第14話 走り始めたプロジェクト

2017年7月9日(日) 焼き鳥屋『鉄』 <大西 悟>

 皆で話が終わった後はもう少し雑談が続く。チームに参加してくれる事が決まった高瀬さんが皆と積極的に話して馴染もうとしてくれているのを見ると、大学時代の高瀬さんを見ているようで楽しかった。

 大学時代、新入生が入るたびに高瀬さんは積極的に話しかけたり、練習後に食事へ誘ったりして新入生が早くチームに溶け込めるようにしてくれていた。そう言った部分を監督も見ていて三年の終わりに高瀬さんは副キャプテンに指名され、チームの雰囲気や士気を高める大事な役割を果たしてくれた。


 皆で会話している時に冴木さんと常藤さんに呼ばれる。皆とは少し離れた場所で二枚の紙を渡された。中を読むと契約社員としての契約内容が書かれている。仕事内容は主に営業職だった。今の会社と同じポジションにしてくれる事が嬉しかった。

 チーム練習を最優先に考えたシフト作成。しかし半日出勤であろうと週5日の出勤が基本。日曜・祝日が休みだが、クライアントや顧客との予定によっては出勤となり、その代替休日は翌週の平日に確実に取る事。などなど....


 じっくりと読み、二枚目に行くと給与の条件だった。思わず二度見三度見した。


 「えっ?金額間違ってませんよね?」


 思わずお二人に確認を取ってしまった。冴木さんは笑いながら説明してくれる。


 「うちの会社、って言っても俺たちは子会社だから、親会社のファミリアの規定に基づいて付けてる条件だよ。大学卒の外部企業で営業経験がある契約社員とした場合はうちはこれくらい出すよ。それでも高知って地域に合わせて東京勤務よりは少し少なめに提示してる。」


 包み隠さない冴木さんに常藤さんが「正直に話し過ぎです」と呆れて笑っていた。


 「これを見て考えてまた返事をくれ。あと、勤務地は高知市じゃない可能性もあるから仕事辞めるって決めても新しい引っ越し先はまだ決めないでくれ。これは皆にも言っておく。」


 楽しく話していた皆が一斉に真剣な顔で冴木さんの方を向く。八木が小声で「そうなんですか」と高瀬さんに聞くと頷いていた。


 「チーム本拠地は今、うちの会社でリサーチかけてる。あっ!でも高知県なのは間違いないから。今は高知市で本拠地を設定する事が本当に良いのかを全力で検証してる所だから。だから、引っ越し考えてる者は少し待ってくれ。」


 と話すと、皆が「分かりました」と口々に返事をする。良かったぁ。僕は会社の寮だから即退去しなきゃいけなくなる。さっき退職届の話を聞いた時に明日から暇な時に物件探そうと思ってたくらいだ。

 でも、条件は何も問題ない。冴木さんと常藤さんに返事をする。


 「まだ今の会社に退職届を出す前からで可笑しな話ですけど、お世話になろうと思います。宜しくお願いします。」

 「大丈夫か?良く考えなくて良いか?」


 しっかりこちらの事も考えてくれている。それだけでも信頼できる。


 「大丈夫です。まぁでも、まだ会社から辞める事を認めて貰っても無いんですけど。」

 「仕事に就いてるうちから別の会社が引き抜き交渉に来るなんてある事だよ。まぁ、地方の会社では珍しいかも知れないけどね。」


 そんなドラマみたいな事があるのか。常藤さんが言葉を足してくれる。


 「では、今の会社と出来れば円満に退職出来た次の日にうちと契約社員としての正式契約をしてもらいます。それまでに住居はこちらで構えますし、もし気に入らなければご自身で探してもらえば家賃の半額は会社が控除します。」


 契約社員にそこまでしてくれるのか。お二人に礼を言い、皆の輪の中に戻る。一斉に皆から「どんな条件だ!」と取り囲まれ、冴木さんを見ると「別に見せても問題ないよ」と言ってくれた。見せると歓声とどよめき。そりゃそうだ。契約社員が今の自分の給料より多いんだから、そりゃ驚く。

 高瀬さんに聞くと、「こんなもんだよ」と驚いた風もない。って事は本社勤務で僕より勤務歴の長い高瀬さんはもっと貰ってるって事か。サッカーはもちろんだが、仕事も頑張り甲斐がありそうだ。


  ・・・・・・・・・・

同日 高知 <冴木 和馬>

 その後、食事会はお開きとなり前回同様、皆は二次会に消えた。もちろんお小遣いも忘れていない。俺と常藤さん、高瀬の他に司と大西も加わって前回も言ったBARへ顔を出す。相変わらず客はいない。マスターの矢口は今日も明るく迎え入れてくれ、奥のボックス席へと通してくれた。


 さて、子会社への参加がほぼ決まっているメンバーでの確認作業と悪だくみだ。


 「司と大西にも参加して貰ってすまないな。酒は無理に飲まなくて良いから。サッカーしない二人がいただくよ。後マスターもね。」


 そう言うとボックス席におしぼりを持ってきた矢口が「毎度!」と笑顔でドリンクを準備しにカウンターへ下がる。ホント、なんで流行らないんだこの店は。俺にとってはこれくらい気を遣ってくれて居心地良い店も無いんだがな。


 「さて、じゃあ悪だくみといきましょうか。皆さん。」

 「止めてください。及川さんと大西君への現状報告の間違いです。」


 ふざける俺に常藤さんが舵を切り直してくれる。少し真面目に話す。


 「さて、さっきの皆の前では話せなかったけど、現状俺たちの方で決まっている事を二人には伝えておく。あっ、済まんが高瀬も初耳の事があると思うがそこは勘弁してくれ。」


 司と大西が頷く。高瀬は苦笑いしながら了承してくれた。だいぶ心を開いてくれて緊張感がなくなってきているな。今回の出張に同行させて正解だった。


  ・・・・・・・・・・

同日 BAR『蔵』 <高瀬 健次郎>

 「本拠地は決まっていないと言ったが、俺たちのオフィスが置かれる場所は決まった。....安芸市だ。」


 その言葉に及川さんと大西が驚く。

 安芸市は高知県東部に位置する市で、高知県の東部地区の安芸市周辺の町村は安芸郡と呼ばれている。これまでに高知の地理は暗唱できるくらい叩き込んできた。


 「安芸市には練習出来るようなサッカーグラウンドは無かったと思うがやけんど。」

 

 大西も頷く。それを聞いた冴木さんが微笑みながら答える。


 「そうだな。しかし、オフィスを置くのは安芸市だけど、司を含め皆が主に働くのは芸西村だ。」


 芸西村は安芸郡の中で最も西部に位置する。まぁ高知市に一番近いって事だ。安芸市からでも車で15分から20分くらいの距離だ。


 「そこに宿泊施設とテニスコートに体育館と剣道場、土のサッカーグラウンドと野球場が併設されてる場所がある。芸西村運動公園って場所だ。ここは芸西村管理の施設だがはっきり言って採算なんか取れてない。補助金で運営してる、言えば赤字物件だ。」


 全国でもそう言った施設は多いって常藤さんから以前ミーティングで聞いた。


 「地方自治体ではよくあるやつだ。子供の教育の為だのなんだのと施設を建てて小学生や中学生の部活動の合宿などを呼び込み運営していて、出来れば一般のスポーツ団体などの合宿もと考えているが管理も運営も本職ではない自治体職員だ。施設は段々と寂れて利用客は長年利用している団体のみになり、利益なんか上がる訳がないが児童教育と言う尤もらしい理由があるから施設を取り壊す事も出来ない。」


 いやぁ、ごもっともだけど相変わらず歯に衣着せぬ怒涛の発言ですね。冴木さんは。


 「そこをうちが買取る。全面的に改修してうちが運営する宿泊施設として経営する。」

 「そんな事出来るんですか?」


 大西が質問する。良いな。こうやって疑問を飲み込まずぶつけられるのは良い事だ。


 「出来るも何も赤字物件を買い取ってくれて改修するのに地元業者を使い、運営スタッフが移住してきて利用客が増えて企業からの税金が貰える。今まで自分達が捻出していた経費が一切いらなくなり、向こうからお金が貰える。何の不満があるんだ。『自治体管理の施設を売却する事を決断した』なんて言うマイナスイメージばっかり先行してるから判断を誤るんだ。自治体に今より確実にお金が落ちて、住民が増える可能性があるなら、なぜそちらを検討しない。俺からしてみりゃそっちの方が不思議でしかない。」


 確かに。冴木さんは「さらに、」と続ける。


 「今まで施設が受け入れてきた児童たちの合宿は売却後も変わらずうちが最優先で受け入れると言う約束をする。金額が同じって訳にはいかないが、差額分を自治体から補助できないか交渉もする。そうする事で児童教育の側面はギリギリ守られるはずだ。」


