第33話 決意の日

2018年2月11日(日) 高知市内某グラウンド <冴木 和馬>

 アマチュアのチームの公式戦でもないただの練習試合の為に大阪から!?しかも試合は午前中だった。おそらく飛行機の始発便で来るか前乗りしないと間に合わない。


 「えっと、高知には今日来られたんですか?」

 「いえ、昨日の夕方に高知市内へ着きました。昨日は帯屋町で高知のグルメ巡りを満喫して、今日はこれから桂浜と春野陸上競技場を見てから帰るつもりです。」

 「それは明日からお仕事大変ですね。あっ!明日は祝日か。」

 「あっ、私イラストレーターしてて。仕事は期限さえ守れば結構融通効くんです。それにそんなに売れてる訳でもないので....」


 なるほど。それならば高知まで来られる理由も分かるが、それでもアマチュアの試合の為に旅行ってなかなか気合が入ってる人だな。


 「私、サッカーの試合見に行く時には旅行も兼ねて行く事が多くて、だからYtubeのチャンネルには旅行観戦記みたいな感じでVlog形式で動画上げてるんです。」


 話を聞くと他のチームを応援に行っていた時も基本は泊りで観戦に行き、その土地のグルメや観光も紹介していたそうだ。

 今回、有澤さんが俺達に声をかけてくれたのには理由があるようだ。


 「実は私、今日の試合を一眼レフカメラで撮らせてもらっていたんですけど。写真と動画で。今回もまた使用許可をいただきたいと言うのと、動画の方は似非エセ実況動画みたいな感じでアップするので、それも見てもらって投稿して構わないかどうかを判断していただけないかと....」

 「なるほど。分かりました。またデータ送っていただけましたら判断させていただきます。」

 「ありがとうございます!!これからバンディッツさんの全試合追いかけるつもりでいるので、もういっその事、こっちへ引っ越そうかとも考えてて....」


 待て待て待て待て!その言葉を聞いて運営メンバーが全員焦る。この子の行動力はちょっと方向性が違う。うちの為だけに引っ越す!?まともな判断とは思えない。


 「いや、引っ越すってJリーグどころかJFLにも行けてないチームですよ?」

 「え?でも、せっかく追いかけるなら最初から全部見たいじゃないですか。私の仕事はどこかで定住しないといけないような仕事でも無いし、サッカーくらいしか趣味も無かったので。せっかく心から応援したいチームが出来たので、ここはガッツリ追いかけないとって。」

 「うちは嬉しい限りですけど。じゃあ、そうなったらぜひ一報下さい。改修中の練習場とかも見てもらいたいので。せっかくならうちの情報ガンガン動画で上げてくださいよ。」

 「えっ!?良いんですかぁ!?」


 広報は人が足りない状態。それを自ら買って出てくれて、しかもちゃんと確認を取って投稿してくれるなら断る理由は無い。

 あれ?待てよ?これ、もしかして....

 頭の中に思いついた一つの案。その俺の表情に気付く常藤さん。俺を見てそっと頷く。やっぱりそうですよね。


 「もし、また高知に来られる時はぜひ一度事務所にも顔出して下さい。農園とかも案内します。」


 有澤さんは感激して何度もお辞儀していた。そこで選手達が外に出て来た。観客の皆さんに挨拶しながら、写真を一緒に撮ったり握手したりと良い時間を過ごす。


 その後、新規入団組も含めて全員が集合し簡単な総括をする。部員達が輪になり、その外に運営メンバーが並ぶ。それを観客の皆さんと対戦相手のメンバーの数名が見ていた。

 板垣が部員達に少し厳しい表情で話す。


 「お疲れさまでした。無事に勝利を上げられたけど、満足してるメンバーは一人もいないと感じています。これで満足してはいけない。皆さんのポテンシャルを発揮出来ていない事に責任を感じています。この部分をリーグ開始までにしっかりと見直していきましょう。」


 部員達が一斉に「「はい!」」と答える。部員達も勝利しながらもフラストレーションは感じていたようだ。板垣が俺に最後の言葉を求める。


 「皆、お疲れ。試合内容はしっかりと個人としてもチームとしても反省して次に活かして貰えればいい。でも、まずは皆、周りを観よう。」


 そう言うと部員達は観客や運営メンバーの顔を見て笑顔になる。

 

 「これだけの人達が君達を応援してくれてる。今まで試合をしても観客なんて居なかったあの状況から、まず大きな一歩を皆は踏み出した。良いか。この人達を裏切る事は出来ないぞ?」


