第24話 選手として 人として

2017年10月23日(月) 職場から電話にて <中堀 貴之>

 「と、言う感じなんですが。」


 仕事で東京にいる冴木さんに、電話で先日の小学校であった事を相談する。冴木さんも一緒に悩んでくれている。


 「うぅ~ん....メニューだけ渡してってのも何か放り出すみたいでヤだよなぁ。」

 「はい....。」

 「しかしなぁ、うぅ~ん....」

 「忙しい時にすみません。」


 冴木さんが電話の向こうで笑う。


 「何言ってんだ。お前らの悩みは全部言えって言ったろ?やっと頼ってくれて俺は嬉しいんだぞ。待てよぉ。すぐにとんでもない良いアイデアがぁ....」


 思わず吹き出してしまった。冴木さんも笑う。こうしてあまり気を遣わず連絡して来いって暗に伝えてくれている。


 「物は相談だけどさ、その先生にD級のライセンス取ってもらうとか....でも、学校が主催じゃないんだっけ?」

 「そうですね。話をお聞きした感じでは、何か地域のスポーツ少年団みたいな感じでした。」

 「ふふふ....」

 「え?なんですか?」


 急に冴木さんが怪しく笑うので聞き返してしまった。


 「いや、中堀もだいぶ電話でも第三者に対してしっかり『お聞きした』とか使えるようになってきたじゃないか。坂口さんの指導のおかげかな?」

 「はい。鍛えて貰ってます。」


 以前の会社ではライン作業の責任者だったので、外部のお客様や取引先の企業さんと話をさせてもらうような機会は無かった。

 入社後の俺は設計やリノベーション物件のリノベ前のお宅にお邪魔して、坂口さんが間取り図にマークした方向の写真を取って来るのが仕事で、すぐにデータを送り確認して貰って追加があればすぐに撮るという作業をしている。

 設計もリノベーションも何も知識がない俺が手伝える事はこれくらいだ。しかし、坂口さんはいつも「写真撮るの上手!」「追加で取ってくれてた写真でイメージ湧いた」と俺の士気を高めてくれる。

 しかし、電話する際のお客様に対する言葉遣いだけは相当厳しく指導される。相手が傍にいなくても「普段から身に付けないと思いがけずご本人の前で使ってしまう事があるんだから。」と指導してくれた。


 「まぁ、中堀の成長も嬉しいんだけど。そこはそことして、思いついた事べらべら喋るから無茶なら言ってくれ。」

 「分かりました。」


 何を思いついたんだろう。いつも東京から来られた社員の皆さんは言っていた。「冴木さんのアイデアで助けられた事が何度もある」と。


 「提案1,先生にD級取ってもらって指導内容とかを独自に勉強して貰う。もしくは一足飛びにC級受けるとかね。」

 「うぅ~ん....」

 「とりあえず言ってくから。提案2,指導者のライセンスは指導するだけならいらなかったはずだから、今まで通り指導をしてもらう。先生には時々うちの練習に来てもらって、練習を覚えて貰って子供たち用にアレンジしてもらう。」

 「なるほどぉ....」


 どちらも先生が教諭をしながらだと相当負担増えそうだなぁ。子供の数もある程度多いって聞いてたし。


 「提案3,お前たちが、って言うか俺達が子供達の為のサッカースクールを定期的に開催する。」

 「あっ、そうか。」


 どうしてこれを思い浮かばなかったんだろう。俺はC級ライセンス持ってるし、樋口もD級を持ってる。子供達の指導は出来なくはない。


 「ただ!」


 冴木さんの声が少し大きくなる。


 「これに関しては相当準備と打ち合わせをしないとお前たちの負担が相当大きくなる。俺としては意義には賛成だが、オーナーとしては賛成出来ない。」

 「どうしてでしょう?」

 「今の自分達のスケジュール考えて見ろ。いつスクールやって、いつ体休めるつもりだ。まさかとは思うがスクールの為に練習減らすなんて本末転倒な発言はするなよ?」


 それを考えていた俺の思考を冴木さんは一気に遮断した。恐らく俺の考えが分かっていたのだろう。


 「お前たちが上本食品にいた頃ならそのやり方を受けても良かっただろう。恐らく上本社長も大手を振って賛成してくれるはずだ。企業としての地域貢献に寄与できるからな。」


 ならばデポルト・ファミリアでもやれるじゃないか。うちだって企業チームなんだから。


 「お前たちの成功に、夢に、金銭として支援してくれている人がもう実際に現れてるんだ。お前たちがJFL選手だったり、Jリーグ行ってからならそれも良いだろう。しかし、それを全員で交代制で受け持ったとして、誰も怪我せず体調崩さず、練習と仕事とスクールやりきれる人間が何人いる?」

 「あ........」

 「お前たちはまだプロじゃない。社員なんだ。会社の求める事、そして支援してくださる皆さんに結果をお見せする事、それが大前提だ。」

 「はい。すみません....」


 考えが甘い。自分達が何でも出来るなんで驕りだ。冴木さんは自らが悪者になってでも俺にそれを教えようとしている。もっと考えろ。そう言ってくれている。

 俺が凹んでいるのが分かったのか。電話口の向こうでため息が聞こえた。思わず謝る。


 「....まぁ、あれだ。それをお前が十分理解したとして、俺としての譲歩案としては指導は一ヶ月に一回。指導しにいく選手は5人まで。そして、チームの練習着で行く事。」

 「え!?良いんですか?」

 「まずは計画案を出せ。先生と連絡取って決めても構わない。俺と常藤さんと、保護者の皆さんと地域の皆さんが納得出来る内容を持ってこい。あちらさんだって来月から何とかしてくださいって言ってる訳じゃないんだろ?なら新学期からでも間に合うように練り直せ。」

 「分かりました!!!」


 でも、気になる最後の条件を聞き返した。なぜチームシャツで指導するのか?


 「お前達も子供の頃、カッコいいユニフォーム着てる上手な選手に憧れなかったか?そう言う場所からもチームの広報活動は始まるんだよ。」


 さすがです。一度、先生にご相談してみよう。


  ・・・・・・・・・・

2017年10月31日(火) 芸西村 農園 <馬場 悠真>

 白菜の定植が終わり、畝に支柱をアーチ状に差し込んでその上に不織布をかける。不織布の端に土をかけて風で不織布が飛ばないようにし、さらに不織布の上から支柱をアーチ状にして押さえる。


 この仕事に就くまで野菜がどう作られてるかなんて詳しくは知らなかった。農家の方には申し訳ないが、植えてりゃ生えるんだろうくらいの認識だった。それが野菜毎に種を蒔く時期が違い、しかも畑にそのまま種を蒔く野菜もあれば、ポットと言われる種から苗に育てるための物があって、それでしっかりと小さな芽が出てから畑に植え変える野菜もあったり、ホントに知らない事ばかりだった。

 最初に農園の勤務だと言われた時は、はっきり言ってハズレを引いたと思った。事務仕事の方が楽だろうし、給料も良いと思ってたからだ。しかし、社員として契約する際に見せて貰った給与条件を見た時に驚いた。前の会社と同じ支給額だった。事務所の雪村さんから話を聞くと、冴木さんが前の会社に頼み込んで給料を教えてもらったらしい。社長の上本さんに「前の職場より手取りを落とさない」と約束したんだそうだ。

 落とさないどころかこっちの会社に来てからは家賃は下がったし、練習で使うユニフォームやジャージは会社の支給だし、飲みに行かなくなった事で確実に使う金額は少なくなった。


