第34話 選手の成長
2018年3月18日(日) 市内某グラウンド <冴木 和馬>
高知県社会人サッカーリーグ2部への参加を目前に控えた最後の練習試合。相手は同じサッカーリーグ1部に所属する『ウェーブオーシャン』。セレクションでヴァンディッツへの加入が決まった大野慎一が所属していたチームだ。
グラウンドでは両チームの選手達がウォーミングアップをしている。今日の観客は相手のチームも合わせてざっと100名近い人が来ている。ウェーブオーシャンのユニフォームを着ている人が何名か固まって座っているので、ウェーブオーシャンの応援はそちらに固まって、自然とうちの応援は観客席の逆側へと集まっていた。
相手チームにも了承を得て、ベンチ席には学生の運動会で使われるようなテントを設置させてもらっている。グラウンドに常設されているベンチはベンチ席と言っても、本当に文字通り3人掛けの背もたれの無いベンチが二脚置かれているだけだ。それを覆うようにテントの後ろ側の足を半分だけ伸ばし、前側は完全に伸ばして斜めにテントを設置して土嚢で動かないように固定する。こうする事で背中側からの直射日光を遮り、しかしテントの下は隙間を空けているので風は通る形だ。
このテントをうちと相手のベンチに2つ、合計4つ設置してパイプ椅子を数脚用意した。ウェーブオーシャンの皆さんからも感謝の言葉をいただく。こちらだけ用意すると言うのも申し訳ない。主催はうちのチームなので。
全ての準備が整い観客席へと運営スタッフは向かう。本来ならベンチ近くで不測の事態が起こった場合の対処もしたいが、控えメンバーの方がその辺は慣れているし何かあったとしても観客席からはすぐに駆け付ける事も出来る。
円陣を組んだメンバーの掛け声が観客席まで聞こえてくる。それに応えるかのように駆け付けてくれた観客と国人衆の皆さんが声援を送る。
試合が始まる。こちらの情報はたった数度の練習試合にも関わらず、相手チームにはレギュラーメンバーや戦術はデータとして入っているのか、MFの八木と司へのプレッシャーが今までの対戦相手に比べるとかなりキツく感じられた。
しかし、右のFWに入っている鈴木と左サイドバックに入っている岸本の高卒組が一生懸命動き回り味方のパスコースの選択肢を作ろうと走り続ける。
MF右サイドの大野が相手の布陣を見ながら、サイドからポジションやコースの修正を叫ぶ。ここはやはり古巣の戦術を一番知っている者として率先して声を張り上げてくれている。
前半30分を超えた所でMFの司が相手のマークの隙を突き、一列前の五月へと鋭いパスを通す。五月はそのパスを背中に相手選手を張り付かせながら受けると思ったら、そのまま体勢を入れ替えながらワンタッチで相手選手を振り切り自分の進行方向から消す。
そして相手の最終ラインの間を抜く鋭いパスを通すと、そのパスに反応していた鈴木がシュートを打つ。しかし、そのボールはゴールポストをかすめてフィールドの外へ。
観客からは大歓声の後の落胆の声。しかし、膠着状態だった試合に決定機が生まれた事でボルテージは一気に跳ね上がる。第一戦で手拍子した「GO!GO!ヴァンディッツ!」の掛け声を今回は三原さん達が率先して声出しをしてくれる。
その声を聞いた相手チームの観客達も普段のリーグ戦などでやっていると思われる応援を始め、チームの後押しを図る。
「やっぱり1部リーグのチームとなると、あぁやって応援団にもまとまりがありますね。」
俺の感想に常藤さんは先ほどのチャンスを残念がりながらも説明してくれる。
「冴木さんもこれまで事務所で数多くの試合をご覧になっていてお気づきだと思いますが、あれがいわゆるチャントやコールと呼ばれるサッカーの応援スタイルです。定番としてあるのは皆さん誰もが知る様な有名な曲の歌詞を変えて応援歌とするスタイルですね。チームによってはオリジナルの曲でチャントを作っているチームもあって、その曲を聞けばそのチームの根っからのサポーターであれば、体の中の血が沸く感覚がすると言われるほどです。選手達にとっても自分達の背中を押す大変大きな要因である事は確かだと思います。」
こう言ったモノもうちには必要だろうが、それこそこう言った応援はこちらから用意する物ではなく、サポーター(うちでは国人衆)の皆の中から自然と作られるものなのだろうと考えていた。
