第32話 練習試合初戦
2018年2月11日(日) 高知市内某グラウンド <冴木 和馬>
今日は県リーグ参加前に組まれた3試合の初戦となる練習試合だ。相手は以前にも対戦させてもらったシエスタ高知さん。シエスタ高知さんは俺達が参戦する県リーグの2部で活動されている。まさに自分達の成長を測るには最高の相手だ。
運営メンバーは秋山以外が全員見学に来た。秋山はスポンサーの企業回りでどうしても今日しか時間が取れない企業へのご挨拶に伺っている。こればっかりは仕方がない。本人は相当に悔しそうだったが。
他にも西村さんご夫婦と息子さん夫婦に子供さん。そして真子に颯一と拓斗。パン屋の三原さんと従業員の皆さん。皆、わざわざ高知市まで応援に来てくれている。
そして新しく加入するメンバー7人も全員が応援席からチームを見守る。その7人の中には五月淳也の顔もある。あの後にもう一度面接をして、無事に入社が決まった。俺といつ会えるか分からないので、五月は自宅へ帰る事無くずっとホテルを取っていたらしい。
そこからの五月の行動力は凄まじく、いつから入社出来そうか調整しようとするとすでにアパートの契約は来月末で切っているし、荷物の整理も終わったのでいつでも高知に来られると言うのだ。
じゃあ、いつでも来ればいいと軽く言ったら9日には新しく用意していた寮にボストンバックとリュックだけを持って現れた。その日から農園で働き始め、部員が言うには本当に真面目にやってくれているようだ。
他の新規入団組は決まり通り卒業後や退職後に正式に契約となる。なので、練習だけ参加して、試合への参加は練習試合と言えど俺は認めなかった。そこを曖昧にしてしまうのは良くないと思ったからだ。正式な契約が終わった後に試合への参加を許可した。
両チームがアップが終わり中央で並んで挨拶をしている。すると応援席から拓斗が大きな声で「頑張れぇ~!!バンディッツゥゥ~~!!!」と叫んだ。
その声は当然グラウンドまで届き、部員達は嬉しそうに観客席に向かって拳を突き上げた。拓斗も嬉しそうに手を振っている。
試合は前回と違い、前半は一進一退となった。相手も当然前回の内容をしっかりと反省して取り組んできている。前回は面白い様に決まった裏へのロングパスが全く通らない。しっかりとラインをコントロールされ、FWの中堀も思い切って飛び出せない。
一生懸命声を出して応援してくれてる観客の皆さん。本当に有難い。
新規入団組は集まって、どう対応するかを話し合っているようだ。俺が近くに寄っていくと急に緊張し始める。馬鹿野郎。構わずそう言う話はどんどん続けなさい。
「皆が考える対応策は?」
俺が端的に質問すると五月が答える。
「ロングパスが通らないなら、短いパスで相手を崩すのが良いと思います。でも、まだ上手く機能してなくてパスの出し手に対して受け手が動いて選択肢を増やせてないってのがキツイ気がします。」
「ならどうする?」
「僕なら馬場さんと古川さんが積極的に動いてパスコースを作ってあげるように指示します。馬場さんはスタミナあるって聞いてますし、古川さんはボランチですからまず崩す起点になって貰わなければいけません。」
「なるほど。他の意見は?」
すると大学生の小林が手を挙げる。小林が提案するのはうちの新たな戦術になりつつあるサイドアタックをもう少し積極的に使っていくというもの。今はパスミスを恐れて逆サイドに大きく展開するパスを出さない感じに見えているようだ。しかし、これは練習試合なのだから、積極的に自分達の新たな一面を試すのが良いと提案してくれた。
「なるほど。しかし相手はこの4月から県リーグで戦う相手だぞ?手持ちのカードを知られるのは後々ツラくなるんじゃないか?」
その質問には社会人の大野が自信を持って答えてくれた。
「このチームで全勝で県2部は突破する事が目標です。手持ちのカードを知られていてもしっかりと勝ちきれるチームで無ければ、全勝なんて到底無理です。これからどんどん相手がこちらを研究した上で試合に臨む事が増えます。やりたい事を出来ない事が当たり前の試合ばかりになります。そう言った試合を勝ち切る事が最も難しくて重要だと思います。」
そう語る大野の周りで新規入団組の皆が同じように頷く。なるほど、そう言うものか。
試合は得点の無いまま前半を終える。板垣と中堀が話しあい、それをメンバーへと落とし込んでいく。板垣がピッチの外から、中堀は中から気付いた事をお互いで共有し改善点を見出していく。まだまだ試行錯誤の段階だろう。
「早く自分達も皆の役に立ちたいです。」
言い聞かせるように呟いたのは高卒新人の鈴木だった。セレクションでも五月のラストパスに見事に反応してゴールを決めた選手だ。
「焦んない焦んない!もうシーズンに向けて競争は始まってんだから。焦って怪我したり体調崩す事が一番怖いんだから。まずは高校とは違う、仕事しながらサッカーするって事に慣れてかなきゃ。夏になると間違いなく選手は足りなくなる。そうなった時に全員にチャンスはある訳だからね。」
鈴木の肩を掴みながらテンションを上げようとしてくれる大卒GKの和田。何よりもこの和田がレギュラー争いの真っ只中にいるのだ。GKの枠はたった一つ。それを望月と争っている。それを新規入団組は皆が分かっているからこそ、和田の言葉が身に沁みるのだ。
「和田の言う通りだな。夏になろうと冬になろうと全員が仕事をしながらのサッカーを続けなきゃならない。全員が絶好調のまま一年終えるなんて、そりゃ漫画の世界だ。であるならば、体力有る者、若い者は夏場のベテランが体力奪われる時期にしっかりとアピール出来るように準備しておく事も大事だと思うぞ。それにすぐに出番があるようなチームはつまらないだろ。何とかレギュラー掴んでやる!ってチームの方が楽しくないか?」
俺がそう皆に問いかけると皆驚いた顔で笑っていた。大卒の飯島が呆れた顔で呟く。
「間違いなく冴木さんはサッカー選手向きの思考してますよ。普通なら出来るだけ苦労なく天辺取りたいって思うのが人だと思います。それを楽しめるって思考はなかなか湧いてきませんよ。」
ワイワイと盛り上がっている間に後半はスタートする。すると観客席の颯一と拓斗が中心となって応援が盛り上がる。「GOッッ!GOッッ!バンディッツッ!!」と手拍子と共にコールを叫ぶ。あまりサッカーを観戦し慣れていない西村さん達もこれは合わせやすいのか一緒になって手拍子してくれる。
もちろん運営メンバーや新規入団組も加わって20人近い観客の応援がピッチに響く。するとボールがラインを割った間に、ピッチ上の八木が手を叩き全員を鼓舞するかのように叫ぶ。
「ほらほらほら!俺らよりスタンドの方が気合入ってるっスよぉ!しっかり獲りに行きましょう!!」
その声に触発されたか、明らかに選手たちのギアが一つ上がった気がした。そして右サイド馬場が左サイドを駆け上がる高瀬に大きくサイドチェンジのロングパスを出し、これが見事に繋がる。片方に守備が寄っていた相手チームは慌てて高瀬の走り込む左サイドへ展開しようとするが、八木や中堀が中央を走り込んできていて、そこへのケアもあり上手く人を回せない。その間に一気にボールを運んだ高瀬のセンタリングにそのまま中堀がヘッドで合わせ、待望の先取点をもぎ取る!
観客席は総立ちになって歓声と拍手。選手達も喜びながら観客席にアピールする。
常藤さんが俺の隣でそっと呟く。
「これを観たかったんですよ。これが楽しみだったんです。」
常藤さんの笑顔が嬉しかった。そうだ。この瞬間を待ち望んでいたんだ。こいつらにこの喜びを感じさせてやりたくて、このチームを立ち上げたんだ。俺もその喜びをかみしめていた。
すると坂口さんが興奮して話し始める。
「馬場君は右サイドの練習始めてからずっとセンタリングとサイドチェンジの為のロングパスをこの半年間自主練で続けてましたから!!良かった!ちゃんと身に付いてます!!」
俺が驚いた顔で坂口さんを見つめていると雪村さんがそっと耳打ちしてくれる。
「間違いなく他の誰よりも坂口さんがうちのチームの練習見学回数トップです。市内の練習なんかも見に行ける時は行ってくれてるみたいで、選手たちがだんだん上手くなってくのを見るのがたまらないらしいです。」
なるほど。この興奮具合はそれが原因か。運営の中にそう言う人が出て来てくれたのも嬉しい誤算だな。
・・・・・・・・・・
同日 試合終了 <中堀 貴之>
試合は何とか2対0で勝利した。勝てた事ももちろんクリーンシート(無失点)で終えられた事がチームとしては嬉しい内容だった。
相手チームと握手を交わしている時に相手のキャプテンから声をかけられた。
「バンディッツって言うからどこのチームかと思ったら上本食品さんやからビックリしましたよぉ。チーム変わったんですか?」
「社会人リーグ参加の為に新たにチーム作ったがよ。」
「あっ、会社がリーグ参加認めてくれんって言うてましたもんね。」
するとその会話に及川さんも加わる。このキャプテンと及川さんは時々食事に行ったりするくらい仲が良かった。
