Vandits始動編
第21話 Vandits正式始動
2017年10月2日(月) Vandits事務所 <冴木 和馬>
皆の視線が俺に集まる。ここからは重要な事をいくつか全員で共有しなければいけない。この活動の肝ともなる部分だ。
「よし、じゃあ皆で共有しなくてはいけない事をここで話しておこう。皆忘れないようにしてくれ。」
サッカー部メンバーは一斉にメモ帳を取り出す。良い習慣だ、これは農園の管理をしている中で手伝ってくれている西村さんの口癖「分からん事はすぐメモして、分かる人がおる時に聞く。簡単な事じゃ。」を徹底出来ているおかげだろう。ホントに神様・西村様・大明神様だよ。
「まず、芸西村の宿泊施設の売り払い公告が始まった。金額は8000万。もちろんうちは応札する予定だ。他からの応札が無ければすぐに仮契約となり期日を迎えて本契約となる。」
サッカー部メンバーは「8000万....」と唖然としてるメンバーが多いが、検討していた俺や常藤さん、リサーチ部からすればかなり安く公告してくれたと喜んでいる。その分、手を挙げる企業が出そうで怖いが。
「公告が出された時点で施設は利用者の新規の宿泊予約等は受けない形を取った。普通は仮契約が終わるくらいまでは受け付けるもんだが、これから春休みが近付き学生の合宿などの予約が入って、売却の期日が伸びるのを避ける為だろう。かなり早い行動だがこちらにしてみれば有難い限りだ。」
自治体とすれば他が現れなければ、いや現れたとしても売り手はもう確保している。よほどあの物件を売りたかったのだろう。思惑が一致して良かった。
「村からはふるさと融資などの提案もあったが資金は準備出来ていたし、それで施設の運営に関して民間金融機関や自治体が口を挟める要素を作りたくなかった。それで公告内容と事前の話し合いを常藤さんとファミリアの法務部に確認してもらったんだが....」
そう言って常藤さんを見ると「問題ありません」と頼もしい返事。
「契約する上で相手と取り交わす条件は、5年間の売却・譲渡の禁止、自治体からの職員の派遣受け入れ、そして学生団体の宿泊利用の予約優先の3点だ。」
皆がメモしやすいようにゆっくりと話す。皆も高瀬のようにボイスレコーダーなんていう発想が出てくれば、話し手側に気を遣わせずにすむんだぞと指導してもらうのは秋山や担当部署の責任者の役目か。まぁ、成長待ちだな。
「と言う事は、施設の改修・大幅補修に自治体は口を出さないって事だ。」
何名かが「え?良いの?」みたいな顔をしているが、契約上は何の問題も無い。
「事前に職員の小松さんにお願いして利用客のリストを5年分確認させてもらったが、一番利用されているのが体育館と野球場、一番利用されていないのはテニスコートだった。テニスコートに至っては5年間で宿泊しての利用が8件で19日間の予約。コートのみの利用が13時間。5年間で108時間の利用しかない。はっきり言って土地の無駄遣いだ。」
順序立てて丁寧に説明すると部員たちはうんうんと頷きながらペンを走らせる。テニスコートに至ってはそういった状況なので、定期的なメンテナンスも本格的に行われている訳でも無く、『かろうじて使えるレベル』で維持されていた。それをしっかりと改修したとしても以前の様な予約状況ならばはっきり言ってこれも補修予算の無駄になる。それならば足りない駐車場に変えてしまう方が現実的だ。
「逆に野球場に関してはかなりの時間が利用されてる。これに関しては契約終了後に当然改修に入る予定だが、これは民間譲渡が決まり自治体が発表した時点で、今までに利用してくれていた学校・団体にうちの会社からアンケートを送る予定だ。」
「アンケートですか?」
秋山が反応する。本当に秋山は自分が疑問に思った事や気になる事に反応し、確認を取る事が身に付いている。確認魔とも言えるが悪い事では無い。
「うちに管理運営が代わった事の挨拶とこれからもお願いしますって事と、『あなた方が利用してくれていた野球場の改修を考えています。利用費が多少高くなりますが、外野の芝生化に関してはどうお考えですか?』って感じかな。」
「外野グラウンド芝ですか。金かかるっすねぇ。」
八木から忌憚のない感想を頂戴する。もちろんその通り。しかしそれでも旨味は多い。
「宿泊施設が併設された芝グラウンドなんてのは高知県にはまずない。芝が敷かれたグラウンドは全て自治体管理だからな。宿泊施設を一緒に運営するなんて出来ない。利用者は宿泊をしなければならないが、今までのように自治体に面倒な手続きや予約をせずとも宿泊施設を予約すればグラウンドで練習出来る。多少は遠くても利用するのはほとんどが土日か学校が長期休暇の時だけ。こちらとしてはターゲットも絞りやすい。それに野球場となれば、サッカーと同じく試合がしたいと思うのが当然だ。どこかのチームが予約を取ってくれれば別のチームが施設利用代金だけになるが、予約を取ってくれる。まぁ、その場合はロッカー室とベンチの利用料だけって事にはなるけどね。」
