第19話 発覚

2017年8月27日(日) Vandits事務所 <冴木 和馬>

 大西がうぅ~んと頭を悩ませている。選手寮の為に払った5000万近い資金が高いと見るかどうか、表の数字だけに捉われなければすぐに結論は出ると思うんだが。

 ここで優しい先輩が助け舟を出した。秋山だ。


 「こう言うのは使った数字だけに捉われちゃダメよ。寮が出来る事で起こるメリット・デメリットを考えて数字に出来ない部分も考慮しなきゃ。」


 さすが本社営業職だね。付き合い長い顧客を任されるはずだよ。

 それを聞いて更に頭を悩ませる大西。この後の予定もあるから、今回は正解を出そう。次回からはこんな甘やかしは無いからな。


 「よし、時間切れだ。」

 「....すみません。」


 申し訳なさそうに謝るが、まだ20代前半。経験だよ、青年。


 「秋山の言っていた通り、寮が出来る事でチームだけでなく会社にもたらされるメリット・デメリットを考えるんだ。たとえば、皆が一緒に生活してくれるから体調管理しやすい。それにお互いが生活を見てるから、遅刻減りそうじゃないか?」


 こんな簡単な事から言っていくとイメージしやすいだろう。大西はカバンからメモを取り出し必死に書いていた。


 「これは将来的にと言うか皆がこっちに来たら実施するけど、民宿か民家の方に皆の食事を管理してくれる人を雇うから、皆の食生活が管理できる。料理出来ない奴の食事管理も出来て、選手育成にも一役買えるわけだ。こう言う事も想像出来れば、俺に食事担当の人を雇いましょうみたいな提案も出来るだろ?こうやってクライアント様により良い提案をしていくんだよ。」


 ペンを走らせながら「はい!」と返事をする大西。隣では同じくらい真剣な表情の高瀬。こちらはスマートフォンで俺たちの会話を録音していた。全く。お金取るぞ?


 「まぁ、まだまだこれから勉強だな。二人とも。さぁ、そろそろ試合始まるだろ。」


 そう今回のメインの目的、『FC今治』の試合を観る為だ。

 FC今治、言わずと知れた元日本代表監督の岡田武史氏が代表を務めるサッカークラブ。今季からJFLに加入し、初年度のファーストステージを5勝3敗7引分の六位で折り返し、セカンドステージはここまで3勝1敗1引分と好調だ。

 今日の対戦相手はラインメール青森。FC今治より一年早くJFLに加入した青森を拠点とするクラブチーム。今季はファーストステージ第2節からセカンドステージの今日の試合まで無敗で来ている。つまり勝ちか引き分け。勝ち点を獲得し続けていると言う事だ。

 今、非常に好調な両チームであり、同じ四国からJリーグ入りを目指す大先輩のFC今治さんの試合を観戦しようと思った訳だ。


 試合は青森のホームゲーム。今治は長距離移動でアウェイ戦に挑む。チラッと観客席が移ると青森サポーターがたくさんいる中に、FC今治の大きなフラッグを振りながら太鼓を叩き応援する今治サポーターの姿が映し出された。


 高瀬と大西が少し前かがみになる。


 「見ておけよ。ここまで応援しに来てくれるような試合をしてるのが今治さんだ。それは青森さんも同じだろう。俺たちのチームもこう言うサポーター達に応援して貰えるようなチームにするんだ。」


 二人は画面を見つめたまま力強く頷く。

 試合が始まる。前半開始2分にゴール前まで迫った今治のシュートを防ぎ、一気にカウンターに転じた青森が先制。早くも点が動いた。

 そこからは一進一退の攻防が続く。細かくボールを繋ぎサイドから起点を作って攻める今治を最終ラインがしっかり防ぎきる青森。青森のカウンターやポストプレイを今治も跳ね返す。前半は1対0で折り返す。


 その後の後半、10分に今治の攻撃を青森がクリアしたセカンドボールをしっかりと今治がキープしゴール右隅へ決める。その後39分にも今治の右サイドがかけ上がって中央に通したグラウンダーのパスをしっかりと押し込み追加点。

 試合はそのまま終わるかと思われた直後、中央突破を図る今治からスライディングで青森がボールを奪うとドリブルで一気に左サイドに展開し、センタリングから同点弾を叩き込んだ。


 試合はまさかの2対2の引き分け。好調を続ける両チームの勢いが見られる試合となった。試合が終わると何人かがソファにもたれかかり、ふぅっと息を吐く。それくらい内容の濃い試合だった。


 「まぁ、遠からず俺達も辿り着かなければいけない場所だ。皆の中でイメージとして持っておいてほしい。」


 自分達が辿り着くべき場所はまだまだ高い。しかし、そこまでの段階的な目標をしっかりと掲げ、期限を決めてクリアしていく。そうやって短期的な目標を一つ一つ達成し続ける事が自信にも繋がっていく。


  ・・・・・・・・・・

2017年9月4日(月) 芸西村 農園 <冴木 和馬>

 今日は朝7時半に農園に現地集合。参加者は全員動きやすい・汚れて良い恰好で来る事が通達されていた。そう、今日は農園の為に借りた畑を手入れするのだ。

 現地に着くと、八木・和瀧・大西・高瀬のサッカー部員たちが待っていた。そして、その隣に農家の西村さんがいた。


 「おはようございます!遅くなりました!」

 「えぇよ、えぇよ。儂らぁが早いだけじゃ。それにしても良い機械ぅたねぇ!言うてくれたら貸いちゃったに。」


 草ボーボーの畑の入り口には草刈りに必要な電動草刈り機が背負うタイプが3機、肩掛けタイプが3機、それぞれ購入し用意していた。


 「いやぁ、今日だけじゃなくてこの先もずっと必要になるもんですから。」

 「ま、そらそうやね。」

 「それにしても生えてますねぇ!!」


 予定地を見ると雑草と言うよりは茂みのようにかやと呼ばれる植物が他の雑草と共に鬱蒼と茂っている。茅を見た事無い人は茅き屋根の材料と思ってもらえるといい。ススキの仲間だがススキよりも茎が太く背も高い。

 これを草刈り機で刈り取り、根っこを取り除く為に耕運機で掘り返して長年使われず硬くなった土を柔らかくしていく。今日から1週間ほどかけて全面が土が見える状態に持っていく。


 西村さんは八木や和瀧が寮に入居する際に様子を見に来てくれていたらしく、挨拶や世間話をしてその後も見かければ声をかけてくれていたそうだ。入居初日に雪村さんが八木達に同行していたので、「お前ら誰だ」のパターンにならずホッとしている。西村さんは俺たちの農園を本当に気にかけてくれているようだ。


 それぞれが草刈り機を担ぎ準備態勢に入る。西村さんがモーター音に負けない大きな声で指示してくれる。


 「若ぇもんがこっちの茅の酷い方をやるか。けんど、他の人に刃が当たったら大事おおごとになるき、間隔は思っちゅうよりも広めに取ってやらないかんで。日はあるがやき、焦らんとやりよ。」

 「「「はい!!」」」


 一人一人が5m以上の間隔を空けて草刈作業に入る。今回、芸西村からレンタルした畑は2.5ha(ヘクタール)の広さ。西村さんには「えらい借りたねぇ!」と驚かれた。しかし、そんな西村さんは奥様と息子さん夫婦の4人で5ha(ヘクタール)の広さの畑や田んぼを管理している。こちらは経験は無いが人はいる。人海戦術で作業の遅さをカバーしていくしかない。

 作業については八木が突っ走りそうに思っていたが、チーム内に和瀧と言う農業経験者がいて年齢も和瀧が一つ上と言う事があり、そこはしっかりと上下関係が出来ているらしく、八木はしっかりと和瀧の指示に従って動いていた。

 問題はどちらかと言うと俺にあった。デスクワーク専門で運動部経験も無いから、感覚で覚えるって事が部員たちよりも劣っているし体力も無い。畑の周りに生える雑草の刈り取りをメインにしてくれたので、皆ほどは体力的にはきつくないはずだがそれでもなかなかしんどい。


 八木達の体力は底知れない。刈り取りをしつつもある程度の範囲を刈り取ったら、大きな鉄製の熊手に持ち替えて刈り取った茅を集めていく。それを西村さんと息子さんが所有されてる2tトラックに積んでくれて安芸市にある処理センターに有料で処理してもらう。最初は細かく切って指定のごみ袋に入れて一般ごみで出すなんて言う途方もない事も考えたが費用対効果が悪すぎるし、量も量なのでお金を払って処理してもらう事にした。


 しばらく作業しているとどこかから大きな声で「おはようございまぁ~す」と聞こえてくる。声の方を見るとサッカー部の幡 雄人がジャージ姿で手を振っている。こちらに来るので草刈り機を止め話をする。


 「幡じゃないか!仕事どうしたんだ?」

 「もうすでに有給処理期間に入ってます。昨日、八木から聞いて。手伝いますよ。」


 幡が俺から草刈り機を受け取る。「大変だぞ?」と分かった事を言うと、「実家の雑木林の草刈りを毎年やってるんで大丈夫っス」とあちらが経験は豊富なようだ。俺は熊手に持ち替え皆の刈り取った雑草を集めていく。とりあえず1ha分を畑として利用出来るようにし、残りは栽培を始めながら同時進行で刈取作業などを平行していく予定だ。


 夏のピークは過ぎたと言っても9月の高知はまだまだ暑い。小まめな休憩と水分補給は忘れない。畑のど真ん中にいるので陽を遮ってくれるモノは何もない。それでも昼前には予定のほとんどの茅は刈り取ってしまった。さすがの若さだ。

