第30話 セレクション2日目
2018年2月4日(日) 春野陸上競技場補助グラウンド <冴木 和馬>
セレクションの2日目を迎えた。昨日、帰りの車の中で板垣と「もしかしたら2日目の参加を見送る人が出るかも」と心配していたが、無事に13人全員が参加してくれていた。
今日は7vs7のミニゲームを行った後、11vs11の試合を1試合行う。どうやら昨日安芸市に帰った後、板垣は芸西村の選手寮に行き明日参加する選手たちをどのポジションでどう動かせば最大限アピール出来るかを選手たちに教えて、今日の審査に臨んでくれたようだ。
ウォーミングアップが終わり、7vs7のミニゲームが始まる。前後半20分で行われ1試合を予定している。全員が40分の間でアピール出来る時間は意外に短い。そこをどうアピールしていくかも本人たちの見せ方による。
板垣は俺達運営のスタッフにもチェック表を持たせて、「サッカーの知識が無くても構わないから目を引いた選手や上手いと感じた選手くらいの気持ちで書いて欲しい」と伝えられた。なので、今日は全員がバインダーを持って選手たちの動きを見ている。
セレクション生たちも驚いただろう。監督が審査を行うと思っていたら、職員全員がチェックしている風景が目に入る。一種異様にも見えるだろう。
7vs7では部員も含め皆が積極的に動き、フルコート(言い方はあっているだろうか)で試合をしているよりも当然スピーディーで見応えがあった。何人か目を引く選手がいたのでチェック表に印を付けて分かるようにしておく。
なかなか技術の良し悪しと言うモノは分からないので、本当に直感での評価みたいになってしまっている。
俺は隣で一緒に座って評価している常藤さんと雪村さんに小声で尋ねる。
「あの12番がそうですか?」
「そうですね。しかし、とてもではないですがあのような動画を上げて罵詈雑言を語っていた人物には見えません。」
「私もそう思います。昨日の練習でもそうですが、積極的に練習にも参加してとても印象は良いです。もしかするとそれも演技、と言う事もありえますけど。」
うぅ~ん....サッカー系Ytuberの青年は運営スタッフの中ではセレクションが開催されるまで要注意人物になりかけていた。しかし、いざ始まってみると当の本人は真面目にセレクションに参加し、本当に別人なのではないかと疑ってしまいそうなほど大人しく審査を受けていた。
「まぁ、何も問題ないなら良いか。練習や試合を荒らしてる訳でも無いし。」
試合が問題なく進行していく中で、中盤にいたYtuber君が最終ラインの裏へ完璧なパスを通し、それを高校生が見事にゴールに決める。高校生が喜びながらYtuber君にハイタッチを求めると満面の笑顔で応えていた。本当に彼はあの動画を配信するような男なのだろうか。
試合形式が終了し部員を含めて全員が着替えに行っている間に、板垣に職員全員がチェック表を渡していく。板垣がそれを見て、俺に面接へ進む受験生を提案して職員達が面接用に借りている部屋へ準備に向かう。
着替えを終えた部員と受験生たちが集合する。板垣から面接に進む受験生の番号が発表される。面接へ進んだのは、高校生2名、大学生3名、社会人2名の合計7名。板垣は実力に関係なく全員取る事も考えたそうだが、今後のセレクションで「あそこは誰でも合格できる」と言う噂を立てたく無かったらしい。そう言った噂が広まる事は意外に社会人の中ではあるのだそうだ。
俺は今回残念ながら合格とならなかった受験生達一人一人に挨拶をさせてもらい、握手しながら今回受験してくれた事の感謝を伝えた。それは一緒に見学していてくれた保護者や付き添いの方へも同じように伝えた。
面接は一人一人行い、保護者や付き添いの方が同席したい場合は構わないとした。特に高校生に関しては社員としての契約の話もしなければならないので、保護者がいてくれた方が話はしやすい。
まず高校生一人目、受験番号2番の子を呼んだ。母親が同席する事になった。面接するのは、俺、常藤さん、雪村さん、板垣、中堀の5名。あまり人数を多くしたくはなかったが、本社の最終面接も5名で行うのでそれに倣う形にした。まぁ、あちらは3人同時に面接を行うが。
ドアがノックされ雪村さんが入室を促すと、受験生が緊張した面持ちで入室する。俺達は全員が起立して迎える。
「失礼します。番号2番、鈴木洋平、18歳です。宜しくお願いします。母が同席させていただきます。」
「実技お疲れさまでした。お疲れの所申し訳ありませんが、あと少しお時間お付き合いください。どうぞお座りください。」
お互いが座り、面接がスタートする。と言っても形式程度。受験してくれた理由。このチームで活かせると思う自分の長所。社員としての自分の強みなど。