部員の何名かは説明を求めるように眉をしかめる。まぁ、そこは競技の差が出る話だ。
「例えばサッカーのグラウンド1面を複数チームで借りるならば1面分の利用料金を取るよりは、1チームごとに半面で取ってもらって利用料も少しだけ1面の半額に上乗せする方がこちらは儲かる。フットサルのチームに貸し出す時はそう言った感じの方が儲かるってのは理解出来るか?」
部員たちが頷く。やはりイメージしやすいようだ。半面で少し割高になっても結局ほとんどのチームは試合目的で借りる事が多いので、費用は2チームで割る事を考えれば多少の割り高は気にならない。
「しかし、野球の場合は1チームであろうが2チームであろうが全面利用しか方法が無いんだよ。内野と外野に分かれて別チームに貸すなんて方法は取れないだろ?」
おっ、表情を見るに理解出来たようだ。そうなんだよ。野球と言う競技の性質上、打つ場所がグラウンド内に一つしかないから2面貸しは相当外野の敷地に余裕が無いと出来ない。それでも他のチームの練習ボールがいつ飛んで来るか分からない状況で貸し出すとなると学童スポーツ団体には貸しづらい。
「だから、野球場を貸す場合はグラウンドの利用料は基本全面貸しで、そこを使うチーム数によってベンチ利用料や更衣室・ロッカー室の利用料をオプションで取るって形しか貸し方が無いんだよ。サッカーよりよっぽど広い面積使う癖にサッカーの利用料より金額的には儲からない。いやぁ、ツラいけどまぁこれも約束のうちだから。」
内野に客席なんかも設けてイベントなんかにも貸し出ししたいが、こんな田舎のグラウンドで爆音で音楽なんかかけられた日にゃぁ速攻追い出される。利用する手段は限られている。
「で、うちが改修の予定としているのは、宿泊施設を大幅リニューアル、野球場を土のままか芝にするか、サッカー場の全面天然芝化、そして一先ずは2000人収容の観客席と今ある照明設備の補修または撤収して新しい照明に取り換える。」
それを聞くと部員たちからは拍手が起こった。まぁ、嬉しいわな。
「そして体育館は気持ちばかりの補修だ。以前に見せてもらったがほとんど回収する必要は無いって判断になった。そして、テニスコートの撤去、ここは全面駐車場にして利用客はもちろん野球やサッカーの試合を応援に来た人たちが利用できるようにする。」
この会社の一番大きな取り組みになる宿泊施設経営。仕損じる訳にはいかない。全員に覚悟を求める。
「これがこけたら全てが終わると思ってくれ。全員で取り組む。自分の部署は関係ないなんて思わないでくれ。営業・広報・設計なんかはもちろんだが、農園だってお前たちが作った野菜が宿泊利用者の口に入る事になるんだ。覚悟を持ってやってほしい。」
皆、真剣な表情で聞き逃すまいと集中してくれている。よしよし。
「さて、ここからは別件。営業部に関してはいよいよお待たせしていたチームのスポンサー契約してくれそうな企業へのお願いが始まる。」
秋山達、営業部の皆の姿勢がグッと力強くなる。リフォームや改築、宿泊施設の再建等の目的での他者への挨拶回りはしていたが、これからはいよいよサッカー部へのスポンサーとしての営業廻りが始まる。
「俺や常藤さんも入ってまずは企業の選考に入る。そこに皆からの提案も織り交ぜながら決めていこう。まぁ、とりあえずは下手な鉄砲戦法になるけどな。」
俺が苦笑いすると皆からも笑いが漏れる。今は選んでいる場合でもない。
「3社ほどは俺と常藤さんが営業に向かうけど、将来的には皆に担当してもらうかも知れない企業だ。ま、秋山には同行してもらおうか。」
「....はい。」
秋山の表情が緊張感を増す。俺と常藤さんが行くって時点で重要企業なのは間違いないからね。何としても契約貰わないと。
「さて、一番大事な事を発表しよう。チームの名前とユニフォームだ。」
皆が「おぉっ!」っと一気にテンションが上がる。以前にチーム名を決めた時にいたメンバーは知っているが、サッカー部の皆には伏せていた。これはちゃんと全員が揃っている所で発表したかった。
常藤さんと雪村さんがスポーツバッグの中から二枚のユニフォームを取り出して皆に広げて見せる。常藤さんが持っているのがGK用ユニフォーム、雪村さんが持つのがホーム用ユニフォームだ。胸には『Vandits』の文字。
