第10話 てめぇら、仕事舐めんなよ

2017年5月29日(月) (株)ファミリア 大会議室 <冴木 和馬>

 大人数でのミーティングや発表を行う時に使われる大会議室だが、基本的にメディアに対する発表も社員に対する発表もオンラインで行う事の多いファミリアなので、恐らくこの会社の中で一番無駄にしているスペースかも知れない。

 しかし、今日はスポーツ事業の子会社に出向を希望してくれている社員への説明会の為に使われている。この大会議室は通常使われているフロアからも少し離れており、外からも見えず防音効果もあるのであまり外に音が漏れてほしくないような場合には便利だ。


 部屋は大学などでよく見る手前から奥に向かってせり上がった席の構造になっており、そして講壇部分を中心に円形に展開している。ローマなどにあるコロッセオの観客席をイメージしてもらうと良いかもしれない。

 会議室自体は250名ほど座る事が出来るが今回は54名の希望者が説明会に参加してくれている。各々がメモ帳を広げている者もいればノートPCを立ち上げている者もいる。不安そうな表情の者もいれば、やる気に満ち溢れていそうな者もいた。


 サポート社員の雪村さんが進行役としてマイクを手にする。少し談笑していた面々もしんと静かになった。


 「皆さま、本日もお疲れ様です。サポート部の雪村と申します。本日の説明会の進行をさせていただきます。宜しくお願いします。夕方のお疲れの時間にお集まりいただき誠に申し訳ございません。なお、この説明会に参加されている方はしっかりと残業手当が出ますのでご安心下さい。」


 落ち着いた、アナウンサーも顔負けの声で自己紹介し冗談を交える。いや、残業手当はもちろん払うが。そのおかげで少し緊張した雰囲気は緩んだように感じる。


 「では、本日のスポーツ事業部立ち上げ、及びスポーツ事業子会社設立の責任者であります。(株)ファミリア代表取締役社長の冴木和馬からご挨拶とそのまま説明に入らせていただきます。」


 そう紹介され壇上に立つ。当然だが、この参加者の中には入社式以来に俺の顔を見た人もいるだろう。それほどにうちの会社は分業制が成り立っており、経営陣となればほぼ顔を合わす機会はない。


 「こんにちわ。お疲れ様です。冴木和馬です。お疲れの所、参加してくれて本当に嬉しいです。この説明会で少しでも皆さんが思う不安点や疑問点をクリアにしてもらって参加しやすく出来れば幸いです。今日は宜しくお願いします。」


 挨拶すると拍手が起こる。そして収まるのを待って、講壇横に座る常藤さんを紹介する。


 「そして、財務部の常藤正昭もスポーツ事業のメンバーとして参加してもらいます。常藤さん、一言。」


 常藤さんは個別に渡されたマイクを持ち立ち上がる。


 「こんにちわ。常藤です。ぜひこの中からご一緒出来る方が生まれてくれる事を祈っております。宜しくお願いします。」


 簡略に済ませるが今までの社内での常藤さんのイメージには無い笑顔と優しい言葉に少し場がざわつく。そして進行を預かる。


 「では、スポーツ事業の概要を説明していきます。質問等は話し終わった後にまとめて聞かせてもらうので、気になった事は個人でメモしておいてください。」


 説明を始める。内容としては方針会議の時に話した内容とほぼ変わらないが、説明会ではさらにどんな人材を求めているか、どのような仕事があるかを説明していく。その中で自分の興味のある仕事や強みを活かせる仕事があれば、と言う話になる。


 ある程度の説明が終わり、質疑応答に入った。何名かの手が挙がり質問を聞いていくとほとんどの社員の疑問点は現地に住む事になる仕事はどれかと言う事だった。まぁ聞き方はそんな直接な聞き方ではない。だが、質問した者に共通していたのはスポーツ事業と言う華々しそうな仕事はしてみたいが田舎には行きたくないと言う雰囲気だった。

 まぁ、仕方がない。ここに集まっている54名の内40名近くがこの東京本社勤務の社員だ。華の東京に住んでいて急に高知に行けと言われてもそりゃ困るだろうな。しかもここに集まっているのは行けと異動命令を出された訳ではなく、希望していると言うだけだ。内容によっては断ると言うのが見え見えな社員ばかりだった。


 ちらりと常藤さんの顔を見る。目が合う。常藤さんが笑顔で頷く。長い付き合いだ。こちらを分かってくれている。「社長のお好きなように」と言う合図だと受け取った。さて、これからまさに選考、いや選抜させて貰おう!