相手はまさか社長や役員が面接にいるとは思っていなかったようで、親御さん含めさらに緊張させてしまったようだ。
そして社員の契約の話に移る。今回、高校生に関しては1年間の契約社員の期間を設け、来年の3月に改めて面接を行いうちに正社員として働いても構わないと判断してくれたら正社員契約を結ぶと言う形を取った。まぁ、長い試用期間と言う形にはなるが、高知県の新規高卒社員の初任給からすれば破格の金額を提示している。
仕事内容は農園のスタッフ、基本は畑の維持管理だが今年の夏から稼働予定の直販所の販売スタッフも務めてもらう事も伝える。
「どうでしょうか?我が社で頑張って貰えそうですか?」
その問いに鈴木君は元気に「よろしくお願いします」と頭を下げた。母親にも確認を取る。
「あの、本当にこの金額で採用していただけるんでしょうか?お仕事がすごくキツイとかそう言う事は無いでしょうか?」
「不安はご尤もです。当社では契約社員の期間中は御家族の職場見学は許可を取っていただかなくても自由に見学に来ていただいて構いませんので、何度でも通っていただいてうちの仕事をご理解いただいて不安を払拭していただけたら嬉しいです。」
「え?見学して良いんですか?」
そりゃ、戸惑うよね。でも敷居も壁も無い広大な畑で作業している息子を見に来るなと言っても、近くまで来れば敷地外からでも姿は見える。ならいっその事、どうぞ見に来てくださいと言ってしまった方が不安は多少解消してもらえるはずだ。
「もちろんです。事務所へ来られる時は出来れば事前にご連絡いただけると助かりますが、それも誰もいない可能性があるので連絡して貰いたいと言うだけで、来てもらったら困るって訳では無いんです。」
「そうなんです。日によっては事務所スタッフも全員が畑で作業してる時があって、事務所空っぽって事もあるんですよ?」
雪村さんが冗談ぽく話して場を和ませてくれるが、冗談でも無く本当に畑で作業してて誰もいない時が1ヶ月に1日くらいはある。親御さんも笑みを浮かべ、少しは安心して貰えてるようだ。
そして、こちらからは契約の意思がある事を伝え、契約書類等をお渡しし1週間以内に郵送か事務所に持参して貰えれば契約完了となる。
二人にはここですぐに判断するのではなく、本人のチームに対する印象も含めて1日でもゆっくり考えて返事を下さいと伝えて面接は終了した。
俺達は一度面接の流れを全員で確認する。今の流れで良かったか、加えておきたい質問は無いかなど。
そして、面接を続けていく。二人目の高校生もご両親が同席された。印象は良かったようでご両親も納得して貰えたようだ。同じく猶予期間を持って返事を貰えるようにお願いした。
さて、大学生の面接が始まる。ここは正社員採用のつもりだ。社員として即戦力となる事はいきなりは望んでいないが、契約社員のままでいつ辞められるか分からない状態にはしておきたくない。それは部員としても同じだ。
「受験番号7番、和田英二と申します。22歳です。。K大学を本年度卒業見込みです。面接のお時間をいただきありがとうございます。本日は宜しくお願い致します。」
さすがに大学生。面接のレクチャーは大学でも受けているのだろう。席に座り、今までと同じ流れで質問をしていく。受け答えも問題ない。
俺は一つ質問を加えてみた。
「和田さんが当社のチームに加入した後に、あなたはチームに対してどのような活躍をするつもりでいますか?」
かなりざっくりとした質問。それをどうまとめるか。和田君は少し考えて答える。
「まず昨日・今日と練習とゲームに参加させていただき、僕のポジションであるGKはチームにお一人だけでした。まずGKの人数の厚みを持たせると言う事は簡単に出来るでしょうし、大学では最終ラインのDFとの連携を重視して指導していただいておりましたので、そこをチームの戦術と照らし合わせながら落とし込めたらと考えています。」
「なるほど。では、最後にあなたのこれから10年のキャリアプランを教えてください。」
「はい。社員としてまず戦力となれるように配属された部署だけでなく、様々な部署の先輩方とお話を普段からさせていただいて、会社全体の仕事を少しでも把握出来ればと思っています。10年後には担当部署で自分がしっかりと根を張れるようにしたいと考えています。サッカー部員としては、当然10年以内にJリーグ入りが最低ラインだと思っています。その時に自分がしっかりとゴールを守れる存在としてチームに貢献したいと考えています。」
俺は面接官である皆に目線で確認する。全員が頷いた。
そして、高校生たちと同じように1週間の期間で本人に判断してもらうように話すと、和田君は「1週間後でも間違いなく入社の意思は変わりません。今、契約していただいて大丈夫です」とはっきり答えた。
