第31話 五月淳也
2018年2月4日(日) 春野陸上競技場大会議室 <冴木 和馬>
五月の反応が無い。いや、どう答えていいものか迷っているのだろうか。では、こちらから追い込ませてもらおう。
「五月さんが当社との社員契約をお受けいただける場合は、現在五月さんがされている動画配信サイトでの活動をお辞めいただく必要がありますがそれはご理解いただけますか?」
「な....なぜですか!?言論の自由を奪うつもりですか。」
食いついて来たが反論が幼稚過ぎる。しっかりと論破させていただこう。
「五月さんが当社に所属する事無く配信を続けていただく分には全く構いませんが、もし当社で勤めていただく形になった時には今続けているような内容の配信は社として許可出来ません。言論の自由は国民に等しく認められた権利ですが、あなたの配信の内容は他人の名誉やプライバシーを侵害し人権侵害にあたる恐れがあると当社の法務部では判断しております。ですので、そのような内容の配信を当社社員として続けてもらう訳には参りません。」
完全に五月の勢いが止まった。恐らく俺の見立てとしてはこうだ。最初は真面目にサッカー界の事を盛り上げようと活動していた。しかし、それでは他の数多ある同ジャンルの配信者に埋もれてしまい再生数や登録者が稼げない。
そこで思いついたのが毒舌での配信だったのだろう。
当然、視聴者の中には食いつく者も出てくるだろうが結局は他人事で、それは配信スタイルとしては禁断の実だ。だんだんと増える登録者に気持ちが昂り、内容は徐々に過激さを増したのではないだろうか。しかし、相手に法的な行動を取られてしまえば一発で終わる。それを頭のどこかで感じながら活動をしていたに違いない。でなければ、このような反応にはならないはずだ。
「....ご理解いただけますか?」
下を向いたまま何も答えない。カメラを持つ手も完全にだらりと下げられ、恐らく映っているのは床だけだろう。
すると五月は急に顔を上げ、今にも泣き出しそうな顔で思いをぶつけて来た。
「じゃぁ、どうすれば良かったんですか!?少しでも内容がつまらなければコメントで馬鹿にされて、サッカーしかない僕にどうやったら良かったって言うんですか!!」
「サッカーがあるじゃないですか。」
五月がポカンとした表情で俺を見る。俺は自分の感じたままに五月に伝える。スポーツ系の配信はやはり試合あってのものなので、それを使った内容になる事が多い。それが解説なのか、チームの活動報告なのか、応援旅行の動画なのか。
その中で独自性をいかに出せるかであったり、配信者が元プロだったりテレビ出演もしているようなコメンテーターだったら再生回数や登録者が伸びると言った感じが多かったように感じた。
それに試合を自分のチャンネルで動画として挙げたくても当然そこには権利が発生し、放映権料が必要となる。しかも社会人リーグは都道府県協会ごとに細かなルールの違いがあり、試合の撮影を認めている所もあれば撮影自体NGな協会もある。
そうなればアマチュアチームは練習と練習試合しか動画で上げる事が出来ず、一番載せたいはずのリーグ戦は写真だけの報告になる事がほとんどだ。俺からしてみれば、協会のチャンネルで何十万も稼げるような事はまずもって起こらないのだから、1試合いくらで放映権を売って限定的に配信して貰った方がサッカーの裾野の発展にも繋がる気がする。だが、まぁその辺は俺には分からない何かがあるのだろう。
要は五月が思いつく中で一番手っ取り早かったものが自分を採用しなかったチームに対する批判動画だった訳だ。しかし、それは当然五月が望んだ形では無かった。少しづつ再生回数や登録者が稼げるようになった事で、踏ん切りはどんどんと付かなくなりついには引き際すら分からなくなった。その先に待つのは誰かから指摘されてアカウントを動画運営にBANされるか、今回のうちのような企業に法的手段に出られるかのどちらかだろう。
「五月さんは『有名配信者になりたい』のですか?それとも『プロサッカー選手になりたい』のですか?」
「もちろんサッカー選手です!当たり前じゃないですか!?」
「では、すぐにでも配信は辞められるべきです。あなたのキャリアに一つもプラスにはならない。」
当然だ。そんなリスクを背負っている選手、プロリーグを目指しているチームなら恐らく絶対に獲らない。しかし、彼はまだ引き返せる場所にいる。批判したと言ってもほんの数チーム。再生数が稼げていると言っても最大で1万回再生に届いていない。しかも一番稼げている動画はJFLに所属するチームの入団テストに参加した内容を編集したもので、その動画ではそのチームを批判するような内容は確認できなかった。
「私ならあなたのような配信者がチームに加わられるのは相当に怖い。一手間違えれば矛先が自分のチームや会社に向く可能性がある訳ですから。もしかすると今までに受けられたチームさんの中にも同じ理由で不合格としたチームさんもいらっしゃったのではないでしょうか?」
「えっ....」
「私達はまだ県リーグにも参加出来ていない、言うならば生まれてもいない卵のチームです。しかし、我々はプロを目指しています。その道のりの中で少なくとも障害となり得る要素は徹底的に排除していくのが、運営としてのチームに対する義務です。それを全うするからこそ、選手は運営を信頼しプレーに集中出来るのだと私は理解しています。」
運営には選手たちにストレスなくサッカーに集中して貰える環境を作っていく責任がある。それは所属しているカテゴリーやチーム資産やスポンサー収入によって、やれる事の差異はあれどどのチームもその基本姿勢が無ければチームとして成り立たないと思っている。
そしてそれは選手達にも言える事だと思う。選手達がしっかりとプロとしての意識を持って活動してくれなければ、こちらも信頼して運営できない。例えば一生懸命チームの事を思って環境を整えているにも関わらず、SNSで好き放題呟かれてチームの評判を落とすような選手とは信頼関係は築けない。
「五月さんがこの先もプロサッカー選手を目指していくならば、もう一度ご自身の配信者としての活動を見直される時期なのだと思います。」
「.........」
偉そうな事を言ってしまっているが、この先を考えればうちとしてはしっかりとこれを伝えておかなければ間違いなく問題を抱える事になる。
俺は書類を五月に渡す。
「えっ....」
「当社のチームに所属していただく際の条件と社員としての契約事項を記した書類です。良く考えて一週間以内にお返事を下さい。また、その時に今後の配信をどうされるのかもお聞かせいただけると助かります。」
五月の顔は戸惑ったままだ。それはそうだろう。どう考えても採用してもらえるような面接では無かった。しかし、しっかりと考えてもらえれば、彼が配信の仕方を考えて改善してくれればうちとしては落とすつもりは無かった。
現に社員が書いた評価シートでは全員が『合格に値する』と評価していた。
「昨日、今日の実技だけで評価するならば間違いなく採用させていただきたいと考えています。しかし、先ほども申しました通り、現段階での五月さんの配信を続けられるようであれば当チームとしては採用を見送る形を取らざるを得ません。そこの所もしっかりと考えていただいてお返事をいただければと思います。」
そう告げると五月は椅子から立ち上がりゆっくりと俺から書類を受け取る。受け取ったまま下を向き、まるで賞状でも受け取っているかのような格好で泣き続けていた。俺は「これで面接を終了します。本日はお疲れさまでした。」と告げると、五月はゆっくりと部屋を出ていった。
雪村さんが部屋を出て、残っている人がいればこれで全てのスケジュールが終了したと話に行ってくれている。
静かな会議室の中で常藤さんが俺に話しかける。
「彼は変われるでしょうか?」
「変わらなければ彼がプロ選手になる事は一生無いでしょう。自分の夢と引き換えに幾ばくかの金を手にするかどうかの分かれ道です。まぁ、うちに入ったからと言ってプロになれると決まっている訳では無いですが。」
俺の言葉に板垣も同意する。
「彼がここで変わらなければ年齢的にも立場的にもプロを目指すのは相当厳しくなってくると思います。それにサッカーのセレクションを受けに来て、これだけ親身に話をしてくれるチームはありませんよ。普通。」
少しニヤつきながら俺を見る。気まずいな。しかし、せっかくの実力を持っていながら、しかも自分達のチームを選んでくれたのだ。活かしたいと思うのは当然の選択ではないか。
「まぁ、彼次第だ。返事を待とう。」
・・・・・・・・・・
2018年2月6日(火) Vandits事務所 <冴木 和馬>
事務所では先日のセレクションで撮った動画を板垣や仕事が空いていた部員達が集まり、ダイニングで観ていた。俺はそれをデスクから遠巻きに見ながら書類整理をしている。すると、隣の席の雪村さんが俺を呼んだ。
