第9話 セクション立ち上げ

2017年5月12日(金) 自宅 <冴木 和馬>

 「へぇぇ~~....意外....」


俺から常藤さんとの電話の話を聞いた真子は驚いた顔で目を見開いたまま答える。そりゃ、俺も驚いたさ。


 「な?まぁ有難い話ではあるけどさ。」

 「いやぁ~。そりゃ財務、荒れるなぁ....。社長ぉ、恨まれるよぉ?」

 「覚悟の上です。」


 いたずらっぽく顔を覗き込む真子に降参したように答える。どうしても人が移動をすれば元居た場所には多かれ少なかれ変化がある。その変化を極力少なくする為の引き継ぎでありフォロー体制であり、新たな人材を補填する事が必要なのだ。


 「で?どういうチームを目指すつもり?」

 「1年目にしっかりとチーム体制と言うかチームの頭の中を統一したい。どこが目標なのか、それにどれほどの血肉を注げるのか。言い方は大げさだけど、アマチュア世界でも全く結果を上げれていない集団がエリート達に挑んでいくんだ。頑張りますぐらいでは全く足りないよ。」

 「なるほどね。....あっ、晴香ちゃん怒ってたよぉ。相談してくれたら良いのにぃ!って。」

 「はい....仰る通りです。一応電話したけど、たっぷり嫌味いただきました。」


 笑いながら肩をポンポンと真子が叩く。そのまま立ち上がりコーヒーを淹れにいってくれる。ホントに気が付く妻です。


 「人材派遣としてやるなら登録制にしなきゃいけないし、今は現実的じゃないね。やっぱり家庭教師的に選手たちを社会人として育てるのがメイン?」

 「そうだね。セカンドキャリア・デュアルキャリアって言ったりもするけど、この先プロへ行く前からしっかりとプロを引退した後、まぁそれは社会人サッカーも同じだけど。引退した後にしっかり手に職とまでは言わないけど、また走り出せる準備はさせてあげたいとは思ってる。」


 キッチンからコーヒーを淹れる音が聞こえて来た。テレビを消し、ダイニングテーブルに向かう。ソファでコーヒーを飲む事を嫌う真子の為に。


 「はい、おまたせ。」


 目の前にコーヒーが置かれる。良い香りだ。


 「ありがとう。そのセカンドキャリアの事と、チームのデータをしっかりと取り続ける事、そして広報活動。これは社会人リーグの頃から徹底してやっていこうと思ってる。」

 「ふぅん....まぁ、キャリア指導とデータってのは分かるけど広報は急ぐ必要ある?だってアマチュアリーグではお金取れないんでしょ?」

 「確かにそうなんだけど。観客のチケットだけが収入源ではないからね。って言うのも今回俺が社会人リーグの事を調べてて不満に思ったトコがそこなのよ。」


 真子に説明していく。県の社会人リーグ一部で上位を争うチームのほとんどが個人単位での広報....とも言えないな、お知らせ程度の活動報告しかしていない。そのリーグを優勝して地域リーグに上がれればJFL入りも夢じゃないのにだ。

 それには『チーム自体が地域リーグ参戦を目指してない』ってチームもあるだろうし、まだそこまで余裕がないってチームもあるのかも知れない。でも、うちに関しては2部にいる段階から企業としてサポートが入る。ならば、しっかりとしたチームのアピールをしていかないとサポーターの増加には繋げられない。


 他のチームがJFL間近になって資金調達・スポンサー集め・そしてサポーターを更に増やす努力をし始める間にうちは最初からそこに注力出来る。これは相当なアドバンテージだ。SNSはもちろんサポータークラブなども考えなければいけないのかも知れない。県の2部リーグごときがなんて笑う奴はほっとけばいい。俺はあのチームが2部の頃からずっとサポータークラブに入って試合も応援してたって優越感を味わいたいコアな人は少数ながらどのスポーツにも確実に存在する。


 「なるほどぉ。まぁ準備を始めとくに越した事は無いってのは理解できます。でもね?」

 「でも?」

 「足踏みしちゃったらどうするの?例えば県1部からなかなか四国リーグに上がれないとか。」

 「その為の育成・コーチング・スカウトだよ?そこはオーナーとして現場の声に出来得る限り応え続けるしか方法ないよ。」


 そう言うと少し真剣な顔でこちらを見る。


 「そっか。オーナーだよね。チームオーナーか....」

 「やっぱり反対?」


 何かを考えている顔。多分会社の中での立ち位置と家族としての立ち位置を両立させて答えを出すのに悩んでる。申し訳ねぇなぁ。


 「今後はファミリアから少しづつ離れていくの?チームがメインになる?」

 「いやいや....そりゃないって。俺がチームの練習見てスポンサーも一人で探してってなら向こうに移住せないかんやろけど、生活は最初の2年は半々になるくらいやと思うちゅう。」

