第11話 初顔合わせ

2017年6月19日(月) (株)ファミリア コミュニケーション室 <秋山 直美>

 先月に行われた説明会、何人かの社員の不味い質問のせいで社長を怒らせてしまうと言うアクシデントはあったけど、諦めずに退席せず残っていたら少人数で話す機会が持てて率直に質問する事が出来た。


 その次の日には改めてプロジェクトへの参加希望を出したらたった半日で採用通知メールが来た。あまりにすぐの反応で間違いじゃないかと何度も見直したくらい。その後、説明会の時に進行をされてたサポート部の雪村さんが直接営業統括部まで来てくれてリーダーと私の二人同席で私のプロジェクト参加の承認をリーダーに貰い、6月末日までに完全な引き継ぎを行って欲しい旨を伝えられた。もし、時間が足りないようならオンライン上で引き継げる状態に期日までに持って行って欲しいとの事だった。

 最初はリーダーに迷惑がられるかと思ったが、肩を叩かれて「営業統括部の実力を社長に見せて来てくれよ」と背中を押してもらった。そこからの2週間弱は怒涛の如く引き継ぎ作業に追われた。営業なので自分達だけが引き継げれば良い訳ではなく、取引先や顧客との担当の引き継ぎも行わなくてはならず。本当に毎日大変だ。


 しかし、先週水曜日にメールで19日にスポーツ事業部の顔合わせをするので、その日の午後は空けて貰えると助かると送られてきた。余裕を持って送られてきたので予定は問題なく空ける事が出来た。

 顔合わせはコミュニケーション室で、他の会社などでは応接室とか商談ブースなんて呼んだりもするのだろうか。外部のお客様との打ち合わせに使ったりする部屋が何室かある。その一部屋を貸し切っていた。


 指定されていた一室のドアをノックする。約束の時間よりも30分早く来たので、もしかしたら誰もいないかもしれない。そう思っていたが、思いがけず部屋の中から返事がありドアが向こうから開けられた。

 開けてくれたのは雪村さんで、中を見ると社長と常藤役員は既に来られていた。そして、二人男性社員も既に来ている。


 (まずいっっ!早く来たつもりだったのにまさか上司より遅くに来ちゃうなんて!)


 慌てて入り口で頭を下げて挨拶する。


 「営業統括部から参りました秋山直美です。遅れて申し訳ありません!!」


 慌てて挨拶すると社長と常藤役員は笑いながら席を勧めてくれる。


 「大丈夫大丈夫。まだ時間前だし、ここに居るのは心配性な人ばかりだから。」

 「秋山さん。こちらの席へどうぞ。」


 私が恐縮しながら席に座ると隣にいた二人の男性職員も会釈をしてくれた。隣の人はサッカー部員としても入りたいって言ってた人よね。新規プロジェクトできっと大変なのに運動部にまで所属するなんて。


 全員が揃うまでは社長が色々話題を振ってくれて少しリラックスして雑談出来た。営業統括部では何を担当してたかを話したり、私の担当していた顧客はまだ会社が小さい頃に社長の奥様でもある冴木役員が獲得してきた顧客なのだそうだ。うちの中でも付き合いの長い顧客とは聞いてたけど。社長は「そこを任されるって事は期待されてたんだね」と言ってくださり、「こっち来て後悔してない?」と茶化して場を和ませてくれた。


 全員が揃い、いよいよスポーツ事業部の初めての会議が始まる。ワクワク感で体が温かくなるのを感じながら社長の言葉を待った。


 「集まってくれてありがとう。そして、こちらからの申し出に応えてくれてありがとう。あんなお粗末な説明会にしてしまった手前、誰も来てくれないんじゃないかと心配してた。」


 そう言って苦笑いする社長。呆れながら笑う常藤役員と雪村さん。やはり役員同士やサポート社員はこう言う冗談も言い合えるほど仲が良いんだなぁ。

 噂好きな社員達の間では社長と常藤役員は少し対立してるみたいな噂をしてたんだけど、今回の常藤役員のプロジェクト参加と目の前の光景で私の中でその噂はさっぱり消し飛んだ。


 「とりあえず第一陣として立ち上げメンバーになる社員は俺らを合わせて9名となる。そうだね。軽く自己紹介をしよう。代表取締役社長の冴木和馬です。もしかしたら皆の中には俺が皆を高知に行かせて、俺だけ東京で指示するだけみたいに思ってるかも知れないが、仕事の都合上、高知に住むって事は出来ないが1年の半分は高知で一緒に仕事をする予定だから宜しくお願いします。」


 え?社長が現場に出るの?そんな中小企業じゃあるまいし、こんな大きな会社の社長ならクライアントとの会談とか忙しいはずなのに。

 次に常藤役員が挨拶を始める。


 「経営統括部財務担当の常藤正昭です。今回、冴木さんに懇願しこのプロジェクトへの参加をさせていただきました。私は経営統括部に名前は残しますが、高知へ住居を構えてあちらでプロジェクトの統括をお手伝いします。皆さんとは毎日顔を合わせる事になると思いますので、宜しくお願いします。」


 常藤役員まで....そう考えるとやはりこのプロジェクトに対する社長の力の入れ様が分かる。そして雪村さんが挨拶する。


 「サポート部から参加します雪村裕子です。私も今回のプロジェクト参加を希望し、無事に採用していただきました。仕事内容としては皆さんの仕事が円滑に回る様なお手伝いと言いますか、うぅ~ん....総務的な感じでしょうか?冴木さん。」


 そう言って雪村さんが社長に話を振ると社長は笑いながら雪村さんを茶化す。サポート部はうちの会社の女性社員の憧れの的の部署だ。と言っても、役員とお近づきになれるとか他者の重役と知り合えるチャンスがあるとか、そう言った事でしか自分のステータスを測れないレベルの子達の噂だけど。でも、雪村さんはそう思わせてしまうくらいに女性から見ても色気と仕事出来ますオーラが凄い人だった。


 「スポーツ事業部ってくらいだから、皆のマネージャーって感じだね。どれだけ部として最大効率で力を発揮できるかは雪村さんのサポートにもかかってます。頼りにしてますよ。」


 雪村さんは照れながらお辞儀をして席に座った。


 「じゃあ、奥の人から順番に自己紹介して貰おうか。」


 早く来た順に奥から着席していたので、一番最初に来ていた小柄な男性が挨拶する。


 「セキュリティシステム部から来ました北川広貴ひろきです。新規事業に興味があり、参加を希望しました。インターネットやSNSでの広報展開でお役に立てるかと思っています。宜しくお願いします。」


 社長が積極的に拍手をして、皆がそれに倣う。拍手を貰えると思っていなかったのか北川さんは照れながら席に着く。次は説明会で質問していた男性社員だ。


 「リノベーション部から来ました高瀬健次郎と言います。新規プロジェクトにはサッカー部員としても参加させていただく事になりました。リノベーション物件で少しでもスポーツ事業の助けになれるような働きをしたいです。宜しくお願いします。」


 拍手。社長が高瀬さんに声をかける。


 「高瀬君にはサッカー部での貢献も期待してるよ。」


 社長の言葉に高瀬さんが力強く頷く。そして私の番。


 「営業統括部から参りました秋山直美です。営業職として今以上に深く顧客の皆さまと関わりたいと考えて新規プロジェクトへの参加を希望しました。これから宜しくお願いします。」


 ダラダラ喋らず簡潔に。こちらの部門へ移る前にセクションリーダーの多田さんから教えてもらった。新規事業では正確性と時間の勝負。無駄を極力省き要点を分かりやすく伝える努力を普段からしなさいと送別会で教えてもらった。

 また社長が声をかけてくれる。


 「秋山さんはリーダーの多田君から聞いたけど、新人社員の指導もしてたんだって?」

 「はい。一昨年の営業部の新規社員から私が担当で指導しておりました。」

 「そうか。恐らく営業職をやってもらう事ももちろんだけど、サッカー部の中からうちの営業へ1人、最初は契約社員扱いで入れる予定だから秋山さんに指導をお願いしたいんだ。もちろん俺と雪村さんもサポートには就くから。大丈夫かな?」


 え?わざわざ聞いてくれるの?いやいや、命令すればいいじゃない。社長なんだから。律儀な人。


 「もちろんです。精一杯頑張ります。」

 「ありがとう。宜しくお願いします。」


 お辞儀して席に着く。社長は言葉遣いはフランクだけどホントに人たらしと言うか、相手の気持ちを掴むのが上手ね。くそぉ、まんまとやる気になっちゃってる。

 次は私の隣に座る女性社員だ。


 「経営統括部から来ました坂口祥子しょうこです。今までは経営再生の部門で運営を担当してました。スポーツは全般的に好きで観戦する事も多いです。皆さんとプロチームの下支えになれるように頑張ります。」


 社長が笑顔で坂口さんに話しかける。


 「まさか坂口さんに来てもらえるとは。常藤さんが経営統括から抜けた時点で坂口さんはもう統括部に必須の人だと思うんだけど、そこは大丈夫なんですか?常藤さん。」

 「坂口くんから笑顔で常藤さんだけ楽しむのは許しませんよと言われましてね。この半月死に物狂いで二人で引き継ぎと次世代育成の土台を作ってます。」


 それを聞いて坂口さんと社長が笑う。坂口さんはどうやら入社して長いみたい。

 次は説明会でも質問していた女性社員の人。


 「あっ、マーケティングから来ました山下千佳です。あの、何が出来るか分かりませんが、必死に皆さんに喰らい付いていこうと思ってます。宜しくお願いします。」

 「ははは、食いつくされないように皆も頑張りましょう。」


 社長の冗談に部屋が和む。そして最後の1人、少し社員然としていない雰囲気の人だ。年齢も私達より年上に見える。


 「広報部から来ました杉山富夫です。今回の6人のなかではたぶん一番年寄りかな?皆の若い発想に置いてかれない様に勉強頑張ります。あっ!年上でも僕は中途採用なのでこの会社ではまだ3年目です。仲良くしてください。」

 「杉山さんは元々は東京テレビのプロデューサーをされてた異色の中途採用組ですね。」


 そう言って社長が笑う。どうしてホテル事業がメインの会社にテレビ局でプロデューサーしてた人が転職してきたんだろう?


