第8話 行動を共にする者
2017年5月10日(水) (株)ファミリア 会議室 <冴木 和馬>
「晴香ちゃん。落ち着いて。」
冷静な口調でPC内の真子がなだめる。申し訳なさそうに居住いを正す。
「ごめんなさい....」
素直に謝る岩崎に俺も謝る。相談が無かった事は申し訳なかったし、相談した上で自分だけで挑戦させてほしいと言えばよかったのだ。水臭いと思われても仕方がない。しかし、一度こちらが謝ると岩崎はすぐに切り替えて笑顔でいられる性格だ。本当に救われている。
「冴木さん。どう言うチームにしていくんですか?」
さっきまで不貞腐れてたのにもうワクワクした顔でこっちを見てる。ホントに良い意味で純粋だ。まぁ、そう聞かれても何も決まってない。なんたって役員の皆の賛同が無ければスタートも出来ないんだから。
「え?反対の人っているんですか?こっちにほとんどリスクないのに。」
俺は唯一の壁と思っていた人物に声をかける。役員の
社員の中では『常藤落とせばプレゼン通る』と言う合言葉があるそうだ。
「スポーツ事業への参入は今後、会社が大きくなれば必ず出てくる話ではあります。今までにもスポンサー依頼はあった訳ですから。しかし、個人的な意見としては実業団チームを抱えるよりは、サッカーであるならばJ3やJ2のチームのスポンサーで広告を打つと言う方が短期的な費用対効果はあると思います。」
非常に落ち着いた低音ボイスがいつもながらに心地良い。後はもう少し笑顔があれば世の中のお嬢様方はメロメロだと思うのだが。まぁ、無い物はねだれない。
「しかし、社長が仰ったように我が社の根底事業である経営を諦めた宿や民宿を再生させて地域の人の流れを活性化させると言う観点で言えば、今回のプロジェクトはまさに当てはまるモノでしょうし我が社の経験は活きると思います。」
予想外に良い印象だった。しかし、それで終わらないのが常藤さん。
「問題点を挙げるとすればリノベ部門・運営部門で黒字を出せてもスポーツ部門がその余剰を全て吸い上げる可能性が大いにあると言う事。そして、スポーツ部門が観客収入やグッズ、その他の権利収入を得られるまでに社員のモチベーションをキープ出来るかと言う見えない恐怖はあります。これは完全にチームの成績に左右どころか上下させられる事になりますので。その辺はどうお考えですか?」
声も表情も落ち着いたままこちらへ質問を投げる。ちゃんと今の現状、自分の知識を知ってもらうしかない。
「チーム・選手育成に関しては俺には何の知識も無いが、それでも人材や人とのコネは多少持ち合わせてるつもりです。1年目に関してはしっかりとした監督を雇う事は急がなくて良いと思ってる。社会人リーグにいる間はライセンスを持つ監督を置く必要はないんだそうです。なら、急いで間に合わせの監督を見つけるよりも2年目までにしっかりとJFLでも引き続き監督をやってもらえる人を探し当てる方が選考期間は十分取れる。それまでは言わば登録の為の名前だけの監督でも構わない。フィジカルコーチやその他のポジションコーチも同じです。はっきり言わせてもらえば社会人2部は問題なく突破して貰わないと1年目から躓くチームに金は払えません。最悪は2年目・3年目に選手総入れ替えって可能性も無い訳じゃない。」
しっかりと私情だけで支援する訳ではない事を告げる。事業として成功させなければいけない。そこはちゃんと伝える。
「そうですか。それは社長のお友達が解雇となる可能性があってもですか?」
「そうですね。そこはうちがチームを引き受けると発表する時に皆には話すつもりでいます。」
「そうですか....分かりました。私はプロジェクトは始めても良いと考えます。」
ふぅ....とりあえず及第点は貰えたって事かな。その後、役員全員に確認を取り全会一致でプロジェクトは承認された。
しかし、予想外の波乱はこの日から始まっていく。
・・・・・・・・・・
2017年5月12日(金) 車内 <冴木 和馬>
仕事を終え自宅へ戻る車の中で携帯が鳴る。ハンズフリーで応答すると、相手はまさかの常藤さんだった。
「社長、お疲れ様です。」
「あぁ、お疲れ様です。資料は見せてもらったのでまた明日にでも承認しときます。....どうしました?」
昨日送られてきた承認書類の返事を聞きたかったのかと思ったが、反応が無いので聞き返す。すると常藤さんには珍しく少し緊張した声色だった。
「社長。先日のプロジェクトの事でご質問があってお電話しました。宜しいでしょうか。」
「あっ!少し待ってください。落ち着いて聞きたいので駐車場に停めます。」
少し前に見えているコインパーキングに車を駐車する。ホルダーに置かれたお茶のペットボトルから一口飲み、呼吸と気持ちを整える。
「お待たせしました。質問とは、怖いですね。」
少し茶化すが常藤さんはどうやら真剣な話らしい。
「申し訳ありません。移動中に。プロジェクトに関わる社員を選考されるのはいつ頃から始められる予定ですか?」
「そうですね。15日の月曜から予定を確認しつつ各セクションのリーダーと会議して来てくれそうな社員に声をかけていこうかと。それがある程度目途が付いたら全セクションに通達出して、一斉募集をかけようかと。しかし、それを始めると社外にスポーツ事業の話が漏れる可能性はかなり高まりますから、高知でって事だけでも漏れないようにしないといけません。」
「そうですか....」
何か考え込んでいるような雰囲気。何かあったのだろうか?
