第36話 方針の共有
2018年4月2日(月) Vandits事務所 <冴木 和馬>
今日は午後からデポルト・ファミリア全体の会議がある。参加をするのは各部門の責任者。運営のトップの俺と常藤さん。営業部から秋山と司、システムセキュリティから北川、広報から杉山さんと雪村さん、設計リノベーションは全員がホテルに軟禁状態な為、本社の岩崎晴香と山下が代理を務める。農園からは望月、和瀧。そして西村さんにも参加してもらうが、農園の事については話し合う項目も多く、最後に集中して話し合いを行うので、西村さんには夕方頃に事務所に来て貰う予定になっている。
「皆、日頃から忙しく動き回ってくれて本当にお疲れ様。なかなか気付けていないかも知れないが、一応今日から新年度のスタートとなってる。なので、ある程度は部門ごとに話し合いは出来ているんだが、全体の情報として今年の目標と動きを各部門から発表して貰い全体で共有しよう。」
まずは営業部から。高知での本格的な仕事が始まって約7ヶ月が経った。その間に営業部としては賃貸中心に管理物件を増やして、単身者・学生向けのアパートとしてリノベーションや運営を行ってきた。今年度の目標としては民宿の管理を始める事。それに関しては相当に人員も必要となる為、今年度の目標はオープン出来るのは芸西村の宿泊施設も含めて3件が限界だろうと言う推測だ。来年度に向けては管理物件を増やしつつ、施設管理・運営の人員をアルバイト含めて充実させたい狙いだ。
「やはり相当空き家となっている物件が多いです。しかも県だけじゃなく市町村でも把握出来てない物件ばかりで、地主さんや管理会社にお話を伺いに行っても結構前向きなお話に発展する事が多いです。問題はやはりうちの会社で運営全てを管理しますので、地主さんはそうでもないですが管理会社としてはあまり旨味が無いと言うのが最後の壁になっている感じです。そしてここの所、うちが物件購入範囲を広げている事もあって、値段を釣り上げている物件がチラホラ出始めました。」
まあ、その辺は予想の範囲内だ。こちらは高い金額で買わなくても検索範囲を広げていけば正直いくらでも空き家などはある。足元を見て売ろうとする相手はその後管理が始まってからも色々と揉めることが多いので、こちらとしてはそうなった時点で候補から外す事が多い。
「じゃあ、秋山。大きな目標としては?」
これは今年度や来年度に関わらず、自分達がモチベーションを上げる為に達成を目指したい先の目標を聞く事にしている。
「安芸市、いえ、出来れば芸西村のスタジアム近郊に我が社管理のビジネスホテルを建てたいです。前に皆で話したボールパーク計画を少しでも現実味持たせたいです。」
周りの皆からも「おぉ~!」っと声が漏れる。秋山は恥ずかしそうだが、俺は良い目標だと褒める。
次はシステム部と広報部がメンバーが被っている為、同時に発表となった。北川としてはチームのホームページの充実を図る為にグッズ販売とオンラインストアを作っていきたいと言う希望だった。これに関してはグッズ製作やデザインなどもあるので各部が協力して進める必要がある。そして広報としては今、かなり順調に登録者数が伸び始めたYtubeチャンネルのコンテンツ充実を図りたいと言うのが最優先目標のようだ。そして県リーグの試合を動画として挙げられない問題点をどう別の方法で広報するかを模索している。
広報部の大きな目標としてはYtubeチャンネルの登録者数1万人突破。出来れば大きく100万人と言いたいが、Jリーグ公式チャンネルですら50万人ほどなのだから、あまりに高すぎる目標は逆にモチベーションを下げかねない。
現在の登録者数が622人。1万人はあながち無理とも言えない数字だ。何とか今年度中に県リーグの勢いに合わせてアピールしていきたい。
さて、次は設計・リノベーション部門だ。岩崎と共に並んでいる山下は完全に『借りて来た猫』状態。岩崎の独壇場となった。設計部としては早急に宿泊施設の設計を仕上げない事には、せっかく営業部が契約してくれたリノベ物件の設計にも取り掛かれない状態だと言う。これに関しては真子と岩崎が話し合い、リノベ物件専門で本社から設計部の社員を特別チームとして半年限定で手伝いに回す事になった。本社とはデータと打ち合わせでやりとりしながらになるが、坂口さんを宿泊施設に集中させる事が今は一番有効だと言うのが真子の判断だ。
当然ではあるが大きな目標は宿泊施設の完成と稼働。これなくしては設計部もリノベーション部も空き家再生事業に乗り出せない。そして、はっきり言って人員が足りないと言うのが部門からの要望だった。これに関しては来期の社員募集でしっかり確保出来るようにするつもりだ。それまでは本社の特別チームに頼らざるを得ない。