「オレらはこのチームでプロ目指しゆうがよ。」
「えっ!?プロってJリーグって事?」
驚いた表情の中に少し笑いが見えていた。それを後ろで聞いていた相手チームのメンバーも少し笑っている。
しかし、及川さんは真剣な表情で応える。
「そうよ。Jリーグ。笑われてもかまん。最後の悪あがきをしゆうがよ。全員が前の会社も辞めてクラブチームを新たに作って畑耕しながらプロ目指すがよ。」
「会社辞めた言うてたんはこれの為やったがですか?」
「誰に笑われてもえい。何の挑戦もせずに爺になってから、オレだって行けたはずやみたいな夢物語をしたくないって全員が思うたき、このチームを作った。絶対にプロへ行く。まぁ、見よってや。」
真剣な表情の及川さんを見て、相手チームに笑う人はもういなかった。それが冗談では無く、この年齢で仕事を辞めてまで挑戦している事の重大さに気付けているからだ。最後に及川さんは相手キャプテンにこっそり呟く。
「お前らのチームで本気でプロ目指しゆう人がおるがやったら、うちの会社受けにきぃや。ほら、観客席に大野君おるやろ?彼もプロを諦めれんで、うちへ来てくれた一人。」
相手メンバーが観客席の大野君に気付いてざわつく。一部で活躍していた大野君がまだリーグに参加すらしていないうちへ来ている時点で、どれだけ本気で目指しているかが分かって貰えてるようだ。
ここからスタートだ。最高のスタートを切れた事に喜びを感じていた。
・・・・・・・・・・
同日 試合終了後 <冴木 和馬>
選手たちが観客席に向かって整列し応援の感謝のお礼をする。観客の皆さんが立ち上がって拍手をしてくれる。選手たちの顔は皆嬉しそうだった。
俺達運営スタッフはそこからが忙しい。来てくれた方に簡単なアンケートに応えて貰って冷たい飲み物と芸西村の宿泊施設で配っていたタオルを付けて皆さんに配る。
観客の皆さんはチームが勝った事もありすごく満足してくれたようで、「次も応援行くよ」とか「新メンバーも早く加われると良いね」としっかりチェックしてくれているようだ。
そんな中で見覚えのない女性が一人、アンケートを回収していた俺と雪村さんの元へやってきて頭を下げる。こちらも反射的に頭を下げた。雪村さんと目を合わせるが、どうやら雪村さんも初対面のようだ。
女性は緊張した様子で挨拶をしてくれた。
「はじめまして。以前に写真の使用許可をいただいた有澤由紀と言います!」
『写真の使用許可』と聞いて、俺達はあっ!と思い出す。以前にそう言ったメールが来ていた事を思い出した。その後に記事や動画も見せてもらったが非常に好感の持てる内容だったので、使用許可を出させてもらった。
「わざわざご挨拶ありがとうございます。チームの運営責任者をさせていただいております冴木和馬と申します。」
「サポートをしております。雪村裕子と申します。」
俺達が名刺を差し出すと、多少焦りながら「名刺とか無くて....」と困惑していたが交換しようと思って渡している訳では無く、こちらを知っていただく意味でお渡ししているので何も問題はない。
「いやいや、現地まで来ていただいてありがとうございました。どうでしたか?新チームの初戦は。」
そう尋ねると有澤さんは堰を切ったように今日の試合の感想を話してくれた。
一番に評価してくれたのは全員のフィジカル面の強化。これはこれまで選手同士の競り合いで当たり負けやボール保持が出来ていなかった場面が多かったらしく、それが改善されていて見ていてボール保持の安定感が出たと感動していた。
「上本食品さんとしてチームを作ったかと思ったら、色々調べている間にまさかファミリアさんが子会社を作って支援されてるって聞いて。しかも全員お仕事先を変えられてるのも知って、これは本気だぞ!って思って。今はバンディッツさんメインで追いかけさせていただいてます!!」
その捲し立てるような勢いに俺と雪村さんは言葉を失った。俺達の後ろで常藤さんと坂口さんが苦笑いしている。これはあれだ。所謂オタク系の方が自分の好きな物を語る時特有の状態だ。周りが見えなくなり、一気に捲し立てる感じ。しかし、その興奮具合が今は嬉しい。
「そうですか。非常に嬉しいです。有澤さんは高知のどこから見に来られたんですか?」
雪村さんが質問すると、有澤さんは恥ずかしそうに答える。
「........大阪です。」
「....え?」
「........大阪です。」
おいおいおいおい。まさかだろ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます