第23話 小さな力・大きな変化
2017年10月14日(土) 安芸市 パン屋『apaiser』 <秋山 直美>
店主の洋子さんにVandits安芸のスポンサー募集のチラシを見せながら説明する。彼らのJリーグに対する思い。そしてその夢を応援したいと高知へやってきた想い。そして、その想いを地元の方々と共に大きくしていきたいと。
洋子さんにチラシを店内に貼らせていただけないかと聞くと、洋子さんはレジのあるカウンターから両面テープを取り出し、入り口横のガラス窓に外に向いて張り始めた。
「「ありがとうございます!!」」
「5万円で良い?」
お礼をしている私達に背中越しで洋子さんが尋ねる。もしかしてスポンサーになってくれるの?
「この....『国人衆』だっけ?1000円からのサポート出来るんでしょ?それに年間5万円以上だとホームページに店名入れて貰えるんでしょ?」
「はい!ありがとうございます。」
「直美さんと千佳ちゃんがこの半年間でうちで使ってくれたお金に比べりゃ大した額じゃない!ない!それにさ、あたしだって夢追っかけてこの店始めて、色んな人に助けてもろぅてここまで来れたがよ。やき、今度はあたしが助ける番。まぁ、たった5万円やけどね?」
可愛らしくウインクする洋子さん。私は涙を堪えながら顔を振る。決して5万は『たった』ではない。この5万円を生み出す事がどれだけ大変か。自分達が畑を手伝うようになって初めてその重みを知れた。東京本社にいたらもしかしたら私はそう言う金額が麻痺して日々を過ごしていたかもしれない。
「それにこの半年、直美さんも千佳ちゃんも疲れちゅう時もあったけんど、来るたびいっつも生き生きしちょって、あぁ、えい仕事しゆうがやなぁって思いよった。その子らがここまで応援するって決めたチームやろ?あたしはその選手の事は一人も知らんけど、直美ちゃんと千佳ちゃんを応援する為に5万託すきね。」
あぁ........涙が止まらない。頭を下げたまま、ただただ涙が流れる。私、ホントに高知に来て良かった。この事業に参加して良かった。5万円に涙出来る仕事を出来て良かった。早く事務所の皆に教えてあげたい。
「で?申込書は?」
・・・やらかしたぁ!もう!せっかく参加してくれたのに、変な所でミスしちゃった。と、思ったら千佳ちゃんがバッグから申込書のコピーを何枚か取り出す。
「こちらになります。一番下の振込用紙に必要事項を記入してもらえたら銀行で入金出来ますので。本当にありがとうございます!」
「分かった。月曜日の朝一で入れとくね。」
涙を流し続ける私の頭を優しく洋子さんが撫でてくれる。皆の半年間の頑張りに対するご褒美だと思った。ホントに嬉しかった。
・・・・・・・・・・
同日 Vandits事務所 <秋山 直美>
ドアを勢いよく開けて、玄関上がるとすぐにある階段に向かって私は大声を張り上げる。
「みんなぁ~!お昼にパン買って来たよぉ!あと、嬉しい報告ぅ!!!」
そのまま奥のキッチンへ千佳ちゃんと向かう。買って来たパンを洋子さんから教えてもらった『自宅で更に美味しく食べる方法』を実践していく。レンジで温めるモノ、トースターで焼き色を付けるモノ、そのままでも美味しいモノ。
準備をしていると二階から常藤さんと高瀬君が下りてくる。この時間に高瀬君がいるって事は今日の練習は夜なのだろう。練習はほとんどが高知市内の練習場なのでチームメンバーは通うのも大変そうなのに、ホントにいつも楽しそうだ。
「秋山くん、山下くん、今日も休日出勤ですか?」
常藤さんが苦笑いしながら聞いてくる。「ごめんなさい」と舌を出しながら謝ると「仕方ないですね。ありがとうございます。」とお礼を言ってくれる。部下の頑張りにしっかりと感謝を見せてくれる。良い上司です。
「私と千佳ちゃんが通ってるパン屋さんなんです。すぐ紅茶淹れますね。」
「ありがとうございます。美味しそうですねぇ。」
「うわぁ!いい匂い!!」
高瀬君が一緒に珈琲を淹れてくれる。どうやら北川君は杉山さんと仕事のようだ。あそこももういつが平日でいつが休みか分からなくなっている頃だろう。
飲み物を淹れ終わると席に着き、テーブルにパンを並べる。各々好きなパンを手に取り笑顔で頬張る。常藤さんと高瀬君からパンの感想をいただきつつ、ご報告する。
「このパン屋の店主の三原洋子さんから、........個人スポンサー『国人衆』の参加5万円いただきました!!」
高瀬君は立ち上がり両手を上げて「やったぁぁ~!」と叫び、常藤さんは少し涙を浮かべて「良かったですね!」と握手をしてくれる。やっぱりこのチームは最高。たった5万なんて思わない。ちゃんと感謝と喜びを表現してくれる。
常藤さんが急に誰かに電話し始める。話してる感じは社長?のようだ。すると、常藤さんが電話を渡してくる。
「冴木さんが話したいと。」
「えっ?」
社長、今日は東京で家族サービス中なはずなのに。申し訳ないなぁと思いながら電話に出る。「変わりました。秋山です。」と言い終わる前にものすごい音量の社長の声が飛び込んでくる。
「よくやった!!!おめでとう!!!ほんっっとにありがとう!!!いやぁ、良かった!良かった....」
社長が電話の向こうで涙ぐんでいるのが分かる。私はまた涙が出る。
「秋山、ホントによくやってくれた。第一歩だ。お前が示してくれた第一歩だ。ありがとう!」
「皆で辿り着いた一歩です。冴木さん。私、また頑張れます。」
「そうだな。やっぱり秋山に営業部お願いして良かったよ。ホントに参加してくれてありがとう。」
最後までテンション高いまま、社長は電話を切った。しばらく嬉しさを噛みしめて、振り返ると千佳ちゃんも泣いていた。どうしたの?と聞くとスマホを見せてくれる。そこにはVandits事務所とVandits安芸の全メンバーが登録しているトークグループのチャット欄だった。
そこに社長が、
『うちの営業部が、秋山と山下が初めて個人スポンサーの契約を取ってくれました!本当にありがとう!!』
と、メッセージが入っており、すぐにその後にサッカー部のメンバーから、
『ありがとう!秋山さん!千佳さん!』
『やったぁ!直美さん、千佳さん!やりましたね。』
『うぉぉ!!夜の練習に向けて気合入ったぁ!!皆さん、ありがとうございます!』
どんどんとメッセージが入ってくる。私達はそれぞれ自分の携帯で確認しながら笑顔だ。
今日、私達はまた一つ大きな力を手に入れた。
・・・・・・・・・・
2017年10月19日(木) Vandits事務所 <常藤 正昭>
夕方の事務所で杉山君と北川君が目にくっきりと隈を作ってパソコンをいじっています。本当に体を休めて貰いたいのですが、さすがに部署の重要な仕事をしている中でこれ以上は首は突っ込めません。それにお二人とも大人です。
「出来ました!繋がってます。」
北川君のその言葉に杉山君はぐったりと椅子に背を預け、雪村さんは立ち上がって熱いお茶を淹れています。北川君が「確認お願いします」と私を見る。
北川君の前に置かれたノート型パソコンの画面にはホームページが映し出されていて、トップ画面には【Vandits安芸】の文字がありました。トップ写真はチームメンバー全員がユニフォーム姿で撮った写真が使われました。コンテンツはいくつかありますが、全てが準備出来ている訳ではありません。
『チーム・メンバー紹介』『ニュース』『スケジュール(試合・練習日程)』『会社概要』などです。トップ写真の下にはデカデカと【いざ!出陣!!】の文字。そしてスポンサー募集のチラシをデータ化したものを載せています。
私はマウスを操作し各コンテンツをクリックし、文章や写真に誤りが無いかをチェックします。そして最後に各ページの最下部には譜代衆として参加していただいた企業の皆様のホームページへ誘導できるバナーのチェックも忘れません。
そして、更にその下の国人衆として三原さんの経営する『apaiser』のホームページにもリンクしている小さなバナーが表示されています。
「うん。問題ないでしょう。すぐに冴木さんにもチェックしてもらいます。」
冴木さんにトークを送り、たっぷり一時間後に『チェック終了。お疲れ様です。とりあえず二人は月曜まで休みを取らせてあげてください。』の文字が。
冴木さん。とりあえずお二人が起きたらお伝えします。
・・・・・・・・・・
2017年10月21日(土) 安芸市内 小学校グラウンド <及川 司>
夜の乾いた土のグラウンドにザッザッといくつもの足音がリズム良く刻まれる。今日は安芸市内にある小学校のグラウンドを借りて練習。この学校の利用は二度目だ。初めてお借りした際には中堀と常藤さんとで校長先生と教諭の皆さんにご挨拶させてもらった。
学校の施設利用者できちんと教諭にまで挨拶に来たのはうちが初めてだと恐縮されていたが、本来なら児童たちが使う為の大事な施設をお借りするのだから、ご挨拶させて貰うのは当たり前だ。それに使っている利用者の顔が見えれば向こうも安心だろう。
二人一組に分かれてのパス練習。中堀の指示で半年前から取り組み始めた練習が「しっかりとパスを止める・受け手にしっかりと蹴る」この二点のみだった。全員の技術を上げていく上でやはり基礎中の基礎と言える止める・蹴るの技術の向上は、全員が言葉としては理解していても意外に練習中に取り組めていない練習だった。なので、この止める練習にうちのチームは非常に多くの時間を割く。
それが1対1なのか、三人なのか、チームなのかは別として練習の中で意識出来ていないと見えた瞬間に中堀とオレがプレイを止め、何度でも全員で確認する。
これは中堀が大好きなJリーグチーム『川崎フロンターレ』が長年実践しているトレーニングでそれが根付いた川崎のサッカーは今年ここまで優勝争いに絡んでいる。そしてその止める・蹴るの具現者とも言える中村憲剛選手。中堀はポジションは違えどその背中に憧れ続けていた。
パスを自分の足元で意識する事無くしっかりと止められる。または思った方向へ流せると言うのは、その後のプレイに大きな余裕を生む。パスをしっかり足元へトラップ出来ないとボールの確認の為に自然と目線はボールを追う。
そうなると相手選手がプレッシャーをかけてくる事から目線を切る事になる。本当に一瞬の事だが、この一瞬が試合では失点に繋がる事が多々ある。
「しっかり止めよう!しっかり止めよう!焦る事より止める事!」
「出し手はしっかり回転を意識してあげよう!真ん中を真っすぐ!真っすぐ!速くても止めやすい回転で出してあげよう!」
中堀は仕事の時とサッカーをしている時は完全に別人だ。仕事は落ち着いて常に冷静に周りを見て静かに行動する。しかしサッカーの時は落ち着いて冷静に叫び続ける。練習が終わると大概は喉が終わる事となる。
まぁ、自分もまだまだ技術不足。リーグ戦参戦に向けてもっともっと強度を上げていかなくてはいけない。小学校での夜間練習は周りの住民の皆さんにご迷惑が掛からないように本当は21時半まで許可されているが20時半には声を出しての練習は止める。そして21時にはグラウンドに設置された照明は消すと言うのがうちのチームの決まり事だ。なので実質の練習時間はアップに30分、練習1時間半しかない。当然だが効率と密度を求められる。
会社の皆さんのおかげで色んな練習場所を確保してもらい、週に4日の練習が定期的に出来るようになった。そして農園の畑のスタッフからすれば毎日の仕事がウェイトトレーニングのようなものだ。この一ヶ月で以前の会社にいた時よりも確実にフィジカルは強くなったと全員が実感している。
練習が終了して着替えが終わり、学校の外壁から一番遠いグラウンドの中央部分に集まり皆で軽いミーティング。今回の練習での改善点、次回での取り組みを共有する。すると誰かの視線を感じ、その方向を見ると男性が一人立っていた。
確かこの学校の若い先生だったはずだ。何か住民の方からご指摘でもあっただろうかと中堀に伝えて二人で先生の元へ走っていく。
しかし先生は笑顔で「お疲れ様です」と挨拶してくれ、こちらも挨拶して軽く雑談をする。何か不満やクレームがあったような雰囲気でもない。
「あの、夜遅くにどうされたんですか?前回の僕らの戸締りがまずかったりしましたか?」
中堀が不安そうに尋ねると先生は「いやいや!」と目の前で手を振る。
「実は僕、地元の小学生だけで作ってるサッカーチームの指導をしてまして。」
お話を聞いてみると学生時代に中学まではサッカー経験があるらしいのだが、専門的な知識がある訳でも無く『サッカーの経験が多少あって若い』から選ばれただけの責任者なのだそうだ。最初はこの学校の生徒だけだったのだが、いつの間にか近所の子供やその兄弟まで参加するようなチームになり、チームが15名ほどになった事でどう指導して良いモノか悩んでいたそうだ。そこでうちの練習メニューの中から少しでも子供達に内容を変えてでも教えられるものは無いかと見ていたらしい。
「先生は指導者のライセンスとかは持ってらっしゃるんですか?」
「あっ、いえ。チームと言ってしまいましたが他のチームさんと試合するような感じでは無くて、チーム内の紅白戦で満足出来るチームなんです。だからどちらかと言うとサッカースクールみたいな感じでしょうか。」
「なるほど。僕たちの練習はまだ小学生には難しい内容ですけど、強度を下げれば出来ない事はないですし、やり方変えれば楽しめると思います。」
先生の顔が明るくなる。中堀はこう言ったメニューを考えるのが本当に得意だ。ライセンス資格を取る時の講習なども役に立っているのかも知れない。
しかし、中堀は一応オーナーにきちんと確認を取ってからメニューをお渡し出来るかどうかお返事させて下さいと返した。子供達の指導メニューを外部の人間、しかもこれから社会人リーグに参加するメンバーが考案し、もし練習中に怪我や疲労骨折などに繋がる様な子供には厳しい練習だった時には責任問題になる。
かなり臆病に考えすぎなのかも知れないが、これからチームがリーグ戦に参加していく前に問題を起こす訳にはいかない。
先生から連絡先をお聞きして、また後日にご連絡する事にしてこの日は帰宅した。
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