試合は相手チームがだんだんとこちらの新メンバーとフォーメーションに対応し始め、更に均衡は崩れにくくなっている様子だ。どちらもDFラインがしっかりと統率されていて攻撃陣はそこを崩し切れないでいる。短いパスの連続で崩そうとしてみたり、サイドから、長いパスでと色々と手は尽くすがお互いに先ほどの鈴木のシュート以外に目立った決定機が無いまま前半を終える。
ハーフタイム中に観客席からメンバーを見ていると、落ち込んだりイライラした感じは見られない。それよりもどちらかと言うと新メンバーがしっかりと相手に崩される事無く失点をしていない事の方を重要視しているようだ。
観客席にいた三原さん達に挨拶しながら雑談していても、「新メンバー良いですね。」や「大丈夫。こっからですよ!」とこちらも意気は高い。
後半からは大卒FWの飯島に変えて中堀、高卒DFの岸本に変えて和瀧を投入。右サイドバックを守っていた大卒DFの小林を左に動かし、和瀧が本来の右サイドバックを務める。
常藤さんの説明によれば、これこそセレクション組がレギュラー組に組み込まれた中で実力を発揮できるかどうかの一番のポイントになる布陣だと考えているようだ。体力的な面でまだ劣る岸本と、前半の様子からレギュラー組との連携に少し不安を感じる飯島をレギュラー組に変える。そこでの新たな連携を見る。
後半が始まる。交代を告げられた飯島は悔しそうにピッチを見ている。しかし、その隣に座り小さなマグネット式の作戦ボードを広げて、飯島に何かアドバイスをしている樋口。飯島もピッチを時折見ながらも真剣な眼差しで樋口の言葉に頷く。
体力面で劣っていると自分で分かっているからこそ、前半から積極的に動いて相手を揺さぶる役目に徹した岸本。本人も当然悔しさはあるだろうが、今自分がチームで出来る事をしっかりと全うしていた。
それを見ていて俺は率直な思いを隣にいる常藤さんと雪村さんに零した。
「見ている方は複雑ですね。新しいメンバーの可能性が見える楽しみもありますが、ああして交代させられて悔しさを噛みしめるメンバーの顔を見てると、普段からの努力を見ていない訳では無いので胸が苦しくなります。」
その言葉に二人は頷きながらも雪村さんは真剣な表情で答える。
「それこそが冴木さんの仰っていた趣味ではないサッカーの最たる物なんだと私は思います。それはきっとこの先も私達だけでなく、国人衆や譜代衆、そして新たに加わってくれるサポーターの皆さんも感じる事なんだと思うんです。それがプロスポーツと言うモノなんじゃないでしょうか。」
「そうですね。雪村さんに私も同意です。それを彼らが一番理解しているからこそあぁしてピッチを離れた後も腐る事無く助言に耳を傾けられる。この意識をずっと持ち続けて貰いたいですね。」
普段から共に練習し、生活し、仕事をしながらもピッチの上ではその活躍の場を争う間柄。学生スポーツをしてこなかった俺にとっては、それが苦痛に思える。なぜ畑で共に作物の成長を喜び合う仲間とポジションを競い合い、自分の名前が呼ばれない事に悔しさを覚えなければならないのか。
しかし、彼らが生きる世界はそう言った関係性の中に成り立つものなのだ。『チームの勝利』と言う最大であり唯一の目標に向かって全員が意識を共有する。その為には犠牲や苦痛は当然ついて回る。そしてその環境を作ったのは他の誰でも無い俺なのだ。だからこそ、俺にも覚悟が必要なのだ。中堀と樋口に将来の選択を突きつけたように、皆に上本食品を辞めて新たな出発を後押ししたように。
彼らの歩む道を示した自分がその苦痛から苦悩から逃げてはいけない。そう思いながら彼らを見つめていた。その先には相手ゴール前で抱き合う選手達と、ベンチでハイタッチをしているメンバーの姿が眩しく映っていた。
・・・・・・・・・・
同日 試合後 <雪村 裕子>
試合は無事に3対1で勝利を収めました。3対0の試合終了間際に相手の見事なカウンターに前半から動かされ続けた中盤と最終ラインが上手く連携出来ず、このチームでの初失点となりました。
試合後にはまたスタッフの皆さんで観戦に来てくれた方にアンケートのご協力とドリンクの配布をします。ドリンクは当然相手チームの応援の方にもお配りして、観客の方にもお礼と「もし宜しければ....」とアンケートをお願いしています。
今回は相当な枚数のアンケートが取れそうです。今後のサポート運営にも役立てられそうな感触があります。
今回は観客の皆さんのお見送りの時に選手達の総括はしませんでした。今回もそれをしてしまうとリーグが始まった後も定型化してしまいそうだと言う板垣監督の心配もあったので、今回を機にお見送りの写真撮影や皆さんとの触れ合いだけにしようとなりました。
