第18話 夢物語

2017年8月27日(日) Vandits事務所 <冴木 和馬>

 雪村さんがパンパンと手を叩きながら沈黙を破る。秋山と坂口さんに声をかけ車からビニール袋やら大きな皿やタッパー等を運び込む。

 皆が会議スペースにあるキッチン(元がダイニングルームですので....)に集まると、様々な料理が並んでいた。しかも飲み物以外は全て手作りのように見えた。


 「あれ?買い出しじゃなかったんですか?」


 秋山が聞くと雪村さんは


 「これから体作らなきゃいけない選手もいるって言うのにコンビニ弁当って訳にもいかないでしょ?ましてやサポート企業が用意する食事なのに。そう言う所から信頼って無くなるのよ?杉山さんのお宅にお邪魔して奥様と一緒に作って来たの。」


 高瀬と大西が頭を下げると雪村さんは照れながら、「ほらほら!若手が小皿とお箸構える。」と話を逸らす。俺は小声で「すまん」と礼を言うと「杉山さんの奥様にお願いします。私はお手伝い程度なので。」と笑顔だ。もちろん後ほどご連絡させていただきます。


 会議用テーブルの上を綺麗にし、皿やタッパーを並べる。サンドイッチやおにぎり、唐揚げや厚焼き玉子に筑前煮、豆腐ハンバーグにスパゲティサラダと野菜サラダ、そして冷蔵バックから冷やされたヨーグルトに小さくカットしたキウイやミカンなどが入ったモノもある。

 いやぁ、これ時間かかっただろうなぁ。


 「さぁさぁ、食べましょう。若い子は遠慮なしでいっぱい食べてね。」


 そう雪村さんが開始の合図を出してくれた。皆で食事をするのは安芸へ拠点を移してから何度もあるが、やはり良いもんだ。気持ちの問題だろうが結束力が高まっている気がする。それに仕事を離れた雑談がメインになるから、仕事してると気付けないメンバーの一面にも気付けたりする。


 俺はさっきからおにぎりとサンドイッチを貪り喰っている高瀬・大西・北川の三人に野菜サラダの入った大皿を渡す。


 「ほらほら、コメとおかずばっか食ってないで野菜も取れよ。バランスだぞ。バランス。」

 

 三人は「はい」と皿を受け取り小皿に取り分けて食べ始める。すると俺の右側から何かしらの圧を感じた。ちらりと見ると笑顔の雪村さん。手には取り分けられたサラダの入った小皿。


 「ほらほら、唐揚げばっかり食べてないで野菜も取ってください。バランスですよ。バランス。」

 「....あっ、はい。」


 俺が皿を受け取るのを見て皆が大笑い。雪村さんは胸を張る。


 「奥様の真子さんから言われてますから、『あの人は気を抜いたら好き勝手に食べるから見張っといて』と。冴木さんの食生活が乱れれば私が叱られます。」


 いやぁ、どこかで勝手に生み出されている女性陣の連帯感。ホントに気が抜けませんな。有難く頂戴します。サラダをむしゃむしゃと頬張りながら、大西に質問する。


 「皆はウェイトトレーニングってどうしてるんだ?」


 大西は口の中の物をウーロン茶で流し込み、胸をトントンと叩きながら質問に答えた。


 「今は会社に残ってるメンバーは会社に簡単なバーベルとか懸垂器とかはあるので、それでやってる感じです。あと、樋口さんがトレーニング関係に詳しいので、器具が無くても出来る体幹トレーニングとかは最近取り入れてます。」

 「樋口ってあの控えだった子だっけ?」


 あまり印象は無いがすごく落ち着いた感じの背の小さい子だと言う印象だけ残っている。


 「そうです。樋口さんO体育大卒で保健体育の教員免許も持ってるんですよ。でも、トレーニングとかそっちに興味があって教師にはならなかったって。説明とか分かりやすいし助かってます。」

 「そっかぁ。有難い人材だけど、無駄遣いさせちゃってる感じがあるなぁ。」


 そこで秋山が元も子もない空気を読まない発言をする。


 「選手として控えなら兼務でトレーニングコーチとかしてもらったら良いんじゃないですか?もし、選手として残れないってなったらコーチとして採用すれば良いし。今から選手視てくれてるならデータの蓄積も取りやすいだろうし。」


 全員に沈黙が走る。秋山が「あっ、失礼ですよね。ごめんなさい....」と謝るが、皆が『あれ?そうだよなぁ』みたいな感じで顔を見合わせる。俺が大西に聞く。


 「どう思う?」

 「全く意識してませんでした。あのチームにいるからずっとサッカー選手として続けていきたいんだろうと思ってましたし。えっと....本人に確認しましょうか?」


 少し考えるがそれは断った。やはりそこは俺とチームの責任者で聞きに行くのが礼儀な気がする。もう少し司や中堀に樋口の事を聞いてから判断しよう。


 「確かに数年以内には、監督・コーチ・GKコーチ・フィジカルコーチやドクターまで集めなきゃいけなくなる。いやぁ、そう言った人材のコネに乏しいのはツラいな。まぁ、地域リーグが見えた時点で会社としては応募採用をかけても良いしな。」

