第29話 セレクション初日

2018年1月29日(月) Vandits事務所 <冴木 和馬>

 2018年が始まり、チームは目の前に迫る県リーグ開幕とセレクション開催の準備に追われていた。セレクション参加者は合計で14名となり、監督の板垣と当初予想していた人数よりも多くなった事に胸を撫でおろした。

 ただ参加者のポジションに重複が多い為、チーム対参加者のゲームは行えないとの判断で混合チームでの7対7の25分ハーフで1試合行い、その後ゲームを織り交ぜた状態で1試合行う事とした。


 この参加者の中には板垣が所属していた九州の大学の四年生も2名参加してくれている。プロ入りを目指していたが、現在決まっておらず就職も含めてサッカーを続ける道を模索していたようだ。

 そんな中で板垣がうちの監督に就任した事を聞き、大学で指導して貰っていたコーチが監督ならば自分達のプレイスタイルも知ってくれていると考えセレクションを受けてくれたようだ。


 今回の参加者には参加希望を出してくれた時点でメールで詳細を送り、2日間の日程でホテル代は実費である事、チーム採用時には正社員または契約社員としてうちの会社で働きながらサッカーをしてもらう事を了承した上で参加してもらい、現地に来てセレクションに参加した時点でこの旨には了承したと判断する事も知らせている。

 またゲーム形式の審査で合格できた人はそのまま面接に入る事も伝えている。


 そんな中で懸念材料になっているのが、参加者の一人にサッカー系Ytuberと呼ばれる配信者が参加している事だ。特に配信者が参加してはいけないと言うつもりもないし、それはそれで良い人材ならば嬉しいのだが彼はどうも毛色が違いそうだ。

 彼が投稿している動画を見せて貰ったが、何度かJFL・アマチュア問わずセレクションには参加しているようだ。ただ当然、うちのセレクションを受けに来ると言う事はどこにも受かっていない。

 それならまだ彼の良い所を見つけてうちのチームで活かせないかと考えるのだが、彼の場合は落ちたチームを自分のチャンネルで批判する傾向にある。チーム名こそ出さないが、ネット検索くらいの知識があればすぐに辿り着けるようなヒントをそこかしこに散りばめて、チーム事情や選手・運営に至るまで徹底的に批判する。

 それが面白いと思う視聴者がいるのか、登録者は2万人を超えている。コメント欄を見ていると、半分以上は『こいつはいつになったら受かるんだ』くらいの気持ちで見ているようだが。


 話は変わり、農園の方ではスタッフの皆から米作りをしたいと要望が出た。しかし西村さんにも相談した結果、現状ではまだ厳しいとの見解になった為、皆には申し訳ないがその旨を伝えた。

 米作りは今よりももっと広大な田んぼが必要で、今芸西村で生活している部員達の食べるお米を賄おうと思えば、単純に考えても20a程の水田が必要になる。当然だがそれだけの広さの水田を現状の人数で畑も管理しながらと言うのはまだまだ経験が足りない。それに畑と違い米作りは耕作機械等が確実に必要になり、その金額も決して馬鹿に出来ない。


 皆に順序立てて説明すると納得してくれたようで、何人かは自分達でも調べながら米作りをしている農家さんに話を聞いてみたりして、出来るならお手伝いも出来ないかお願いしてみるとの事だった。向上心は本当に嬉しいが、体調管理とスケジュール管理の徹底だけは厳しくお願いしてある。


 そりゃ希望が全て叶うならハウスだって建てたいし、米作りもしたいし、もっと田畑も拡張したい。しかし、それにはまずそれに充てる為の人材が必要だ。現状休みも取りながらスケジュールを回して1日に動ける人数は7~8名が精々だ。

 この先、農園として様々な事に挑戦したいとは考えているがその為には恐らく芸西村以外にも畑や田んぼの土地が必要だ。その事を考えるとまだまだ人数は厳しい。


 色々と大変だなぁと思いながらも目の前の書類を片付けていく。するとデスク作業をしていた雪村さんが困ったような顔で俺の所へ来る。


 「冴木さん、一般の方から選手の写真を自分のホームページや配信で使いたいので許可をいただけないかと言う問い合わせなんですが。」

 「まさかとは思いますが、あのセレクションに来る人ですか?」

 「いえ、違うようです。こちらがプリントアウトしたメールです。」


 確認すると一度うちのチームの練習を見学に来てくれていたらしく、写真を撮っても良いかと選手に聞いたら「撮って個人的に見るのは良いですが、もしネット等に載せる時は一応事務所に確認取ってもらえますか?」と言われて、今回確認のメールをくれたようだ。

 記載されていたホームページと動画サイトを見に行くと、どうやらアマチュアサッカーのファンらしく、大学・高校はもちろん社会人リーグや中学のアンダー世代なんかの試合にも通っているようだ。やはり学生カテゴリーはどこも取材は厳しいらしく、社会人の都道府県リーグに参加しているチームがメインで取り扱っているようだ。


