第28話 大晦日
2017年12月31日(日) Vandits事務所 <冴木 和馬>
静かな室内で高瀬とゆったりテレビを観ていた。29日の仕事納めは皆で事務所を大掃除し、その日のうちに他の社員は東京や地元へと帰省した。
「正月休み、お預けになっちゃってすまんな。」
「いや、部員の皆と練習も出来ますし、それにちゃんと後で代替休くれるじゃないですか。」
「そうは言ってもさすがに正月は普段の休みとは違うからな。」
高瀬は良い意味でも悪い意味でも物分かりが良すぎる。普段はその性格に本当に助けられているが、欲を言えばもう少し我を出してほしいと言うか、積極性・アピールをして欲しいと思うのは我儘だろうか。
今年の正月休暇返上を誰にするかを悩んでいた時にも、高瀬はいの一番に手を挙げてくれた。
「来年はいよいよ県リーグが始まるな。準備はどうだ?」
「二月と三月に合計3回の練習試合を予定してます。県リーグ2部と1部に所属してるチームです。監督は当然全勝のつもりで挑んで欲しいって。」
「まぁ、油断・慢心はダメだが、俺としてもそれくらいの結果は見せてほしいな。」
俺の言葉に苦笑いを浮かべる高瀬。それほど周りは期待を込めているし、彼らもそれをじわじわと感じて来ているのだろう。
「知ってるか?国人衆の登録が50人を超えた。」
「え?試合も何もしてないのに?」
「実はこないだ東京から帰ってきて、杉さんと北川に頼んでうちのチームのYtubeチャンネルを作ってもらった。そこにチーム発足動画と監督就任の動画を載せた。」
颯一と拓斗の言葉で俺が真っ先に取り組んだのは、メールマガジンと動画チャンネルだった。メールアドレスは企業・個人関係なくスポンサー登録時に任意で登録出来るようにしてあった。登録されてないスポンサーさんに関してはこちらから手紙をお送りして、メルマガのサービスと動画チャンネルの配信が始まった事をお伝えし、登録のお願いもしてある。
動画チャンネルは12月27日から稼働し始めたが、たった三日ほどで5人の国人衆登録の申請があった。心底、普段練習や畑の作業風景をスマホやカメラで動画・写真で残しておいて良かったと杉さんと胸を撫でおろした。
普通なら練習試合などが決まってもスケジュールを更新して、トップ画面に『スケジュールの更新がありました』と知らせるのがほとんどだろうが、うちの場合は試合が公式戦であれ練習試合であれ決定した時点で動画でお知らせする。
『次回予告』的な動画で少し期待感を持たせるような雰囲気で、相手チームの練習風景も撮らせてもらって、許可を貰えたチームはその風景もスケジュール動画に載せている。これは相手チームからも好評な意見を貰えた。
「あっ!俺達も見ました。凄い編集凝ってて、次回予告なんかもあって立ち上げたばっかりのチャンネルとは思えなかったです。」
「まぁ、そこは杉さんのおかげだな。ただ、杉さんからもこれからチームの公式戦が始まったりすると、間違いなく動画や写真を撮る人を構えないと編集とかが間に合わなくなるって言われた。いかに試合後に早くハイライト動画が上げられるかが勝負なんだそうだ。」
「確かにファンからすれば早く知りたいですよね。それこそ県外に住んでれば尚更。」
動画チャンネルも登録者はまだ55人と少ない。しかも半分はチーム関係者と部員達だ。それでもスポンサー登録してくれているファンはもちろん、Vandits安芸をまだ知らない人に知っていただく機会に繋がるはずだ。
「県リーグの試合も載せて見て貰いたいですね。」
「あぁ....それな。無理なんだ。」
「えっ!?」
驚いた様子の高瀬に事情を説明する。県リーグを統括する高知県サッカー協会のリーグ規則で営利目的での試合の動画や写真の撮影・配信は禁じられている。個人で楽しむ分には良いのかも知れないが、こちらは企業チームでしかも動画配信チャンネルにライブ中継したかったのだから、完全に出鼻を挫かれた。
JFLなどでは安くはない放映権を支払う事によってチームのホームゲームを自分達でライブ配信する事は認めて貰えるらしい。
しかし、社会人リーグではそれは原則NGなのだ。さすがに従うしかない。なので、うちは四国リーグもしくはJFLに昇格するまで自分達の試合映像を使う事も出来ない可能性がある。もちろん何かしらの可能性は探るつもりだが。
「そうなんですね....まぁ、友達同士が集まってやっているチームではないですから、仕方ないですよね。」
「そうだな。だからこそ、何かしらの対策は練っていかないといけない。まぁ、一番はバスをチャーターして安芸郡圏内のサポーターを試合会場まで送迎するってのは考えられるが、まぁまだそこも検討中だな。」
