第27話 戸惑いと決意

2017年12月15日(金) (株)ファミリア <冴木 和馬>

 林が渡してくれた資料をパラパラとめくる。およそ40人近い学生の資料だ。


 「来期採用予定の新卒社員のリストだ。」

 「見て良いのか?」


 そう言うと高野は驚いたように俺に話す。


 「お前、一応社長だろうが。まさかこっち放ったらかしって訳じゃないよな?」

 「そりゃ、そんなつもりは無いけど。」

 「今年の内定者の中で【県外異動・支社勤務】にOK出してる人間だ。あと、こっちは....」


 そういって数名分の資料を取り出す。


 「これはその中で最終学歴まで部員としてサッカー部に所属していた者、サッカー経験のある者、サッカーマネージャー経験者の分だ。」

 「どう言う事だ?これはファミリアを受けに来た子達だろ?」


 俺が眉をしかめながら話すと高野は自論を展開し始める。


 「異動と支社勤務に文句が無いなら、子会社でも文句はないはずだ。どうする。個別面接するなら日を改めて呼ぶ事も出来るぞ。」

 「もしかしてうちの為に内定出してくれたのか?」

 「勘違いするな。お前の所で必要無ければうちでしっかり働けると判断して内定を出してる学生だ。どうする?」


 3人に了承を貰い、少し資料と向き合う。さすがに有名大学の名前がゴロゴロと並ぶ。エントリーシートには尤もらしい文言がこれでもかと並んでいる。


 「まぁ、エントリーシート見たくらいじゃ分からんわなぁ。」


 俺が呟きながら資料をめくっていると、林も同意しながらも俺に提案してきた。


 「とりあえずこれはって人がいれば、個別に追加面接すれば良いよ。何ならもうその時点で採用確定出してもいい訳だし。」

 「うぅ~ん。高野、明日これ一日かけて見せて貰っても良いか?」

 「良いが、今からでも構わないぞ?」

 「今日はこれからトモと食事だから。」


 高野がふぅっとため息をつき、林は笑っている。トモは「分かってるじゃないか」と少し偉そうだ。

 そして、今度はトモの要件らしい。


 「和馬が子会社を起こしてホームページを立ち上げてから、リサーチ部でもずっと動向は追ってる。そこで他のサイトで気になる書き込みがいくつかあったから、和馬に知らせておこうかと思って。」

 「気になる書き込み?」


 トモは数枚の用紙を俺に渡す。見るとどこかのサイトをプリントアウトした物だった。どうやらサッカー好きが集まって今のサッカー界や日本代表について、話題別に掲示板を立上げて好き放題書き込んでいるサイトのようだ。

 その話題の題目の中に『高知で発足。(株)ファミリア社長が個人的に立ち上げたサッカーチームについて』とある。


 「書き込み内容ははっきり言って賛否両論の否によった意見が多い感じかな。」

 「なるほどねぇ....」


 鼻で笑いながら書き込みを読む。まぁ、予想通りのありがちな内容だ。


 「社長の道楽、金の無駄遣い、選手のサッカー人生を弄ぶ....ホンットにこうも予想通りの事しか書けんかねぇ。こんな事で凹みもキレもしねぇわ。」

 「僕も和馬の事は心配していない。恐らく選手たちも和馬が話せばそれほど動揺も無いと判断してる。問題は馬鹿な書き込みの意見に流されるサッカー知識の無いファンが出るって事だ。」


 確かにねぇ。どんなに真実が明白だろうと世論や社会の大多数派に真実が捻じ曲げられる事なんて往々にして起こる事だ。しかも相手はまだ活動すらしていないアマチュアチーム。サッカー知識も経験も無ぇのにあるような振りしてる奴らからすれば格好の餌食だ。


 「分かった。高野、トモ、林、ありがとう。こちらでもちょっと調べて動いてみるよ。」

 「気を付けなよ。軽く見てるとこう言うのは意外に厄介だよ?」


 林も心配して声をかけてくれる。「分かった」と答えて、トモの車いすを誘導する。


 「じゃあ、明日また来る。」

 「どこ行くんだ?」

 「トモとデートだ。」


 トモと社員食堂に向かう。社員食堂と言うと真子にいつもセンスが無いと言われる。でも社員の為に定食やおかずをイートスペースで食べる場所を会社が用意して社員食堂以外の呼び名があるか?