 「うぅ~ん....まぁ、見た感じ好意的に取り上げてくれてる内容も多いし、特に断る理由も無いからOKしようか。常藤さん、どう思いますか?」

 「そうですね。載せる前の記事や動画を一応確認させてもらう事と、動画や記事の最後にチームから了承を得て写真を使っている旨を載せていただく事を条件にOKして良いと思います。」

 「そうですね。じゃぁ、それで返事しようか。」


 少し形式ばり過ぎているようにも感じるが、何でもかんでもOKにするとそのうち「あの人は大丈夫なのになぜうちはダメなんだ」となってもいけないので、今のうちにフォーマットを決めておくのが良いだろう。

 それに『チームから了承を貰っている』と載せる事は取材者にとってもちゃんと許可を得ていると視聴者などにも分かって印象は良くなるのではないだろうか。


 板垣が監督になってからの2ヶ月でチーム作りは急ピッチで行われた。まずはチーム全員に4級審判の資格獲得を義務付けた。これはチーム加入の絶対条件とし、その中で3月に大西・和瀧・樋口の前の勤務先を先に辞めて4級審判を既に取っていた者が3級審判の試験を受ける事になった。

 少しづつチームとしての土台を作っていく。


  ・・・・・・・・・・

2018年2月3日(土) 春野陸上競技場補助グラウンド <冴木 和馬>

 いよいよ今日から2日間にわたってチーム初めてのセレクションが行われる。参加者は最終的に13名となった。年齢は高校生(卒業見込み)6名。大学生(卒業見込み)3名。社会人4名となった。

 今は全員がアップをしており、俺達運営側はカメラを設置したり、高瀬の指示で練習用具を用意したりと意外にやる事は多い。参加者にはビブスを配り、その番号が受験番号みたいな物だ。明日の試合の時にはビブスの色は違うが、今日と同じ番号が配られる。


 今日はチーム練習に加わってもらい普段チームがどのような練習をしているかやどんな戦術を基本としているかを知ってもらう内容になっている。

 俺はサッカーの練習なんて言うのはこのチーム以外では見た事が無いし、あると言っても学生時代に司の所属していた部活の練習を横目でチラッと見たくらいしか経験が無い。サッカーに詳しい常藤さんやスポーツ好きの坂口さんに聞くと、うちの練習はかなり珍しいらしい。

 内容は基礎練習を恐ろしく入念に行う。パスやトラップ練習を主としながら、基礎を2時間近く行う。そして攻撃守備に分かれて、3vs3、3vs2、6vs6等を行って終わる。そうミニゲーム等は行わない。そこは土日の練習で集中的に行っている。と言うのも、平日は全員がほぼフルタイムで仕事している事もあり、練習に取れる時間は少ない。

 安芸市などで練習場が確保出来ればまだ少し時間は取れるが、それが高知市内となれば移動だけで往復2時間取られてしまう。なので、短い時間で集中して行う為に、平日は基礎メインの練習にしているのだそうだ。


 しかし、基礎練習と言っても見ていて相当に辛そうだ。二人一組でパスをしていても板垣のホイッスルが鳴るたびにパスの速度を上げ下げしていく。1回のホイッスルでスピードアップ、2回で下げると言った感じだ。

 当然だがパスのスピードとトラップしてからのパスまでの動作が早くなれば、ボールコントロールは難しくなる。板垣は常に全員のパスに目を凝らし、トラップしてボールが少し転がるようだと「止める!しっかりしっかり!」と檄が飛ぶ。

 これには高校生たちは相当苦労していた。普段から学校の練習でもやっていたんだろうが、それだけこのチームでは求められる精度が高いと言う事だろう。


 今回の参加者の中で華々しい経歴を持つ者は正直一人もいない。まぁ、社会人リーグに今年から参加するようなチームなのだから仕方がない。板垣の紹介の大学生は大学自体は九州大学リーグで優勝・準優勝の経歴はあるが、彼らはセカンドチームのメンバーだった。

 高校生たちも全国大会に出た事のある高校出身者は一人で当然レギュラーメンバーではない。社会人に至っては地域リーグ経験者すらいなかった。

 しかし、板垣はこれだけ高校生が集まってくれた事に喜んでいた。高校生なので当然別のチームへの移籍も考えられるが、基本就職がセットになっているうちとしては親御さんとの交渉も上手く運びやすい。何の仕事もせずにサッカーに明け暮れるのではなく、給料を貰いながらサッカーを続けられる事に安心するのだろう。実際今日も何人かの保護者が見学に来ている。


 練習は3vs3へと移っていったが、この時点で息が切れている受験生が何人かいた。社会人のうちの一人はすでに腰を落とし、動けなくなっている者もいる。板垣は無理させず休憩を個別に挟ませながら、それでも練習は止めない。