 西村さんには参加人数と刈り取る面積でどれくらいの時間がかかりそうか事前に聞いていた。恐らく昼休憩に入るまでには終わるだろうとの事だったが、思いがけず幡が参加してくれた事で少し予定より早く終わった。


 「午後にメーカーさんが耕運機持ってきてくれるから、それまで休憩にしよう!」


 と皆に声をかける。その辺に腰掛けようとしていた部員たちに「休憩場所はこっちだ」と少し歩かせる。しばらく歩くと畑だらけの景色向こうに大きな2階建ての日本家屋が見えてくる。西村さんのお宅だ。お昼の休憩はうちですればいいと貸していただいた。

 到着すると常藤さん、雪村さん、坂口さんが西村さんの奥様と息子さんの奥様と共に昼ご飯を準備してくれていた。皆でお礼を言うと奥様は、


 「こんなに若い子らぁに食べて貰える事らぁ無いき、気合が入ったちや。昼からも頑張らないかんきしっかり食べてよ。」


 と、笑顔で迎えてくれる。部員たちが「いただきます!」と旨そうにご飯をかき込む姿は運動部の合宿風景そのものだ。その姿を見ていてまた新たな課題が見えたが、とりあえず今は腹を満たそう。

 西村さん達の方針で熱い時は昼間にしっかり時間を取って休憩する。お日様が高い時はわざわざ体壊すような事をしなくていいと言う考え方。いやぁ、おっしゃる通りです。

 部員たちがそれを聞いて自分達に置き換えて話している。


 「そう考えたら地域リーグとかJリーグもそうだけど、夏場の試合はきついよなぁ。」

 「明らかにパフォーマンス落ちるからなぁ。」

 「何で暑い真昼間にサッカーせにゃいかんがぜ?何とかならんがかよ?」


 まさかの西村さんが話に参加する。高瀬が答える。


 「ずっとそうなので変えるってなるのは相当大変なんだと思います。」

 「変えるがぁを躊躇ぅて誰かが死んでからじゃ遅いににゃぁ。偉いさんはそう言う所を考えちゃぁせんがやろうねぇ。」


 まさか高知の田舎の畑のど真ん中で、農家の方からこれほどまでにクリティカルな意見が飛び出すとは。

 西村さんの家は軒が地元の気候に対応して作られていて、夏場は縁側まで陽が差し込まないが冬場にはしっかりと縁側に陽が差し込む長さに作られている。なので、皆で縁側にお邪魔してごろんと寝転がると日陰に緩やかな風が吹いて気持ちいい。


 「やべぇ!超気持ちいぃ~!」


 八木が寝転がりながら目を閉じて体全体に風を感じている。いや、確かにこれは気持ちいいなぁ。雪村さんたちが冷たいお茶を持ってきてくれる。


 「ありがとう。」

 「私もそうですが、デスクワークだけでなくてこう言ったのも良いですね。」

 「そうだなぁ。これからはちょくちょく手伝いに来ないとなぁ。」


 皆で、のんびり昼休憩を満喫していると俺の携帯が急になる。

 相手は司だ。あいつ、仕事中のはずなのにどうした。


 「もしもし、俺は疲れてるんだぁ」


 そうふざけると司は真剣な声で「すまん」と一言だけ。どうやら何かあったな。

 がばりと起き上がり電話に対応する。


 「司、どうした?」


 俺の変わり様に周りの皆も静かになる。


 「和くん、すまん....」

 「謝られる事はされちゃぁせん。どいた?」



 「社長にバレた」



 来たか。いつかは来ると思ってたが、意外に早かったな。


 「どの部分がだ?」

 「サッカー部全員が会社辞めて、別の会社でサッカー部作ろうとしてるってトコまで知ってた。」

 「うちの名前は?」

 「出んかった。」


 と言う事は、俺達はバレてない。チーム内のリークじゃないって事か?まあ、バレた所で違法でも何でも無いんだが。


 「相手の対応は?」

 「わざわざそんな面倒な事せんでもかまんき、全員有給使い切ったら辞めろって。」


 ・・・あれ?良いのか。もしかして呆れてしまって突き放した感じか?


 「本当にそう言ったのか?」

 「うん。」

 「分かった。細かい事は今晩会って話そう。また仕事終わったら連絡くれ。あと、集まれるメンバーは全員集まっといてくれ。」

 「分かった。ホントにすまん。」

 「問題ない。じゃぁ今晩。」


 電話を切る。皆が心配そうにこちらを見ている。


 「相手側の会社にバレたらしい。」


 ざわつく。雪村さんに相手の態度を話すと、こちらも不思議そうな顔。それは常藤さん・坂口さんも同じだ。高瀬は半笑いで首を傾げている。やはり皆同じ考えか。


 「どうするんすか!?冴木さん。」


 焦って聞いてくる八木に「何を焦ってる?」と落ち着いて話す。


 「どうするも何も、相手が言う通り有給使い切って辞めさせてもらうだけだよ。」


 東京組以外の顔はポカンとしていた。

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