第17話 先に待つ高い壁
2017年8月22日(火) 高知市内 某所グラウンド <冴木 和馬>
駐車場に車を停め、夜間の照明が点いているグラウンドの方へと歩いていく。近づいていくにつれてグラウンドから聞こえる声が大きくなっていく。
時間はすでに20時半。夜だと言っても少し蒸し暑さを感じる夜だった。
グラウンドの整備等も考えるとそろそろ練習が終わる時間だ。グラウンドに着くと10人程のメンバーが、恐らく5対5でサッカーコートの半分の広さを使って、攻撃と守備を交互に入れ替えながら練習しているようだ。GKはどちらにも入らず、来る球全部取る感じか。
選手たちはこちらに気付く事も無く集中しているようだ。少しすると司が息を切らしながら、首からかけていたホイッスルを吹き練習終了を告げる。
選手たちはそのまま奥の用具庫へ行って掃く部分が異様に長い箒やグラウンド整備に使う道具を持ち出して来て各々整備を始める。
選手の一人、望月尊が俺に気付き大きな声で挨拶してくれる。他のメンバーもそれに気づき、「お疲れ様です!」や「冴木さんだ!」等と声をかけてくれる。俺は「全部終わってからで良いから!」と声をかけて、皆の様子を見守る。
ここは山の中にあるグラウンドで周りに民家はほぼ無い。なので声は出し放題だし、この時間まで照明を使っていても迷惑にならない。しかし、土のグラウンドだ。安くグラウンドを探そうとする選手たちの苦心が垣間見えた。
「ちゃんと汗の処理はしてくれよぉ。話聞いてて風邪ひきましたは受け付けないからなぁ。」
俺の注意に選手たちから笑いが起こる。皆、着替えは持ってきているらしく汗を拭いた後、着替えて制汗スプレーなどで対策していた。
「疲れてるトコすまんな。皆を集めるのは練習の時が一番良いかと思って。」
そう言いながら皆の顔を見る。今日は二人が参加出来ておらず人数は11人、高瀬も本業が忙しく今日は不参加だ。あまり時間を長引かせても皆の明日の仕事に差し支えると思い、早々に本題に入る。
「皆に伝える事は三つ。まず一つ目は来月中旬には全員が入れる寮、と言っても古民家と古い民宿をリフォームしただけだけどな。そこが用意出来た。」
その言葉に選手たちは「おぉ~~!!!」っと拍手。しかし、ちゃんと注意事項は伝える。
「まだリフォーム中ではあるが、寮には絶対入る必要はない。出来るだけ個室にはしてるが鍵が掛けられるような部屋は少ないし、結局は同じ建物にいるからな。一人で暮らしたい人は相談してくれ。しかし、寮に入ってくれれば家賃は15,000円、水道光熱費は古民家の方と民宿を合算して寮に入ってる全員で折半だ。」
「15,000円!?」「安っ!」などの声があちこちから聞こえる。
「言っとくがちゃんと考えて判断してくれよ。安さだけに釣られて入るのは良いけど、自分がツラい時も話しかけられたくない日も同じ建物の中には一緒に仕事してるチームメイトがいるって思ってくれよ。ちゃんとそう言う部分も判断して返事してくれ。」
頷く者や返事する者様々。とりあえずリフォームが終わる今月末までに返事が欲しいと言った。もちろん入居するのは当人達がきちんと仕事を辞めた後だ。司の報告では今の段階で会社に退職届を提出しているのは大西と八木、そしてもう一名FWの
なので皆が「会社に残ってもサッカーが出来ないのでは仕方ない。」と言う理由で集団離職すると言う台本らしい。いやぁ、ホント良く考えるよ。
最後まで残るように見せるのは、司と望月、そしてDFの中堀、FWの
なので、会社にバレるとすればこの四人が辞める時だろうと。
「あと、前にお願いしてたがこのチームの責任者って言うかキャプテンは誰にする事にしたんだ?キャプテンって言うか司以外で俺と連絡を取り合ってチームの事を話し合う人間だ。」
司と話をすれば早いのだが、いつまでもそれを続けるとチームの中に門外漢を感じる者が出て来てしまうかも知れないと考え、しっかり選手の意見を汲み上げて、こちらの言葉も伝えてくれる人物が欲しかった。
すると先ほども名前を挙げたFWの中堀
「おっ、中堀か。確かにしっかりしてるし、頼りになるな。八木がやるよりは全然頼もしそうだ!」
冗談を交えると、八木が「冴木さん、最近俺の扱い酷くないっすかぁ!」とお道化る。選手たちが手を叩きながら笑う。八木はチームの中では年下組と言う事もあるが、こうやって自らを落としてでも雰囲気を明るくもっていこうとする性格を高く評価してる。
司が中堀を選んだ理由を説明してくれる。