 「いやいや!プロデューサーと言っても深夜番組を何本か任せて貰ったくらいの実力ですよ。これからは企業もSNSや動画投稿サイトを使った広報戦略が必要になる時代です。それを見越しての転職だったんですが、いやぁビンゴでした。スポーツ事業なんてSNSや動画投稿がファン獲得の大きなツールになってますから。お力になれるように頑張りますよ。」


 そうか。プロ選手はもちろんだけど、最近は引退した選手が動画投稿でテレビでは話せない突っ込んだ内容で再生数を稼いでるってテレビで見たなぁ。たしかに広報はチーム運営に切っても切れない関係だもんね。


 「さぁ、まず何をしなきゃいけないかって事なんだけど。チーム本拠地を高知県のどこに構えるかって事なんだ。」

 「え?高知市で決まりじゃないんですか?施設も充実してますし、物件の取扱いもしやすいように思いますが。」


 社長の言葉に杉山さんが反応する。確かに、県庁所在地ならチームがプロリーグに行った後も集客や施設の面で整っているように感じる。


 「はい。ここはまた7月頭に正式に事業部が動き始めるまでに資料作成もしますし、皆さんでも独自で調べてはもらいたいんですが、高知県って東西のアクセスには注力してるんですが南北のアクセスは海と山が近く、狭いのでそんなに充実してる訳では無いんですよ。」


 ここはさすが社長の地元って事か。あれ?でも社長は大学入学で東京来て以来、ずっと東京に住んでたわよね。それにうちの会社も四国には進出してないし。


 「俺も今回の事があってずっと高知の事を調べてるんだけど、高知でサッカーのメインスタジアムとなるとすれば春野陸上競技場なんだけど、高知駅から移動するとするとバスか自家用車しか交通手段がない。駅からは30分の移動距離で、しかもバスは陸上競技場敷地の前でしか停まらないんだ。」


 え?それって普通じゃない?と思ったら、社長がいくつかの写真をプリントアウトしたものを机に広げて見せる。

 ええぇ?なにこの急坂!これ歩いて上がれって言うの?お年寄りには厳しいし、女性は間違いなく化粧なんか取れちゃうわよ。


 「もちろん自家用車で敷地内にある駐車場を利用するって手もあるんだけど、サッカーのシーズンは当然野球もシーズン。高知は学生野球・アマチュア野球大国だからね。試合日が被れば駐車場なんて足りやしない。それにメインの陸上競技場を社会人サッカーの試合で毎度毎度使うなんてありえない。おそらく球技場と銘打たれてるサブグラウンドで試合する事が多いはずだ。」


 皆が少し意見を言い合いながら話をする。社会人サッカーリーグに参加している間は有り物で勝負するしかないが、JFLやJリーグが見えてきたら自治体も巻き込んでアクセス改善は考えなければいけないとか、他の候補地も考える必要があるとか。


 「そしてもう一つ、リサーチ部にお願いしてたんだけどそこからちょっと怖い予想報告。」


 皆の顔がこわばる。常藤さんが「何ですか」と代表して恐怖の門を開けてくれた。


 「ほぼ予測では確定として良いとの判断だけど、高知の交通インフラはどの事業も赤字まみれ。それはJRも含めてね。そしてその春野陸上競技場にアクセスしてるバス路線は恐らく2~3年以内に廃線になる可能性が大きいそうだ。」


 うそでしょ....路線さえ残ってればうちのチームがプロ化する際に便数増やしてもらうとか特別便出してもらうなんて都合も付きそうなのに、路線自体無くなっちゃったらそのアレンジ路線の話は路線を作るって所から始めなきゃいけなくなる。これは厳しいなぁ....


 「って事も含めてもう一度ホーム都市を高知県のどこにするかは一から練り直そう。7月の正式なスタートの時にもう一度話し合おう。それまでは各自が自分の得意分野の事を中心に調べて欲しい。あっ、あと、会社と交渉してリサーチ部に関してはファミリアのリサーチ部の中にスポーツ事業担当のチームを別に作ってもらってスポーツ事業の為だけに動いてくれる事になったから。基本的はそこへの指示は俺と常藤さんでするけど、もしリサーチかけて貰いたい事とかあれば俺に直接指示してくれ。」


 社長に指示!?なんか凄い事になってきちゃったなぁ。

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