 もちろん審査の事もあるが、大前提にそんなに休憩だらけで練習をしていたら参加している部員達の練習にならない。チーム結成から3~4ヶ月、板垣が来てくれて2ヶ月だがチームの練習量は県リーグの中でも群を抜いて多いだろう。


 練習審査が終わる頃には何人かが完全に動けなくなっており、雪村さんや秋山にお世話されていた。板垣の吹くホイッスルが長く響く。


 「お疲れ様です!練習審査は以上を持って終了です。明日の審査は同じ時間にこの場所で行いますので、また明日お越しください。」


 そう言うと受験生たちの中にはホッとした表情を浮かべる者もいた。まともに立ってまだ動けそうなのは大学生3名と社会人2名。高校生2名の7名だった。

 しかし、そこで板垣が言葉を続ける。


 「チームメンバーは20分の休憩の後、オフェンス・ディフェンスに分かれて3vs4やるから。準備しといてくれ!」


 その言葉に動けない受験生は驚愕の表情を浮かべる。しかし、さらに驚く事態が起こる。大学生2人が手を挙げて、板垣に練習参加の許可を申し出た。


 「体は大丈夫?いける?じゃぁ、入ってみようか。他に入れる者いたら入っても良いよ。」


 そう言うともう一人の大学生と社会人・高校生が1名づつ手を挙げた。皆が休憩に入ると受験生を集めて板垣が話を始めた。


 「今日はお疲れさまでした。うちの練習に参加してくれて本当にありがとう。皆がいてくれたおかげでメンバーにも競争意識が生まれて非常に良い練習になった。」


 受験生たちは頭を下げて「お疲れ様です」と口々に告げる。


 「この後の練習は審査には影響しないから、参加するしないは強制しない。それに自分の動ける内容を把握する事も選手としては大事な事だ。もし、見て帰りたい者は見てくれて構わない。その代わり、汗と服はしっかり処理してからにしよう。風邪をひくと明日の審査にも響くからね。じゃあ、お疲れ様。」


 板垣がパンっと手を叩いて審査は終了となった。練習に参加する者はすぐに自分の荷物の所へ走っていき、アンダーシャツや練習着を着替えて汗を拭いていた。その時に参加する者同士で挨拶してお互いのポジションなどを教え合ったりもしていた。


 結局、受験生は全員がその後の練習に参加または見学をしていった。大学メンバーは部員達の中に入っても十分にアピール出来るだけの実力があるように見えた。高校生と社会人の二人も負けるものかと言う気合が見えて、俺からすると非常に好感が持てる印象だった。特に高校生はポジションがFWだったが、部員にも臆することなくポジション指示や押し引きのタイミングを叫んでいて、本当に全国大会行ってないんだろうかと素人の俺は驚き続けていた。


 そして1時間みっちり練習し、本日の練習は終了となった。当然部員と俺達はこれから芸西村・もしくは安芸市へ直行となる。それを聞いて地元出身の受験生達は少し驚いていた。明日も同じ時間に集まろうと声をかけて解散となった。


 帰りの車の中で俺は運転しながら、板垣と今日の練習生の印象を共有し合っていた。ちなみに今日・明日は全社員(部員を除く)で運転し、部員達は車の中で休めるようにしている。キツイ練習をした後に極力運転はさせたくない。まぁ、普段は皆乗り合いとは言え、運転して帰ってきている訳だが。まぁ、今日くらいね。


 「板垣、どうだった?」

 「大学生3名に関しては即戦力で採りたいですね。彼らがうちに来てくれると判断してくれればですが。高校生のFWの子はまだ粗は目立ちますが、出来れば長期的にチームにいてくれると助かります。他は技術が有る者もいましたが、まずは基礎体力が足りていないので、そこが課題になりそうですね。」

 「合格出せそうな人数は?」


 板垣が少し悩む。俺が「確実とほぼ決まりだけで良いぞ」と言うと「6名ですね」と答えた。


 「全員入部してくれたら20名か。リーグ戦は何とかなりそうか?」

 「と言っても人数が埋まっただけです。使えるかどうかは別問題です。」

 「確かに。」


 板垣は普段本当に温和で選手とのコミュニケーションを欠かさない男だが、俺と話をする時は本当に冷静で感情が見えなくなる。それについて以前に話をすると、板垣は「冴木さんとチームの話をする時は経営・運営の判断をする時だと思っていますので、私も出来るだけ私情を挟まず冷静に判断するよう心がけてます」と言っていた。


 チームを監督として率いるのが初めての板垣は、やはり大学でコーチを経験していた頃の寄り添う指導が不意に表に出そうになるのだそうだ。本人の中で試行錯誤が繰り返されているのだろう。


 まずは、初日終了。明日が楽しみだ。

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