第39話 県2部リーグ 第1節
2018年4月30日(月・祝) 日高村総合運動公園 <冴木 和馬>
【高知県社会人サッカーリーグ2部 第1節 対 四万十FC】
ついに待ちに待った県リーグ開幕戦。運営スタッフはもちろん芸西村や安芸市からも応援に来てくれた方がいる。試合会場は高知県日高村にある総合運動公園。高知市の西に位置し、芸西村からだと車で一時間半くらいの距離だ。
今回はバスを借りて選手達はバス移動だ。スタッフは俺と会社で用意しているミニバン2台とレンタルしたマイクロバスで向かう。地元の国人衆の方向けに『開幕戦応援日帰りバスツアー』を企画したら、なんと30名も申し込んでくれた。バス会社に40人乗りの観光バスと運転手をお願いし、高知市で5名ほどを乗せて会場まで送迎してもらう。
会場に着くと皆で応援の設営だ。今回の開幕戦の為にチームのロゴが入った大きなフラッグと横断幕を作った。デザインをしてくれたのは有澤由紀さんだ。有澤さんは5月からうちの委託社員として勤務してくれる事になっている。勤務内容はグッズやチームの広報等で必要になるデザイン画をお願いする事と、Ytubeチャンネルの録画・編集だ。本業のイラストレーターに影響が出ない程度でのお願いになる予定だったが、本人は恐ろしいくらいにやる気だ。
フラッグ用のデザインもわずか2日で仕上げ、企画・デザインから試作のデータ作成までまさかの1週間でやってのけた。そのおかげで開幕戦にフラッグが間に合った。
主催は高知県社会人サッカー協会なので、こちらがテントを張ったり椅子を用意したりする事は出来ない。観客席も無いので、試合に影響が出ない距離を離れて全員立ち見で応援だ。
準備が出来た頃に選手達のアップが終わる。選手達は運営スタッフよりも2時間以上先に会場入りしており、入念な準備とミーティングを行っている。
ここで驚いたのは自力で応援に来てくれる国人衆の方もいた事。そして、真子と子供達の隣でまさかの笹見会長がいた事だ!真子も俺達には内緒にしていたらしく、真子達が応援に行くのを聞いて、自分も連れて行ってくれとお願いされたのだそうだ。
「笹見さん、ありがとうございます。」
「良い良い!硬い挨拶は無しにしよう。ホントに楽しみにしとったんじゃ。」
「ありがとうございます。社章まで変更していただいて。」
「まぁ、うちの社章じゃサッカーにはちょっと合わんと思ったからのぉ。まぁ、礼は社長に言うてくれ。」
ユニフォームのサポーターロゴは笹見建設さんは当初、会社で使用されている社章をそのまま使う予定だった。言い方が難しいが、建設会社然とした硬い印象の社章だ。しかし、ユニフォームデザインにサポーターロゴを入れた試作データをお送りした際に、社長の正樹さんから「このユニフォームにうちの社章はダサいから違うデザインを作ってすぐに送るからユニフォーム作るのちょっと待って」と連絡がきた。
そして送ってきて頂いたのは笹見建設のSのマークを使ったデザインロゴでパッと見では笹見建設だと絶対に分からない。何度もこれで大丈夫ですか?と確認したが大丈夫と仰った。
うちのスタッフもさすがに笹見会長の顔は知っている為、会長に気遣わせない程度に挨拶をした。まさかメインスポンサーが来てくれるとは。嬉しい誤算だ。
他にも東部園芸緑地の社長さんや従業員の皆さん、芸陽広告さん、リノベーションなどでお世話になっている地元工務店の方など何人もの譜代衆の方達が来てくれていた。まぁ、工務店の方々はまさか元請けの笹見会長がいるとは思わず、勝手気ままな服装を申し訳なさそうに会長に挨拶していたが、会長は笑顔で気にもしていなかった。
息子二人は会長の話し相手。どういう選手がいてどんな応援をしているかを楽しそうに会長に話し、会長も満面の笑みでそれを聞いている。
相手の四万十FCさんはかなり驚いた様子。そりゃそうだ。今年加入した県リーグ2部でこれだけの大所帯で押しかけたチームはいなかっただろう。
試合開始のホイッスルが鳴る。拓斗と三原さんの掛け声でいつもの『GO!GO!ヴァンディッツ!』のコールが始まる。
開幕戦のスタメンはFWに中堀と幡、MFは八木・高瀬・馬場・司、そしてセレクション組から五月が選ばれた。DFは大西・和瀧・尾道、GKは望月だ。スタメンに選ばれた五月にはセレクション組の皆から「頑張れ!」と背中を叩かれていた。セレクション組には奴らの中での連帯感があり、何とか上本食品メンバーからレギュラーを奪えるかが今の彼らの目標だ。