 なるほど。施設も綺麗になって金額もそれほど変わらず利用できるなら、もしかしたら部活動での利用客は増えるかも知れない。

 及川さんが質問する。


 「もう交渉には入ってるのか?」

 「あとは金額の折り合いと売却方法だけだな。」

 「どういう事だ。」


 冴木さんの説明では自治体が民間に事業譲渡して施設を売却する場合、基本的には自治体が購入希望者を募る形になるのがセオリーで、それが入札であったり購入希望者同士の話し合いであったり形は様々らしい。しかし今回、売却を持ち掛けたのはうちで入札などになればそれを横から搔っ攫われる可能性も無くはない。


 「まぁそこはこちらも専門分野だからな。そうそう下手な手は打たないよ。その交渉の中で向こうから出された条件が、売却後5年間は他へ売却・譲渡しないって事と職員の一般企業への研修制度を使って二名程度が施設で働く事を許可して貰いたいって事だ。これに関しては給料は向こう持ちだ。はっきり言って両方とも俺からしてみれば条件にもならない。」


 理由をしっかり説明してくれる。5年間の譲渡・売却の禁止は会社側からしてみればサッカーチーム運営をしていく中で宿泊施設からの収入は大きな財源となる事はもちろん、グラウンドなどの施設も改修する為、チームの練習本拠地はこの芸西村になる。そして、もしプロ化しどこかに専用練習場などを建築したとしても下部組織やサッカースクールなど様々利用目的はある。なので5年どころか10年15年は売却する予定はないそうだ。それに売却しなければならなくなるような経営はするつもりは無いと冴木さんは断言する。


 冴木さんに「どのような改修を考えてますか」と質問した。


 「まず一番に手を付けなきゃいけないのは宿泊施設の改修だ。スポーツ施設は後からでもいくらでも改修できる。最悪はグラウンドやテニスコートはそのまま貸し出しておいて、途中から宿泊施設のみの利用にしてその間にスポーツ施設を全部一気に改修するって流れもある。」


 なるほど、一気にやると全部が利用できなくなり施設として死ぬって事か。宿泊施設を改修している間はグラウンドだけ貸し出し、宿泊施設が完成したらスポーツ施設を改修する。なるほど。


 「ただ、一つだけ考えてるのは宿泊施設の改修と同時に陸上グラウンドって言うかサッカーグラウンドだな。この改修だけは先にするかも知れない。」


 当然、サッカー部の3人は反応する。それを見て笑いながら説明を続けてくれる。


 「サッカーグラウンドを全面芝に張り替える。と、同時に外部から入れないようにしっかりと高いフェンスを構え照明施設も入れる。200名ぶんくらいでも観客席があると小学生の練習試合なんかでも親御さんが立ちっぱなしで見るって苦労を消してあげられる。」

 「でも、改修費用、凄い事になっちゃいませんか?」


 漠然とした大西の質問に冴木さんが笑う。


 「先週、ファミリアの役員会議に検討議案として提案してきた。買収金額は子会社であるうちが用意するが改修費用はファミリアに貸し付けてもらう。それを数年、もしくは10年近くかけて返済していく。もちろん大きい施設の改修になるからファミリアの手も借りる。子会社化して助けてもらってるなら膝壊れるまでかじりつくスタイルだ。」

 「予算はざっくりどれくらいなんですか?」


 俺が質問すると冴木さんは苦笑いしながら答えてくれた。


 「施設買収に7500万から1億。宿泊施設と体育館などの改修に3億から4億。サッカー場改修に2億。メインの施設はそんな感じかな。」


 サッカー場の改修に2億!?驚いているとそれも説明してくれる。フェンスと客席を構えるのはそれほど問題ではない。問題は土グラウンドを天然芝のグラウンドに改修するのが費用も時間もかかる。金額はおよそ1億5000万。一番の問題は改修期間に半年は要するって事だった。


 「すぐに着工できたとしても来年の開幕には間に合わない。来シーズンが始まってから練習場が確保できる形になりそうだ。まぁ、そこはいくら急いでも買収が済まない事にはどうしようもない。それにお役所だからな。すぐに結論が出るとは思わない方が良い。まあ、こちらもプレッシャーはかけるけどね。」


 まぁ、ダラダラとお役所仕事で決定を先延ばしにされても困るからなぁ。その他の事についても話してくれた。


 「一番急ぐ事って言うと安芸市に構える適当な事務所候補は絞れた。あと芸西村で畑のレンタルは出来る事になった。実は最初はこの交渉で芸西村を訪れたら、リサーチ部からその施設の報告があったって訳。だからうちとしたら施設の買収断られるなら休耕地のレンタルも考え直しますって言う話だ。」

 「畑借りて農家でもするのか?」


 及川さんの質問に冴木さんは


 「まさにその通り。サッカー部の中から何人かにはうちの経営する農園のスタッフになってもらうつもりだよ。」


 手広いなぁ。でも、まぁ説明お願いします。

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