「何か問題でも?財務の方で引き抜かれたら困る社員がいますか?それとも推してくださる人材がいるとか?」
後半は少し冗談ぽく話すが常藤さんの声色は変わらない。何となく緊張感がこちらにも伝わって来る。
「このような事はルール違反かも知れませんが、社長にぜひご検討いただきたい提案がありまして。」
「はい。常藤さんからの提案なら期待できますね。」
あれ?黙った。もしかして更に緊張してる?くそ、相手の顔が見えないから難しいな。とりあえずこれ以上茶化すのは止めよう。しっかり聞かなきゃ。
「提案を聞きましょう。あまり無茶は勘弁してください。」
「はい。実はプロジェクトのメンバーなのですが....」
「はい。」
多少の沈黙の後のサプライズ。
「私が立候補させていただきたいのです。」
........え?....いやいやいや。....え?
「常藤さんがですか?」
「はい。ぜひご検討と言いますか、選考社員の一人に加えていただければと。」
常藤さんは俺よりも16歳も年上の54歳。うちの財務部門のトップだ。大きなプロジェクトや来年から取り掛かるうちの大博打『はじめてのリゾートホテル建設』にも多大な貢献をしてくれている。そんな常藤さんがスポーツ事業?
「えっと....驚いてます。」
「申し訳ありません。」
「いえ、有難い申し出です。でも、子会社への出向ですよ?」
「問題ありません。」
「一応、理由聞いても良いですか?」
「はい。」
常藤さんが電話の向こうで何かを飲んで軽く咳をしている。こちらにも緊張感が伝わって来る。そうまでしてなぜこのスポーツ事業に関わりたいのか。
「実は私が大のサッカーファンでして。」
「そうなんですか?」
「小さい頃はサッカーもやっていました。中学までですが。」
「そうだったんですね。あっ、そう言えば最初にサッカーチームからスポンサー依頼を持ってきてくれたのも常藤さんでしたね。そっか。だからか。申し訳ない。あの時は承認できず....」
数年前にスポンサーとしてスポーツに関わるのはどうでしょうと提案してくれたのは常藤さんだった。しかし、ビジネスホテル展開と数年後に向けてリゾートホテルの建設を目指していた当時は首を縦に触れなかった。
「いえ、あの時も今回同様きちんとご説明いただけましたし、納得はしておりますので。」
「ありがとうございます。うちへ転職する時にスポーツ事業のある会社に行く事も出来たのではないですか?」
「声をかけておいてそれはないですよ、社長。」
「ははは、すみません。」
少し和んだ雰囲気の中、常藤さんは言葉を続ける。
「社長が子供の頃はゲームがとてもお好きだったと聞きました。」
「はい。親の目を盗んで友人の家で遊んだりしてました。あっ、その友人が今回のプロジェクトの肝になる及川司ですが。」
「なるほど。私は大学や証券会社に入りたての頃が一番ゲームにハマりまして。多分勉強や仕事のストレスを発散したかったんだと思います。社長は『クラつく』はご存じですか?」
『クラつく』、シリーズ化されているサッカーチーム育成・運営・経営を楽しめるゲームだ。一時期は爆発的な人気を博し、俺も司も当然ハマった。
「もちろんです。常藤さんが知ってるとは意外でした。」
「ははは、何ならそれしかやってなかったぐらいです。元々サッカーが好きだったんですが、選手としての才能は無かった私が興味が出たのがサッカーチームの運営でした。自分のチームがトップリーグで優勝したり、自分のチームの選手が日本代表に選ばれるのに一喜一憂しました。」
少しづつ常藤さんのテンションが上がっているのを感じる。ホントに好きだったんだな。だから、このプロジェクトに参加したいと思ってくれたのか。
「分かります。もう少し経営よりのゲームが出たら最高だったんですけどね。今はゴリゴリの監督ゲームはあるみたいですけど。」
「お気持ち分かります。....話が少し脱線しました。そんな事もありこの会社にいる間はスポーツに携わる仕事は無理だろうと思っていました。私もこの歳ですので、今後また別へと言う気もありませんでしたし、会社に不満もありませんので。」
