第12話 初の試合観戦
2017年6月24日(土) 東京 自宅 <冴木 和馬>
午後5時に司の携帯へ連絡する。すぐに出る。暇なんかい。
「おう!和くん、久しぶりやねぇ。元気?」
相変わらずの太陽ボイスだなぁ。ホント、声聞くだけで元気貰えるよ。
「まぁ、バタバタしてるが概ね順調だ。そっちはどうだ?練習出来てるか?」
「もちろん。ちゃんと社長にも謝罪してラグビー部にも迷惑かけてすまんって謝罪に行ったら、週に2日、休養日とウェイトトレーニングの日でグラウンド使わんき、その日は使うてくれって言うてくれてよ。さすがに1週間グラウンド使い続けるのも芝に良ぅないやろうし、社長にも許可貰って1日だけ使わせて貰えることになったがよ。」
なんだ。良い関係築けてるじゃないか。
「そうか。会社辞めてチーム作るの迷い始めたんじゃないか?」
俺のその言葉に鼻で笑う司。ありゃ、何かあったか。
「いや、グラウンド使わせてもらえるようにはなったけど、やっぱり社長からは事ある毎にサッカー部の実業団チーム化は考えてないって確認事項みたい言われゆうがよ。まぁ、話聞いたら他の運動部も同じらしいけんど。」
やはりか、ちゃんと弁えろよって事かねぇ。
「それにもう退職者おるから今更止めれんよ。」
「えっ!?誰よ??」
まさかの退職者がもう出てるのか。次の仕事がもう見つかったって事か。参ったぞ。就職先と本拠地によっては遠い場所になる可能性もある。
「ほら、実家が農家って言うてた和瀧よ。早々に辞めて実家に戻ってる。皆さんが本格的に動けるようになるまでは農家しながら体鍛えますって。」
「そりゃ、思い切ったねぇ。生活は大丈夫ながかえ?」
「どうやろうねぇ、まぁ週1くらいでは連絡は取ってるけど問題ないみたい。それよりはやっぱりあいつらと一緒に練習したくないらしいがよ。」
あぁね。一度口にしてしまった事で本人の中でしっかり明確化されちゃったんだろうなぁ。そうなるともう一緒にいるとモチベーション上がらなくなるからなぁ。それは無理に一緒に練習する必要は無いか。まぁ、良い判断してくれたか。
「じゃぁ、和瀧君は一緒に練習出来てないって事?」
「いや、外の施設借りる時であいつらが来ん時に呼んでる。ホントは週3で練習してるんやけど、会社には週2で練習してる事にしてて、あいつらにも週2の予定しか連絡せんがよ。」
「ははは!徹底してますなぁ。」
「そりゃ庄屋さん、やるときゃ徹底的に、でっせ。」
お互いが懐かしい学生時代のノリに戻る。さて、そろそろ本格的に伝えなくてはならない。
「ツカっちゃん。来月、俺ともう一人が高知入りして皆の練習を見せて貰いに行く。出来れば試合の日が良いけど、練習試合とかは組んでないよね?」
「いや、7月ならちょっと待ってよ........」
電話口の向こうでガサゴソと音がする。
「あぁ!ごめんごめん。7月の9日、日曜に春野の球技場で練習試合する。2部のシエスタ高知ってトコ。」
「そうか。よし、じゃあ、その日に合わせて高知入りするよ。試合後に皆と話がしたいからそのつもりでいてくれ。あいつらは大丈夫?」
俺の心配に笑って答える。
「あいつらには今回の一件でメンバーが全体的にモチベーション下がってるからしばらく練習試合はせんって言うてあるのよ。だから前回和くんが高知に来てくれてからで言えば今回の練習試合が久しぶりの試合になるんよね。」
「そうか。楽しみにしてる。」
「分かった。気合入れちょくわ。あっ、詳しい時間はあとでトーク送る。」
そう言って短く電話を切った。何とか上手くやってくれてるみたいだ。七月から事業部が動き出す以上、営業部の契約社員として雇おうと思っている大西君に関しては早めに動いた方が良い。しかし、大西君にだけ状況を話すと言うのはフェアじゃないし、これからのオーナー側と選手たちとの信頼関係にも溝を生みそうだ。
・・・・・・・・・・
2017年7月9日(日) 高知 春野陸上競技場 球技場 <冴木 和馬>
さて、なぜこうなった。今日は司たちの練習試合があると言って常藤さんと二人で観戦した後、メンバーと対面する予定だった。
ところがだ、その話は当然サポート社員の雪村さんに通して、スケジュール調整をする。真子に話し二日ほど家を空ける事を伝える。そしたらだ、雪村さんは高知を見て見たいので日帰りでお供します、航空券は実費で取りますと言い始め、真子はせっかくの司の練習試合だし子供達も高知には幼少期から行った事無いから連れていくと言い出した。さすがに真子と子供達は別行動となったがまさかの雪村さんと一緒に行動すると言い出した。
そして、その旨を事業部メンバーに伝えたら皆行きたそうにする。さすがに全員で行くわけにもいかない。候補地のリサーチや選考も始まっているのだ。常藤さんと話し合った結果、チームに合流する高瀬を連れていく事にした。チームのサッカーを見ておく事は合流するまでのトレーニングイメージにも良いはずだ。