そうは言っても試合の度に観光バスを貸し切っていたら、年間で150万近い費用が必要となる。そう言った資金は当然『譜代衆』のスポンサーから支援していただいている資金から捻出される。おそらく県リーグに加入している間は貸し切りバスで良いだろうが、四国リーグとなれば選手の移動も選手たちに運転させる訳にはいかなくなる。なので、バスは二台分。となれば、こちらでバスを構える事も検討事案に入ってきたりする。当然大型バスは色々と規定があるので、今のうちでは構えるのは難しそうだが。
「まぁ、今後は法人化されたデポルト・ファミリアの社員として働いて貰えるように、再来年四月の契約見直しまで会社として頑張るって所だな。それで皆が納得してくれれば、本社勤務の出向扱いからデポルト・ファミリアの正社員って扱いに変わる。本社に戻りたい人はその時点で戻ってもらう形になる。」
「やっぱり戻りたいって人もいるんでしょうか?」
不安そうな高瀬。まぁ、そうだろうな。今日まで一緒に事業を盛り立てて来たメンバーだ。出来るならば俺も全員が残ってほしいと思っている。しかし、こればかりは皆のこの先の人生に関わる問題だ。絶対なんて事はありえない。
この話は良い方向には転ばないな。話題を変えよう。
「セレクションの日が決定した。来年、って言っても明日からだが。二月三日、四日の土日で行う。場所は春野陸上競技場の補助グラウンドが二日間取れた。まぁ奇跡的だな。」
「参加者来てくれると良いですね。」
「現段階では8人の応募がある。ただ1~2名はもしかしたら冷やかしかもしれない。しっかりとこちらからメールか電話で参加の意思を確認しておかないとな。」
その時、玄関のチャイムが鳴る。高瀬と共に玄関に行くと、西村さんの奥様の文江さんと息子の強さんのお嫁さんの亮子さんが来ていた。
「あっ!文江さん、亮子さん!どうされたんですか?」
文江さんと涼子さんは両手で大きなお皿とお重を持っていた。
「これ。(雪村)裕子ちゃんから今日は男二人で事務所におるって聞いたき。まともにお正月料理も食べてないがやないかと思ぅて。大したもんじゃないけんど良かったら食べて。」
高知県でいわゆる
「え!?良いんですか!?」
「良いの良いの!うちは親戚も集まるんやから、男二人分くらい一緒一緒!」
お二人から料理を受け取りながら、今年本当にお世話になり続けた事への感謝を伝える。
「本年は本当に西村さんご一家のお力添えが無かったら、うちは畑の一つも耕せて無かったと思います。本当にありがとうございました。」
高瀬と二人で頭を下げると、お二人は明るく笑いながら肩を叩く。
「何を言いゆうで。助けられたがぁは私らぁよね。若い男の子があんなに一杯引っ越して来てくれて、しかも畑もあんなに楽しそうにやりゆうやか。あたしらぁも刺激を貰いよらぁよ。」
「そう言ってもらえると。」
「それに、あの子らがサッカーしゆうのもこないだ初めて見たけんど、畑やりゆう時の楽しそうな顔とは違ってホンマに真剣で。ビックリした。サッカーでプロになりたいって言いゆうがはホンマやったがやねぇってお父さんとも話したがよ。」
すると外から「あれ!?亮子さんと文江さんやんか!」と元気な声が聞こえる。外を見るとパン屋の三原さんだった。
「あら!洋子さん、どいたで?そんな荷物抱えて。」
「いや、高瀬君と冴木さんの二人で事務所で年越しやって(秋山)直美さんから聞いたき、明日でも食べれるようなサンドイッチとか持ってきたがよ。」
まさか女性陣が方々で俺達の事を心配だと井戸端会議していたようで、地元の皆さんにお手間をかけさせてしまったようだ。
「三原さん、今年はホントにお世話になりました。来年は少しでも楽しさでお返し出来るように頑張ります!」
「ははは!良いがですよ!私も楽しませてもらいゆうし。高瀬君!二月の練習試合は皆で応援行くきね!!」
「ありがとうございます!頑張ります。」
聞けば三原さんも練習には何度か顔を出してくれているらしく、まさかのパンの差し入れも寮の方へ何度かしてもらっているらしい。ホントに申し訳ない。
お三方は俺達が来てくれた事に本当に感謝してくれていた。文江さんからは「どうかずっと芸西と安芸を盛り上げてよ!」と期待の言葉もいただいてしまった。
三原さんからもサンドイッチやポテトサラダなどを受け取ると、お三方は井戸端会議を継続しながらそのまま帰宅していった。いやぁ、女性のパワーはすごい。
俺達はテレビのあるダイニングへ頂いた料理を運び、二人で録画していたJリーグの試合を観ながら食事を始めた。
「西村さんや三原さんが練習見に来てくれてたのは以前からか?」
「はい。西村さんは最近ですけど、三原さんは国人衆の登録していただいた直後からお店のスタッフさんと来てくれてました。」
「食事をいただいてたってのも?」