それを聞き、本来の社員採用と同じように内定状態とし大学の卒業式が終わり次第、契約となる事を伝えた。それまでにこちらで住居を構えるので、荷物などは事務所に送ってもらっても構わないと伝える。
無事に和田君の面接は終了した。
3人の大学生のうちの1名、飯島賢太君は地元の高知大学卒業見込みと言う事もあり、本人の希望で大学卒業までの期間もチームの練習に参加したいと申し出があった。
そこで高知市内での練習に関しては参加を認め、安芸市での夜間の練習の場合は早めに練習を切り上げ、後免奈半利線の高知行の最終に間に合うようにする事を条件として約束し、大学卒業後の契約時までの往復の電車代は会社が負担する事を約束した。
最後に社会人の2名の面接が始まる。一人は大野慎一、28歳。まさかの高知県社会人リーグ1部のチームに所属していた選手だった。
今回うちのセレクションを受けてくれた事情を聞くと、現在所属しているチーム自体は県リーグで今後も活動は続けていくが四国リーグへの昇格は考えておらず、もし昇格圏内の成績でリーグを終えても昇格辞退する事を決定しているとの事で、一昨年は昇格出来る順位でリーグを終えたが事前に決まっていた通り昇格は辞退したのだそうだ。
そうしていた時に今年うちのチームの噂を聞き、部員の望月が高校の先輩にあたるそうで部の事を色々と聞いた時に本気でJリーグを目指して活動していると知ってセレクションを受けてくれたようだ。
仕事は現在も農業系の仕事をしているらしく、3月一杯での離職も考えているそうでもし入社が決まれば農園で働けると嬉しいとの事だった。こちらとしてもそれは願っても無い事なので、出来る限り希望に沿えるようにはすると伝えた。練習は次回から参加できるとの事で、こちらはその場で仮契約をして現在の職場を正式に退職したら本契約となる。
最後はあのYtuberの
ノックが聞こえ入室を促すとまさかの光景を目にする。五月は小型カメラに手持ちのスティックを付けて撮影しながら部屋へと入って来た。しかも態度も今までと打って変わった、とても面接を受けに来たとは思えない態度だった。
「こんちわぁ!サッカー系YtuberのMayですぅ!今回は面接まで進めたって事で嬉しく思ってます。宜しくお願いしま~す。」
五月はこちらが言う前に席に着き頭を下げる。我々は一切表情を崩す事無く、席に着く。この手の面接はさすがに本社でも経験は無いが、特にこちらとしては何の動揺も無い。少しは予想出来ていた事だった。
「今回セレクションを受けたいただけた理由をお聞かせ願えますか?」
「いやぁ、ずっとサッカーの事を配信して来たんですけど、今回このチームがまさかJリーグ目指してチーム立ち上げたって聞いて、どれくらいのものなのか知りたくて受けたんですよ。」
面接は始まったが五月の態度は変わらない。俺の中で彼のイメージが最悪な物へと変わっていきそうな思いだった。しかし、なんだろう。この違和感は。尊大な態度を取っているにしろ、妙にしっくりこない。彼のキャラ作りなのかも知れないが、妙に彼にマッチしていない。理由が何かは分からないのだが。
その後も彼がどんなに失礼な言葉を投げようとこちらは形式通りの面接を続けた。面接官の態度が全く変わらず続いていくのを見て、五月に若干の戸惑いが見えたように感じた。そして、最後に俺は彼に語り掛ける。
「面接をお受けいただきありがとうございました。いかがでしたか?セレクションを終えて。」
「まぁ、県リーグは問題なく突破出来るかなぁって感じですかね?でも、地域リーグは難しいんじゃないですか?」
「ほぅ。その理由は何だと考えますか?」
「まず人数が少なすぎますね。今日で何人か加入したとしても2~3年でJFLで勝負出来るようなチーム作りは相当に厳しいと思いますよぉ。まぁ、俺が入ればそれも不可能じゃないかも知れませんけど。ははっ。」
彼が笑うがこちらはそれに対して何の反応もしない。
「このまま面接を終えて構いませんか?」
「どういう意味?」
まだ口調は尊大に振る舞うがどう見ても顔が動揺している。俺は彼の本心を本音を知りたかった。
「はっきり申し上げましょう。このままでは本社のあなたに対する印象は最悪で非常に残念なまま面接を終える事になりますが、五月さんはそれで構いませんか?」
「しっかり技術は見せたのに?」
「何か誤解をされているようなのではっきり申し上げますが、今回私どもが募集したのは『サッカーをしながら我が社で社員として働ける』人物です。今の所、五月さんが当社で働いていただく事は不可能かと判断しますが、それで構いませんか?」
先ほどまでとは違い、すぐに言葉を返さない。どうやら彼と言う人物が見えて来たようだ。あともう少しだな。
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