第35話 様々な試み

とある日 <八木 和信>

 あれ?千佳さん、お疲れ様っス。え?何っスか?これ。

 撮影?あっ、Ytubeチャンネルの奴っスか?でも、俺なんて撮っても面白くないと思うんスけど大丈夫なんですかね?


 《八木君がサッカーを始めたのは何歳?》

 4歳っス。三人兄弟で一番上の4歳違いの兄ちゃんと2歳違いの姉ちゃんがサッカースクール通ってたのに付いて行ってたのが始まりですね。ちなみに姉ちゃんは今、なでしこ2部の愛媛FCレディースにいますね。偶然、兄妹二人が四国でサッカー続けてます。

 で、最初は遊びみたいな感じでやってたんですけど楽しくなって、兄ちゃんが中学入って部活行き始めてスクール辞めた後も自分はずっと通ってて。そのまま続けてたら中学の時に地元のJリーグチームのジュニアユースのセレクションを受けてみないかって監督に言われて、受けたら受かっちゃったみたいな感じです。


 《高校ではユースには進まなかったんだよね?》

 サッカースクールでずっと一緒にやってた奴らが同じ高校のサッカー部だったし、ジュニアユースでもレギュラーで常に出れてる訳じゃなかったから。だからチームに話して部活を優先させて貰いました。


 《世代別の強化選手に選ばれてJヴィレッジにも呼ばれた事あるんだよね?》

 って言っても合宿一回お試しみたいな感覚で呼ばれただけっスよ?二年のインターハイ千葉予選で決勝までは行けたんですけど、勝てなくて。でも、予選通してアシスト一位取れたのを評価して貰えたって感じだったんだと思うっス。


 《そこまでの評価を貰ってたのにプロを目指さなかったんだ?》

 いやいや、同世代バケモンばっかりですから。高校時代は関東Pリーグ得点王の前田大然いるし、他にも旗手君とか三苫君とか高校もすごかったけど大学行って本領発揮してる奴らガンガンいるんスよ?さすがに自分の実力を知らされた感があったっス。


 《合宿とかではその辺の選手とも練習した?》

 しましたよ。でも一番衝撃を受けたのは堂安かなぁ。一個下なんですけど、あぁこれが世代最強のMFなんだろうなって。ポジションも被ってたし、しかも同じレフティ(左足が利き足)で。もう世代代表どころかプロやA代表目指す中でも一生追い続ける立場になるんだろうなって。

 高校卒業の時にJ3のクラブから誘いもありましたけど、その頃サッカーやり切った感が自分の中にあって。こんな状態でプロになってもすぐに解雇になるなって思って、上本食品の内定決まってたし。....まぁ、逃げたっスね。挑戦する事から。


 《そんな状態ですぐに高知本社に異動願い出してるよね?》

 サッカーは趣味程度は続けたいって思ってたし。プロになるんじゃないなら楽しめるかなって。でも、千葉工場にはチーム無くて、そしたら工場長が「まだ新人だからどこの職場でも新人なんだから異動願い出してみるか」って言ってくれて。それで高知本社の勤務になったっス。


 《高知本社のチームではどうだったの?》

 やっぱ楽しかったっスね。もう大会とかプロとかそう言うのが目の前から取っ払われた感じで。皆優しいし、でも真剣だし。まぁ、何人か困った人はいましたけど。あっ、ここは載せないで欲しいっス。


 《プロになりたいって思えたきっかけは?》

 まぁ、冴木さんに出会えたのが一番大きいですけど、それ以前にも司さんのプレイとか見てて自分より一回り以上も年齢上なのに体の当たり強いし、足元上手いし。なんでプロに、って言うかプロを目指せるチームにいないんだろ?この人ってずっと思ってて。でも、話しをしていくうちに司さんも自分と同じように夢に蓋した人だったんだなって知って。


 《ヴァンディッツ設立は八木君の中でどうだった?》

 うぅ~ん....難しいっスけど、あの時は自分がプロって事より司さんと一緒に挑戦したいって気持ちの方が強かったと思うっス。俺らを引っぱってくれるこの人はこんなにスゲェんだぞ!って知ってもらいたいみたいな感覚って言うか。

 で、芸西村来るまでの間の練習とか実際、デポルト・ファミリアに入社してからは『自分がプロを目指す事がチームの底上げに繋がる』って意識に変わっていって。今は何が何でもプロ行くぞって感じです。


 《サッカー以外での今の生活を話せる範囲で。》

 いやぁ、もうずっと畑っス。楽しすぎて!絶対向いてないと思ってたんですよ。サッカーは大丈夫なんスけど、私生活結構大雑把で。望月さんにも結構叱られるんですよ?でも、何か畑の事は楽しく手ぇ抜かずに出来るって言うか。やっぱ作ってるモノが自分だけの物じゃないって西村さんと登君(和瀧)に教えてもらってからかなぁ。「この畑で作られてる野菜のほとんどが自分以外の人の口の中に入るんだから、無責任な事はしちゃいかん」って。分かってたつもりだったっスけど、ほんとつもりなだけで。結構、自分の中では大きな変化だったと思います。精神的に。


 《今はサッカーで一杯かも知れないけど、農園でやってみたい事はある?》

 もう少し人数増えて作付面積も増えたらいよいよ販売所のスタートだって冴木さんが言ってたんで。それが今は楽しみで仕様が無いっス。漬物とかジャムとか加工品の為の簡易作業所も予定地は決まったって言ってたし。宿泊施設よりもう少し山の方に行ったトコに梅の木を植えてる畑も購入して、本数増やして梅畑にするって言うのも今年から始まったんです。梅ジャムと梅干を特産品にしたいって。めっちゃ楽しみなんですよ。


 《さて、最後の質問。いよいよ県リーグが始まります。意気込みと国人衆の皆さんへのメッセージはありますか?》

 自分達の意気込みとしては当然1部への昇格が絶対条件って所は変わらず一年間意識高くやっていきたいっス。でも、国人衆の皆さんへって事なら、まずは『楽しんでもらいたい』っス。それはサッカーの試合だけじゃなくて、これからデポルト・ファミリアとしてやってく農園や販売所もそうだし、宿泊施設が完成したらそれも楽しみにしてもらいたいし。何よりスタジアム出来たら見に来て貰いたいってのもあるかなぁ。

 まだ国人衆の皆さんと沢山話せてる訳じゃないっスけど、やっぱサッカーを生で観るのが初めての人も多くて。だから、芸西村や安芸市の人達の休日の楽しみって言うか、日常の風景になりたいっス。うちらのチームの応援が。まぁ、偉そうかも知れないっスけど、それが今は楽しみです。



 ・・・・・・・・・・

2018年3月28日(水) Vandits事務所 <冴木 和馬>

 4月にアップ予定の動画を見終わる。今回の動画は選手をピックアップしインタビュー形式の動画を撮ってみる事にした。内容によってアップするかを検討する事にしたので、数名の選手にインタビューを行った。インタビューの合間には選手やその家族からお借りした写真などを差し込んでみたり、農園や事務所で働く姿も短いVTRで入れたりもしている。


 「どの選手も良いな。でも、チームの最初ってなるとインタビューの内容的に八木が一番良い感じに思えるけど、皆はどうかな?」


 俺の問いかけに常藤さんと坂口さんが答える。


 「確かに非常に良い内容に思えました。中心選手として活躍が期待されている、実力的にも頭一つ出ている八木君ですらも学生時代には挫折を味わっていた。そして、その心を高知でもう一度奮い立たせたっていうストーリーは非常に熱くさせてくれるモノがあります。」

 「私もそう思います。何より農園での仕事ぶりを見られるって言うのも国人衆の人達からすると嬉しいんじゃないでしょうか?特に県外で応援してくれてる人は試合の動画や画像は何とか目にする事は出来るかも知れませんが、こう言った仕事中の風景と言うのはレア感みたいなのもあると思います。」


 確かになぁ。こう言った事でヴァンディッツの選手達がサッカー以外での活動を目に出来るってのは非常に良い機会だろうし、定期的に掲載出来れば良いなぁ。

 企画が立ち上がった当初は一番最初にインタビュー動画の候補に挙がったのはやはり司だった。チームの精神的柱であり、チーム発足のきっかけとなっただけに周りからも当然司だろうと言う意見が多かった。

 しかし、インタビューを撮ってみると司の性格上、非常に硬い内容になってしまい自分のサッカーでの挫折やここまでの実績も含めて、内容が他のメンバーに比べると少し悲壮感が漂い過ぎているように思った。選手インタビューの一回目と言う事もあってあまり内容が重くなり過ぎないようにしようとなり、仮編集が終了した動画を見比べていた中で八木が良いだろうと言う判断になった。


 他にもどんな動画企画があるだろうかと杉山さんや常藤さん、そして高瀬も加わって話し合いをしていると玄関から「戻りましたぁ!」と元気な声が響く。

 芸西村の宿泊施設の工事の進捗具合を確認しに行っていた坂口さんと山下、古川が戻る。進捗具合と言っても改修が本格的にスタートしているのはサッカーグラウンドのみであり、宿泊施設は耐震設計上問題がある部分の壁や床を壊し、耐震補強をする事から始まっているので部屋の改修や間取りの見直しにはまだ至っていない。


 「おかえり。どうだった?」

 「グラウンドピッチの方は来週から芝を貼るそうです。土の入れ替えが終わり、床砂も敷き終わりましたのでここからは芝を敷いて目砂を撒いて転圧。そこから養生と芝の定着を行うので、早くても2ヶ月は欲しいそうです。」

 「そうか。まぁ、2ヶ月と言っても当初の予定よりはかなり早いな。その頃にはまだスタジアム設備の方が間に合ってないだろうな。完全にお客さんを入れられるようになるのは8月以降って感じだな。まぁ、夏場はお客さんの負担も大きくなるからこけら落しは秋だな。」

 「そうですね。急いでやるよりもしっかりと準備期間を設ける方が良いと思います。それにチームとしてしっかり使えるのは来年からですからね。それまでは練習場としての役目が大半でしょうから。」