 「ホンマに?........」


 真子の座る席の隣へ膝を付く。

 いつも彼女に甘えてばかりだ。自分のやりたい事をやって真子の人生を振り回している。結婚までしてくれて私生活までサポートしてくれて、何も関わらず受験を控える長男がいるのに家に戻る日が少なくなると宣言する。ホント、離婚届突きつけられても文句は言えない。


 「うん。だから、今まで通り遠慮せずにどんどん言いたい事は言うて。俺も出来る限り子供らとは話はするけど、それでも気付けん部分あると思うき。」

 「わかった....ごめん、困らせたい訳じゃなくて。」

 「分かってる。気持ちの共有、大事です。」


 真子を優しく抱きしめ背中をゆっくりゆっくりさする。真子は顔を俺の肩に埋めてゆっくり深呼吸する。


  ・・・・・・・・・・・

2017年5月15日(月) (株)ファミリア 自室 <冴木 和馬>

 うちの会社には役職ごとの席は設けていない。セクションごとのフロアはあるが席は全員共通でどの席を使っても構わない。私物はロッカーに置いて貰い、デスクに置くのはノート型PCや携帯くらいだ。あとは個人によってお菓子なんかを持ち込んでる人もいるが、退社時には綺麗にして次の日に誰が座っても良い状態にする。

 役員は個室はあるがいわゆる「社長室」のようなネームは無い。役員は創業メンバー・役員関わらず同じ部屋の作りで同じフロア内にある。それぞれの部屋の入り口には名前しか書かれていない。


 俺の部屋の外にある小部屋にいるサポート社員の雪村裕子がこちらの部屋に入って来る。


 「冴木さん。常藤さんから面会のアポが来てます。」

 「了解です。今日はずっと部屋にいるからいつでも良いって伝えてください。」

 「畏まりました。」


 俺の部屋は基本的にドアは開けっ放しにしている。閉めた所で廊下に面した壁は全部強化アクリル板で透明だから中は丸見えだ。周りから見られるのは憚れる場合は応接フロアや会議室に移る。

 なので、サポート社員も特にノックも無い。それにうちの会社は役職で呼ぶ事を控えるようにお願いしている。自分の事を役職で読んで説明しやすくする事はあるが、基本コミュニケーションを取る時に役職はいらない。なので、就業中も極力使わないようにと決めている。


 「雪村さん、しばらく常藤さんがちょくちょく会いに来ると思うんで、その場合は許可取りに来なくて良いのでスケジュール見て大丈夫そうな時間帯に放り込んで下さい。」


 その言葉に雪村さんは驚いた顔をしながらも笑顔でお辞儀をして出ていく。サポート社員とはいわゆる秘書なのだが、創業メンバーの何人か(俺以外)から秘書と言う呼び方が好きじゃないと言われて無理やり作った役職名だ。


 しばらく書類に追われていると「失礼します」と聞こえ、入り口を見ると常藤さんが立っていた。自分の机の向かいにある椅子を勧める。雪村さんが珈琲と紅茶を持ってきてくれた。常藤さんは紅茶党だ。「ありがとう」と紅茶を受け取り一口すする。美味しそうな顔を確認して雪村さんが下がる。いやぁ、流れが素晴らしい。


 「どうしました?」


 俺が切り出すと、一応改めてプロジェクト参加をお願いしに来てくれたようだ。ホントに律儀な人だよ。もちろんお願いしますと伝え、握手する。

 昨日、真子と話した初年度からの動きを常藤さんにも提案する。常藤さんは自分のノートPCに打ち込みながら自分なりに考えをまとめているようだ。


 「概ね理解出来ました。キャリア指導に関してはこれは就職活動をしていく上でも必要になる事ですので、一番に取り組みたいですね。うちのチームを選手としてのキャリアを終える時にその人の社員としてのスキルが優秀ならば、そのままうちの会社で雇えばいい訳ですから。まぁ、向こうの希望もありますが。」

 「はい。あとはプロになってからでも投資であったり資産管理の部分をきちんと指導・教育出来るように準備だけはしておきたいと思っています。それを最初から計画においていたので、はっきり言って常藤さんの参加は鬼に金棒状態です。」


 常藤さんは嬉しそうにまた紅茶を飲む。


 「ご期待に沿えるように私もそちら方面はまた新たに知識は入れ直します。問題は広報と言いますかマーケティングの分野ですね。チームブランディングもそうですが、選手個人のマーケティングの知識に長けた人物が必要ですね。あと、冴木さんの仰るように動画投稿サイトを使って広報活動するのであれば動画編集や撮影の知識も必要になります。」