「まぁ、冴木が気付いてくれたぐらいチームの事を良ぅ見てくれゆぅし、それにC級のコーチライセンスと三級審判の資格も持っちゅうき、そこの部分でも会社側に要望伝える時に話を説明しやすいがやないかなって思って。」
おいおい。ライセンス持ってんのかい。しかも審判資格まで。たしかに審判の資格は遅かれ早かれ選手の誰かには取ってもらわなきゃいけなかった。でも三級審判を持ってるなら後は、四級審判を3人構えるだけで良くなる。それに資格試験の事を中堀に相談出来るしな。
「そうか。じゃあ、そうだな。部長だな。サッカー部の部長は中堀って事で良いか?皆。」
拍手で同意する。中堀は照れながら「宜しくお願いします。」と俺と握手した。力強い手だった。
「よし、じゃあ二つ目の話だ。既に会社を辞めている和瀧の就職先が決まった。和瀧とはすでに話をして親御さんにもご挨拶させてもらったが、就職するのはうちが芸西村で始める農園だ。親御さんもアドバイスをくれるらしいが、やっぱり小さい頃から農家に携わってるって経験を高く買わせてもらった。」
皆が拍手するが、当の本人は今日は欠席だ。同じ農業関係なので親御さんからは反対されるかと思ったが、和瀧のお兄さんも親御さんと一緒に働いており、継ぎ手はもう見つかっているし企業がやるような農園の開業スタッフなんてなかなか経験出来るものではないから、勉強しなさいと快く承諾してくれた。
「司から聞いてるかも知れないが、農園のスタッフで構わないのなら仕事はすぐに構えられる。その後に適正に応じて民宿のスタッフや販売所のスタッフに振り分ける予定だが、今は畑耕すのを助けてもらう形になる。」
すると八木と青木が「俺たちは農園でお世話になります!」と仲良く手をあげる。まぁ、これも事前に話は聞いてるので俺も了承し「期待してる」と告げた。
「そして、三つ目!これは皆に頑張ってもらう話だ。」
これは司にも話していない事だったので、皆が不安そうにこちらを見ている。
「今、現状でチームは14名。サッカー詳しくない俺だって分かる。選手が足りない。もしかして俺が見つけてくるって思ってないか?確かに高瀬は俺の独断でチームに加えてもらったが、県リーグと地域リーグで戦う間は俺は選手の人事権には関わらない。経営者がサッカーを知りもしないで人事権握ったら碌な事が起こらない。」
それは海外のプロサッカーリーグでも大富豪がチームオーナーに就任した当初に、自分のお気に入りの選手を呼びまくってチームバランスが崩壊したなんて話も聞いたことがある。うちの場合は最低級にミニマムな話になるが。
「だから、追加メンバーは皆で話し合って探してくれ。もし、会社の名前使って集めたいなら、それも皆で相談して結論を俺や常藤さんに報告してくれ。俺たちの方でも地元高校や高知大学や他の大学なんかにもリサーチかけてるが、こればっかりは専門外でな。また、その部分でも逆にこちらから相談する事もあると思う。気に留めといてくれ。」
さすがにメンバー追加の話になると皆が真剣に隣同士と相談し合っている。入って来るメンバーによっては自分とポジション争いをする可能性もあるのだ。
「まぁ、俺と常藤さんが最優先で探してるのはGKだ。さすがに望月1人でって訳にはいかないからな。望月、レギュラー争い始まるからな。頑張れよ。」
そう発破をかけると望月は噛みつきそうなほどの気合の籠った顔で握り拳を突き上げた。
・・・・・・・・・・
2017年8月27日(日) Vandits事務所 <冴木 和馬>
事務所の呼び鈴を鳴らし、中へ入る。「邪魔するぞぉ」と声をかけるとリビングから「はぁ~い」と北川の声。俺は後ろに付いて来ている大西に中に入るように言う。
リビングには高瀬と常藤さん、秋山と坂口さんもいた。俺は初対面のメンバーもいるので改めて大西を皆に紹介する。
「9月1日付で我が社と契約してくれる契約社員の大西だ。サッカー部のメンバーでもある。じゃぁ、挨拶。」
「大西悟です。23歳です。九月からお世話になります。宜しくお願いします。」
皆が拍手する。皆もそれぞれ挨拶する。最後に秋山が挨拶した時に俺は大西に入社後の話を伝える。
「大西の指導をしてくれる秋山直美さんだ。営業とリサーチを兼務してくれてる。まぁ、言うなればうちの外回りは彼女を中心に回ってる。大西にはそこで色んな事を吸収してほしい。」
「はい!大西悟です。秋山さん、宜しくお願いします。」
秋山は照れながらも握手して挨拶する。
「外回りをやってるって言っても人数少なくて私が一番手が空いてるってだけだから。でも、来てくれて嬉しいです。一緒にチームを大きくする原動力を作っていきましょう。」
さすが新人指導をしてるだけあって、最初のモチベーション確保が上手だ。大西のモチベーションが上がる要因と言えばサッカーだ。自分の普段の仕事がサッカー部に繋がっていると意識させる方法だな。
「よし、皆の紹介が終わったから本日のメインに参りますか。」
会議スペースの隣にあるリビング部分には長いソファを半円型に組み中心に楕円形の座卓を置いている。それに向かい合うように大きなテレビを構えており、このテレビはCS放送はもちろんネット動画なども見られるようになっている。
皆が飲み物を用意し席に着こうとする時に気になった事を秋山に聞く。
「今日は雪村さんは?」
「あっ、皆が集中したいだろうからってお昼につまめる物を買いに行ってくれてます。杉山さんの奥様もすこしおかずを差し入れてくれました。」
あちゃぁ、俺が気付かなきゃいけない事だなぁ。後でお礼を言わないと。杉山さんの奥さんまで。ホントに支えられてるよ。
テレビとノートパソコンの準備をしていた北山が「流しますよ」と声をかける。するとテレビにはJFLが配信している今年の試合を北山が高瀬にアドバイスを貰いながら編集した動画だ。カードは先週行われた「栃木FC対HondaFC」。
「この後、今日行われる試合もライブをYtubeで見るけど、その前にこのチームを一つの目標の指針として見て欲しい。それがHondaFCさんだ。言わずと知れた企業チームだが、このチームは企業チームではあるがJリーグ入りは表明していない。社会人リーグでJFLの前の団体の頃から活躍してる。JFLとなった後もリーグ18年間の歴史の中で6回も優勝してる。ちなみに去年の優勝もHondaFCさんだ。JFLで疑う事無い最強チーム。Jリーグに行く事無く、それを目指すチームの壁になり続けてる事から付けられた二つ名は?」
俺に目線を振られた常藤さんが代わって応える。
「Jリーグの門番。」
秋山と坂口さんが「おぉ~」と反応する。そう、強そうだよね。
さっそく試合動画を見る。試合は前半開始4分にいきなりHondaFCが先制し、その後は完全にHondaFCペースとなり終わってみれば0対4の圧勝。しかし、素人目で観ても数字以上の実力を感じた。
サッカー未経験者や見慣れないメンバーは「やっぱり優勝してるチームは強い」とか言う感想になるが、俺はサッカー部の二人、高瀬と大西に感想を求めた。
まずは高瀬。
「はっきり言ってJリーグ入りしても十分に通用する組織力だと思います。Jリーグ入りしない実業団チームなので、古株の選手も新しい選手もずっと共通したトレーニングやチームメソッドで育成出来るって言うのが、本当にブレないので強いですね。多少の戦力の入れ替わりはあっても、大きくチームバランスを崩す事無くシーズンを戦えます。やはり実業団チームの強みって言うのを一番感じるチームです。」
「なるほど。大西はどう感じる?」
「今シーズンのここまでの成績だけ見ても、ファーストステージでのホーム戦全勝と言うのが凄すぎるって言う印象です。引き分けすらない。観客からすればホーム見に来ればチームが負けないって言うのは相当興奮すると思います。仮にアウェイで引き分けたり負けても次のホーム戦で絶対勝たせるぞってサポーターの一体感が生まれると思うんです。」
「なるほどなぁ。」
ホントさすがJFLの強豪ですよ。常藤さんの見た感想も聞いてみた。
「この事業部に配属になってからネット上に残るJFLの試合はほぼ見ていると思っています。その中でサッカー好き親父としての感想ですが、本当にJFLと言うリーグに特化した、JFLでの勝ち方を一番知っているチームだと思います。」
俺はソファにぐったりともたれかかる。
「いやぁ、俺が見てもバケモンだもんな。うちのメンバーと比べて確実に違うのはやっぱり体の厚み、フィジカルって言うのか。そこだよね。栃木の選手にぜんぜん当たり負けしてないもんな。」
高瀬と大西も頷く。やはり身体的優位はメンタルでも余裕を生む。下地を作った上で毎日の練習で技術と連携を上乗せしていく。いやぁ、お見事ですよ。
さて、どうしたもんかなぁっと考えていると後ろから元気な声がかかる。
「はいはい!落ち込んでないでまずはお腹を満たしましょう!」
雰囲気を変えてくれたのは雪村さんだった。
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