「それを聞けて安心しました。」
「あっ....いえ。そこで、あのプロジェクトのお話です。もちろんゲームのように簡単ではない事は分かっています。それに最初の数年はリノベ事業と営業がメインになる事も承知しております。しかし!このプロジェクトにもし参加しなければ、私は恐らく老後非常に後悔を持って暮らす事になると思ったのです。」
「はい。」
こりゃ、相当な気持ちだな。断る理由ゼロ...いや、ちょっと待てよ。
「来年から始まるリゾートホテルの事もあります。財務から常藤さんが離れて大丈夫ですか?どちらが優先と言う事は言いたくありませんが、会社の存続がかかる一大事業はリゾートホテルです。そこはどう考えてますか?」
常藤さんのテンションが一気に落ち着いた。冷静に判断して発言する。
「会社にいるかPCの前にいるかの差です。オンラインで常に進行状況は確認できますし、そこはプロジェクトに移らせてもらえるなら支障の出ないように引継ぎ・フォローの体制は整えていく事をお約束します。」
さすがだな。こりゃ、言う事無いわ。
「分かりました。協力して下さい。しかし、他の役員への通達も忘れずに。出来れば創業メンバーには常藤さんから了承を得てください。そして....」
「はい。」
「社員選考には参加してもらいます。」
そう告げると電話口の向こうからふぅっと息を吐く音が聞こえた。
「畏まりました。微力ながらご一緒させていただきます。」
「宜しくお願いします。....ちなみに、どうして今日だったんですか?あの会議のすぐ後でも良かったのに。」
そう言うと常藤さんなりの冗談なのだろうか。少し砕けて話してくれた。
「あの日は
「....はははは!なるほど!でも、友引は勝負事引き分けるんですよ?それに来週月曜なら大安じゃないですか。」
そう答えると笑いながら常藤さんは応えた。
「大安はそれ以上の良い日がありませんので、向上を望めません。それに友引は友と歩み出すには良い日ですし、引き分けでも勝ち点1は得られますので。負けるよりは良いですよ。」
そう言って二人で一頻り笑い、電話を切る。体の力が一気に抜ける。強力な仲間を得たが、財務の社員からは恨まれそうだなぁ。まぁ、そこも常藤さんに治めてもらいましょう。
・・・・・・・・・・
同日 自宅 <冴木 和馬>
夕食も終わり子供達は自室で勉強をしている。こういった時は真子と二人でソファに寝転がり(真子だけだが)映画を見たりする。が、今日は珍しくサッカーの試合を観ていた。
特に何を話すでもなくボーッと見ている。俺はソファに腰掛け、真子は俺に寄り掛かるように横になり足を延ばす。こんな姿を会社の社員に見られたら、会社とのイメージが違い過ぎて悲鳴が上がるかもしれない。
「あ....話、通って良かったね。」
こちらに視線を送るでもなく真子は話す。
「そうだなぁ。まぁとりあえずスタート位置を作れる段階って感じか。これからだ。」
「まずは?」
「セクション作って人を集める。社内にはスポーツ事業部だけ作ると話して場合によっては地方への転勤があるって感じで募集かける予定。」
「人数は?」
「うぅ~ん....最初は実働は6~8人くらいになりそうだなぁ。」
「って事はリノベは下請けに流すの?」
「しかないだろ。」
リノベーションや設計を担当してきた真子とすればそこに自分達の会社が関われないのは不満なのだろう。
普段から家庭でも仕事の話になるとこんな感じだ。ダラダラ喋らず要点だけ。家庭のペースで喋ると会社で不意に出てしまいそうだと結婚当初に決めたルールだ。
真子に伝えれてない事を伝えておく。
「そう言えばプロジェクトに常藤さん参加したいって電話貰った。」
聞いた途端、ガバッとソファから起き上がり俺の顔に近付く。
「どういう事ッッッッ!!!!」
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