第37話 覚悟が足りない!!
2018年4月2日(月) 部員寮 <板垣 信也>
新年度に入って最初の運営スタッフも交えての全体ミーティングです。
今回は本社の役員であり冴木さんの奥様でもある冴木真子さんも参加してくれています。冴木さんのお話では顔合わせと挨拶程度に参加して貰っただけだと仰っていましたが、事前にいただいた常藤さんの情報では奥様は相当に仕事に厳しい人だとお伺いしました。
「では、ヴァンディッツの全体ミーティングを始めます。チームとしての今期の目標は確認するまでもなく『県1部リーグへの昇格』です。勝負の世界に絶対はありませんが、絶対条件として全員の中で強く深く刻んでください。」
部員の皆さんは静かに頷いてくれている。最初の目標としては4月30日のリーグ初戦、四万十FC戦をしっかりと勝ち切る事。全体のフォーメーションの確認や個人個人の課題の確認をします。
そして、一つ発表をしました。
「樋口君から申し出があり、今月から樋口君は強化部にアシスタントトレーナーとして参加してくれます。皆さんのトレーニングメニューと数値の管理をしてもらい私も含めて今後のメニューのアドバイスをしてもらいます。」
樋口君に挨拶を促します。
「色々と自分の中でも悩みましたが、県リーグ参戦中は自分も選手として全力でチームの為に努力します。しかし、地域リーグが見えて来た時にその実力に自分があと2年で到達するのは冷静に判断して難しいと思ったので、トレーナーの話を受ける事にしました。これからはもっとチームに貢献出来るように努力します。宜しくお願いします。」
部員達から拍手が起こりますが、皆表情は真剣です。樋口君がこの決断をするに至ったツラさを皆が理解出来ているからだと思います。
言葉を預り、ミーティングを進めます。
「あとチームとしてと言いますか、会社から寮に調理師さんと言いますか、管理栄養士の方が料理を作りに来てくれる事になりました。期間は来週から。作っていただけるのは朝、昼は全員にお弁当を作ってもらえます。夜はおかずだけ用意してくれていますので各自で温めて食べるような感じになります。来ていただけるのは栄養士さん2名と調理師さん2名です。毎日全員が来るのではなくシフト制になります。尚、日曜日終日と水曜の午後は調理部全体のお休みになりますので、そこは皆で用意してもらう事になります。良いですか?」
部員達の顔が一斉に明るくなり拍手が起こる。確かに男達だけで食事を用意していたのはなかなか大変だったでしょう。それにそこに栄養の事も考えてなんて言ったら彼らでは頭がパンクしてしまいます。専門家に来ていただけるようになったのは有難い限りです。
常藤さんが説明を足してくれます。
「来ていただける4人の方は今後は『調理部』と言う形で皆さんと繋がりが出来ます。当然の事ではありますが、皆さんの日頃の健康を預かってくれる方達ですので挨拶・感謝は忘れずにお願いします。まぁ、畑や事務所での皆さんを見ていますので心配はしていませんが。」
その言葉に皆さんは照れながらも「分かりました」と個々に返事をします。今度は冴木さんからです。
「来てくれるのは元々給食センターや病院の調理室で働いていたようなプロの方達だ。当然、栄養学に関してはうちの会社では右に出る人はいない。皆もただ美味しくいただくだけじゃなく、自分に必要な栄養素やそれを効率的に吸収する為の食べ合わせや練習メニューも自分で調べて、栄養士さんや樋口にどんどん相談してくれ。そうやって栄養士さんも樋口も技術・知識が向上していく。」
「ここまで調理部の設置が遅くなり本当に申し訳ありません。これは運営スタッフとしても皆さんに苦労を強いてしまい心苦しく思っておりました。今年度に関してはこの状態でとりあえずやってみますが、改善点をその都度話し合いながらやっていくつもりです。尚、来年度からは皆さんのお給料から月に3000円、食事代として家賃に上乗せさせていただきます。申し訳ありません。」
常藤さんと冴木さんが頭を下げますが、部員達は苦笑いしています。八木君がお二人に声を掛けます。
「何言ってんすか。毎食作ってもらって月3000円なんて有難すぎますよ!来年度なんて言わずに5月の給料からちゃんと引いてくださいよ。皆、良いっスよね?」
八木君が部員に尋ねると皆さんからも拍手が起こります。冴木さんが改めて頭を下げます。
「皆、有り難う。助かる。じゃあ、これに関しては皆の気持ちに甘えさせてもらう。こうやって少しづつではあるけど、皆の環境を整えていきたい。県リーグ、期待してるからな。」
皆さんから一斉に大きな返事が起こります。冴木さんも常藤さんも満足そうです。
ここで思いがけず真子さんの手が挙がります。冴木さんも驚いた表情です。