ホーム用は胴の部分はライトグリーンで肩から腕の部分はダークグリーンの2色構成。そして肩上部から袖口に向けて黒いラインが1本引かれていた。脇から胴体の横にも黒いラインを引いている。
GK用は赤がメインとなっている。
本当はアウェイ用なども構えなければいけないが、それが必要になるのは来年3月なのでそれまでに用意する。
「チーム名は【Vandits安芸】。JFAと高知県サッカー協会への登録は今作業を進めてる。って言うのも一番はユニフォームの広告登録がまだ決まっていないから、今登録してもすぐに修正をかけなければいけなくなる。まぁ、リーグ戦参加までには間に合うようにするさ。」
「冴木さん、ヴァンディッツの意味ってなんですか?」
中堀からの質問に、社員メンバーの顔が一気に真剣になる。
俺はこのチーム名が決まった一件を皆に説明する。さきほどまでのワクワクした顔はグッと何かを堪えるような表情に変わっていく。
「良いか。俺達だけが楽しかったり盛り上がるんじゃない。俺達を支えてくれる人達、そして共に生活する地元の人達にも俺たちの楽しさを盛り上がりを共有して貰わなければ、俺達が企業としてこの高知県で活動する意味が無い。今までのような趣味のチームじゃない。自分達の一つ一つの活動・試合・言動・プレイの全てに意味を求められるようになる。それはプレイヤーだけじゃない。俺達サポート組も同じだ。」
全員を見回す。この半年間何度も何度も話している内容だ。しかし、何度でも話をする。それほど忘れてしまいがちになる事なのだ。自分が活動出来ている意味。それを忘れてはならない。
まぁ、この辺で良いだろう。
「とまぁ、皆にプレッシャー掛けるのはこの辺にしておいて....」
部員たちがふぅっと息を吐く。社員達は苦笑いしていた。
「農園の方は順調か?」
和瀧が答える。2.5ha分の土づくりは終わり畝も出来て0.8ha分に種を蒔いた。作物は白菜・ほうれん草・大根・ジャガイモ・玉ねぎだ。あまりに色々と手を出し過ぎると良くないとのアドバイスで寮でも常用される物を作る事にした。
その後は販売所が出来てから新しい畑を借り受けてからゆっくり決めていく事にしている。春になれば植えられる物が沢山増えるが、今は目の前の事に集中だ。
「そして!チームの体制づくり!」
そう叫ぶとメモしていた部員たちがビクリッと体を反応させこちらをみる。これは前々から言っているが、控えメンバーも含めてうちのチームは人数が足りない。すくなくとも後4人。18人のプレイヤーは欲しい所だ。そして、
「チームの指導をしてくれる監督・コーチも見つけなきゃならない。そしてチームドクターだな。まぁ、これに関してはJFL入りするまでは必要無いと考えてる。規定としてはJリーグチームにならない限りはチームドクターを置く義務は無いけど、早いうちから準備しておける事はしておきたいからな。」
皆が頷く。必要な人材は多いが、まずそれを探す自分達が人材不足なのだ。Jリーグチームなんかでは強化部みたいなセクションもあるんだろうが、社会人リーグにも入ってない自分達にはまだ時期尚早だ。
「そうなるとあまり好きじゃない縁故採用になるんだけどな。」
「求人募集かけますか?」
雪村さんが笑顔で聞いてくる。それも視野に入れにゃならんなぁ。また人件費爆上がりだ。ホントに右から左へどんどん流されていく感覚だ。今は本社からの参加メンバーは二年間給料は本社がもってくれているが、それも二年後には無くなり、一気に人件費として乗っかかって来る。
「まぁ、そこもやれる所からやっていこう。これで皆もめでたく企業チームの一員だ。役職だけで言えば俺がオーナーで常藤さんが社長になるのかな?」
「冴木さんがオーナー社長の状態ではありますが。」
「権力を集中させるのは好きじゃないんだよなぁ。」
常藤さんとそんな話をして、それぞれの部署に報告は無いか確認する。秋山が手を挙げる。何とチームの練習場所を確保してきたらしい。
高知県立学校体育施設開放事業と言うモノがあり、利用したい団体は各市町村の教育委員会に団体として登録し開放校として登録されている学校の校長が「この日なら良いですよ」と提案してくれた日に、その学校の運動施設が使えると言うシステムだ。
秋山達が営業活動する中でこの事を知り、とりあえず安芸市と芸西村で開放してくれている学校にはすべてお伺いをたてた。そして一ヶ月で5日分の練習場所を確保した。ほとんどは土日の午後か夜だが、それでもほぼお金がかからず練習が出来るのはうちとしてはありがたい。部員たちも喜んでいる。
さぁ、俺は俺で緊張の交渉の始まりだ。
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