第13話 鉄の覚悟

2017年7月9日(日) 高知 焼き鳥屋『鉄』 <望月 尊>

 試合が終わった後に冴木さんからカンパしてもらって陸上競技場近くの温泉施設『はるのの湯』に皆で風呂に入りに行った。快勝した事もあり皆テンション高く参加した。と、言うのもこの後、また冴木さんと食事会があるとの事でそれが『鉄』だと聞いてテンションは更に上がっている。

 ゆったりとした浴場で疲れを癒し、皆コーヒー牛乳やらリープル(高知発の乳酸菌飲料)を飲みながら湯休みでグデェっと溶ける。ホントに今日は冴木さんの前で勝てて良かった。何人か観客もいたけど、関係者なのかなぁ。


 各々に時間を潰し、19時半に『鉄』に集合した。今回は冴木さんを待たせないようにしようと時間厳守を全員に徹底した。そのおかげで自分達が揃った時にはまだ冴木さん達は来ていないかった。

 20時前になると刺身の大皿や他の料理もどんどんと運ばれてくる。今日は初めから料理があるらしい。皆の顔がワクワクしているのが分かる。


 20時ちょうどに二階に冴木さんが上がって来た。どうやら一人ではないようだ。


 「おっ。今日は皆早いな。すまないけど一緒に食事したいって人たちがいるから紹介させてもらって良いか。」


 冴木さんの後ろから二人の男性が入って来る。一人は冴木さんよりも年上の男性で落ち着いた感じのカッコいい人だった。もう一人はだいぶ若い男性でたぶん自分よりも年下だと感じた。すると、大西が「先輩!」と言って胡坐をかいていた姿勢を正座に正した。その男性は大西を見て「良いから」と口を動かし制した。

 今日のメンバーはこれで全員らしい。ドリンクが全員に配られる。あの冴木さんとの食事会以来、このメンバーは全員が酒・たばこを一年以内に辞めると宣言した。なので、今日も全員ウーロン茶だ。

 とりあえず乾杯をして食事に手を付け始めて何となく歓談する。相変わらず冴木さんは皆に満遍なく話を振ってくれて試合の感想を「俺は素人だけど」と言いながらも聞かせてくれた。そして、ある程度食事が終わった所で話の本題が始まるようだ。


 「皆、今日はお疲れ様。皆の頑張りのおかげで無事に勝利できた!ありがとう!」


 そう及川先輩が挨拶するとメンバーからは「よぉし!」「やった!」などの合いの手が入る。それを治めて話を続ける。


 「今日は冴木から大事な話があるから皆も真剣に聞いて欲しい。オレ達のこれからについてながよ。」


 及川先輩が冴木さんに譲る。何人かは正座して話を聞き始める。


 「皆、お疲れ様。今日はホントに良い試合を見せてもらえて楽しかった。いやぁ、強いな。」


 さっきみたいな茶々は入れない。皆、緊張している。


 「さて、今日俺が試合見に来た理由だけど試合のデータが欲しいってのもそうだし、皆に紹介したい人がいてってのも理由だ。常藤さん、お願いします。」


 冴木さんの隣に座っているナイスミドルな男性が姿勢を正して話し始める。


 「皆さん、はじめまして。(株)ファミリアの常藤正昭と言います。会社の財務部におりまして役員を任されています。今日は冴木さんの紹介でこちらのチームの試合を観に高知までお邪魔しました。宜しくお願いします。」


 皆が緊張しながら頭を下げる。何人かが「ファミリアってあのビジネスホテルの?」とかコソコソ話している。そしてもう一人の若い男性も挨拶する。


 「同じく(株)ファミリアで勤めています高瀬と申します。今日は自分がサッカー経験者と言う事もあり冴木さんの解説係で常藤役員と共にお邪魔しました。」


 今度は誰かが大西に「知り合い?」と小声で聞くと「大学時代のチームの先輩です」と答える。じゃあ、あの人も上手いのか。常藤さんが話を引き取る。


 「今回は皆さんが社会人リーグにチームを作られると聞いて、(株)ファミリアで応援出来ないかと冴木さんに声をかけていただきました。その判断も含めて実際に観てみない事には正確な判断も出来ないだろうと、大学サッカー経験のある我が社の高瀬に同行を頼んだ次第です。」


 冴木さんが話を引き継ぐ。


 「ここでもう一度皆に確認だ。あれから一ヶ月以上経った訳だが、気持ちは変わらないか?社会人リーグに仕事を辞めてでも挑戦する気持ちはあるか?司をプロに連れていくって気持ちに偽りはないか?」


 ゆっくりと冷静に聞く冴木さんに八木が「もちろんっス!」と嚙みつきそうな勢いで返事をする。冴木さんが笑顔で頷く。他の皆にも目線を振ると皆同じように決意を込めた目で冴木さんに応える。