今は会社としての収入はアパートの家賃がメインとなっている。今現在で管理物件は18棟、112部屋。これを今年度中に50棟まで増やしていきたい。その為には移住事業も本格的に進めなければならない。有難い事に管理物件の空き室は無い。この状態を維持しながら東部地区での仕事と住居を作っていければ。まぁ、なかなかの難題だ。
さて、ここで部門からの報告が終わり運営と言うか、俺と常藤さんからの今年度から取り掛かる事を全体で共有する。
「まずは農園関係で言うと今年度中に販売所のオープンをする。自社農園の作物を売る事ももちろんだが、西村さんからも提案して貰って西村さんの畑で育てている野菜も取り扱える事になった。これで年間の販売できる野菜の量はかなり賄えるようになる。まぁ、西村さんに販売額を決めてもらって、うちは手数料を取らせてもらうような形になる。」
販売所で必要な手続等はそんなに難しいモノではなく、どちらかと言えば漬物やジャム等を作る為の加工品販売の許可の方が大変そうだと感じたほどだ。これに関しては今後条例が厳しくなる可能性もある為、衛生面や作業スペースと販売スペースをしっかりと分ける等の対策を事前に徹底する事とした。
販売所の予定地として挙がっている候補地は2つ。
国道55号線をスタジアムから言うと1キロほど西に行った琴ケ浜と言う地域に元々コンビニを営んでいた空き地がある。その両隣の敷地も空き地となっている。今の所は駐車場20台分の敷地も含めて確保出来るのではと言う広さ。
もう一つは芸西村の西部。南国安芸道路と呼ばれる高規格道路の芸西西IC。国道55号線との合流地点に大きな廃倉庫と空き地がある。これも持ち主はいるが、現在は使用されていない。こちらは店舗と駐車場30台は確保出来るくらいの広さ。
「恐らく今期のうちの支出は偉い事になる。ほとんど俺の持ち出しではあるんだが、下手すると今期と来期で予定してた10億を使い切るかも知れない。」
この言葉には誰も驚かない。それほど急ピッチで環境を整えて来た。サッカー部の環境もそうだが、会社としての収入を得る為の環境づくりもそうだ。そこに時間をかけすぎると真綿で首を絞められるように赤字に苦しめられる事になる。それならば予定を前倒しして販売所や管理物件の充実を急いだ。
常藤さんが言葉を足す。
「ヴァンディッツの今期の県2部リーグ参戦中にグッズの販売を開始します。これは決定事項です。今の予定としてはユニフォーム・応援の手旗サイズのフラッグ・タオルマフラーは必須だと思っています。その他にも話し合いをしながら5月末までに種類とデザインの暫定はしておきたいと考えています。これに関しては私と冴木さんで担当し、若い皆さんの意見を随時取り入れながら進めていく予定です。」
ここで司が手を挙げた。
「これだけの支出を集中させて会社とチームの維持は大丈夫なんでしょうか?」
不安はご尤も。しかし、いつまでも大口の支出予定を残しておきたくなかったと言う事もあった。自分の金銭的体力と会社内の立場もいつまで維持出来るかは俺ですら予想が付かない。であるなら、自由に動ける間にやってしまおうと言う結果になった訳だ。そうでなければ販売所も民宿も予定では来期から始めるはずだった。
今期はアルバイトも含めてデポルト・ファミリアは人員の充実を図らなくてはいけない。
不安な事も多いが全体会議はある程度の方向性を共有して終了した。
ここからは農園部門の話し合いになる。西村さんも到着して今後の農園の作物のスケジュールや販売所を始めるうえでの年間の収穫量の予測などを行っていく。ホテルで缶詰設計作業をしていた真子も西村さんにご挨拶がしたいとこの時間から参加している。
「と言う感じで販売所を建てるつもりでいますが、西村さんとしては今の農園でアドバイス出来る事があるとすれば何がありますか?」
西村さんは俺の質問に腕を組んで「うぅ~ん....」と悩み始める。
「まぁ、やれる事ぁいっぱいあるけんど、それもこれも手ぇ付けたら収まりつかんなるろうき、いくつか決めてやっていくのが良いろうけんど。どうしたもんやろうねぇ。」
確かに手を広げようと思えばやれる事はいくらでもある。しかし、それも人手がいてこそ出来る事であり、今の人数でやっていく事を思えばやれる事は自ずと限定されてくる。
「まぁ、尊(望月)らぁも言いゆうけどビニールハウスをそんなに広ぅない範囲でやってみるがぁは良ぇかもしれんねぇ。」
「なるほど。全く見当が付かないんですがどれくらいかかるもんながですかね?」