 実はこの宿泊施設の敷地には合計6面のテニスコートがあった。二面づつの敷地が3カ所だ。そのうち、サッカーグラウンドの横に駐車場と共に併設されていた2面分のテニスコートは取り壊して駐車場とする事が早々に決まっていた。

 他の2カ所は隣りあわせであったのだが、場所が敷地入り口をぐっと奥に入り、宿泊施設よりもさらに奥の野球場へ上がっていく山道の途中にあるので駐車場にするには利用客が敷地の中を車で抜けていくと言うあまり管理側からすると宜しくない動線になりかねないと言う話になった。


 その中でスポンサーでもあり全体の施工でお世話になる笹見建設の方々にも相談させてもらった時に、メイングラウンドとは別に練習の為だけのサブグラウンドを作ってはどうかと言う話になった。サブグラウンドは人工芝もしくはハイブリッド芝にして、観客席は設けずトイレや更衣室などの最低限の施設だけを付ける。

 そうする事でメイングラウンドの芝の養生をしたい時にも練習場所は確保出来るし、遠征等でチームがいない時には外部の団体に貸す事も可能だ。そのアドバイスを受けて設計はうちが、施工は笹見建設さんが、そして芝の施工と管理を高知県東部で園芸などをしている『東部園芸緑地』さんが担当する事となった。東部園芸緑地さんとしてもサッカー用グラウンドの施工は初めてらしく最初お話を持って行った時は社長さん含め少し及び腰だったのだが、若手の職人さん達が中心となり社長を説得してくれて無事に引き受けてくれる事となった。


 「さて、問題は宿泊施設の中の設計と体育館・剣道場の再利用計画を詰める事だな。坂口さん、そっちの進捗具合は?」


 俺がそう尋ねると坂口さんだけでなく、設計組の中堀や入船の顔色も悪くなる。やはりまだ出来ていないか。


 「申し訳ありません。利益ベースを考えながら宿泊用の部屋数などを検討していたんですが、なかなか決め切れなくて。」

 「うぅ~ん。耐震補強の工事もそろそろ終わりが見えて来てるから、笹見さんとの打ち合わせも考えると来月半ばにはこちらとしては笹見さんにお見せできるだけの案を作らないとあちらさんにも迷惑がかかる事になるぞ?」

 「はい。申し訳ありません。」


 今までの本社での設計チームとは違い、設計を本格的に仕事として来ていない中堀と入船を従えた状態で、実質設計しているのは坂口さんだけだ。当然、本社の設計チームも相談や提案などでは補助に入ってくれてはいるが、当然あちらにもあちらの仕事がある。こちらにかかりっきりにとはならない。


 「やっぱり急ぎ過ぎてるかなぁ。どうする?笹見さんと話して工期に余裕を持たせる事も今ならまだ可能だぞ。」

 「........」


 即答出来ない程の遅れなのか。これはちょっと不味いな。まぁ、本人には悪いが用意していた対策を講じるしかないだろうな。


 「坂口さん、先に謝っておく。すまん。」

 「え?」


 不思議そうに俺を見ている坂口さんに構わず、俺はリビング横のサッカー強化部の部屋のドアを叩く。そこから現れたのは、その部屋の主の板垣では無かった。


 「私に全く相談も無いから、上手く設計が進んでるのかと思いきや、まさか施工会社に迷惑をかける段階にまで追い込まれても本社を頼らないなんて!!見くびられたもんね!自分で何とか出来ると思ったの!?」


 畳みかけるように坂口さんに降り注ぐ説教。坂口さんは目を見開いて何も言えなくなる。


 「どうするの?一人でやるの!?頭下げるの!?今、決めて!!」


 その厳しい言葉に坂口さんはゆっくりと頭を下げる。


 「ごめんなさい。助けてください....真子さん。」


 坂口さんの前で腕を組んで仁王立ちしているのは、『修羅姫』こと冴木真子。ファミリアのエース設計士だった。その後ろに控えるのは同じく本社設計部門の岩崎晴香。共に二人で創業当時からファミリアの設計部門を支え、そして何より坂口さんを育て上げた二人だ。


 「馬鹿ね。意地になって。早く真子さんと私に泣きつけば良かったのに。」

 「ごめんなさい。晴香さん。」


 今にも泣きだしそうな坂口さんをゆっくりと抱きしめて背中をさする真子。坂口さんは小さな声で「ありがとうございます。ごめんなさい。」と真子の胸にしがみ付く。


 すると岩崎がパンっと手を叩き一気に雰囲気を変える。


 「はい!設計部の中堀君と入船君、高瀬君、だっけ?必要なデータをノートPCとメモリに取り出してホテルに向かいます。今日から1週間は缶詰です。あっ!君達はサッカーの練習は行って良いからね。それ以外はホテルで私達の補助をしてください。良いっ!?」

 「「はいッッ!!!!」」


 体育会系に有無を言わせぬこの雰囲気。さすがは修羅姫の一番弟子だよ。

 さぁ、修羅場が始まる。東京からのメンバーの背中には今、冷や汗が流れているはずだ。

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