第25話 非常な通告

2017年11月30日(木) Vandits選手寮・民家 <中堀 貴之>

 練習終わりに民宿側の寮に入っているメンバーも含めて皆が民家の居間に集まっている。何か選手同士での話し合いや時間を取る時は、夜は民家の居間がミーティングルーム代わりになっている。民家は古い日本家屋な事もあり、居間が結構広い。10人以上が座っても十分に余裕だし、隣の床の間の部屋へ続く襖も取り払っているから、二部屋続きで相当広い部屋となっている。

 今日、集まったのは先週終わりの練習から来るようになった板垣さんの印象を皆に聞く為だ。俺も気になっていたが、冴木さんから部員達に印象を聞いといてほしいと言われたからだ。


 「板垣さんが来て月曜と今日で二回の練習を見て貰った。月曜の練習後には食事会もあったけど、皆が板垣さんに感じてる印象を教えて欲しい。」


 八木が手を挙げる。


 「すげぇ優しい感じだけど、サッカー見る目はめちゃ鋭いって言うか。まだ板垣さんから指導とかされた訳じゃないけど、相当サッカー詳しそうだなぁって印象っス。」


 それは皆も感じているようで頷いている。板垣さんが訪れた二回の練習の時には、部員達との会話を優先していて選手自身が自分の課題に気付けているかや、チームに活かせる自分の長所などを聞いて回っている印象だった。それ以上に雑談が多かったが。

 次は入船が手を挙げる。


 「事務所にも毎日のように来てました。何か冴木さんや常藤さんとサッカー部だけじゃなくて会社の事とかでも深い話もしてる感じでした。あと、冴木さんがプロの試合とかJFLの試合をテレビで流しながら、横で板垣さんがずっと解説してました。選手の動きの意図とかチームの狙いとかそれに対する相手の対応とか。めちゃめちゃ的確で凄かったです。僕も聞き入っちゃって坂口さんにげんこつもらっちゃいました。」


 皆が笑う。ここで皆に冴木さんから教えて貰った板垣さん情報を教える。


 「板垣さんはチームが強かったから、みたいに言ってたが、本人も大学時代にインカレ準優勝した時のレギュラーメンバーだ。ポジションはCBセンターバック。JFLのチームでも同じくCBだったみたいだ。」


 「インカレ準優勝....」とざわざわする。そのまま続ける。


 「そして、協会公認のA級ジェネラルコーチのライセンスを持ってる。」

 「「えっ!?」」


 皆がビックリするのも当然だ。プロ経験なくJFLで数年前までプレイしてた人がA級ジェネラルコーチのライセンスを取れる時間があったなんて。このライセンスがあればJFLチームの監督、もしくはプロチームのコーチに就く許可が下りる。


 「やっぱり監督って事で冴木さんは呼んだんですよね?」


 樋口が質問する。恐らくそうだろう。いつまでも選手間で教え合いながらやるのも限界が来る。県リーグにいる間はそれでも良いだろうが、やはり監督・コーチの元でチームとして指導方法やチームの理念を共有する事は大事だ。


 「中堀さんと及川さんはどう考えてますか?」


 樋口の質問に俺はすぐには答えが出なかった。及川さんは俺の顔を見ながらはっきりと答える。


 「オレは来てもらうべきやと思う。もちろんナカが今までオレ達の指導をしてくれてた事には感謝しちゅう。けんど、このままやったらナカはずっと与えゆうだけや。自分が吸収する場所が本とネットの中にしかないやん。そう言うた意味では板垣さんに来てもろうたら、ナカも学ぶ事が出来る。ナカが周りを気にすることなく自分の練習に集中出来る。メリットしかない。デメリットって言うたら俺らの気持ちだけや。今までナカが教えてくれてたのにって事だけや。」


 ズキリと心に刺さる言葉だった。確かに皆の指導で自分の練習が皆ほど十分に出来てない事は間違いない。でも、部員数が少ない中でそのままではいけない。そう思ってはいた。俺はゆっくり言葉を選ぶ。


 「俺も及川さんに言われた事は感じてました。皆の指導もあるし、仕事もある。それにFWは幡とMFとFWを両方こなせる八木がいるから、みたいな考えがあったのも事実です。」


 そう言うと八木が反論しようと立ち上がりかける。俺が「で・もっ!!」と右手で八木を制しながら話を続ける。


 「今日の練習の時に板垣さんに言われたんだ。控えに甘んじるつもりは無いよね?って。....なんか、見透かされてるみたいで恥ずかしかった。だから、俺も板垣さんにはチームに来てもらいたいと思う。皆はどうだろう?」


 すると八木と樋口が「賛成!」と手を挙げる。他の皆も続いて手を挙げてくれた。部員の中では方向が一致して良かった。


 後は板垣さんがどう判断するかだ。


  ・・・・・・・・・・

同日 夜 Vandits事務所 <板垣 信也>

 Vanditsの事務所で冴木さんと二人でダイニングに置かれたソファに腰掛けて、イングランドプレミアリーグの試合を観ながら話をしている。冴木さんは「このレベルだとさすがに俺でもうちのチームよりは上手いって分かるなぁ」と呟く。