 そして、この人事もちゃんと中堀さんや及川さんと相談して、それぞれに成長させたい所や足りない部分を仕事中に養える為の人材配置だと全体ミーティングで教えて貰えた。農園の担当になっているほとんどのメンバーは、技術的にはチーム内で上位だが身体能力や基礎体力が劣る。そして望月さんは広いフィールドでの視野の確保、皆がどう云う位置にいてどう動かすべきかを判断出来るように農業経験が無くても責任者の立場に置かれたらしい。


 冴木さんはこっちが疑問や不満に思った事を、相談しさえすればちゃんと考えやヒントをくれる。直接答えを投げたりしない。かならずこちらが気付いたり考えたりするチャンスをくれる。俺はたった一ヶ月だが、この農園で働けた事が人として成長出来ているように感じて嬉しかった。


 「おはようございまぁぁ~~す!!!」


 八木の馬鹿でけぇ声が畑にこだまする。声をかけた方を見るとこの辺りではトヨさんと呼ばれている爺さんが歩いていた。俺も八木に負けない声で挨拶する。畑にいる皆も続く。

 しかし、爺さんはこちらをうるさそうにチラッと見ただけでそのまま通り過ぎて行く。最初はどうして反応もしない相手に挨拶しなきゃならないんだと思ってたが、ある日、八木が「いや、こうなりゃ意地なんスよ。絶対にいつか向こうに挨拶させるんです。オレ。」となぜか気合を入れていて、それが面白くて俺も付き合うようになった。すると全員がいつの間にか爺さんを見かけたら挨拶する習慣が付いていた。西村さんにも良い習慣だって言われたから、まぁ向こうを怒らせる事は無いだろう。


 不織布のトンネルの中にある小さな小さな白菜の芽を見ながら、俺は不思議に満足感を覚えていた。


  ・・・・・・・・・・

2017年11月15日(水) Vandits安芸 <大西 悟>

 今日の事務所はなんだかずっと皆がそわそわしている。今日は朝から常藤さんと雪村さんがいらっしゃらない。冴木さんも高知入りされてると聞いてるが、まだ姿は見ていない。昼食も事務所メンバーで揃って近くの喫茶店で昼食を済ませたが、なんか雰囲気が妙だった。それは高瀬さんも感じてるようで、何となく理由を聞くのも憚られる感じだった。


 午後、そろそろ営業周りに出ようかと思っていると玄関のドアが開き、冴木さんや常藤さん達が帰って来た。すると坂口さんや秋山さん達が一斉に「どうでした!?」

と集まる。冴木さんが何かの冊子を頭上に掲げ、


 「無事に芸西村の宿泊施設、仮契約終わりましたぁ!!!」


と叫ぶ。皆さんは一斉に拍手。僕達も釣られて拍手する。そうか、公告期間が終わって他の購入希望者が現れなかったから、うちが無事に仮契約を取れたって事なのか。


 「ホントに今日まで心配させて申し訳ない。さぁ、坂口さんはもう一度本社の設計部とも打ち合わせして補修とリフォーム案を詰めてくれ。秋山は利用した事のある各団体をリストアップしといてくれ。本契約が終わり次第、野球場とサッカーグラウンドの改修案と利用料金の案をお持ちして今後利用してもらえそうかの反応を見て欲しい。」


 矢継ぎ早に飛ぶ冴木さんの指示に坂口さんと秋山さんがメモを取りながら、「はい。」「すぐに取り掛かります。」と返事し、秋山さんは営業部内の仕事を割り振っていく。僕に与えられた仕事は役所からいただいた利用者リストの中の利用回数の多い団体のリストアップと関係性の絞り込みだった。例えば学童年代の団体が利用が多いとか、県内・県外のどこのエリアから来てる団体が多いのかなどを分かりやすく可視化して営業を掛けやすくする。エリアが分かれば今まで来た事のない団体や利用頻度の少ないエリアへの営業方法や提案方針が見えてくるかもしれない。