「まぁ、そりゃぁやる範囲もそうやし、ハウスをパイプハウスにするか鉄骨にするかでも桁が変わる金額になるし、あとは覆うビニールの種類でも値段は全然違うきねぇ。」
「今の僕らでやれる範囲って言うとどれくらいでしょう?」
「まぁ、狭くて20a。広くても1haくらいにしちょいた方が良いろうねぇ。」
「分かりました。これって言うのは業者に建ててもらうもんなんでしょうか?」
「まぁ、鉄骨になれば業者に頼まな怖いきねぇ。でもパイプハウスやったら農家辞めた人らぁが譲ってくれたパイプハウスの材料がうちの倉庫にあるき、使うてくれてかまんで?」
思いがけぬ提案だがそこまで甘える訳にはいかない。
「いやいや!それはダメです。こちらでちゃんと構えます。」
「そうは言うても直売所もやろうと思いゆうがやろ?ちょっとでも抑えれる所は抑えんと財布も限界はあるで?まぁ、うちにある材料も全部が使える訳やないき、使えん分は買い足して建てれば良いき、うちのを安ぅ売っちゃらぁよ。」
「........甘えさせていただきます。」
「うんうん。冴木君はやっぱりちゃんと分かっちゅうね。それで良い。」
満足そうに何度も頷きながら西村さんは嬉しそうだ。甘えさせてもらおう。たしかにこれから農業を本格化させていけば、施設費はうなぎ上りに高くなる。こちらでも多少は調べたが、鉄骨ハウスで5aの広さを温度管理出来るようにしようと思えば軽く2000~3000万は吹っ飛ぶ。
そりゃ建てる事は出来るだろうが、商売とするならばそれを回収出来るだけの収入に変えなければならない。まずは30aをパイプハウスで管理して、うちのメインと呼べるような作物を作る。まぁ、これは専門の皆に任せる方が無難だ。
望月と和瀧もその旨を理解し、西村さんと相談して買い足す部材の見積もりを早急に立ててこちらに回すようにした。
さて次は販売所の相談だ。
「西村さん。販売所に関しては現在は野菜と加工品の取扱いに限定しますが、将来的には地場産品とかの扱いも出来ればと考えてます。」
「
「それも考えましたが、JA何かに睨まれませんかね?」
「JAが絡んでない道の駅はいくらでもあるで?それに夜須の道の駅からこっちは安芸駅の直売所まで東部に道の駅は無いき。芸西村も嫌とは言わんと思うけんど。」
確かに道の駅に絡む事が出来れば敷地の確保も自治体の力を借りる事が出来るので、自分達で確保するよりも大きな敷地を用意できる可能性もある。
しかし、道の駅に会社として関わる一番のデメリットは道の駅は本来『管理するのは自治体』。民間企業が運営する場合もあるが、それもほとんどが自治体からの委託と言う形。ここは本社の法務部にも相談してもう少し詰める必要がありそうか。
しかし、時間が無いなぁ。やはり焦りは禁物だ。
農園としては『ビニールハウスの設営』と『年間収穫量の安定確保』、そして『直売所の道の駅化か直接管理か』の3点が今年度の課題と目標って所だろうか。
夕飯の時間も近くなるので西村さんはここで帰宅。しかし、良い話し合いに参加させてもらったと言ってもらえた。これからも定期的にこうして意見を聞ける機会を設けよう。
この後はVandits安芸、サッカー部の全体ミーティングだ。それまでに夕食を済ませようと言う事になり、真子と二人で真子達が宿泊しているホテルのレストランで食事を済ませる。子供達は真子の両親が東京に暮らしているので、そこで預かってもらっている。ご両親には申し訳ないが、真子曰く、ご両親も孫が何泊もしてくれる事がなかなか無いのでとても喜んでくれているらしく、子供達も遠慮なく甘やかしてくれる祖父母が大好きなのでご心配なくとの事だった。
「設計の方はどう?」
「あと4日頂戴。笹見さんの方にも話は済んでるから。」
やはり仕事、特に設計やリノベーションの事に関しては真子に任せた方が合理的で仕事も当然早い。本社からも許可を得て助けてくれているのだから、全力でお任せするに限る。下手に口を出せばこちらも巻き込まれ兼ねない。
「ただ、どう考えたって人員は足りなさすぎよ。来年度は相当気合入れて新卒社員取らないと皆働き過ぎて仕事嫌になって本社に帰られちゃうわよ?」
冗談として聞けないな。気を付けないと。しかし、設計やリノベーションと言うのはそこらの学生を捕まえて「ほい、やってみろ」で出来る仕事ではない。中途採用も含めて急がないといけないな。
少し気分が下がり目の夕食を終え、部員寮へと向かう。既に板垣、常藤さんは揃っていた。部員達は真子がいる事に驚いていた。
さて、本日最後のミーティングを始めましょう。
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