 リビングの会議スペースには邪魔にならないように高瀬君が座っている。聞くと彼はこの事務所の二階に他の社員の方と一緒に暮らしているそうだ。


 「板垣さん、短い期間でしたが有難うございました。」

 「いえ、こちらこそ費用を全て出していただいての採用面接試験なんて初めてですよ。」

 「うちは必要な物にはちゃんと出します。」


 二人で笑いながらまた試合に目を向ける。冴木さんに尋ねる。


 「いかがでしたか?僕は合格でしょうか?」

 「それはこちらがお聞きしないといけません。彼らはあなたの目に適う選手たちだったでしょうか?」

 「率直に申し上げて、未来と可能性を大きく感じます。」

 「修正・改善点は?」


 私の能力が試されている。未来と可能性等と言う不確定なモノではなく、しっかりとした判断材料を出せと言われているように感じた。彼はやはりビジネスマンだ。部員達から話を聞くと、情に篤く部員の事を最優先に考えて行動してくれるオーナーだとべた褒めだった。

 しかし、たった1週間だがご一緒した私の印象は非常に現実的で常に状況を冷静に状況を判断する。そこに情を入れているようには思えなかった。

 彼は大きく自分を使い分けられる性格なのだろう。部員達と向かい合う時のオーナーとしての自分と、経営者として冷徹と思えるほどの判断を迫られている自分。そのどちらもが彼の中で一つの存在なのだろう。

 ここは率直に話す事がベストだろう。


 「チームとしてもメンバーは認知していますが、まず最優先は人数の確保。これに関しては御社の状況もあるかと思いますので私が口を出せる事ではないですが、私がお世話になっていた大学の学生に口を聞くくらいは出来ると思います。もちろん相手次第ですし、入社は来年四月ですが。」

 「そこは承知しています。」

 「そして課題として挙げられるとすれば....」


 私は今、チームに考えられる問題点・改善点を挙げ、それの解決策を提示した。短期的に取り組んでいけるものもあれば、数年かけて世代を跨いで取り組まなければいけない課題もあった。その一つ一つを説明し、冴木さんは質問を交えながら理解を深めていく。


 そして、私は一番伝えなくてはならない、恐らく一番部員達から反発を買うであろう考えを冴木さんに伝える。


 「そして最後にこのチームでJリーグ入りを目指すのであれば、中堀貴之、樋口光、この両名に関してはメンバーから外すべきです。」


 後ろからガタリッと椅子が動く音がした。冴木さんの顔が険しくなった。


  ・・・・・・・・・・

2017年12月8日(金) Vandits選手寮・民家 <高瀬 健次郎>

 仕事が終わり今日は夜練習も無い。多少の時間を持ってサッカー部全員が選手寮のミーティングルームに集まるように事前に連絡があった。話は何となく分かっていた。板垣さんの正式な監督就任が決まったと事務所で常藤さんと雪村さんが話していたのを聞いていたからだ。


 緊張感漂う部屋の外に車のライトが見えて家の前の砂利が敷き詰められた庭で停まる。少しすると「邪魔するぞぉ」と冴木さん、板垣さん、常藤さん、雪村さんが入って来た。四人と机を挟んで向かい合う形で選手たちが座る。冴木さんから伝えられた。


 「知ってる者もいるだろうが、本日付で板垣信也がVandits安芸の監督に就任する事になった。監督、改めて挨拶を。」


 冴木さんは線引きがしっかりしている。契約し組織の中に入れば、もうお客さん扱いはしない。同じ目標の為に動くチームの一員だ。板垣さんが笑顔で挨拶する。


 「皆さん、お久しぶりです。今日からVandits安芸の監督に就任させていただきます。板垣信也です。まだ不安や疑問がある人もいると思うけど、来年のリーグ開幕までにしっかりと払拭出来ればと思っています。宜しく。」


 選手たちが拍手する。

 板垣さんは一度、住んでいた九州に戻り高知へ移住する準備をたった一週間で整えた。それだけこのチームへの意欲を感じた。

 板垣さんがこれからのチームで突き詰めていくシステムや戦術を説明してくれる。基本はダブルボランチを起点に敵の最終ラインの裏へ抜けるパスを狙う今までうちが得意としてきた戦術が主としての物。そしてもう一本が俺がチームに入った事で新たに挑戦し始めた、大きなサイドチェンジも取り入れたサイドアタック。これに必要なスキル・基礎体力を県リーグ所属中に入念にトレーニングしていく。

 そして今後、加入する選手の能力によって戦術に幅を持たせるのか、さらに複雑化させていくのか。そこはまだ取り組めないものなので全員の意識の中に入れておいてほしいとの事だった。