「冴木さん、これ。」
雪村さんが指差すのは自分の使っているパソコンだ。体を反らし覗き込むと動画投稿サイトが表示されており、そこには五月淳也の顔があった。「どうしました?」と常藤さんも覗き込んでくる。常藤さんが「おやおや」と思わず声を出す。
そんな声が出ても当然だ。五月のチャンネルの一番新しい動画のサムネイルにはスーツを着た五月が真剣な表情で正面を向いている画像が使われていた。しかも、坊主頭で。
俺は板垣を呼び皆で動画を見る事にしたが、どうせならダイニングのテレビで全員で観ようと北川が転送してくれた。
『こんばんわ。Mayこと五月淳也です。この度は私の上げた動画で数々のチームの皆様に不快な思いをさせ、ご迷惑をおかけした事をここに謝罪したいと思います。』
そんな冒頭で始まった動画は、彼がどうしてこのような動画を撮るに至ったかと言う流れが説明されており、そして批判的な動画で扱ったチームや団体には全て連絡を取り謝罪をしたとの報告もされていた。その中でほとんどのチームが批判動画が挙げられている事自体をを知らなかったのが事実で、自分の中だけで面白がって上げていた事にも恥ずかしさと申し訳なさを感じていると率直な気持ちを語っていた。
そして、これまでの批判的な動画は全て削除し、無期限で動画投稿の活動も自粛すると言う。その事を五月はこう話していた。
『今回、呟きサイトでも書かせていただきましたが、ある社会人チームのセレクションを受けさせていただきました。その中で自分のこれまでの行為の愚かさに気付かせていただけた本当に貴重な経験が出来ました。自分の中でもう一度サッカーと真摯に向き合い夢を追いかけようと思える事が出来ました。その為にもしっかりと自分の愚かさと向き合い、ご迷惑をおかけしたチームの皆さまだけでなく、あの動画を見た事で気分を害された皆様にもしっかりと謝罪をして、今一度サッカーと向き合いたいと思います。』
そして五月は『大変申し訳ありませんでした。』と頭を下げた。およそ10秒ほどが経って頭を上げた時に五月の目は真っ赤になり涙を溜めていた。
『これで謝罪が終えられたとは思っていません。それはこの先の自分の活動の中でしっかりと行動していきたいと思っています。本当にこの度は誠に申し訳ありませんでした。』
そう言って動画は締められていた。動画が公開されてすでに12時間以上経っている。と言う事は恐らくうちのセレクションが終わってすぐに撮られたものと言う事になる。
雪村さんが動画のコメント欄を見に行くと、そのほとんどは五月を批難するコメントばかりだった。「やはり口だけだった。」「どこからか法的手段を取られそうになったから逃げた。」「結局は稼げないからこのやり方に飽きたんだ。」などなど。まぁ、ホントに顔と名前が見えない奴らは気持ちがすぐに大きくなるらしい。
しかし、そのコメントの中にも「これからの心を入れ替えた、いえ、昔の五月さんに戻った活動を期待しています。」「いつか最高の笑顔でプロになったぞ!って言ってる淳也を待ってるぞ!」など今後を見守ってくれる人も少数いたのが助けだ。
「まぁ、良い様に転がったと思えば良いか。」
「ですね!!あの人上手かったもんなぁ!良いチーム見つかると良いっスね!」
やはり八木の能天気さには助けられる。他の部員達が「そこはうちに入ってくれないかなって言わなきゃダメだろ!」と一斉に突っ込まれている。また皆でセレクションの動画を観始めた。どうやればこの子を活かせるか、今の自分達に足りない物は何かを真剣に話し合う部員達に先ほどのふざけた雰囲気はもう無い。
この半年間で間違いなく彼らは精神的な強さを手に入れてくれた。あと一ヶ月。本当の意味でのチームのスタートが切られる。楽しみだ。
その日の夕方、事務所にかかって来た電話を雪村さんが俺に回す。電話を受け取ると電話口の向こうから緊張した声が聞こえた。
『先日、セレクションを受けさせていただいた五月淳也と申します。冴木和馬さんともう一度お話をさせていただきたいと思い、約束はありませんがお電話させていただきました。お忙しい中、申し訳ありませんが担当の方をお願い出来ますでしょうか。』
あぁ、良い方に転がったな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます