第22話 共に走る友探し

2017年10月11日(水) 東京 (株)笹見建設 応接室 <冴木 和馬>

 スポンサー探しを始めて俺が最初に訪れたのは、ファミリア起業当時からずっとお世話になり続けている笹見建設だった。ファミリアが初めて企業の宿泊施設のリノベーションを依頼された時に、設計などはうちが担当したが施工の規模が大きすぎて今までお世話になっていた工務店では日程的にも人員的にも厳しいとなった時に、その発注元の企業さんが紹介してくれたのが笹見建設だった。


 当時から知らない人はいないほどの大大企業でテレビのCMなどでも見かける事が多かった。その中でうちのメンバーは笹見さんの社員さんや技術職の方・施工管理技士さんと現場でバチバチにやり合った。現場の声とこちらの希望を何とかすり合わせる為にうちは何度も現場に足を運び、打ち合わせを重ねた。

 そう言った努力を現場の職人さん達は気に入ってくれて、それが現在の社長であり当時総務部長だった笹見正樹さんの耳に入った。そんなお付き合いから12年程。特にビジネスホテルの建設を始めてからは本当に懇意にさせてもらっている。


 派手過ぎない調度品で飾られたモダンな室内の応接室で、俺・常藤さん・秋山は笹見社長との面会を待っていた。すると、自分達の背中側にあるドアからノックがあった。3人は立ち上がり、椅子の横へと出る。

 室内へ入って来たのは、あちらも3人。社長である笹見正樹さん。秘書であり奥様でもある笹見愛さん。そして笹見建設の会長、笹見徳蔵氏である。

 徳蔵さんを中心にして3人は机を挟んで俺達と向かい合う。正樹さんの「どうぞ。座ってください。」の言葉に3人は挨拶して着席する。

 徳蔵さんが笑顔で俺達を迎え入れてくれる。


 「ぼう!!久しぶりだの!元気にしとったか!」

 「はい。ご無沙汰して申し訳ありません。皆、順調に頑張っております。」

 「そうかそうか!!」


 笑顔で手を叩きながら喜ぶ。徳蔵さんは本当に気さくに俺達と接してくれていて、特に俺と真子の夫婦はまるで孫のようにいつも気にかけてくれる。

 しかし、俺にとってはいつ会っても常に試されているような、通知表を付けられているような感覚になる。

 正樹さんと愛さんも笑顔だ。


 「お互いに忙しくなってなかなか食事にも行けなくなったから寂しいね。今度ぜひ時間を作ろう。」

 「そうよ。久しぶりに真子にも会いたいわ。颯ちゃんと拓ちゃんも元気?」


 お二人もいつも優しく笑顔だ。正樹さんは温和でのんびりした性格に見えるが、経営においては徳蔵さんよりも遥かに能力は高い。実際、社長を45歳で引き継ぎ11年間で笹見建設の年間売上高を1.6倍にまで引き上げた人だ。

 愛さんは真子と子供達の事をいつも気にしてくれて、真子とはときどき二人で出かけたりもしていると聞いた。ホントに母のように接してくれるが、この会社で一番怒らせてはいけない人は愛さんだ。


 「外で会う約束ならいざ知らず、営業担当でもない坊と常藤が揃ってくるって事は仕事の話か?」


 徳蔵さんが笑顔で本題に入る。常藤さんが緊張した面持ちで3人にうちの移住事業のプレゼン資料をお渡しする。3人の顔は真剣になり、資料を熟読する。

 読みながら正樹さんが独り言のように話す。


 「そう言えばファミリアからの紹介で高知で何件かリフォームとリノベーションの施工依頼が入ってたね。それもこの一環かい?」

 「はい。今、高知県を始まりに四国への進出を計画しています。」

 「なるほど。」


 また読み始める。高々数件のリノベーション依頼、笹見建設からしてみれば年間売り上げの1%にも満たない施工だ。それをしっかりと社長は承知していた。やはりこの人は怖い。


 「で?うちに来てくれた理由は今後も施工の面で宜しくって事かな?」


 分かっていて話を振ってくれている。こうやっていつも甘やかされながら、時に鍛えられながらお付き合いを続けさせてもらっている。


 「そちらももちろん今後もお付き合いさせていただけたらとお願いさせていただきたいですが、今回お邪魔させていただいたのはこの事業の根幹として発足したサッカーチーム『Vandits安芸』のスポンサー企業としての参加をお願い出来ないかと言うご相談です。」


 3人の表情は変わらない。隣にいる常藤さんと秋山の緊張感は俺にも伝わって来る。今、目の前にいる3人はさっきまでの雰囲気とは違い、経営者としての立場として相対してくれている。


 そこから、この事業の詳細と今後の展望、そしてVanditsの挑戦と意義を説明する。その間も3人は質問などなく、ただ聞き続けてくれた。そして、説明が終わると徳蔵さんがジッと見つめて問う。


 「坊、いくら必要だ?」

 「本当に金額ではありません。『笹見さんが自分達を支えてくれている』。その事だけでチームは力強く走れます。」

 「ふん。相変わらずの義理人情か。坊は甘いのぉ。」

 「勉強中です。」


 徳蔵さんが笑う。正樹さんと愛さんも苦笑いだ。徳蔵さんが正樹さんと話す。


 「正樹、会社の名前を使う事に不都合はあるか?」

 「ありませんが、当然社内で検討は形だけでもさせて下さい。」

 「もちろんじゃ。」


 愛さんも口を挟む。


 「バスケのスポンサーもありますから、そこの兼ね合いも。少し時間は欲しいですね。」


 笹見建設はプロバスケットリーグに所属するチームのスポンサーも務めている。メインスポンサーではなかったはずなので、こちらもお付き合いでの出資だろうか。


 「さて、検討はするとしていくら出すかが問題だの。まぁ、会社名義で無理だと言うなら儂の名前でスポンサーになるがな。」

 「勘弁してください。会長が個人名義でスポンサー支援しているのに、会社が名前を出さないなんて事が知られたら色々とありもしない噂が立ちます。」


 徳蔵さんが笑う。大企業には大企業の悩みがあるなぁ。


 「よし、坊。詳細は追って知らせるが。とりあえずは儂個人で初年度は1億出す。良いか?」


 思考が止まる。個人で1億?徳蔵さんがチーム立ち上げる訳でもないのに?いやいやいや、冷静になれ。


 「ありがとうございます。」


 震える手を気付かれないように俺達3人は深く頭を下げる。徳蔵さんが笑う。


 「この企業と個人のスポンサーの呼び名が面白い!企業スポンサーが『譜代衆ふだいしゅう』で個人スポンサーが『国人衆くにびとしゅう』!儂は気に入っとるぞ。」


 Vandits安芸が本拠地とする安芸郡には昔、安芸氏と言う国人領主がいた。自分達は山賊なので安芸氏の名を借りるのはどうかとも思うが、そこはあまり追及してほしくない。

 そういった事から戦国大名の家臣システムの中から役職名を頂戴した。


 「高知県の安芸市と言えば安芸国虎じゃのぉ。しかし、あれは長曾我部家に滅ぼされたはずじゃ。長曾我部と言えば高知市、高知市にもJリーグを目指すチームがあるのではないか?喰らうか喰らわれるか。楽しみだのぉ。」


 日本史が大好きな徳蔵さんが本当に楽しそうに笑うが、俺の考え方は少し違う。


 「もちろんJリーグ入りを目指し共に競い合う相手ではあります。しかし、高知のスポーツ文化の発展と強化を考えれば手を取り合うべき相手です。どちらかが滅ぶような関係では発展は無いと思っています。」


 そんな俺の言葉にも徳蔵さんは楽しそうだ。正樹さんが笑いながら話す。


 「まぁ、僕も祖父と父の傍で会社が大きくなっていく様を小さい頃から見せられているからね。こう言った成り上がりのストーリーには心が動きそうになってしまう。しかし、そこはこちらもビジネスだ。しっかり判断させてもらうよ。」

 「はい。ご検討いただけるだけでも光栄です。」


 そう言った所で仕事の話は終了となった。帰り際に愛さんが「これでうちがスポンサー断っちゃったら今までのファミリアさんとのお付き合いを否定する事になっちゃうからね。期待して待ってて。」と良いお返事も貰えた。


 一つ、大仕事を終えた。笹見建設を後にして、近くの喫茶店に入り3人は呆然としながら珈琲と紅茶を頼む。そして、テーブルの上でしっかりと3人握手して喜びを分け合った。


 そして10月下旬に無事、(株)笹見建設からスポンサー企業への参加を了承する旨の電話を貰う。大きな大きな力を得て、チームが走り始める。


  ・・・・・・・・・・

2017年10月14日(土) Vandits事務所 <秋山 直美>

 「出来た!!」


 土曜日で静かな事務所内で私と千佳ちゃんはパソコンの前で作業をしている。本当なら休みなのだが、今は一番の頑張り時。休んではいられない。

 でも、常藤さんと雪村さんの監視が厳しいので週明けに必ず代休を取らされる。ホントは嬉しい事なんだけど、複雑です。


 「出来ましたね!」

 「千佳ちゃんが手伝ってくれたおかげだよぉ!私美的センス無いからさぁ....ホント助かったぁ!ありがとう!」

 「いえいえ。学生の頃にデザイン関係の授業取っといて良かったです。」


 休みの日に二人で作っていたのは、個人スポンサー『国人衆』募集のチラシ。チームのホームページは恐らく今頃自宅で杉山さんが不眠不休で仕上げてくれているはず。「事務所で休みの日に仕事すると平日休まされるからさ」と高いパソコンを買って自宅で作業している。しかし、それは当然社長たちには筒抜けで、パソコンの費用も会社の経費として落とされて何か月かに分けて杉山さんのお給料にありもしない名称のお手当てで合算されているそうだ。


 「やっぱり国人衆ってカッコいいですねぇ。冴木さんセンスあるなぁ。」


 千佳ちゃんが感想を漏らすが、私はしっかり訂正してあげる。このスポンサー名称は社長が考えたのではなく、社長の長男の颯一君が考えたと聞いた。「ただのスポンサーとかサポーターってどこのチームとも変わりなくてつまらない」と言って、提案してくれたいくつかの案の中にあったそうだ。若い発想って素晴らしい。


 詳細な情報の書かれたA1サイズと少し省略可されたA2サイズ。どちらも大事な事はしっかり伝わるように内容は何度も再考した。そして手渡しで配る為のA4サイズも用意してある。これを使って個人のスポンサーさんも集めていかなければ。


 社長と常藤さんと共に企業回りをご一緒したが、テレビや広告で見た事のある企業ばかりで緊張しっぱなしの3泊4日だった。まだどの企業様からもお返事はいただけていないが、全ての企業で門前払いにすらならなかったのはうちと相手方とのこれまでの良いお付き合いの証だと思っている。


 「お腹空きましたね。何か買ってきましょうか?」

 「あっ、私好きなパン屋あるから買ってくるよ。千佳ちゃんパン好き?」

 「もしかしてペイジさんですか?」

 「あれ?知ってるの?」

 「私も大好きなんです。あそこのパン。」


 安芸市内にある小さなパン屋の『apaiser』さん。営業周りの途中で見かけて以来、ハマってしまって何度も通っている。店主をされているのは私と同年代の女性の洋子さん。歳が近い事もあって県外から来た私にいつも話しかけてくれる。


 「じゃあ、そこにしようか。」


 二人で私の車に乗り、店に向かう。物は試しとA2とA4サイズのポスターを持って行ってみる。

 お昼前の店内は少し込み合っていた。私達はお互いが好きなパンを教え合ったり新しい種類のパンを吟味しながら、何種類かをトレイに置いていく。「事務所に持って帰れば高瀬君だったりが食べてくれるだろう」といつも以上に二人がトレイに載せていく。

 レジに並び会計を待っていると奥の厨房から洋子さんが手を振ってくれる。二人とも手には様々な美味しそうなパンが満載されたトレイを持っているので、手を振り返せず満面の笑顔でお応えする。

 会計が始まると奥から洋子さんが出て来てくれた。


 「え?直美さんと千佳ちゃんって知り合いなが??」

 「実は同じ職場なんです。」

 「そっかぁ!そう言えば二人とも東京からって言うてたもんねぇ。偉い今日はいっぱい買うてくれてぇ!」

 「事務所の男共にも洋子さんのパン食べさせようかと。」


 洋子さんは笑いながら「嬉しいなぁ」と喜んでくれる。私達の後にはそれほどお客さんはいなかったけど、レジから少しズレた場所で3人の井戸端会議は続く。


 「え?二人は何の会社で働いてるの?」


 さぁ、どう答えたものかしら。やってる事が多岐に渡り過ぎて自分の仕事を紹介しづらくなっている。


 「アパートとかをリフォームして運営したり、芸西村で農業もやってます。」

 「アパート運営に農業?........なんか不思議な会社ね。........あれ?それって『デポルト・ファミリア』って会社じゃない?」

 「あれ?ご存じですか?」


 『デポルト・ファミリア』とはファミリアから独立した子会社の名前です。正式な綴りは『deportes en familia』。スペイン語で家族とのスポーツを意味しますが、さすがにスペイン語の綴りにすると読めないなとなってカタカナ表記で読み方も簡略化されました。

 良い噂で知ってくれてると良いけど、あのトヨさんの一件以来、私の中には少し恐怖心が生まれていた。自分達のやる事が少し間違えれば地元の人の誤解を生みかねない。慎重に慎重を重ねる。それが最近の私のスタイル。


 「香美市にある知り合い親御さんが持ってる土地にあったアパートを買い取ってくれたのがその会社だったはず。すごく綺麗にしてくれてまたアパート経営を再開してくれたの喜んでたのよ。自分の手は離れたけどやっぱり取り壊すのはツラかったみたいで。」

 「あっ!コーポ石渡さんですね。私が担当させてもらったアパートです。」


 まだ高知に来たばかりの時に勢いばかりで、辺り構わず古いアパート物件の持ち主にアポを取り回ってた時に知り合った顧客さんだ。土地はお借りしてアパートの運営管理はうちでやる事になったのだが、リフォーム後も中を確認して貰ったら本当に喜んでくれていたので良く覚えている。今は土地の賃料をお支払いしてアパート経営を続けさせてもらっている。学生や単身者に人気の物件だ。


 「そうそう!奇遇ねぇ。....で?小脇に抱えてるそのチラシはなぁに?」

 「あっ....えっと....実はぁ。」


 さぁ、大企業とは違った緊張感の中での営業のスタートです。

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