 こちらが抱えてる課題を即座にピックアップしてくれるのはホントに有難いよ。優秀な社員に支えられてるなぁ。

 常藤さんに俺の考えを伝えていく。


 「確かに昨今はSNSを使ったタレントや芸人さんのファンサービスも増えています。それはスポーツ選手も同じだと思いますが、結構色々聞いてると一番心配されているのはネット上のトラブルなんですよね。」


 常藤さんが顔をしかめる。


 「まぁ、そうでしょうね。あまり考えずに動画で発言したり呟いたりして叩かれたりチームイメージが悪くなるのは企業としてはリスク高いように思います。」

 「うん。そのリスクは分かるんですけど、それでどの選手も呟き見たら右へ倣えみたいな感じになるのも見てる側はつまらないかなと。出来るだけ選手には好きに発言させてあげたいと思ってるんですよねぇ。」


 考えながらしゃべるので少し考えがまとまらないが常藤さんはその都度確認と質問をくれてぼんやりした俺の頭の中のモノを少しづつ形作ってくれる。


 「そこはミーティングや研修会を重ねる事で理解を深めてもらうのが唯一で一番のやり方だとは思いますが。」

 「ですね。あまりあれもこれもと手を付けるとどれも中途半端になりそうなので、そこはセクションが立ち上がったら全員で話し合って決めましょう。」


 その後も細かな打ち合わせをして、いよいよ社員の勧誘・選考となる。どれだけの社員に興味を持ってもらえるか。



  ・・・・・・・・・・

件名:スポーツ事業立ち上げに伴うセクションメンバー募集について


本文:社員各位

 お疲れ様です。社長の冴木和馬です。この度、我が社の中にスポーツ事業部を立上げ子会社化し運営していく事となり、そのメンバーを全社員の中から募集したいと考えております。

 詳細は各セクションのリーダーに通知しておりますので、セクション毎の会議の場で発表される事になります。

 我が社初めてのスポーツ事業・子会社設立ですので、スポーツが好きな人はもちろんやる気に満ちた人を待っています。

 一旦の募集締め切りは5月31日とし、選考が終わり完全にセクション異動していただくのは6月下旬となります。ぜひ検討宜しくお願いします。


 スポーツ事業担当責任者:冴木和馬・常藤正昭

  ・・・・・・・・・・


 このメールが全社員に一斉送信された後、各セクションリーダーは問い合わせの対応に奔走する事となる。セクションのメンバーを集め、その場で全メンバーからの問い合わせを一気に答えるリーダーもいれば、個人個人丁寧に対応するリーダーもおり、それでも分からない場合は常藤さんか俺の所へ連絡が飛んで来る。

 当然ではあるが、それに対応するのは二人に就いているサポート社員達だ。ある程度の反響はあると思っていたが、少し予想外に社員には衝撃を与えてしまったようだ。それは今までが半分建設会社やホテル会社のような事業内容だったファミリアにいきなりの畑違いのスポーツ事業だ。驚きは当然だろう。

 さて、どうなるか。


  ・・・・・・・・・・

2017年5月18日(木) (株)ファミリア マーケティング部 <山下 千佳ちか

 今日も私はパソコンを前にして悩んでいました。仕事をこなしながら、何度も無意識にため息をつき動きが止まるのです。もう3日はこんな状態が続いています。


 「千佳。まだ悩んでるの?相談して来れば良いじゃない。」


 同期入社の亜紀ちゃんが心配して声をかけてくれます。引っ込み思案な私を心配して入社式の日からずっと何かと助けてくれています。新入社員研修を終えてマーケティング部の配属が一緒だと分かった時には神様に何度も感謝したくらいです。

 それから2年半。お世話になりっぱなしの亜紀ちゃんは私が迷っているスポーツ事業部の転属希望をセクションリーダーに相談しに行けば?と勧めてくれます。


 「うん。でも....私みたいなのが転属希望出して笑われたりしないかなぁ。」


 それを聞くと亜紀ちゃんは「またいつものが始まったぁ。」と呆れ顔です。


 「人事の先輩に聞いたんだけど、かなり転属希望出してる人いるみたいだよ?だから説明会も考えてるって聞いた。だからさ、説明ちゃんと聞いて、諦めるなら諦めれば良いしさ。とりあえず動かないと損だよ?」


 この行動的な亜紀ちゃんの性格は私は羨ましいと思っています。亜紀ちゃんはマーケティングの仕事が天職だと思うと宣言して、今回のスポーツ事業は応募しないと言っていました。

 そうだ。話を聞くだけでも良いかも知れないし。


 決意を込めグッと立ち上がりリーダーの席へ向かう。後ろから小さな声で亜紀ちゃんの「頑張れぇ~」の声が聞こえました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る