 トモとの食事は必ず社員食堂だ。トモは外食を極端に嫌う。と言うよりも車いすで出かけると言う事を極端に嫌う。社員食堂は俺や真子と一緒で、尚且つ勝手知ったる社員達が周りにいてくれるからと言う安心感があるのだろう。昔は自分の机から一切動かなかった。これでも大きく成長してくれている。


 二人で日替わりを頼む。今日は大好きな唐揚げだった。トモの分はいつも食堂で長く務めている調理スタッフさんが席まで持ってきてくれる。トモもこの人には笑顔で話せるようになった。


 「ありがとう!」

 「いっぱい食べてね。」


 トモの感謝に笑顔で応えるスタッフさん。俺と向かい合って「いただきます」と唱える。


 「真子はいつ復帰するの?」


 トモのお決まりの一言目だ。真子が育児もあって現場を離れてから一年程立った時、トモの精神状態が少し不安定になった事があった。トモはしばらくオンラインで仕事をこなし、真子と俺が週に二度、トモの家に様子を見に行って一緒に食事をした。

 トモは高校生の時の事故で自身も下半身麻痺の怪我をおったが、最愛の母親と妹を亡くした。親父さんも重体で、その後寝たきりの生活となった。生活はおじさん家族が見てくれていたが、トモが大学2年の時に親父さんも亡くなった。

 それ以来、トモは人との繋がりに非常に敏感になったように感じたと林が言っていた。それがこの数年は表に出ていなかったので安心していたのだが、俺の子会社出向でその片鱗が顔を見せているのかもしれない。


 「あっ!リサーチ部のおかげで良い物件を管理出来てる。後でお礼に行きたいから付き合ってくれ。」

 「良いよ。高知別班も現地入りしたいって愚痴ってたよ。」

 「そうだな。こっちはだいぶ整ったからそろそろ来てもらおうか。」


 俺がそう言うとトモは茶碗に顔を近づけながら上目遣いに俺を睨む。


 「僕はいつ高知に行けるんだい?」

 「リサーチとシステム部からトモを離せる訳ないだろ?そこまで我儘だったか?トモは。」

 「旅行で行くのは良いじゃないか。僕だって和馬の仕事やチームを見てみたいよ。」


 旅行?思わず声が出かけたが、これを口にしたらトモは殻に閉じこもる。せっかく外に出たいと言ってくれているのだ。その気持ちを盛り上げてやりたい。


 「分かった。今、サッカー部の練習用にグラウンドを大幅に改修してるんだ。」

 「あぁ、設計部が手伝ってるって言う大きな宿泊施設の事?」

 「そうそう。そこにある土のサッカーグラウンドを天然芝にして観客席も付けて、しっかり試合出来るようにするんだ。」

 「それと僕が高知へ行く事と何が関係あるんだよ?」


 ジト目は変わらない。まったく....困った子だ。


 「それが完成するのが来年の夏前の予定だ。その時にうちのチームがこけら落しの練習試合をする予定なんだ。その試合に真子と子供達と来てくれよ。」


 そう言うとトモの顔はパッと明るくなる。


 「言ったね!?嘘じゃないね?」

 「嘘言ってどうする。トモが来てもゆっくり座ってもらえる席も構える予定だから。子供達にも一年以上会ってないだろ?」

 「そうだね。会うのが楽しみだ。」


 もうトモの頭の中はその時の事でいっぱいになっているだろう。まぁ、元より誘う予定ではいたから早めに伝えられて良かった。


 「じゃぁ、トモが来てくれてもガッカリさせないグラウンドにしなきゃな。」

 「期待してる!」


 おもちゃを待っている子供のような笑顔だ。食事を終えた俺達はリサーチ部へ向かい、高知を担当してくれている3人に現地入りでのリサーチをお願いした。


  ・・・・・・・・・・

2017年12月24日(日) 東京 自宅 <冴木 和馬>

 やはり高知に比べると東京の冬は相当に寒い。雪こそ降っていないが、いつ降り始めても可笑しくない。街はクリスマス一色の飾り付けが施され、夕方遅いこの時間にはそこかしこにカップルの姿が目立ち始める。


 自宅マンションのエントランスを抜け、エレベーターで自宅階まで昇っていく時間はいつも今後のチームの事を頭の中で整理する時間だ。最優先課題の部員獲得をどう解決するかを考えている。

 セレクションはすでに募集は開始されている。少しでも参加者が集まれば良いのだが。板垣としては高校卒業生が来てくれると良いが、うちでの働く場所があるかが心配だと暗にプレッシャーをかけられた。高校生の場合は契約社員で農園のお手伝いになってしまいそうだ。現状、事務職は任せられない。

 高野から貰った資料を見た結果、内定者からの子会社異動は見送った。来年度に子会社として単独で採用を募集する事にした。ただ、サッカー経験のある内定者に関しては正式採用が決まり、入社式が終了、研修がスタートした時点で研修担当者と話し合って一斉の面談を行う事にした。「サッカー続けたいならスポーツ事業部で出来ますよ。子会社ですけど。」ってな具合だ。


 まぁ、急がなければいけないが急いだ所で状況は変わらない。しっかりチャンスを見極めるしか今は方法が無い。頭の中のモヤモヤを振り払い、玄関ドアを開ける。


 家の奥からは良い匂いが玄関まで流れてきている。子供達の声も聞こえているから、恐らく帰宅した順番の最後は俺だろう。リビングへ通じるドアを開けると皆の視線がこちらへ集まる。