 表情にやや緊張感が生まれる。そうだ。その緊張感を持ち続けなければいけない。


 「負けるなって言ってるんじゃない。そんな事は不可能な事は分かってる。でも、チームとして掲げた目標、そして歩む道を間違えるなって事だ。良いな。もう自分達だけで趣味でやるサッカーは終わったぞ。」


 選手たちの目にグッと力が込められる。


 「じゃあ、俺が締めるのも何か可笑しいが。リーグ開始まで練習試合あと2戦。しっかり結果を求めていこう。お疲れさま!」


 パンっと手を叩く。全員が「お疲れ様です!」と頭を下げると、周りから拍手が起こる。選手達が周りの皆さんにも「お疲れさまでした。」と声をかける。


 今日はこのまま全員を温泉施設に放り込み、夕方からうちのチームの行きつけとなりつつある焼き鳥屋『鉄』で打ち上げだ。選手はそれぞれに運営メンバーの車に乗り込み、温泉施設へ向かった。


 俺は真子と子供達と話していた。


 「皆、ありがとう。楽しめたか?」

 「すごく楽しかった!!次は来れないけど、結果すぐに教えてよね?」

 「もちろん。」


 興奮した拓斗を颯一がなだめている。そうは言いながらも颯一も楽しんでもらえたようだ。やはり来てもらって良かった。


 「練習試合でこれだけ興奮するんだから、リーグが始まったら大変ね。ホントにライブでネット中継出来ないのは残念で仕方ないわね。」

 「本当に。何度か掛け合っては見たけど、前例が無く今後もその予定は無いの一点張りだ。頭の固い爺さん達がトップに居座って時代に乗り遅れたらもう手が付けられんな。」


 何か放送されたら困る事でもあるのかと思うほどに話が通じない。こちらはある程度であれば放映の為に費用も用意していると話をしているが、全くもって響かない。


 「まぁ、皆さんに報告できる別の形を模索するよ。」


 真子達は昨日から高知入りしていたため、この後帰路につく。部員達の打ち上げは監督に任せて運営チームは先に事務所へ戻る。ちなみに最終列車までに乗れば安芸駅までは迎えに行ってやると部員達には伝えてある。5~6時間は羽を伸ばせるはずだ。


 こうして第一戦は無事に勝利を収めた。


  ・・・・・・・・・・

2018年3月17日(土) 安芸高校グラウンド <冴木 和馬>

 2月25日に行われた練習試合第二戦は相手が高校生と言う事もあり、体力面で押し切ろうとする相手をしっかりと受け止めての3対0の勝利。しかし、この相手もまだ高校生であるうえに、全国大会などに出るような強豪校でも無いので、リーグ戦に向けての判断基準には少し物足りなさがあるかも知れない。


 しかし、今はしっかりと結果を残す事が大事だと板垣は言っていた。格下ならば尚の事、失点する事無く勝つ事が重要。

 三月に入り新規入団組が卒業と退職を無事に終え、チームへ本格的に加入となった。明日の練習試合では新規加入組を積極的に起用すると板垣から部員へも伝えられた。


 3月10日には全員が無事に寮またはアパートへ入って本格的に社員として、または契約社員としての生活をスタートした。やはり予想通り高校生は相当に練習がツラそうだった。そうでなくとも昼間は畑で働いて慣れない農作業を終えてからの練習である。体がまともに動く訳がない。

 多少は体力に自信があったのかも知れないが、一年間この生活をしてきた農園スタッフの部員達に比べると、スタミナと足腰の強さはまだまだ心もとない。


 板垣から今日の練習に出来れば運営スタッフの皆さんにも参加して貰いたいと伝えられ、運良く全員が安芸中学のグラウンドに集まる事が出来た。雪村さんや坂口さんは練習の見学にも慣れており、休憩の時にドリンクを配ったりタオルを用意したりと手際が良い。それを見て秋山や山下、北川達が慌てて手伝いに走っていた。


 板垣からも説明があり、今日の練習では明日の試合の為に確認程度の練習になっている。それでなくとも明日は午前中からまた高知市内へ移動して練習試合があるのだ。あまり長い時間の練習だったり強度の高い練習は試合へも影響が出る。


 練習終わりのミーティングに運営スタッフも参加する。まずは明日の試合に向けたフォーメーションとメンバーの発表。スタメンにセレクション組が全員名を連ねる。とりあえず全員試合に出てどれほどの連携を取れるかを図る。

 空いたDF1枚とMF3枚を今までのレギュラーメンバーで埋める。DFは大西、MFは司、八木、高瀬で穴を埋める。所謂、うちの主力組だ。この4人と連携が取れないようでは困ると言うのが板垣の思惑のようだ。