高知竜馬空港に降り立ちレンタカーを借りる。そこから南に走り畑の中を西に向けて進路を取る。ここから桂浜方面に向かい、海沿いの道を走りながら春野に向け北に行くと春野陸上競技場へと向かう道に繋がる。
桂浜手前の浦戸大橋を渡る時には助手席に座る高瀬が「怖ぇえぇ!!高ぇぇ!!」と大興奮だった。そこから桂浜沿いの海を見ながらの道に入ると
「うわぁ!!まさに南国って感じっすねぇ!天気よくて良かったぁ!」
と、これまた大興奮。「お前、出身は?」と聞くと埼玉だそうだ。なるほど海なし県か。でも千葉とかのほうに行けば良いロケーションありそうだけどなぁ。
あの六月のミーティング以来、会社内に事業部の部屋を特別に構えて貰い、引き継ぎが完了した者から順次そこへ移ってきて、今は全員が仮部屋で仕事している。早く高知でのオフィスを決めないと。
そして海沿いから北に入り、少し走るとトンネルがある。抜けると大きな駐車場がいくつか見え始める。後部座席にいる常藤さんが反応した。
「冴木さん、ここがあのハルウララで有名になった高知競馬ですね。」
「あっ!よくご存じですね、俺が子供の頃なんかはいつ潰れても可笑しくないくらいの経営状況でしたけど、今は『夜さ恋ナイター』って言うナイター競馬を始めて、それからは経営回復してきてるみたいですけどね。」
そこから西へ向かうと春野陸上競技場の入り口だ。敷地内に入りそのまま坂を上がって敷地の一番上にある球技場を目指す。その途中でも少年野球の大会があるらしく、ユニフォーム姿の子供達がたくさん歩いていた。
それを見ながら高瀬がつぶやく。
「確かに公共交通機関があるとしてもこの坂を歩いて昇るのはキツイですねぇ。十分、足が遠のく理由に入っちゃいますよ。」
その言葉に常藤さんも同意する。
「南北に狭いので陸上競技場や複合施設のような敷地が大きな物は中心地には立てづらい。かと言って離れた場所は交通インフラがそれほど充実している訳ではない。....悩ましい所ですね。」
「そうなんですよ。高知県のスポーツ観戦は何かしら観客に我慢を強いる事になるんです。」
「他にもなにかあるんですか?」
「夏の暑さですよ。」
俺の言葉に常藤さんと高瀬が、あっと言う顔をする。七月のこの時期でもすでに昼間は結構暑い。当然、シーズン中にこの暑さの中で90分走るのだ。下手をすると命に係わる。
高瀬が不安そうに聞く。
「冴木さん、ヤバいですか?」
「今日、観客席で直に味わえ。大量にドリンク買ってクーラーボックス用意した意味が今に分かるよ。」
球技場の向こう側にある駐車場に車を停め、トランクからクーラーボックスを二つ取り出すと、横からすっと手が伸びる。息子の颯一と拓斗だ。
「持つよ。」
「すまん。助かる。」
息子たちを見て常藤さんと高瀬が挨拶してくれる。息子たちもきちんと挨拶する。うん。真子に感謝だ。少し離れた所に日傘をさした真子と雪村さんが立っていた。
球技場に降りていくと司が待っていてくれた。グラウンドからはウォーミングアップをしている選手たちの声が聞こえてくる。
司と挨拶し握手する。他の皆も名前だけの挨拶をする。司は俺の子供達を見て興奮していた。
「観客席は自由に座って良いって聞いてるから。熱いからくれぐれも気を付けて。ドリンクとか大丈夫?」
そう聞いた司に後ろを指差し息子たちが持つクーラーボックスを見せると「さすがやね」と笑っていた。片方のクーラーボックスを司に渡し、足りなかったらいけないから選手たちで飲んでくれと言う。
「どうする?皆に会う?」
「そうやね。俺だけ少し挨拶するわ。皆は客席行ってて良いよ。」
ピッチ側に降りていくと広い芝のグラウンドが見える。司が大きな声で「集合~!」と叫ぶと選手たちが集まった。どれも久しぶりの顔だ。
「東京から冴木が試合見に来てくれた。ドリンクの差し入れももらったき、今日は飲み放題!!」
選手たちが「おぉぉぉ~」っと色めき立つ。それに呆れながら挨拶させてもらう。
「皆、久しぶり!しばらく来れなくて申し訳ない。暑い中すごいな。今回、俺が来たのは一回くらい君らの試合見とかないとスポンサーを集めるにも全然資料が無いからね。今日の試合はカメラで記録させてもらうから。もちろん後で司に記録は渡しとくから皆の方でも確認してくれ。」
すると口々にありがとうございますと応える。そして、俺も客席に行き皆に合流する。出来るだけ陽が当たらない所を確保してるようだが、こりゃ後半は地獄だなと思いながら席に着く。カメラは高瀬と息子たちで計3台設置してくれていた。
サッカーに詳しい高瀬と常藤さんが俺専属の解説だ。息子たちもそれを聞きたいのか、俺達3人が座る真後ろに陣取った。女性陣は絶対に日陰から動きそうにない。