「皆さん初めまして。冴木和馬の妻の冴木真子と申します。デポルト・ファミリアの親会社である(株)ファミリアの役員を務めております。」
その自己紹介に部員達の表情に緊張感が漂います。今までは本社と言う存在は意識しつつも冴木さんが本社の代表取締役と言う事もあり、本社の方が高知へ来る事はありませんでしたし、真子さんも来られる事があってもそれはプライベートで応援に来てくれている時でした。
「これは私一人の考えではなく、本社として今の立ち位置の説明になりますので部員の皆さんにもその状況をしっかり把握していただきたいと思います。」
「おい、真子....」
冴木さんが真子さんの言葉を遮ろうとしますが、ちらりと冴木さんの方を見た真子さんの表情に冴木さんは言葉が出ません。有無を言わせぬ雰囲気です。
「本社社員の一部ではサッカー部がJリーグ入り出来る可能性は非常に低いと考えている者がおり、それによってデポルト・ファミリアへの助力や援助を躊躇う者が相当数います。それほど簡単な物ではない。夢や気合で行けるなら全国中にプロサッカークラブだらけになると言う感じですかね。」
少し発言内容に煽る感じがあると思えたのは私だけでは無かったようです。部員の中にも明らかに表情が硬く厳しくなる者が数名。
「しかし、包み隠さずお話しするのであれば、本社としてはサッカー部がJリーグ入りが出来ようが出来なかろうが、そこは問題ではありません。サッカー部がJリーグ入り出来ない、または利益ベースで活動できないとなれば、最終的にデポルト・ファミリアだけを買い取り、サッカー部はどこかの企業に買い取っていただくか切り離すだけだと言う意見ですので。」
一気に部屋の雰囲気が張り詰めます。分かっていた事ではあります。本社からはそれほどまで期待はされていないだろうと。しかし、『切り離す』、ですか....
分かっていた事とは言え、なかなかに心に『くる』言葉です。
「本社がデポルトを買い取る頃には四国内に多数の管理物件があり、それに掛かった費用はほとんどが冴木個人の資産から出された物です。会社としては苦労なく手に入れられるんですから願ったり叶ったりです。」
当然、買取に資金は必要ですがそれまでにかかる時間や人員がすべてこちらで用意しているんです。本社からしてみればそれに対する手間と時間をお金で買う感覚でしょう。しかし、真子さんはなぜここまで私達を煽るのでしょうか。
「本当ならば選手の皆さんにはこんな話をするべきではないと思うかもしれません。でも、あなた方は選手である前に我が社の子会社の社員です。その社員が数年後に切られる可能性があるのに、それを知っているのに、自分が本社側だからと見て見ぬ振りは私は出来ません。」
真子さんのその言葉に選手達は困惑の表情です。先程までの内容とはガラリと変わり、真子さんはヴァンディッツに対する本社の考えに怒りを感じているようでした。
「今回、私は設計部の手助けとしてやってきました。それも本社としては根幹であるリノベ再建事業が頓挫する事は許されないと言う判断だからです。事務所で事務仕事をしている皆さんならお気付きだと思います。本社がデポルトに対して協力しているのは『物件のリサーチ』『契約等の法務部の判断』『設計の手助け』。そうです。サッカー部への援助は一切ありません。」
本社がサッカー部に対する援助や手助けが無いのは今までにそう言った事業に関わってこなかったからだと思っていました。そして、それは冴木さんも了解している中でのことだと思っていました。
「冴木は何度も本社と交渉はしています。その中で何とか勝ち取れているのが今の現状です。ですから、今以上の援助や助力を求めるのであれば、サッカー部への評価を一変させなくてはいけない。中途半端ではいけません。Jリーグに行けるかもなんて言う中途半端な可能性では、買い取ってもらう企業の候補が増えるだけです。何を言いたいか。うちの会社に、『ヴァンディッツを残す事がファミリアの為になる』と言う雰囲気を、意見を、動きを本社内に生み出せるだけの説得力を。ヴァンディッツに作ってもらいたいんです。」
重い。重すぎる期待。いえ、要求と言った方が良いのでしょう。冴木さんの元でチームを存続しJリーグへ行く為には、本社全体のヴァンディッツに対する考えを変えなくてはいけない。
「皆さんがどれほどの覚悟を持ってここへ集まり、日々努力を重ねてくれているか。私も全てでは無いにしろ、冴木からその日々は教えて貰っています。しかし、皆さんが考える以上に冴木は覚悟を持ってこのチームを、子会社を立ち上げました。夫はこんな性格です。皆さんに楽しくサッカーをしてもらいたいと雰囲気作りに努めているはずです。しかし!あなた方を守る為に冴木は今までの社会人としての人生の全てを会社へと委ねました。このチームのJリーグ入りが無いと判断された時点で、本社には冴木の帰る椅子はもう無いでしょう。」
