第7話 方針会議

※今回はプレゼン内容なので文章のほとんどが和馬の会話になります。和馬以外が話す時に「」を使い、描写や和馬の頭の中などを書く場合は()を使っています。読みづらいかも知れませんが、ご容赦ください。


  ・・・・・・・・・・

2017年5月10日(水) (株)ファミリア 会議室 <冴木 和馬>

 (PCの画像を会議室の壁へと投影する。これはオンラインで参加しているリーダーのPCにも転送されている。さぁ、始めよう。)


 今回、この社会人サッカーチームの運営をわが社の中にグループ子会社を設立します。そこへサッカーチームの部員を社員として雇用し、プロ化を目指していく事になります。その中で最も大切となるキーワードがこちら。


 (子会社!?と会議室内がざわつく。構わず続ける。)

 (スライドに『サッカー×地域密着×移住』の文字が視覚効果を交えながらジワリと浮かび上がる。)


 よく聞きなれた言葉だと思う。地域密着のチーム、地域創生、もはや使い古された謳い文句ではある。今回、なぜこの使い古された地域密着を敢えて使わせてもらったか。それは、社会人リーグの最下部から成り上がるチームに最も必要であり、最も効率的な力になるからだ。


 (そこから社会人リーグでのスタートの利点を話す。)


 当然、立ち上げ時は選手全員が本業となる仕事を持ちながらのサッカー活動となる。それは子会社に就職したとしても言わば実業団選手扱い。当然プロ選手ではない。

 もちろん自社採用の選手も考えているが、大きな要素として自社がチーム本拠地を置く地域から仕事を集め、選手を人材としてまたは働き手として紹介する。それは農家なのかも知れないし、漁師かも知れない。または地元商店街の八百屋かも知れない。


 そうする事でチームに加入する選手の就職への不安を解消し、本拠地住民との繋がりを積極的に生み出していく。それが、数年や十数年経ってプロチームとなった時には我が社が移住者支援事業として、今度は選手ではなく他県や都市部で移住を考える人材や家族にターゲットを変える事が出来る。

 それは恐らく今後、県内への移住を考える人達の大きな一つの窓口となれるはずだ。ファミリアの移住斡旋のサイトに行けば、まず仕事が見つかりやすい。なら頑張って探すのは住む場所。


 (何名かがその繋がりに気付いたようだ。)


 まさにその通り。古民家・空き家・民宿のリノベーションと再生は我が社の根底事業だ。どの企業よりも実践的に行える自信がある。リノベーション部門の最初の仕事としては選手の寮を手掛けてもらう事になるはずだ。


 (リノベーション部のリーダーが隣に座る空き家や古い民宿を全国からピックアップしているリサーチ部のリーダーと何やら話している。さて、良い話し合いなら良いが。)

 (俺の言葉の流れで壁に移るスライドも変わっていく。)


 そして、今回の社会人チームのプロジェクトで最も大きなテーマとなるのが、【未開拓地への挑戦】です。


 (その画像を見て社員達が少し目の色が変わる。)


 ご存じの通り、当社が高知県で所有している物件はゼロです。これは偏に俺が高知県への進出をあまり良しとしなかったところが大きい。申し訳なく思っている。ただ、毎年のようにマーケティング部やリノベ部、そしてリサーチ部からは高知のみならず四国への進出の要望は出ていた。

 俺が四国に対して二の足を踏んでいたのは、昔からあるお遍路さんのお接待の文化だ。知らない者には簡単に説明するが、四国八十八カ所のお遍路の旅の最中に地元の人がお遍路さんをもてなす文化がある。

 それは食事であったり、休憩出来る場所であったり、それが宿であったり民宿である場合もある。その文化は非常に独特で、その当時の我が社のやり方でリノベ民宿を始めたとしても長年お遍路の為に民宿経営している所には敵わない気がしていた。