 「えぇ~....いくつか内容の類似する質問がありましたので、まとめて応えさせていただきます。どの仕事に就くと高知に行かなければならないのかとご質問ですが....」


 おれがそう話すと一気に社員達がざわつく。そう気づいたのだ。自分達の質問が社長の逆鱗に触れたと。遅ぇよ。


 「基本的にスポーツ事業に関わるメンバーは原則高知へ短期・中期・長期の差はあっても一度は現地で生活しながら仕事をしてもらう事になります。まぁ、当たり前です。実業団チームを作り、地元の人が最初に応援してくれるファン、サッカーの場合はサポーターですか。に、なってもらうのにそれに関わっている人間がずっと東京にいて試合の時だけふらりと現れるなんてありえません。」


 ざわつくざわつく。雪村さんが声をかけて静まらせるがそれでもまだ何人かは話が違うと思ったのか不満そうにしている。


 「話が違う、騙されたと思う方はかまいませんのでどうかこのままご退席下さい。ご安心ください。ここで退席されたからと言って今後会社で居づらくなるとか不利益を被るなんて事はありませんので。どうぞ。」


 あっ、こんな様な台詞、ほんのこの間言った気がするなぁ....

 言うが誰も立たない。まぁ、社長に正面切って喧嘩売れる社員なら元より立ち上げのメールが来た時点で現地に住むくらいの頭は回るはずだ。

 しばらく待つが動きは無い。では、話を続けよう。


 「私はこのプロジェクトに会社の命運はかけていません。が、私のファミリアでの命運はかけております。もし、このプロジェクトが失敗に終われば恐らくファミリアは社長交代となるでしょう。それほどの決意の元にこのプロジェクトは立ち上がり、常藤役員はそれに賛同してくれています。」


 また少しざわつく。社長の気まぐれみたいに思われていたのだろうか。


 「はっきりとここで言っておく。今日説明した内容をもう一度精査して、それでも参加したいと思った者は自分の意思で転属希望を月末までにもう一度出してくれ。華々しい仕事がしたいとかプロ選手と知り合えるかもとか、そんな浮ついた奴は一切いらない!プロになろうと必死に藻掻くアマチュア選手と共に苦しみと涙を共有できる人間を待っている。以上。解散して構いません。」


 そう言って席に戻ると社員達は逃げるようにして我先にと会議室から出ていった。その中で6名の社員がまだ会議室内に残っている。こちらを見ているが席を立つ様子が無い。雪村さんがマイクで声をかける。


 「退席していただいて構いませんよ。何かご質問ですか?」


 すると何人かが手を挙げる。もう一度マイクを持って壇上に戻り、一番近くの席にいた女性社員に質問を求める。


 「営業統括部の秋山直美と言います。今回のスポーツ事業にぜひ参加させていただきたいと応募させていただきました。しゃちょ....冴木さんに質問です。個人の希望となりますが、私は地元の方の中へ入らせていただきながら共に事業を大きくしていきたいと言う冴木さんの言葉に感銘を受けました。現地でも営業と顧客対応をしたいと思っていますが、個人の部門希望はどれだけ通るものでしょうか?」


 なるほど、今以上に顧客と密接な営業活動をしたいって思ってるんだろうな。まぁ、東京本社の統括部じゃやり取りはほとんど電話とメールで担当者にならない限り直接クライアントと顔合わせて仕事するなんて少ないからな。

 まぁ、でも素直に正直に応えましょう。


 「秋山さん、質問ありがとう。地域に密接な営業活動はこのプロジェクトのみならず我が社としても忘れてはいけないモノだね。質問の答えとしては曖昧になってしまうんだが、このプロジェクトのスタート時ははっきり言って一人の社員がいくつもの役割と言うか部門を兼務して働く事になる。これは推測ではなく確実に。」


 少し秋山さんの顔に残念そうな雰囲気が漂う。もう少し言葉を足す。


 「と言うのも当然このプロジェクトは俺の....すまない。もう普段通り喋らせてもらうよ。俺の個人資産で立ち上げるプロジェクトだ。会社には金銭的に一切迷惑はかけない。スタート当初の社員は少数精鋭になってしまう。その社員一人一人が持ち合わせている能力を一番発揮できるセクションに置く事はもちろんだが、それ以外にもやらなくてはいけない事は多岐にわたる。それによって一人の担当が広くなる。相当仕事は大変だと思って欲しい。精鋭になれるかどうかは君の覚悟次第となるね。」


 そう答えると秋山さんの顔に明らかに力が入った。うん。この子、恐らく負けず嫌い。こういう子が営業担当は強いよぉ。残ってほしいなぁ。

 次の質問を選ぶ。こっそり控えめに手を挙げているが気付かないで的な雰囲気が見える女性社員を選んだ。手を挙げていたにも関わらず選ばれて驚いている。


 「あの....えっと....私は、山下千佳と言います。マーケティング部でお世話になっています。えっと....私、スポーツが大好きで特には野球なんですけど....すみません。」