そこの中でスタメンを勝ち取った五月はやる気も十分だった。
試合としては言ってはいけないかも知れないが、圧倒的だった。
前半、馬場と高瀬の両サイドがガンガン相手のサイドを切り裂き、相手ゴール前にボールを放り込む。サイドチェンジのパスも綺麗に通り、相手のディフェンスを固めさせない。前半だけでFW中堀のハットトリックを含む4得点。
後半は中堀に変えて飯島、馬場と高瀬を変えて大野と古川を投入。前半サイド攻撃メインだった戦術を中盤で支配率を高めて裏抜けを狙うサッカーに切り替えた。ここで一気に存在感を発揮したのは、MFの八木・五月・司の3人だ。サイド攻撃が前半に比べて少なくなったのを感じた相手チームは一気に主導権を奪いに来た。しかし、3人のボール回しと間を抜くスルーパスで何度もチャンスを演出した。
試合は6対0。完璧な内容で締め、観客の皆さんも大喜びだ。来てくれた皆さんの前に選手達が整列して中堀が挨拶をする。
「本日はお越しいただきありがとうございます!皆さんのご協力のおかげで県2部リーグで無事にチームとして走り出す事が出来ました。」
その言葉に観客の皆さんから拍手と声援を貰う。選手達も照れくさそうだし、嬉しそうだ。
「初戦をしっかりと勝てた事にホッとしているのが素直な気持ちです。この勢いのままリーグ戦を勝ち進んでいけるようにこれからも頑張ります!今後も応援宜しくお願いします!」
全員で礼をすると観客から「また来るぞぉ!」「中堀くぅ~ん!」と嬉しい言葉を沢山いただく。次は監督の板垣だ。
「監督を務めます板垣です。初めてお目にかかる皆様もいらっしゃると思います。これがVandits安芸です。Jリーグで優勝を目指すチームです!」
そう言った時に声援は止み、観客の皆さんの中には真剣な表情になっている人もいた。
「どんなに遠い夢でも可能性が低くとも、我々はその目標を少しも疑っておりません。なので、皆様方にはそんな自分達を温かくも厳しく見守って共に歩んでいただけたらと願っております。いつか全員で大きなスタジアムで涙を流しながら、Jリーグ年間チャンピオンのシャーレを掲げましょう!ぜひ、引き続き応援、宜しくお願いします。」
そう言い終えると観客からは今日一番の拍手が起こった。選手達も一斉に深くお辞儀をする。雰囲気は最高のまま、お見送りタイムへと突入する。
観客の皆さんと会話したり写真を撮ったり、それは練習試合の時と変わらない。リーグ運営にもご迷惑が掛からないように自分達のバスを停めている駐車場の隅に移動して行う。
俺は板垣、中堀と司を呼び、笹見会長を紹介する。三人とも緊張している。それはそうだろう。目の前にいるのは年間2億の大大スポンサー様だ。
「初戦、お見事じゃったの。まぁ、県2部なら当たり前の結果かな?」
「慢心は躓きしか生みません。しっかり結果を出してくれた選手に頼もしさを感じています。」
会長の言葉にもしっかりと答える板垣。会長も笑顔だ。
「お主が及川司か。坊がサッカーチームを作るきっかけになった男じゃな。」
「初めまして。及川です。」
「ふむ。儂はサッカーは詳しくないが、坊の息子たちが興奮しておった。父さんの親友なんだと。将来Jリーガーになるんだと。」
「二人に、応援して下さる皆さんにそうなった姿を見せられるように頑張ります。」
「キャプテン。開幕戦でハットトリックは最高のアピールじゃったの。」
「ありがとうございます。」
「まぁ、チームの事は坊からもちょくちょく情報はもらっとるのでな。話は聞いておる。藻掻けよ。」
「........っ!はい!」
それぞれに話をして会長は司と中堀を観客達の輪の中に返した。ここで常藤さんと雪村さん、秋山が加わる。会長は少し真剣な表情になる。視線はお見送りタイムをしている皆を見たまま、俺にそっと呟いた。
「坊、どうしても無理ならうちで引き受けるぞ?」
どこから聞いたのか。本社がサッカーチーム存続に乗り気で無いのを知っている。皆の表情が硬くなる。
「いえ、お気持ちだけ。」
「何とかなるのか。」
「します。」
「お主ら全社員引き受けて新しい会社として立ち上げる方法もあるぞ?」
「ありがとうございます。足掻かせてください。」
「そうか。....ふむ。....忘れてくれ。」
「はい。」
うちを評価して心配してくれているからこその提案だ。最悪は数年後、会長に頭を下げなければならなくなるかもしれない。しかし、まだまだ。やれるさ。
