県2部リーグ編

第38話 新人として

2018年4月24日(火) 芸西村 <岸本 毅彦たけひこ

 芸西村の南部を東西に貫く国道55号線。高知市から室戸岬方面に向かうメインの道路で芸西村を3kmの長さで通っています。その国道沿いの歩道をチームの練習ジャージを着たメンバーで清掃活動をしています。

 それぞれがビニール袋と金バサミを持って手袋をつけて、チームメンバーを半分に分けてA班は西の端である西分から、B班は東の端である赤野から。国道沿いを芸西村中央に向かって歩きながらゴミ拾いをします。


 これが始まったのは4月頭のあのミーティングの次の週からでした。何か自分達で芸西村の為にとメンバーで考えたのが清掃活動でした。当然ですが、勝手に始めて迷惑をかけたくないので、会社はもちろんですが役場にも連絡をして許可をいただき、どう実施すればご迷惑にならないかと言うのもお伺いしながらのスタートでした。


 この国道55号線は朝の7時から9時頃までは西から東へ向かう道路が大渋滞します。高知市内や南国市で暮らす方が高知県東部の職場や現場に向かう車で、長い時には2kmくらいは車が並ぶ事もあります。

 なので、その時間を避ける為にゴミ拾いはこの時期は早朝に行おうと言う事になりました。朝の4時でも少し陽は昇り始めているので、安全の為に反射板の付いたベストを全員が身に付けて歩きます。日の出が遅くなる冬場は昼間にやろうと言う話になっています。


 初回の時こそ歩道で出会う朝の散歩をしている方には驚かれましたが(ジャージと反射板ベスト来た若い男性が何人も歩いてたらそりゃ驚かれますよね)、先週の2回目の時には「あれ?今週もやってるの?」と声をかけてくれる方もいました。

 当然ではありますが、皆作業中にすれ違う方には挨拶は忘れません。中堀キャプテンや及川さんは少し立ち話なんかもして、地元の方と情報交換や交流もしています。こう言った所は僕も見習いたいですが、やはり恥ずかしさが勝ってしまってなかなか上手く話せません。


 「おはようございます!」


 国道沿いに住んでいる方が玄関前を掃除されていたので、ご挨拶すると女性の方が僕の後ろにいた和瀧さんに笑顔で挨拶しました。


 「あれ!?和瀧君!おはよう!皆さんもおはよう!ヴァンディッツはこんな活動も始めたが?」

 「そうなんですよ!結構車通りも多いからゴミもあるなぁって話になって。」


 和瀧さんが女性の方と話をしていると僕の背中をツンツンと突かれた。振り返ると馬場さんだった。小声で僕に女性の事を教えてくれる。


 「農園でお世話になってる人で国人衆にも登録してくれてる日野さんだ。今、和瀧と尾道さんが梅の栽培で日野さんの親父さんにアドバイスもらってるんだ。顔、覚えとけよ。」

 「ありがとうございます。」


 馬場さんは一緒に働き出した時には言葉も荒いし怖い人だなと言う印象だったけど、働き出してみると僕達高卒組の事を一番気にかけてくれていて、色んな所で助けてくれる。ホントに頼れる先輩です。


 「和瀧君も十分若いと思ってたけど、もっと若い子もおるんやねぇ。」

 「そうなんです。この4月から入った高卒の子達です。鈴木、岸本。日野さんだ。挨拶!」

 「鈴木洋平です!おはようございます!」

 「岸本毅彦です!よろしくお願いします!お世話になってます!」


 そう挨拶すると日野さんは嬉しそうに「はい、おはよう!よろしくね。」と返してくれた。少し雑談をしていると日野さんから県リーグの話が振られて驚きました。


 「来週やね!開幕戦!メールも来たし予定も入れちゅうきね!でも、チケットとか無いが?」

 「県リーグで入場料なんか取れんっスよぉ。大丈夫です!面白い試合見せますから!」


 馬場さんが明るい雰囲気で返すと日野さんは楽しそうに笑っている。


 「鈴木君も岸本君も頑張ってね!」

 「「ありがとうございます!」」


 手を振りながら清掃活動を続ける。この活動を始めてから農園以外で芸西村に住む方との交流は明らかに増えました。芸西村で配布されている暮らしの情報冊子にも取り上げて貰えたりしていて少し嬉しいです。


 「こんな事が?みたいな事が集客ももちろんだけど、俺らの活動の認知にも繋がるからな。笑顔だぞ笑顔。」

 「一番苦手な奴が何言ってんだ!」


 馬場さんの言葉に望月さんが茶々を入れます。皆笑顔です。


 ・・・・・・・・・・

同日 部員寮 <岸本 毅彦>

 清掃活動を終えて部員寮に戻ると仕事前の朝食です。着替えを済ませてミーティングルーム兼食堂へ皆が下りてきます。奥にあるキッチンには栄養士の田中さんと調理師の佐藤さんのお二人が朝食を用意してくれています。