 野球と言った時点で常藤さんと雪村さんがクスッと笑う。慌てて山下さんが謝る。


 「構わないよ。続けて。」

 「ありがとうございます!あの、スポーツ好きなだけの私なんですけど、記録とかルールとか歴史とか調べるの大好きで....そんな私でもスポーツ事業のお手伝いしたいんです。良いでしょうか?」


 なんともまぁ、ふんわりとした子だなぁ。でも、自分の強みをスポーツが好きと言うこのプロジェクトには打って付けの強みを活かしたいと思ってくれている。素直に嬉しい。


 「もちろん。言い方は悪いかもしれないが、それも君の覚悟次第だよ。君のスポーツ好き、調べもの好きが活きる場面は必ずある。それを皆で活かそうってのがこのプロジェクトだから。」


 山下さんは嬉しそうに頭を下げた。この子は参加してくれそうかな。


 「ここに残ってくれたメンバーには伝えておくけど、この今の状況は俺たちがこのファミリアの原型となる会社を立ち上げた時と同じなんだ。今の創業メンバー5人が全員畑違いの仕事も受け持って寝る間も惜しんで働いて、16年かけてこの会社に育てた。俺はあの時の立ち上げをスポーツの力を借りてもう一度やろうとしてるだけなんだ。まぁ、今度はちゃんと寝る時間と休みは設けるからね?怖い役員いっぱいいるから。」


 少し笑いが起こる。よし、もうピリピリムードはないかな。さて、最後に若い男性社員に質問を求める。かなり体つきはがっしりした背の高い男だ。


 「ありがとうございます!リノベ部の高瀬健次郎けんじろうと言います。プロジェクト内でもリノベーションの部門でお世話になりたいと思っているんですが、そのお聞きしたいのはその事では無くて....」

 「うん。何でも聞いてくれ。」


 そう言うと急に眼に力が入った顔になる。


 「僕は大学時代まで18年間サッカーをやっていました。ポジションはMFミッドフィルダーで、特にサイドハーフをしていました。」


 サイドハーフと言われ、ちょっと知識が足りなかったため横の常藤さんを見ると「真ん中の左右です。」とめちゃくちゃ省略された説明が飛んだ。でも、何となく想像出来た。いまで言うと有名選手でサイドハーフって誰がいるのかな?まぁ、そこは後で確認しよう。


 「で、大学卒業後は就職したいと思っていて、サッカーを諦めたくは無かったんですが中途半端になりたくなかったので実業団が無い御社を受けました。」

 「そりゃぁ、申し訳なかったなぁ....せっかく諦めつけてたのに。」


 そう言うとブンブンとブルドッグのように顔を振る。本人は真剣だろうが、少しお茶目だ。


 「就職しても結局諦めとかついて無くて、一人で休みの日に走り込んだりウェイトトレーニングしてる自分がいて....それで今回のスポーツ事業のお話を聞いた時に、やっぱり俺、あっ、僕サッカーしたいんだなって。なので、プロジェクトメンバーとサッカー部員としての参加希望でこの説明会に来ました。」


 まさかのプロジェクトメンバーと共にサッカー部員まで釣れちゃったよ。


 「君が考えているよりも一緒にサッカーする部員は実力低いよ?我慢できる?」

 「サッカーしたいので、それでせっかくするならみんなで勝利目指したいし、それがプロならもっと頑張れそうだし。あの、宜しくお願いします。」


 そう言って90度に腰を折る。まいったなぁ。こりゃ大収穫だ。しかし、決まりは決まり。そこはルールに則って。


 「ありがとう。気持ちは分かった。でも、ちゃんと選考はさせてもらう。他の皆もそうだ。もう一度ちゃんと考えて参加希望を出し直してくれ。今月末にしっかり返事はさせてもらう。」


 そう言って解散を呼びかけると今度は皆退席した。ふうっと息を吐きながら席に座ると雪村さんが「お疲れ様です」と俺と常藤さんに小さなペットボトルのお茶を手渡してくれる。気が付くなぁ。


 「私は疲れてませんよ。冴木さんが大変そうでしたがね。まぁ、あれほどまでに外面にこだわった社員が集まるとは、自分の部署もいたと思うと恥ずかしい限りです。」

 「それを言われると俺も耳と胸が痛いです。まぁ、そこの所は今後の課題ですね。」


 そう言って3人で苦笑い。常藤さんに印象を聞くと最後に残った6人がもう一度希望を出してくれるなら採用で良いのではないかと言ってくれた。


 「それ、私も参加出来ますか?」


 これまたいきなりな雪村さんの参戦だ。


 「華の東京OL生活が泡と消えますよ?もう港区ランチも出来ませんよぉ?」


 そう言って茶化すと雪村さんは余裕たっぷりな表情で応える。


 「私は何食べてるか分かんないディナー食べるよりファストフードが良いですし、将来は田舎へUターン就職する予定なんですから!」

 「田舎、どこなんですか?」

 「徳島です。」


 ありゃ、ご近所さんで。

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