「常藤。支えてくれよ。他の皆さんも頼むの。折らせるには惜しい男じゃ。」
「もちろんです。全員で叶えて見せます。」
「よし。........では今後は試合会場で会うてもワシは只の応援好きな爺さんとして扱うてくれよ?硬いのはこれで最後にしよう。会長として会わねばならん時は事前に連絡する。」
「畏まりました。」
会長の顔がふっと優しくなる。皆も緊張を解く。向こうから子供達が走って来る。
「お爺ちゃん!紹介したい選手がいるんだ!一緒に行こう!」
「おぉおぉ!紹介してくれ!....ではの。」
拓斗に手を引かれ会長が輪の中へ歩いていく。全員から思わずため息が漏れて、苦笑いがこぼれた。
「まさか来ていただけるとは思いませんでした。」
「そうだな。有難い事だ。しかし、この緊張感はサッカーの時には勘弁して欲しいよ。」
俺の冗談に皆が笑う。とりあえず一勝だ。
・・・・・・・・・・
同日 車内 <杉山 富夫>
試合が終わりマイクロバスの中でノートPCを開いている。県リーグでは動画は撮れないので、代わりに写真を撮りまくった。冴木さんと常藤さんがサッカー協会と交渉し続けてくれて、写真の掲載と写真を使った動画作成は構わないと言う許可をようやく貰い書面化した。
この判断が下りた時、僕達広報チームとしては膝から崩れ落ちるくらいに安心した。写真の使用すら認められなければ、チームの試合報告動画を文字と音声でしかサポーターの皆さんに伝えられない。そんな事無理だ。臨場感が売りのスポーツにおいて、写真すら使えず試合内容を伝えるには、ラジオ実況並みのアナウンススキルを求められる。
そう言った中での今回の許可は本当に有難い。運営チームの尽力に感謝だ。
僕と北川、有澤さんの三人でサッカーコートの色んな角度から写真を撮りまくった。写真の知識は有澤さんが一番あるので、どう言った写真が良いかをこの2週間ほどレクチャーしてもらって今日に臨んだ。
「どうですか?杉山さん。」
前の席にいた北川が覗き込む。3人が撮った写真は試合後すぐにノートPCに全て放り込んだ。一枚一枚をチェックしながら動画の構成を考える。
「やっぱり写真としては有澤さんのが一番臨場感があるね。僕たちの写真はどうしても記念写真みたいになってる。ここは今後の大いなる課題点かな。」
北川も僕も苦い表情だ。こればっかりはすぐに身に付くモノでも無い。さて、どうしたものか。
「動画はどういう感じを考えてますか?」
「やっぱり内容をしっかり伝えられるものにしたいけど....出来ればスポーツ番組チックなのが作れないかなって思ってる。」
「アナウンサー、雇うって事ですか?」
自分の中にあるおぼろげなアイデアを北川に話す。それを聞いていた有澤さんも後ろの席に移動してきた。近くの席にいた坂口さんと雪村さんも話に加わる。
アナウンサーを雇う必要は無い。こちらで誰かを構える。出来れば数年単位で動画に出続けてくれる人が良い。専属の動画MCみたいな感じだ。将来的に自分達のスタジアムで試合が出来るようになった時には選手へのインタビューもその人にやってもらえるようになれれば理想だ。
出来れば男女一名づつ。スタジアムMCと番組MCで役割分担出来れば尚良い。
「面白い!選手が育ってくみたいにMCの二人もだんだんとチームに欠かせない存在としてサポーターの皆さんに認知して貰えたら嬉しいですよね!」
「番組も最初は写真動画だったのが、ちゃんと試合映像使えるようになってハイライトとか作れるようになれば見てる人も感慨深かったりするかも知れないし。」
雪村さんと坂口さんもこの意見には乗ってくれている。有澤さんからは少し現実味のある意見だ。
「あまりに原稿読みが下手過ぎると見てられなくなりますよ。ある程度はしっかり内容伝えられるような人じゃないと試合の雰囲気は伝わらないでしょうし。」
そうだよなぁ。でも、オーディションなんか出来ないし。人材は限られてる。どうやって探したもんかなぁ。
「広報チームでやりますか?」
僕がそう呟くと雪村さんと有澤さんから「絶対イヤです!」と言われてしまった。まぁ、これは安直すぎるか。
「まずは帰って動画とナレーション原稿だけでも作りましょう。そこからイメージ膨らませて、何とか十日以内にアップしたいですね。」
最大の課題を残したまま、バスは芸西村へと進んでいく。
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