 「おはようございます!」

 「岸本君、おはよう!ごはん?パン?」

 「ご飯でお願いします!」

 「量は?」

 「あっ....しっかりめで。」


 恥ずかしく思いながら言うと、田中さんは大笑いして「一杯食べないかんよ!」と言ってくれます。高校を出てすぐに寮に入った僕と洋平にとっては調理部の皆さんが母親代わりであり姉として接してくれます。


 今日の朝ご飯は鰯の南蛮漬けにサラダ、小鉢に入った厚焼き玉子、ひじきの煮物、豆腐田楽、味噌汁です。ご飯もおかずもたっぷり。どの部員の皆もそうですが、朝ご飯はかなりしっかり食べます。農園メンバーは特にしっかり食べておかないとホントに昼まで体力持たないです。おかずもご飯もおかわりは自由です。

 時々、事務所のスタッフの皆さんも朝食を食べに来たりします。どうやら事務所スタッフさんや一人暮らしメンバーは事前予約になってるみたいです。まぁ、作り過ぎて残すのもいけませんからね。


 朝食が終わると仕事です。お昼のお弁当は農園メンバーが昼休憩前に寮まで車で取りに来ます。これから暖かくなるので弁当をそのまま外に置いておくと食中毒の危険性が無い訳ではありません。用心には用心を。調理部の皆さんの合言葉になっています。


 「行ってきます!」

 「はぁ~い!いっといでぇ!!!」


 玄関から挨拶するとキッチンから元気な田中さんの声が響きます。最近はこの声を聞かないと気合が乗りません。パンパンッと頬を叩いて自転車で畑へ向かいました。


 ・・・・・・・・・・

同日 安芸市 芸陽印刷 <飯島 賢太>

 今日は秋山さんと一緒に安芸市にある芸陽印刷さんに挨拶廻りです。芸陽印刷さんとはうちのチーム関連のポスターや印刷物の関係でお世話になっています。出来る限り地元企業をと言う冴木さんの、いえ会社の理念です。

 自分は挨拶廻りに連れて行っていただくのは今日が初めてです。かなり緊張しています。事務所を出る時には同じ営業チームの大西さんから「揉まれてこい」と肩を叩かれました。


 「こんにちわぁ!ヴァンディッツですぅ!」


 秋山さんが作業スペース兼事務所になっている引き違いのドアを開けて中に入ります。印刷の機械が大きなパネルにどこかの店の看板をプリントしていました。機械を見守っている職員さんに挨拶しながら、奥の事務所スペースへと入っていきます。


 ガチャリと事務所ドアを開けると事務員さんと社長の井上さんが座っていました。


 「あっ!秋山さんおはよう!朝早くから悪いね!」

 「いえいえ!いつもありがとうございます!貴ちゃん!こないだのケーキご馳走様!」


 秋山さんは井上社長に挨拶しながら事務員さんとも楽し気に話しています。事務員さんが席を薦めてくれてお茶をいただきます。


 「社長、今日から一緒に連れて回ります。飯島です。顔覚えてやってください!」


 席を立って挨拶をします。


 「飯島賢太です。宜しくお願いします!」

 「あれ?この顔....ヴァンディッツの新入団の子?」

 「そうですそうです!FWで入団しました。ほら、挨拶。」

 「ヴァンディッツ安芸でも選手としてお世話になってます。」

 「そっかぁ。こないだ刷ったポスターに似た子がいたから。そっかそっか。頑張んなよぉ。」

 「ありがとうございます。」


 席に着き話を続けます。今、芸陽印刷さんと話をしているのは先週決まった6月以降の県リーグの日程をポスターにする為です。基本リーグ戦告知のポスターは2ヶ月毎に刷りかえる形になっています。1年分をズラッと書くと先の情報は覚えてもらえないし、一年間そこに貼りっぱなしになってシーズン終える頃にはボロボロのポスターが貼られている可能性もある。だからこそ、2ヶ月に一度貼り変えるようにすれば、貼らせていただいてるお店や会社の方にも挨拶廻りが出来るし、綺麗なポスターのまま維持が出来ます。

 費用はかかりますが、そんな事をケチるなと言うのが冴木さんではなく、常藤さんの口癖です。広報をケチると人は離れると常々言われます。広報チームはもちろんですが営業チームもそれは肝に銘じて活動しています。