「今日のチームは県リーグ2部で3年ほど戦ってるみたいだ。去年度の成績は4勝6敗。今年は開幕戦と第二節落としてる。写真から見た感じだけど、年齢層は相当広そうに感じたな。」
俺の事前に調べた情報だけ二人に伝える。高瀬はアップが終わり並ぼうとしている選手を見て「あっ」と小さい声。
「どうした?」
「いや、あのセンターバックに走ってってる奴。たぶん大学の後輩です。」
こちらのチームの大西の事だ。
「あの子は大西って子だよ。確かに大学までサッカーやってたって言ってたな。」
「間違いないですね。あいつ、上手いですよ。高校時代は世代別の強化選手にも選ばれてましたから。」
常藤さんと俺が驚く。後ろで息子たちが「センターバック注目だな」と騒いでいる。
「お前との仲は?」
「すごぶる良かったですよ。ただ卒業してからは連絡取ってないですけど。頭も良いし戦術理解も深いです。あいつはチームに来ますよね?」
「もちろんだ。大西って子がミーティングの時に話した契約社員として呼ぶつもりって言ってた子だよ。」
そう伝えるとホッとした表情をする。それほどの選手かと常藤さんと二人で見ていると高瀬が説明してくれる。
「常藤さんは分かると思いますが、近代サッカーで最終ラインの統率って言うのは必須スキルみたいなもんです。その能力が大西はズバ抜けてます。それでいて献身的な守備もこなせるし、身体能力も高いのでポストプレーに強い。あいつが大学卒業する時にプロかJFLから声がかからなかったのが不思議なくらいです。」
試合開始の笛が鳴る。どうやら審判は自分達で構えているらしい。俺も調べたが社会人チーム立上げには三級審判の資格と四級審判の資格を持つ人間が四人いるらしい。その辺も今日確認しないとだなぁ。
試合はお互いに探り合うような落ち着いた展開から始まった。常藤さんも負けずに解説してくれる。
「相手チームは深く守ってカウンター主体の攻撃みたいですね。もしかしたら以前対戦経験があって裏を取られて失点したとかあるのかも知れません。逆にこちら側は最終ラインを高めに設定して狭いゾーンで展開する感じでしょうか。」
こう専門的な話になってくると俺には全く分からなくなる。そこからは常藤さんと高瀬が息子たちに解説するみたいな構図になってしまった。前半24分に最終ラインからの大きなパスで高くなっていた相手のDFラインの裏に一気に抜け出した
ホント、面白い光景だ。
何度か攻め込まれる場面もあったが危なげなくクリアしている。やはりそこは最終ラインの統率のおかげって事なのだろうか。試合は終わってみれば3対0の快勝。
しかし、なかなかの暑さだった。この中で全力疾走してる選手たちにはホントに頭が下がる。選手たちに挨拶し、以前に集まった店に20時に集合しようと約束し、司にこっそり「皆で近くの温泉施設にでも入ってこい」といくらか渡す。
車に戻る道中で球技場から威勢のいい「いえ~~い!」と言う声が聞こえた。温泉の気遣いは正解だったようだ。
車に戻り俺たちはホテルにチェックインする為、中心地へ向かう。雪村さんと真子たちはこれから観光してそのまま帰路につく。俺は車中でも試合の事を二人に聞く。
「どうでした。印象としては。」
「実力云々で言えば今日の相手が2部常連だとするのなら、すでに一部を視野に入れてトレーニングや環境を整えなければいけないと思います。足元を見る事も大事ですが。」
常藤さんが答えた、そして高瀬だ。
「良くも悪くも大西1人で守備の統率をしてますから、そこを助けられるボランチやGKがもう少しポジション取りを覚えると良いと思います。たぶん今までそこまでの専門的な練習はしてないんでしょうし、それはこれから1~2年かけてしっかり覚えてもらうしかないです。後は、冴木さんの御友人って言ってた司さんですか?ハッキリってあと5年若ければ間違いなくプロかJFLから声はかかってたと思います。あの年齢であのプレイを90分維持できる人が社会人リーグにも参戦してないなんて、このチームは幸運ですね。」
「そこまでか?」
司の事を良く言ってくれるのは嬉しいが、そんなに凄い選手なのか?高瀬が続ける。
「良くも悪くも司さん、大西、そしてMFの八木君?あの三人でチームを何とか成り立たせてる状態です。3人の負担が大きすぎます。これからはそれを全員で担えるようにならないと。」
「出来そうか?」
信号待ちする俺を見て高瀬はニヤリと笑う。
「その為に今日、見に来たんですよ。」
いちいちカッコいんだよ、お前は。
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近況ノートに現段階でのサッカー部のメンバーを載せてあります。かなり見づらいかとは思いますが、何かの参考になれば嬉しいです。
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