 「あっ!父さん。おかえり!今日は早い!」

 「おかえりなさい。」

 「父さん!いつまでこっちにいられる?」


 次男の拓斗が飛びついてくる。中学2年生とは言え、まだ甘えてくれるようだ。颯一は俺の上着とバッグを預かって、上着はすぐにハンガーにかけてくれた。こう言った所は俺に似なかった良い部分だ。


 「28日まではいられるぞ。どっか行きたいトコでもあるか?」

 「Vanditsの話を聞きたい!!」


 拓斗に年末の予定を聞いたが、まさかチームの事を知りたいとせがまれた。年末は出来る限り社員達に休みを取らせてやりたい。しかし、農園や管理物件の事もあり、社員全員が高知を離れる訳にはいかない。農園の方は部員で高知出身者が率先して畑の様子を見に来るローテーションを組んでくれていた。管理物件の方に関しては俺と高瀬の二人で今年は安芸市で年越しと言う事になった。


 「なんだ?興味あるのか?」

 「だってせっかくチーム出来て国人衆で登録したのに、全然試合も無いし動画とかも上がらないんだもん。情報なさ過ぎて分かんないよ。」


 ん?情報?そうか....くそぉ。最近、見落としている事が多すぎる。こりゃ事務メンバーもそうだが、中堀や及川にも参加して貰って洗い出しをしなきゃもったいない事を仕出かしまくってるかも知れない。


 「すまん。見落としてた。」

 「拓斗の言う通りだよ。父さん。せっかく国人衆として応援してても何の情報も入って来ないんじゃ俺達みたいな県外で応援してるファンは不満に思っちゃうよ。」

 「そうだな。有り難う。年末にすぐに取り掛かるよ。年明けにはちゃんと情報見られるようにするから。」

 「約束だよ!」


 家族全員で夕食を取り、のんびりと過ごすクリスマス・イブ。高知だけでなく東京でもいくつか仕事を抱えている為、今年は何度も東京と高知を往復した。来年からはもう少し高知に集中できるようになるはずだ。そうなると東京にいられる時間が少なくなる事にはなるのだが。


 子供達も眠った深夜に電話が鳴る。通知を見ると『中堀 貴之』の文字。なにかあったのかと思い、慌てて電話を取る。すると中堀は一人らしく、俺に相談したいと電話をくれた。


 「イブの日にすみません。」

 「もうイブは終わったよ。それに悩んでる時にイベントなんか関係ない。思ってる事を話せばいい。」

 「ありがとうございます。」


 相談はやはりチームコーチへの誘いの件だった。本人の中では相当に悩んでいるようだ。今のままだとどちらも中途半端になってしまいそうだと感じているようだ。


 「司さんにも相談したんです。」

 「そうか。あいつは何て言ってた?」

 「.........選手が自分の道を諦める時は必要とされなくなって諦める事がほとんどだって。それはどのカテゴリー(世代)においても。お前はチームに必要だから選手として引退してくれと言ってもらってる。それを不幸と取るか幸せと取るかはお前にしか分からないと。」

 「うん....」


 司もその言葉を中堀に伝えるのはキツかったはずだ。全ての言葉は自分に返って来る。なによりその司が中堀よりも年齢だけなら引退に近い年齢なのだ。


 「俺はずっと迷ってて。チームの為を思えばコーチになった方が良いのも分かってるんです。でも、俺、まだ何も成せてない。」

 「良いじゃないか。両方取っちゃえば。」

 「え?」

 「チームの為に頑張りたい自分と、藻掻きたいと思ってる自分。どっちもお前だから。だったら、チームの為の努力をしながら、自分自身の為に藻掻けよ。」

 「........」


 俺だって言いながら分かっている。それがどれほど難しいか。スケジュールだけでも簡単にこなせる事では無いだろう。ライセンスの為の勉強もしながら、選手としてのトレーニングと仕事をこなす。恐らく他の選手よりも日程的に相当厳しくなる。その覚悟を持って臨めるかどうかだ。

 しかし、ちゃんと俺の立場として伝えるべき事は伝えなくては。


 「ただ、はっきり言っておくが、少なくともあと2年は選手として藻掻いて貰わないと困るぞ?」

 「え?」


 中堀にとっては予想外の言葉だったようだ。


 「監督も言ったろ?将来的にコーチとして助けて欲しいって。俺も監督も県リーグと四国リーグに挑む期間はお前がいてくれないとチームは回らないよ。」

 「でも、新しい戦力も探してるって。」

 「そりゃ、探すさ。でもそれはチーム運営してる間はずっと探し続けるんだ。今だけの事じゃない。それに監督の考え、戦術、そして理念をお前以外に誰がフィールドで選手たちに上手く効率的に理解させられるんだ?」

 「えっと....」


 戸惑っている。


 「ほらな?すぐに思い浮かばないだろ?そう言った部分でもお前には選手として活躍してもらわにゃ困る。それに、お前は新しく入った選手に早々にポジション明け渡すつもりなのか?良いか?チームコーチとして助けてくれる意志が固まったら俺か監督に返事をくれ。」


 「分かりました。」


 中堀の返事にはもう迷いは感じられなかった。

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