ざわッとした。私も初めて聞く話でした。
「当然です。個人資産とは言え、10億20億の損失を出した人間が代表取締役でいられるほど日本の企業は馬鹿ではありません。しかも本社はリゾートホテルビジネスに舵を切り大きな変革期を迎えている真っ最中です。会社の中には『こんな大変な時に社長の道楽で』と言う意見があるのも現実です。」
冴木さんは目を閉じたまま言葉を聞き続けます。常藤さんは眉間に皺を寄せたまま微動だにしません。このチームに関わるようになってから、お二人のこんな表情は初めて見ます。これがお二人が置かれていた状況だったのかと今痛切に思い知らされています。
「良いですか!?無理を承知で言いますっ!スポーツも知らない馬鹿な女が喚きます。それでも聞いて貰いたい!」
真子さんの目には大粒の涙が流れていました。私も含め、サッカー部全員が彼女から目を逸らす事は許されません。
「誰の目にも明らかに!何の文句も無く!圧倒的な実力を持って!JFLで優勝して下さい!!!」
あまりに現実を見ていない、夢物語な要求です。しかし、誰も不可能だと言わない。いえ、言えません。その覚悟が、今まで以上の覚悟が無ければ、私達のチームは『本当の意味での存続』は無理なのですから。
Jリーグに行けたとしても、そこに彼がいない可能性がある。その危機感を部員全員が共有しなければいけません。
真子さんが土下座で頭を下げました。
「お願いします!!!夫を!冴木を助けてください!!お願いします!その為に私も出来る限りの事はします!!お願いします!!」
・・・・・・・・・・
同日ミーティング後 部員寮 <中堀 貴之>
冴木さん達と監督は帰ったが、部員達は立ち上がれず下を向いたまま皆がそれぞれに思い悩んでいた。確かに順風満帆なんてお気楽には思ってはいなかった。会社としては大変な部分も多いだろうとも思っていた。
しかし、試合は勝てていたし順調に部員も増えてスポンサーも獲得していた。でも、本社自身にサッカー部を引き継ぐ意志が無ければ、遅かれ早かれ親会社が変わる運命になる。
「俺らは甘かったんですかね?まだ、甘い考えのままなんですかね?」
馬場が重い口調で呟く。何人かの肩にグッと力が入るのが見えた。
「マコは、いや、冴木役員は甘いって言いゆうがやなくて、覚悟が足らんって言いたいんやと思う。」
司さんの言葉に皆が顔を起こす。違いがどこにあるのか。
「全勝で1部へ、とかそう言う事では無くて。本社とか、それこそマスコミとか、他のサッカーファンとかが無視出来んなるくらいのうねりみたいなんを起こして欲しいって事やと思うがよ。」
「全勝でも十分インパクトはあるように思えますけど。」
和田が感じた事を口にする。司さんは和田の顔を見て、うんうんと頷きながら言葉を続ける。
「サッカー後進県。プロスポーツチームが無い。そんな場所でたかだか県2部を全勝で勝ち上がって、誰が注目してくれると思う?」
和田の表情が曇る。確かに。恐らく地元新聞のスポーツ欄に小さく記事が載れば良い方だろう。同じ高知県でJリーグ入りを目指す高知ユナイテッドSCさんは昨年度、四国リーグを制覇し地域チャンピオンリーグで惜しくもJFL入りを逃した。俺達も先を進む高知ユナイテッドの活躍を見ていたが、マスコミの反応は寂しい印象だった。
「どんな事でも構わないから印象を残す。まぁ、問題行動は困るけど。」
俺が苦笑いしながら話すと皆からも少し笑いが漏れる。
「そう言う事よ。それが農園ながか、国人衆の皆さんの盛り上がりながか、運営が頑張ってくれてるYtubeチャンネルながか。何でも良いがよ。サッカーの結果とは違う何かで注目を集めて、チームの応援の後押しにする。一番手っ取り早いのは観客動員やろうけどね。」
確かに県2部から観客席が埋まる様な試合をしていれば、「なんで県リーグくらいであんなに人が集まってるんだ?」と言う興味は誰かしら持ってくれるはずだ。しかし、それはどのチームも苦戦している部分だ。
「冴木さん、ご夫婦で篤い人ですね。」
「そうやね。何があっても諦めん和くんと、一度こうと決めたら絶対に譲らんマコと。ホンマに良ぇコンビよ。学生時代からそうやった。」
そんな雰囲気の中で大野が緊張した雰囲気で決意を語る。
「冴木さんがチームを離れるとか、無いですから。あの人がいて、集まったチームですから。冴木役員が言ったように、本社を振り向かせるだけのチームになってJFLで冴木さんを胴上げしましょう。その為には俺だって何でもします。」
全員の目に力が籠り、皆頷く。覚悟を求められた夜。それぞれの出発の日。
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