 「「えっ!?」」


 高瀬と大西が驚く。驚いた理由を聞くとサッカーの世界のスタッフ雇用と言うのは、コネや紹介などで決まる事が多いのだそうだ。いわゆる縁故採用である。なので、事務や運営スタッフなら別だが、チームのフィールドスタッフを広く応募をかけて人材を集めたりするチームは皆無に等しいのだそうだ。


 「なんでだ?縁故採用だと人材限られてるじゃないか。広く集めた方が思わぬ収穫だってあるし、サッカー業界以外からも人材が来る可能性がある。視野の広い指導や運営が出来そうなのに。まぁ、そうは言っても縁すらないうちはそもそも縁故採用出来ないしな。」


 と笑うと常藤さんも一緒に笑ってくれた。無い袖は振れない。

 ここからはうちのチームがJリーグ入り出来たらみたいな未来予想図で盛り上がる。地域リーグの壮絶な日程を潜り抜けてJFL入りして一年目でJ昇格。夢のような話だ。

 そんな時に夢のような現実話を常藤さんが放り込む。


 「そう言えばリサーチ部が概算したスタジアムの予定地と建築費が出ましたよ。事業部立ち上げる時に冴木さんと夢物語で話してたあれです。」


 言われて思い出した。まだ常藤さんと二人で会社の自室で夢物語を語っていた頃にJリーグ入りをするにはスタジアムがいりますねぇ。どこに構えますかねぇ。などと言って想像を膨らませた話を、リサーチ部にうちの専属班が出来ると承認が下りた時にリサーチ部に暇な時にでも概算出してくんない?と振っていたのだ。


 常藤さんがA4紙を一枚、俺の前に差し出す。中を見てがっくりと項垂れた。いやぁ、えげつない数字だわ。


 「どうなんですか?」


 雪村さんがワクワクしながら聞いてくる。他のメンバーも同じだ。さぁ、君達を絶望の淵に追いやってやろう。


 「仮に安芸市にJ3の条件である5000人規模のスタジアムを作るとなると総工費がおよそ45億から55億円だそうだ。上を見ればキリが無いが国際マッチをやるようなスタジアムは何百億って話らしい。」


 皆の顔が引きつる。しかし、一応書かれている事を話す。


 「しかし、現在J3に所属しているチームなんかでは少ない工費で5000人規模を建設してるチームもある。信じられないが10億以下で作ってるトコもあるらしい。」


 どうやったらそんな事が可能なのか。しかし、せっかくの夢物語は継続したい。


 「J3規模の客席に後々シートを増設できるようにするのが昨今の主流なのかな?」

 「ですね。急いでJ2規模にしようとした所で、チームの成績がそれに見合わなければ建設計画は流れます。ですから、すぐに対応できる座席のみ増やせるような造りに5000人規模の時からしておくスタジアムが多いようですね。」


 常藤さんに秋山が「例えば?」と質問する。


 「メインスタンド席とゴール裏は席を構えますが、バックスタンドは芝生にしておいてそこに増設する形とゴール裏の席を少し少なめにしてその後ろにすぐに増やせるように土台は作っておいて必要になれば増設する形。土台部分はコンコースとして使ったり、なかなか無いとは思いますがコンコースを立ち見席にする形などがありますね。」

 「なるほどぉ。私もちょっと調べてみよう。」


 坂口さんが携帯を取り出す。元設計部門としては気になるだろうなぁ。坂口さんが感心したように呟く。


 「でも、J3とかまでチームが沢山あってどのチームもスタジアム作れてるってすごいですね。」


 坂口さんのトンデモ発言は、今まで自分に興味のなかった分野だっただろうから仕方がない。俺が説明する。


 「ほとんどのチームは元々ある自治体管理の陸上競技場なんかをホームスタジアムとして登録して使ってるんだ。でも、Jリーグ歴の長いチームなんかは自治体がだいぶ昔に国体で使う事を目的に作られた競技場を使用していたりするから、元より建築年数が古いスタジアムを使ってるからね。どのチームも新スタジアム建設を迫られてる状況みたいだ。」


 例えばJ3所属チームなどが一番に直面するのはスタジアムの屋根問題だろう。Jリーグの規定で観客席の三分の一を屋根で覆う必要がある。新設スタジアムなら全部の席を覆う事が条件だ。これは直射日光や雨から観客を守る意味もあるが、一番の理由は試合中に雷が鳴り始めた場合の避難場所と捉えているのではないだろうか。これを満たしていないスタジアムは相当数あるそうだ。そしてトイレの数なども規定があり、これも満たせずにいる競技場は多い。