 板垣が全員に向けて話を始める。


 「今日は運営スタッフの皆さんにもお忙しい中ですが、参加していただきました。その理由はチームとしては去年の9~10月から動き出してはいましたが、リーグ戦に臨める体制になってのスタートは明日の練習試合3戦目が本格的なスタートとなります。」


 その言葉に選手達はお互いの顔を見合う。ここまで交代枠すら不十分なままでやって来た。しかし、セレクションで7名も加入してくれたおかげでチームは選手が増えると言う事の他に、戦術の幅が広がり、そして競争意識が生まれた。セレクション組は全員がほんの一ヶ月前まで大学や高校、そして所属チームで現役として活動していた。

 練習だけに明け暮れていたメンバーと違い、数年間所属チームでその世代での熾烈なレギュラー争いと練習をしてきたメンバーばかりだ。その点でも初期メンバーからすれば十分に競争意識を生む要因になっている。


 「明日、私達の挑戦が始まります。皆さん、準備は良いですか?とは言っても県リーグ2部。私達の実力を量る上で本当に重要になるリーグです。君達が、そして私達が目指す目的地のスタート地点です。スタートで躓けば、その後はずっとその躓きを埋める為の作業に追われる事になります。しっかりと勝ち切る事、チームとしての目標を見失わない事が唯一であり最大の課題です。」


 部員全員から大きく返事が返って来る。俺達運営スタッフもその言葉を噛みしめる。そして、板垣は中堀に全員への挨拶と意気込みを求めた。

 中堀の顔は真剣で気合が入っていた。


 「皆、お疲れ様。明日、いよいよスタートする。明日は今までのスターティングメンバーとは大きく変わった状態で試合に臨む。恐らく、今までの様な試合の入りにはならないはずだ。しかも相手は1部に所属するウェーブオーシャン。大野君が先日まで所属していたチームだ。恐らく今まで対戦したチームで一番強い。」


 そう。去年の段階で二月・三月に練習試合をするべく相手を探していた時にウェーブオーシャンさんと知り合った。快く引き受けてくれた、その中で大野はうちのチームの成り立ちを知りセレクションを受ける運びとなった。大野からすれば移籍一発目の試合が元所属先と言う事になる。


 「1部の中でも地域リーグへ進めるだけの実力を持ってるチームだ。油断・慢心する事無くしっかり自分達のサッカーを追及していこう。」


 中堀の言葉に部員達は気合の入った声で応える。そして、少し深呼吸をして中堀が話す。


 「新しく加入してくれた皆にはまだちゃんと話せてないけど、俺達の中で忘れてはいけない言葉がある。俺達がこのチームを作るにあたって全員が心に刻んだ言葉だ。皆もここで新たに心に刻んで欲しい。」


 セレクション組のメンバーの目に力が籠る。運営スタッフの皆もぐっと体に力が籠っているように感じる。


 「【逆境を諦めるな。努力をめるな。思考をめるな。】」


 空気がピリッと張り詰める感覚がした。


 「良いか。冴木さんと俺達の約束だ。これがチームの意識に無くなってしまった時点で俺達はこのチームにいる価値が無くなる。大袈裟でも何でも無い。何者でも無い俺達に冴木さんやスタッフの皆はこれだけの環境を作ってくれた。これから、俺達はそれに応え続けなきゃいけない。」


 スタッフ達も大きく頷く。自分達も分かっている。これだけの覚悟を持って臨む選手達の足を引っ張る活動は出来ない。彼らがサッカーでしっかりと結果を残せる、全力で臨める体制作りを自分達が担うのだ。


 「周りがどんなに俺達を馬鹿にしようが、アマチュアだと笑おうが、俺達はプロとして挑み続ける意識を持とう。社会人選手と言う言葉がもしかしたら自分達に甘えを生む時があるかも知れない。その時に、スタッフさん一人一人の、選手一人一人の、そして何よりファンの皆さんと支えて下さっている皆さんの顔を思い出そう。決して甘えている状況で無い事に気付けるはずだ。それを感じて、皆でこの意識を共有していこう。」


 選手もスタッフも皆が頷く。初めて意識が共有出来ている瞬間なのかも知れない。今まではそれぞれにどこかで関わっていたが、全員でそれを確認出来る場が無かった。中堀はしっかりとそれを全員に認識させていた。


 「さぁ、もっと忙しくなる。もっとキツくなる。でも....もっと楽しくなる。」


 皆の顔に笑みがこぼれる。


 「さぁ、戦の準備は良いか。まずは新体制の初戦。しっかり蹴散らすぞ!!」


 土のグラウンドに皆の大きな声が響いた。いざ!出陣でござる!!

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