「そうですね。ほとんど寮への差し入れだったみたいですけど。西村さんの奥さんも何度か寮におかずを差し入れしてくれてます。」
俺が盛大に「はぁ~....」とため息をつくと、高瀬は思わず「すみません」と謝る。難しい所だが、高瀬にはちゃんと理解して貰わないとな。
「貰う事が悪いんじゃないから勘違いしないでくれよ?こうやってご支援していただけるようになった事は、サッカー部の活動が皆さんに認めていただけてる表れでもあるんだからな。」
「はい。」
「でもな?そのご支援していただいてた事を運営社員で知ってたのは誰がいるんだ?」
「あっ....」
高瀬は気付けたようだ。そうなんだ。いくら支援をしていただけてるとは言え、運営している側がその事実を認知してない、しかもそれを当たり前のように受け取りお礼すらもしていない状況は本当は物凄くまずい。
「高瀬はサッカー部の部員でもあるが、運営する社員の一人でもある。サッカー部の中でも事務を手伝ってくれてる者もいるが、基本的には契約社員だ。何もかもを報告させてお前たちの行動を縛りたい訳じゃないが、報告すべき事はしっかりやって貰わないと俺達と部員の信頼関係もそうだが、支援者と運営の信頼関係にも繋がってきてしまう。」
「そうでした。すみません。」
「いいさ、せっかくの大晦日にこんな話をしてしまう俺がいけない。でも、すまないが今後はメールでも構わないから、ご支援をいただいた時には俺か常藤さんか雪村さんに一報入れてくれると助かる。中堀と司にも伝えておくようにはするが....」
「いえ!俺から!僕から言わせてください。お願いします。」
高瀬の中でそうしたいと思うならさせてやった方が高瀬の経験にもなるだろう。部員達が重く受け止めないように、さらっと伝えてくれと頼んだ。
そこからは気分を変えてプロチームのサッカーを高瀬に解説して貰いながら食事を楽しんだ。
深夜、もうすぐ新しい年を迎えようとしている。俺は事務所の外でボーッと空の星を眺める。高知は繁華街や市街地など以外の場所では比較的星が綺麗に見える。うちの事務所は川沿いでメインの国道や県道からも少し離れているので、周りにLEDの街灯等も無く星空は本当に綺麗に見える。
電話が鳴った。相手は真子だった。
「もしもし、まだ起きてるのか?」
「そうね。あなたも起きてそうな気がして。」
「子供達は?」
「見たい番組があるからって自分の部屋に籠りました。」
いつもなら毎年大晦日は家族で過ごしていた。結婚してから初めて別々の場所で迎える年越し。
「すまん。」
「大丈夫。」
そう言わせてしまっている事に申し訳なさを覚える。今までは当たり前にいられた時間を離れて過ごす事がこの先増えるのかも知れない。
「いよいよスタートやね。」
「え?」
真子の急な方言に思わず聞き返してしまった。
「二月のセレクションとその後の練習試合が新チームの本当の意味でのスタートになるやんか?」
「あぁ、そうやね。」
「最初の練習試合は子供達もつれて見に行くからね。」
「塾とか大丈夫ながか?」
「颯一も拓斗も『チームの記念すべき初戦を見逃したら、何の為の立ち上げサポーターになったのか分かんない!』って気合入っちゅうき。」
二人で笑う。子供達は子供達で楽しんでくれているようで良かった。
「前乗りで一泊してゆっくりすると良いよ。」
「そうね。明日にでもホテル取っとく。」
夜くらいはゆっくり話せる時間も欲しい。子供達もなかなか旅行も出来ないから、高知に興味を持ってくれたら嬉しい。
「来年の目標は?」
「とりあえずはチームが1部昇格してくれる事が最低ラインだね。出来れば全勝で上がってほしいけど、望み過ぎも過度なプレッシャーになるから。」
「そうだね。」
「あとは、颯一の大学受験準備が上手くいってもらいたいってのと少しでも助けになれたらとは思ってる。まだ先だと思っても1年2年はあっという間だろうから。」
「目標と言うよりは願望だね。」
真子が笑って答える。確かにこれは自分にはどうにもしてやれない事だろうな。でも、何か役に立てたらと願っているのは本音だ。
「後は真子と颯一と拓斗が笑顔で一年を楽しく過ごしてもらえる努力かな。」
「それは引き続き頑張って貰わないとね。」
また、二人で笑う。
「たくさん心配もかけるし不安にもさせてしまってすまない。来年も宜しく頼みます。」
「私は意外に楽しめてるから。和くんも楽しんで。」
「ありがとう。」
遠くで鐘の音が聞こえる。いよいよ年が終わろうとしていた。
「真子、愛してる。」
「知ってます....感じてます....私も、愛してます。」
「ありがとう。」
さぁ、新たな挑戦がいよいよ幕を開ける。
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