今回も有澤さんは大阪から駆けつけてくれていました。しかもいつの間に交流があったのか、杉山さんと仲良く話をしていて「明日にでもこちらのデータを送りますので」と有澤さんが撮ってくれた試合画像や動画もお借りしてHPの試合結果の更新やYtubeチャンネルの更新に役立たせてもらえるようです。
冴木さんが他の観客の方との対応に忙しそうだったので、私が有澤さんへの挨拶に向かいます。有澤さんは今日も満面の笑顔で手を振ってくれています。
「今日もわざわざ大阪からありがとうございます!」
「いえいえ!!こんな最高な試合を見逃したら国人衆としては切腹モノと言えるくらいの良い試合でした!」
有澤さんから聞いた所によるとネット上で好きなスポーツチームのファンが集まって交流できるサイトがあるらしく、そのサイトにVandits安芸のチャンネルもあって、そこで他の国人衆の方やチームに興味がある人と交流されているそうです。
その国人衆の皆さんの書き込みで流行っているのが「お侍言葉」と呼ばれる遊び。チームの公式命名理由の「勝ちを奪いに行く山賊達」と言う言葉と、譜代衆・国人衆と言うネーミングからそう言った遊びが始まったようです。
選手が新規加入すれば『登用』、現地応援を『出陣』、自宅での応援を『
「あっ!雪村さん。私、4月下旬から安芸市でアパートを借りて暮らす事にしましたので、また冴木さんとスタッフの皆さんのご都合が良い時にホームページ用の取材とかさせてもらいたいなぁって思ってるんですが。」
「えっ!?移住決めちゃったんですか?お仕事、大丈夫なんですか?」
私が驚いて質問すると有澤さんは楽しそうに答えてくれる。
「前にもお話しましたけど、仕事が一応イラストレーターなので打ち合わせはパソコンと電話で出来ますし、イラスト納品もほぼデータでの納品が多いのでパソコンがあればどこででも仕事は出来るんです。だから、ヴァンディッツ追いかけられる環境にいた方が仕事も捗るかなぁって!」
「決断早いですねぇ!では、冴木さんに話しておきますね。完全にこちらに生活移されたらまた教えて下さい。」
いやぁ、有澤さんの行動力は冴木さんクラスです。思いついて自分の中でGOがかかれば即行動。慎重派な私としては羨ましい部分もあります。それだけヴァンディッツに魅力を感じてもらえていると言う事も嬉しいです。
初めて観戦に来ていただけた方もいたようで、お気に入りになった選手に声をかけたいけどかけられないみたいな風景があちらこちらで。しかし、そこは冴木さんと杉山さんの日頃の選手への指導が効いています。選手の方から笑顔で手を振ったり「お疲れ様です。応援来てくれたんですか?」など積極的に声掛けやリアクションを取るように何度か社員ミーティングで指導していました。
冴木さんは常々サッカー部メンバーに「仕事中であろうとなかろうと自分が会社の広告塔であると言う自覚を常に持って欲しい」と何度も教えてきました。この言葉はあらゆるスポーツのプロチームに所属している選手であれば、当然のように自覚していないといけない事だとは思いますが、うちのチームは県リーグであろうがJリーグであろうが関係ありません。うちの会社に所属して社員としても活動しながらサッカー選手としても活動する部員の皆は間違いなく私達運営メンバーよりも周囲の注目を集める存在ではあります。
それでなくても高知県東部と言う東京などに比べれば当然圧倒的に狭いコミュニティの中で活動していますから、買い物一つ出かけるにしても「あっ、あれは○○の誰それだ」と分かってしまうくらいに県外からの移住者は目立ちます。まぁ、安芸市であればまだ芸西村に比べれば人口も多いですからそこまで気にする事も無いかも知れませんが、それでも気を配るに越した事はありません。
そう言った意味でも選手達には普段から挨拶や声掛けは積極的にして欲しいと指導していました。あっ、先ほどの観客の方にも八木君と幡君が声をかけに行ってくれましたね。観客の方も嬉しそうに握手したりスマホで写真を撮ったりしています。
こう言った小さな心配りを重ねていく事が大きな広報活動となる事は会社運営としては基礎中の基礎ですので。皆が実践してくれていてこれも嬉しい出来事でした。
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