 板垣さんがチーム方針を皆に伝える。


 「これは冴木オーナーとも意見は一致してますが、僕が皆に求める事は全ての事に関する『共有』です。それは戦術やサッカー感だけではなく、チームとしての問題点・強み、そして目標やビジョン。あらゆる事を全員で共有して理解を深める事でクオリティを上げていく。それはものすごく細かな事になっていくかも知れませんが、全員でこれも話し合って共有していきましょう。」

 「「「はい。」」」


 すると板垣さんの表情が硬いものに変わった。俺は「あぁ、あの話をするんだな」と分かった。きっとチームは揺らぐ事になる。


 「そして、これは冴木オーナーとの面談の中でチームの強化策として提案させてもらった最後の一つです。」


 みんなが期待して板垣さんを見る。


 「将来的に中堀貴之選手と樋口光選手の両名には選手登録から外れて貰います。」


 敢えて結果から伝える。当然反発は起こる。その口火を切ったのはやはり八木だった。ダンッ!と大きく机を叩く音が響く。


 「どういう評価でそうなったんスか!?冴木さんも了承したんですかっ!?中堀さんと樋口さんが今までどれだけチーム強化の為に時間を割いてくれてたか分かってこんな酷い扱い....」


 八木が激怒するが、板垣さん含め、冴木さん、常藤さん、雪村さんは無表情でそれに向き合う。その雰囲気に八木も言葉が詰まる。

 冴木さんが言葉を挟む。


 「八木、気持ちは分かる。しかし、最後まで聞こう。監督の覚悟をちゃんと皆で共有するんだ。」


 八木は自分の太ももをしこたまに叩く。苛立ちを抑えきれない。板垣さんが冴木さんに頭を下げて言葉を続ける。


 「結果を先に言わせてもらったのは皆さんの中での二人の存在をしっかり認識しておきたかったからです。誤解を招いてしまい、申し訳ありません。」

 「誤解も何も二人は選手じゃなくなるがですよね?」


 及川さんも感情を押し殺しながら訪ねる。板垣さんが頷きながらも言葉を続ける。


 「です。私がこのチームをJに向けて強化していく中で、どうしても二人には外れてもらわなければいけませんでした。それは、将来的に『中堀君にコーチ・監督代行、樋口君にフィジカルコーチを務めてもらいたい』と考えたからです。」


 部員全員からどよめきが起こる。二人にチーム強化の中枢に入ってもらいたいと言う話だった。中堀さんも樋口君も驚いた表情だった。説明は続く。


 「今まで中堀君が勤めてくれていた指導の部分は、アマチュアでやっている間は僕が勤める事が出来ます。それは樋口君のしてくれていた事も同じです。しかし、今後上のカテゴリーに上がっていく中で、間違いなく僕一人ではチーム全体の把握と管理には限界が来ます。それを二人に補ってもらいたいと考えたからです。」


 ゆっくりと丁寧に説明してくれる。しかし、まだ部員達の表情は晴れない。冴木さんが板垣さんから言葉を預かる。


 「俺はサッカーチームの強化って事にはまだまだ勉強中だ。正直な所、監督からこの話を聞いた時も俺ですら良い感情は無かった。しかし、監督は一晩かけて俺に今後のチーム強化にどれだけこの二人が重要かを説いてくれた。」


 みんなも頷きながら話を聞く。


 「そして、監督と話し合う中で一つの約束をした。もし、二人が強化のメンバーに加わる時は『二人が選手として全てをやりきった』時にしてほしいと。」

 「それは私も当然同じ考えです。挑戦を始める前からお二人の挑戦権を剥奪するような真似は私には出来ません。お二人にはご自身が本当に選手としてやりきったと実感が出来るまで、藻掻き続けて貰います。可能性を信じ挑戦を続けて貰います。それが5年であろうが10年であろうが私は待ちます。それまではコーチを外部から雇い入れると言う判断もある訳ですから。」


 板垣さんは中堀さん・樋口君に目線を向ける。二人も厳しい表情だ。


 「良いですか。私はこのチームをJリーグへ連れていく為にこのチームに呼ばれました。まだ県リーグにも参戦していませんが、現状で言うならば足りない物がたくさんあります。その一つにS級コーチライセンス保持者がいないのです。」


 皆が気付く。


 「私はチームがJリーグ入りするまでに何とかしてS級に受かって見せます。しかし、当然ですが受講期間が二ヶ月以上あります。勉強も含めればもう少し必要かも知れません。それでもその間、チームをほったらかしには出来ません。」


 だんだんとみんなが監督の意図を理解し始める。


 「中堀君、僕はあなたに無茶をお願いしなければいけない。チームがJFL入りしてJリーグに挑戦できるようになるまでに、選手として藻掻きながらA級ジェネラルコーチのライセンスを取得してください。」


 全員が驚く。一番驚いているのは当然中堀さんだ。


 「私がS級受講中にチームを率いるのはあなたです。中堀君。」


 背中に汗が流れるのを感じた。自分達が大きな分岐点に立っている気がしていた。

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