 常藤さんが話す。


 「安芸市にもし建設するとすれば一番有力な場所はタイガースタウンですが、恐らく許可は下りないでしょう。」


 タイガースタウンとはプロ野球の阪神タイガースが、古くから安芸市にある安芸市営球場でシーズンオフにトレーニングキャンプを行っていた事もあり、市営球場を含む周辺施設がタイガースタウンと呼ばれるようになった。

 しかし2011年に一軍の春季キャンプが安芸市から撤退したため、今は二軍キャンプだけが行われている。なので、その敷地内にスタジアムを作りたいと言っても間違いなく通らないだろう。


 「他の建設地と言っても高知県東部は『空いてる敷地は全て田畑』と言っていいくらい田畑が広がっています。それを買収し土地改良してスタジアムを建てると言うのは相当に骨が折れる計画になりそうです。もしかするとJ1行くよりも厳しいのかも知れません。」


 ありゃ、皆落ち込んじゃった。でも、それならって事で望み薄い提案もしてみる。


 「芸西村の宿泊施設が買収できたとして、そこのサッカーグラウンドを将来的に5000人規模の観客席付けるって事もアリっちゃアリだ。それまでには天然芝のサッカーグラウンドにはなってる訳だから。」


 少し皆の顔が明るくなる。一応、問題点も挙げておく。


 「そりゃ、駐車場問題とかそこまでの道が畑を突っ切るガードレールすら無い道だとか、クリアにしなきゃいけない問題はあるけど、さっき聞いた安芸市への建設よりは少し現実味あるんじゃない?」


 皆がうんうんと頷く。まぁ、それもこれも....


 「JFLに行けるくらいのチームになって初めて議論する内容だけどね。それに五年間はうちが所有して今まで通り経営しなきゃいけない訳だし、その間は児童教育のお手伝いもある訳だから問題は無い訳じゃないしね。」


 大西が俺たちに質問する。


 「その....聞きづらい内容なんですけど。」

 「なんだ?遠慮は無し。こんな夢物語も出て来てるんだから。」


 そう言うと緊張した顔で質問する。


 「サポート企業の社長の前で言う事では無いかも知れないですけど、他のスポンサーさんっていつ頃から集める予定でしょうか?」

 「そうねぇ。全員が会社辞めてチームとしてこっちに移住して貰わない限りは動き出せないね。チームの実態が無いのにお金出してくれって言えないでしょ?」


 大西が「あっ、そっか」みたいな顔をしてる。彼らはもう仕事を辞める事を決め、リーグ参戦に向けて自分達で練習も始めているから、チームが動いている感覚があるのかもしれないが正式にはまだチームは出来てもいない。

 まずは全員の退職とチーム発足がスポンサー獲得の大前提だ。先日の試合を写した動画は杉山さんがスポンサープレゼン用に編集してくれており、今後資料としても利用する予定だ。


 「まぁ、そこは当初の予定通り年末越えない事には始まらないな。スポンサーに考えてる企業があるなら今からコンタクト取っておく事も良いだろうし、個人のお店とかなら常連になっておくってのも手だな。小さい会社とか店とか関係ないから。俺たちの活動を支えてくれる人はたくさんいてほしい。きっと大きな力に変わるから。」


 リノベーション部門や経営再建でお世話になっていたり、繋がりのある企業さんにはチーム発足次第ガンガン営業をかける予定でいる。現に今回のリフォームでお世話になった県外の建設会社と下請けで入ってくれた県内工務店さんは、向こうから「何かの時にはまた声をかけて下さい」とお声がけしてもらってる。もちろん向こうが意図する事ではないのは承知しているが、こちらが「何かの時」なのだから、当然お声はかけさせていただく。持ちつ持たれつだ。


 「まぁ、正直今はサッカー以外の業務に相当お金がかかってるだけで、他に比べればサッカーチームに対してはほとんどお金使ってないんだよね。練習場代は君達の会社が出してくれてるし、寮の為に買い取った民家と民宿くらいかな?」

 「それってちなみにおいくらぐらいなんですか?」


 恐る恐る大西が聞いてくる。まぁ、一般社会人からしたらビビる金額かも知れないけど。


 「二軒合わせて2300万くらいだな。リフォーム合わせても5000万は使ってないよ。」

 「えっ!?いや、全然多いじゃないですか。」

 「でも、お前たちが全員アパート別で借りてその家賃の半分を全部俺が負担して数年って考えてごらん?それに寮に入ればお前達から家賃がいただける。どっちが企業として利が大きいと思う?」

 「えぇっと....」


 さぁ、悩みなさい。お勉強の時間だ。


 

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