籍も視野に入れた選手を獲得する場合』としか答えられないでしょうね。しっかりとしたお応えが出来ず申し訳ありません。」
質問してくれた社員も「丁寧にご説明いただき、ありがとうございます!」と頭を下げてくれた。ここで時間となり説明会は終了となった。
新入社員のいなくなった会議室で常藤さんに頭を下げる。
「またやってしまいました。」
「いえ、何かしら起こりそうな予感はしていましたので。しかし、相手が誰であれ決められた説明会を途中退席するような新卒社員を入社させた人事部には一喝あって然るべきだと考えます。」
「まぁ、今年は僕も常藤さんも真子も最終面接に参加しませんでしたから。恐らく社長や役員の顔なんて知らない社員が多いんでしょう。あっ、中堀、お疲れ様。すまんな。長時間。」
「いえ!お疲れさまでした。」
「お前も今後はこうやって何人かの前で業務の説明したり、プレゼンする機会も出てくるからな。初戦としてはちょっと大きすぎる舞台だったけど、まぁ、慣れだ。」
「え?今後もあるんですか?」
「まぁ、お前の場合はサッカー部と共にプロの世界に駆け上がっていくから無いかも知れないが、今の事を優先して社会人として出世していけば中堀は設計・リノベなんだから企業さんや下請けへの説明やプレゼンの機会は出てくるぞ?」
中堀が少し緊張している。まぁ、このままならクラブチームのコーチスタッフとしての将来が待っているのだろうが、勤勉な中堀を会社としても手放せないのは正直な評価だ。
「まぁ、この後はもう予定無いからホテルに戻ってゆっくりしてくれ。夜は一緒に食事しよう。寿司でもおごるよ。」
「ごちそうさまです。」
その後、常藤さんと共に俺の部屋へと戻る。と言っても、デポルト・ファミリア設立以来この部屋へ来る機会はかなり減った。雪村さんもいないので、自分で珈琲と紅茶を用意し常藤さんとソファに腰掛ける。
「お疲れさまでした。何名かでも響いてくれると良いですね。」
「せめて質問してくれた二人は来てくれると嬉しいんですが、こればっかりは前回の説明会の時もそうでしたが待つしかないですね。」
常藤さんと苦笑いしながら話す。新入社員でいきなり地方転勤なんて判断をしてくれる子がいれば良いんだが、なかなか厳しいだろうなぁ。
常藤さんと話していると、林が部屋へとやって来た。
「和馬、話がある。良いか?」
「あぁ。」
「では、私は....」
「いえ、出来れば常藤さんも一緒に。」
俺と常藤さんは顔を見合わせる。二人で話を聞くと言う事はデポルト絡みの話と言う事になる。しかし、今の所は新入社員の事以外では本社とやり取りするような件は無かったはずだが。
常藤さんが飲み物を新たに淹れ直してくれて林にも珈琲が配られる。
「ありがとうございます。....あぁ~。久しぶりだな。常藤さんの淹れた珈琲。同じ豆で同じ給湯室で淹れてんのに、全然味違うんだよなぁ。」
「ふふふ。ありがとうございます。」
紅茶の淹れ方を若い頃から勉強されていた常藤さんは珈琲の淹れ方も非常に上手い。何度か淹れ方は教わった事があるんだが、向上する余地が見られなかったので諦めた。
一息ついた林がゆっくりと話し始める。
「デポルト・ファミリアの方はどうだ?」
「先月の報告書と変わらずだよ。まぁ、厳しいのは変わりない。」
「そうか。説明会の手ごたえは?」
「また、例に漏れず冴木さんがやらかしましたので、あまり期待は出来ません。」
それを聞いた林が盛大にため息をつく。俺は何も言わず頭を下げた。呆れた顔の林と常藤さん。
「まぁ、それに関してはもう運に任せる以外無いだろうね。こちらから異動通達出しても良いが、出すための理由が何もないからね。新入社員にいきなり恨まれるだけだ。」
「大丈夫だ。中途採用も含めて可能性を探るさ。」
「そうか。........和馬、お前達、何があった?」
そう聞かれて俺と常藤さんは首を傾げながらお互いを見る。しかし、苦笑いしながら林は「そうじゃない」と言ってきた。
「お前と真子だ。」
「特に変わりないぞ。浮気されてたら気付けない生活ではあるがな。」