 それを確認し、冴木さんは常藤さんを見る。常藤さんが頷き話し始めた。


 「分かりました。皆さまの支援を我が社でさせていただきます。」


 その言葉に自分も含めて皆がポカンとしている。え?スポンサーってこんなにすんなり決まるモノなの?すると常藤さんが更に続ける。


 「これから話す事は重大な機密になりますので、チームが動き出すまでは絶対に外部に漏らさないと、ここで約束してください。」


 さっきまでの笑顔の常藤さんが真剣な目で全員を見る。迫力が違う。全員がその迫力に飲まれながら頷いたり返事したりする。すると、


 「では、話を続けます。冴木さんお願いします。」


 なぜか話を冴木さんに振った。冴木さんも真剣な顔で皆と向き合う。


 「じゃぁ、改めて挨拶させてもらう。(株)ファミリア代表取締役社長の冴木和馬です。皆、長い付き合いとなれるよう宜しく。」


 ちょっと....待ってよ....腰の力が抜けたのは自分だけでは無かった。


 「皆、騙してすまない。俺が自分の立場を話せなかったのは、前回の話し合いの時には皆と今後どの程度の付き合いになるかまだ決め切れていなかったからだ。そして今日まで皆に会えなかったのも社内を説得して支援の体制を作る為だ。」


 冴木さんは今日に至るまでの流れを自分達にも説明してした。来季の県社会人リーグ2部への参加を目標にこれからチーム編成を始める。初年度に関してはスポンサーと言う形で(株)ファミリアさんが活動費を支援してくれるが、これは自分達の生活費を出してくれる訳ではない。いわゆる実業団選手では無いと言う事。しかし、何名かはファミリアさんが四国へ事業展開するのに伴った契約社員として面接して採用する予定があると言う事。そして、それ以外のメンバーにも仕事の斡旋や就活の手伝いや面接の指導等はしてもらえると言う事。


 この時点で自分も含め皆の顔はワクワクしてる奴とホッとしてる奴との二分化していた。チームとして動き始めると言うワクワク感と、500万とも言われていた練習場の費用をファミリアさんが用意してくれると言う安堵感。

 そして冴木社長はここでいくつかの約束事を皆にお願いした。


 「まず、就職活動・私生活・就職した後の悩み、何でもいい。不安に思えばそのままにせずに相談してくれ。サッカーの事には俺は相談に乗れない。しかし、私生活や仕事での悩みはもしかしたら力になれるかもしれない。なんでこんな事を言うかって言ったら、サッカーに集中してもらいたいからだ。少しでも不安要素を取り除いてサッカーと向き合って欲しい。だから、遠慮せず何かあれば相談してくれ。後でトークのID教えるから。」


 そして次の約束事、これは自分達の覚悟を問われる約束事だった。


 「サッカーの事は分からないと言っておきながら、サッカーの約束事だ。良いか、何があっても諦めるな。努力をめるな。思考をめるな。」


 皆がざわッとする。冴木社長の語気が少しづつ強くなる。


 「良いか。君達にはこれから新たな仕事が待っている。もちろん仕事をする事も重要だ。しかし、順番を間違えるな。君達の最大の目標はプロリーグへこのチームを導く事だ。その為には仕事との両立くらい乗り越えてくれ。そして....」


 すこし言うのを躊躇っているようだった。


 「今までの楽しいだけのチームでは無くなる。苦しみと涙を味わい続けるサッカーに変わるかも知れない。それを一番感じる部分が勝敗はもちろんだが、レギュラー争いだ。今まで仲良く皆が出られるように考えていたかも知れないスタメンを結果の為に判断しなければいけなくなる。リーグが昇格すれば出られない・控えにすら入れない選手も出てくるかもしれない。」


 皆の顔が険しくなる。覚悟していた事、でもこのメンバーでサッカーをしていると忘れがちになる事。自分達は将来サッカーで生活しようと頑張るのだ。


 「でもな、一つだけアドバイスする。会社経営で学んだ事がサッカーに活きるかどうかは知らない。でも、言わせてくれ。誰かの代わりになるなよ?自分だけの居場所を見つけろ、自分だけの長所を探し続けろ。誰かの代わりは結局代わりだ。そいつが戻ってくれば必要なくなる。ならば、誰も持っていないモノを探せ。自分が加わる事で新たなチームの色を放てる選手になれ。それが俺からの唯一の君達へのアドバイスだ。」


 何人かが頭を下げる。そして冴木さんが今後の予定を告げる。大西を見ている。


 「大西君、すまないが今月中に会社に退職願を出して欲しい。そして退職日が決まったらすぐに俺に知らせて欲しい。それまでに君の仕事先を決める。と言っても君が就職する先はうちのスポーツ事業部の営業担当だ。契約社員として入ってもらう。後で個別に話をするから金額と条件に納得してもらえるなら、今の会社に退職願を出して欲しい。」


 周りが一斉に大西を見る。大西も驚いているが頭を下げて「分かりました。」と答えた。そのまま大西が質問する。


 「冴木社長、質問が..」

 「社長は無し。うちの社員にも役職で人を呼ぶことを遠慮して貰ってる。今まで通り冴木さんで良いよ。」


 そうなんだ。東京の会社は違うなぁ。大西が質問を続ける。


 「はい。ありがとうございます。冴木さん、一つ質問があります。今日同行されてる高瀬さんは僕の大学のサッカー部の先輩でした。高瀬さんはどちらかのサッカー部に所属されているんでしょうか?」


 それを聞いた冴木さんが高瀬と言う社員さんに「答えてやれよ」と話を振る。高瀬さんは皆に向けて話をする。


 「えっと、僕は大西の一つ上の先輩で今までは(株)ファミリアの物件のリノベーションを担当している部署にいました。でも、冴木さんがスポーツ事業部を立ち上げると聞いた時に、やっぱり自分はサッカーしたいって思い直して事業部への転属とサッカー部への入部をお願いしました。」


 ざわつく。早くも外部から選手が入って来る。大西の先輩とは言え、こうやって外部から選手が入る事も当たり前になっていく。


 「高校・大学とサイドハーフをしていました。冴木さんには入部は構わないけど、とりあえず一度試合を観てから判断したらどうかと言われて今日同行しました。」


 全員が伺うような雰囲気を出す。自分達のサッカーがどう見られたのか。どう判断されたのか。


 「率直に自分が思ったチームの感想を言います。チームに参加させて貰えたらきっと遠慮なく皆さんとは戦術面やトレーニングで話し合わなきゃいけない場面が増えると思うので。良いですか?」


 誰が答える前に大西が「お願いします」と答えた。高瀬さんは大西の顔を見てしっかりと頷く。


 「これは冴木さんに印象を聞かれて答えた事でもあるんですが、良い意味でも悪い意味でもこのチームは大西、及川さん、八木君の三人で成り立つチームになっています。3人がしっかりと約束事を守り、それに全員が何とか付いて行くって感じでしょうか。それが会社の仕事終わりのチームで出来てる事自体は凄い事なんですけど。」


 そう言われてニヤける者もいるし、少し不満げにする者もいる。さらに続ける


 「しかし、例えばこの3人が何らかの要因で機能しなくなった時に一気に崩れるチームじゃないかって思うんです。恐らく今まで練習試合とかで負ける時ってそう言う事が多くなかったか?大西。」


 大西が皆を気にしながらも頷く。高瀬さんは「やっぱりか」と呟く。


 「今日の試合を観てたらまぐれ勝ちで勝ってるチームの勝ち方じゃないんです。しっかりと勝つ方法を模索出来てるチームなんです。だからもしこのチームが県リーグ2部とかおじさんサッカーのチームに負けているんだとしたら、この3本の柱が機能しなくなった時だと思ったんです。」


 確かに今までに負けた時は3人のうち誰かが急に来れなくなった時や、そのポジションにあの問題児たちが出てシステムが機能しなくなった時だ。


 「そうであるなら、これを基盤にして出来る限り3人の負担を減らす事がチームとしての最優先課題です。それは個人の能力を上げるって事もそうですが、3人以外での点を取れる戦術を作っていくって事です。」

 「それが高瀬さんのサイドアタックって事ですか?」


 ワクワクしながら大西が質問する。高瀬さんは自信に満ちた顔で頷く。


 「もちろんそれも一つの戦術ですが、これには逆サイドのサイドハーフの技術向上も絶対条件です。左サイドだけしか攻め上がれないと分かっているサイド攻撃なんてなんの怖さもないですから。」


 皆が右サイドに就く事が多い馬場悠真ゆうまを見る。高瀬さんも釣られて馬場を見て「右サイドにつく事が多いですか」と質問すると馬場は「はい」と答えた。足は速いですか?スタミナは?などの質問に馬場が答えていく。馬場は脚も早いしスタミナもそんなに無い訳ではないが、駆け上がってからのセンタリングやボールの扱い、いわゆる足元の技術が少し不安がある。そんな不安も馬場は隠さず高瀬さんに話す。

 すると高瀬さんは馬場とガッチリ握手をして、


 「来シーズン、2部の奴らを一緒にサイドからガンガン切り崩しましょう。」


 高瀬さんのその言葉に馬場だけでなく、自分達も胸が熱くなるのを感じていた。


  ・・・・・・・・・・

※13話時点でのチームメンバーを近況ノートに挙げております。ご確認いただけるとよりチームが分かりやすいかと思います。

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