 「社長、これから時々飯島が会社に伺う事もあるかと思いますので、ビシビシしごいてやって下さい。」

 「おっ、うちの担当になるって事?」

 「大事な事はまだ任せられませんけど、井上社長にしごいていただきたいと思って今日は連れてきました。」

 「俺が厳しいみたいなイメージ付けんとってよぉ!」


 秋山さんと井上社長、事務員さんが大笑いです。自分は笑えません。苦笑いです。


 「まぁ、社会人一年生やろ?一生懸命やるしか無いろうき、頑張りや。」

 「ありがとうございます。宜しくお願いします。」

 「まぁ、うちとも頑張って欲しいけど、チームも頑張りよ。開幕戦、見に行くきね。」

 「はい!出場出来るように頑張ります。」


 そう言うと社長は驚いた顔で手をポンと叩いた。


 「そうか。まだ控えか。板垣監督が来てからのフォーメーション的にFWは2トップ(FWが二人)にしてる事が多いからねぇ。中堀は確定やろうけど、もう一つのポジションは幡と新入団の高卒の子やろ?頑張らなね!」

 「はいっ!」

 「まだチームに入って間もないやろうきアピール大変やろうけど、スタートラインは全員一緒やきね。新人らぁて思わずガツガツ行きよ。」


 さすが印刷でお世話になっているだけあって、うちの選手に本当に詳しいです。選手紹介が乗ったA4のチラシも刷っていただいた事があったので、それで覚えていただいているようです。

 その後の雑談で聞いたのですが、井上社長の息子さんが今年安芸高校に入学されてサッカー部にいるそうで、うちの練習も何度か見に来てくれているそうです。


 「秋山さん、いよいよリーグ戦やね。準備、長かったんやない?」

 「いえいえ!楽しいです。芸陽印刷さんには高知に来たばかりの時からお世話になってますから。良い結果見せられるように私達も頑張ります。」

 「でもまぁ、県リーグ、しかも2部やのにこんなに広報にお金かけるチームもなかなか無いと思うよ。まぁ、高知はプロスポーツのチームが無いからなかなか関わらせてもらう機会がないけど、俺も見習いの頃に大阪の印刷会社におったけど、社会人チームでこれだけ広報に力入れてるチーム無かったで。まぁ、うちは助かってるけどね。」


 井上社長が笑いながら話します。秋山さんが明るい雰囲気で説明します。


 「今の時代はネットだったりSNSでの広報活動も出来て、昔の様にCMだTVだと言う広報の時代ではありませんから。うちはネットを中心に展開させてもらっている分、地元の方にはポスターやイベントで広告が打てるんです。社長が良心的にしていただいてるお陰です。」


 井上社長が大笑いする。


 「いやいや、ちゃんといただいてますよぉ。年間で6回もポスター変えるなんてこの東部で印刷会社やってて初めての発注やから、うちとしては有難い限りよ。」


 その後もしっかり次回のポスターの確認を終わらせてお暇します。車に乗り込み次の取引先へと向かう途中で秋山さんと話をしました。


 「どうだった?」

 「すみません。挨拶くらいしか出来なくて。緊張してしまって。」

 「良いの良いの!挨拶が目的なんだから、顔も知ってくれてて良かったじゃない。」

 「そうでしょうか....」


 少し落ち込む自分に秋山さんは新入社員時代の話をしてくれました。


 「私は東京だったからちょっと参考にはならないかも知れないけど、東京本社で取引先に新入社員が連れてってもらえるのなんて、そうは無いのよ。」

 「そうなんですか?」


 秋山さんの話では本社の新入社員は新人研修の期間が長くあり、その間は外部の方と話す機会はほぼ無いそうです。秋山さんが初めて取引先廻りをした時には入社してから8ヶ月経っていたそうです。


 「すんごい大きなビルの中にある会社に挨拶回りでさ、ワンフロアぶち抜きの。入口で受付の可愛い女性社員がいて対応してくれてみたいな、自分がTVドラマで見てたような展開な訳。」

 「うわぁ、緊張ヤバそうですね。」

 「それ!私、完全に置物!なんだったら挨拶もまともに出来たかどうかも覚えてないし、井上社長みたいに向こうの担当さんが私に話しかけてくれる訳無いし。ホント、飯島君はこっちで採用されて正解だよ。」

 「はい。有難いです。」


 取引先に顔と名前を憶えて貰える事がどれだけ幸運か。それは自分がサッカー部の部員であったからではあるけど、ポスターを作ってくれている芸陽印刷さんだったからではあるけど、それでもこうして井上社長も事務員さんも自分を知ってくれていた。その出発点は非常に大きなアドバンテージなんだと秋山さんが教えてくれる。


 「来年の今頃には私がいなくても飯島君一人で芸陽印刷さんと話し合い出来るようになってもらうからね。頑張ってね!」

 「はい!」


 大学でサッカーしている時には自分が卒業後もサッカー出来ると思っていなかったし、まさか自分のチームの為にスーツ着て挨拶回りをしているなんて想像もしていなかった。たぶん、サッカー辞めて適当な地元企業に勤めるんだろうなと。


 自分は恵まれている。環境に甘えず、成長しなければ。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る