「馬鹿か。冗談で言ってない。」
「どうしてそう思ったんだ?」
林の顔が険しくなる。するとファイルから一枚の紙を差し出した。
そこには『辞任届』と書かれている。真子が(株)ファミリアの役員を任期中に辞任したいと申し出る為の書類だった。俺と常藤さんの眉間には深い皺が入った。
「どう言う事だ?」
「俺が聞きたい。先週、久しぶりに会社に顔を出したかと思ったら、それを部屋に持ってきた。緊急役員会は来週月曜だ。お前も常藤さんももちろん参加してくれ。」
「何か理由は言わなかったのか?」
「俺はお前が聞いていないのかを聞きたいくらいだ。こちらから聞いたが役員会で説明するの一点張りだったよ。」
何を考えてるんだ。しかし、本当に真子からは何も相談は無いし、会社の事でも言い争いになったりは一度もない。しかも林が言うには役員を辞任するだけでなく、(株)ファミリアを退職するつもりだと言うのだ。
もし可能性があるとすれば、あの時のヴァンディッツのミーティングが原因か。真子があれだけ取り乱した姿も見た事は無かった。しかし、本社全体のヴァンディッツに対する雰囲気に嫌気がさしているだけで仕事はこなしてくれていたし、何よりも何の前触れもなかった。
「お前が何も知らないんじゃ仕方ないな。来週の役員会で話を聞く以外無いだろうな。まぁ、何となくは想像は付いているんだが。」
「それほどまで子会社を作った事が会社内で悪い雰囲気を生んでるのか。」
「いや、ハッキリ言ってそんな雰囲気を出してるのは極一部の社員だけだ。役員全員も納得済みだし協力体制も出来るだけ布きたいと思ってやって来た。設立当時のリノベーション設計の手伝いにしろ、リサーチ部の高知別班にしろ、それで元々の部署に仕事の影響が出ていた事は確かだ。しかし、そんな事は今までだっていくらでもあった。支社が大変な時には本社から助っ人を出して課題をクリアする。今まで誰も文句なんて言ってこなかったはずだ。それを相手が子会社になったら急に文句を言い出すなんてのは卑怯だ。」
林の中で納得いかないんだろう。捲し立てるように不満を口にする。俺と常藤さんは頭を下げる。林が「やめてくれ」と恥ずかしそうに顔を逸らす。
「面倒なのがその雰囲気を作り出してる少数の社員が、勤務歴が長い社員か部署である程度発言権がある社員に多いって事だ。設計部では今後の協力は少なくなる可能性があるが、リサーチ部に関しては高知別班を務めてくれていた4人のうち3人がデポルトへの異動を願い出て来た。理由は自分達はきっちりと会社から指示された仕事をしているにも関わらず、一部の社員から裏切り者扱いされる理由が分からないと。こんな環境で仕事をするなら仕事をした事を感謝して評価してくれるデポルトに移りたいと。」
そこまでの事になっていたのか。本当に覚悟を持って始めた事ではあったが、本社にこれほどまでに波風を立ててしまう結果になってしまうとは。
「リサーチ部のセクションリーダーの見解は?」
「ただのやっかみと嫉妬なので気にするなと別班には伝えたが、さすがに本人たちに直接言ってくる口を止められる訳もないからな。トモを含めてリサーチ上層部からはかなり厳しい指導が入ったと聞いてる。それで今のところは治まっているようだが、雰囲気は良くないとの事だ。」
「トモにも話すしセクションリーダーの許可も貰うが、その3人に関しては本社がGOサインさえ出してくれれば明日にでもこちらで受け入れる。高知に来て貰う事が条件にはなってしまうが、部屋と仕事場が用意出来るまでは自宅勤務でも構わない。林はどう思う?」
少し悩む林。しかし、本人たちが異動したいと口に出すほど部署の雰囲気が悪くなってしまっているなら、その雰囲気を悪くしている奴を他の部署へ移すか、3人をこちらで受け入れるかしか手段は無いだろう。
「分かった。その事も月曜日の役員会までに決めるよ。まぁ、準備は始めておいてくれ。」
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