  ・・・・・・・・・・

2017年11月25日(土) 高知市内某グラウンド <望月 尊>

 今日は仕事終わりに18時から高知市内で練習。練習場所が高知市内になっている時は農園の仕事は14時には終了となる。まぁ、毎朝出勤が早朝なのでと言うのも理由だが、練習までに若干の休憩を挟める事と移動時間に余裕を持てるので非常に助かっている。

 今日は人工芝のグラウンドを借りられた事もあり、皆はボールを奪う際の競り合いでスライディングの練習が出来たり、自分のGK練習でも前へのチャージやボール保持で滑り込む練習が出来るので集中的に行う。


 前の会社にいた時よりは練習時間が増えた事もあるが、確実に練習の強度は高くなった。それに自身も練習しながらメニューの指示や修正点を出してくれる中堀さんは恐らく空いた時間に相当勉強されてるんだろうなぁと思うくらいに、前の会社の頃の練習とは声の掛け方一つを取っても違って感じた。

 PKよりも少し遠い距離でキッカーがグラウンダーで軽めにシュートを蹴り、キーパーの構えている2m前の位置に丸型の鉄アレイや小さな鉄球が置かれていて、その障害物に当たるとシュートされたボールは急に軌道を変える。しかもランダムに。それに対して反応して止めると言う練習は相当にキツイ。軌道が不規則な上に下手するとボールの勢いが増して顔面に飛んで来る事もある。ゴール前に選手が密集してる中でのボールのクリアを練習しているが、まだまだ積み重ねが必要だ。


 練習を切り替えている時に、ふとグラウンドの入り口の方をみると冴木さんが立っていた。今日は練習を見学に来てくれたようだ。冴木さんは高知入りしている時で時間が合う時は極力練習に顔を出してくれる。雪村さんや常藤さんもそうだ。皆さん、間違いなく仕事忙しいはずなのに。なので、こちらも気合が入る。


 しかし、今日は冴木さんの隣に見た事の無い男性が立っていた。眼鏡を掛けてスーツ姿の背の高い男性。年齢は冴木さんや及川さん達と近いだろうか。何か話しながら時折男性が練習風景を指差しながら指摘しているようにも見える。

 及川さんと中堀さんが冴木さんに呼ばれ、男性と握手していた。男性は笑顔だが中堀さんと及川さんはちょっと緊張した感じに見える。


 青木にキッカーをしてもらいながらキャッチングの練習をしていたら、急に全体集合の笛がなる。練習を中断し冴木さん達の元に集まる。冴木さんと男性の隣に中堀さん及川さんが並び、冴木さんは円になって座ろうと声をかけた。

 冴木さんが皆に「練習おつかれさま」と声をかける。皆が挨拶すると急な発表があった。


 「皆に紹介する。今度からうちのチームの練習を見て貰う事になるかも知れない板垣いたがき信也しんやさんだ。とりあえずご本人から挨拶を。お願いします。」


 板垣さんが礼をして挨拶する。


 「板垣信也です。年齢は37歳。山梨出身です。前職は九州の方の大学でコーチを務めていました。選手としては大学を卒業して社会人、そしてJFLで戦いました。」


 そこで部員の皆がざわッとする。板垣さんはプロの一歩手前まで行った人なんだ。しかし、板垣さんは照れ臭そうに言葉を続ける。


 「JFLに行けたと言ってもチームが強かったからで、僕はJFL在籍3年間でプロ契約は勝ち取れなかったから。そして、今回冴木社長....じゃなかった、冴木さんにお声をかけていただいて皆さんの練習を見に来させていただきました。」


 冴木さんが板垣さんとうちの今後についてを話す。


 「板垣さんとはまだ契約した訳じゃない。お互いに様子を見てじゃないけど、判断する期間を持ってもらってそこで契約するか決めようって話だ。恐らくこれから一週間くらいは皆の練習と仕事場に板垣さんが来られると思うから。皆、宜しく頼むぞ。」

 「「「「はいっ!!」」」」


 冬が近づくグラウンドに皆の声が響いた。

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