 それはなぜかと言うと、お接待で利用される民宿に観光だとか宿泊時の付加価値みたいなモノはほぼ求められてないって事なんだ。

 長い長いお遍路旅の途中で民宿に泊まるお遍路のほとんどは徒歩か自転車だ。車やバスツアーの人達は当然ホテルに泊まる。そしてその徒歩や自転車のお遍路さんに聞いた事があるんだが、風呂が豪華だとかネット環境が欲しいとかどうとか言うよりは安くて綺麗ならば一晩休むだけなのでほとんど不満は無いんだそうだ。


 これはリノベ部やマーケティング部にも説明して理解はしてもらったんだが、その中でそれに見合う民宿をリノベーションしたとしても、我が社の方針から離れた民宿が出来上がってしまうと思ったんだ。


 そして今回のスポーツ事業への船出だ。最初ははっきり言って選手は我が社のスポーツ事業の広告塔でしかない。現状は広告塔として機能するかどうかも怪しいところだ。でも、彼らが懸命に働き、働いた後練習して、日曜日に試合をしてそれを就職先の地元の人が見に来てくれる。

 これはすでに沢山のスポーツチームの立ち上げ時に行われているケースだ。しかし、うちはしっかりとそれを事業として利益を出す。行政が動けない・動かない部分をうちが率先して動いて利益に変えていく。最初はただ地元の企業や個人事業主に対して選手自身が就職活動をする事をサポートするだけ。うちが仲介をする訳ではない。うちの社員が面接練習に付き合い、営業の仕方を教えて一人の社会人を育て上げる感覚だ。

 どうして人材派遣の事業としないかは現在我が社に人材派遣の認可が無く、新しく事業として始めるのには今回のプロジェクトでは最初の資本金がかかり過ぎるって事だ。なので、選手にはうちのアルバイトもしくは契約社員として採用して、地元企業や店舗に就職を目指すと言うのが最初は現実的だと思う。


 人材派遣・リノベーション物件の売買・民宿経営、そしてスポーツ事業、これらを複合的に組み合わせていく事によって大きな『移住事業』としての利益を求めていく。これが俺が今回友人から貰った機会で思いついたプロジェクトだ。

 それが我が社の未開拓地、四国への船出と、プロチームゼロの高知県からのチームプロ化の挑戦。【未開拓地への挑戦】となる。


 (皆の反応が怖かった。すると創立メンバーの高野が手を挙げる。)


 「では、利益が出るまでにかかる予算はどれくらいを考えていますか?」


 これに関しては資本金10億を個人で用意する。事業として成り立ちだして大丈夫となった段階でファミリアに子会社を買い取ってもらう。当然、立ち上げ資本が10億と言う訳じゃない。恐らく当初は1億円からスタートして5年を目途に追加資本で計10億と考えている。


 「5年内に10億ですか。かなり厳しいのでは?」


 恐らく無理だと思っている。でも、やらなきゃいけない。友人である及川司をプロの舞台へ連れていく。それは今、チームを立ち上げるメンバー達のモチベーションの一つになりかけている。今の及川の年齢からしてリミットは5年だろう。それ以上の年齢になればプロを目指すチームの控えとしても厳しくなるはずだ。

 なので、自分達としては5年内にある程度の道筋と結果を出さなければいけない。そう考えている。


 「では、資本金10億が尽きるまでは会社としての損失は無いと言う事ですか。」


 (相変わらずズバズバくるなぁ。でも、高野は言わばあの日の俺の役割を担ってくれている。しっかり向き合わなくては。)


 それは捉え方によると思う。金銭的損失は無いと言える。もし追加資金をするとしても個人の財布から出す訳だから、会社に迷惑はかからない。もし、事業がとん挫したとしても責任を取るのは俺で、俺の会社での立場が弱くなるか無くなるか。それくらいの覚悟でやってる。

 ただ、それが別の損失が生まれると捉えるならそれは否定できない。それはこの事業を始めるにあたり、我が社の全セクションに人材の募集を行う予定だ。


 (少しざわつく。しかし役員以上はほぼ反応なし。まぁ、予想出来るわな。)


 例えばうちの会社で働きながら今回のプロジェクトに興味がある社員やスポーツに興味がある社員がいれば積極的に手伝ってもらいたい。

 役員の承認も必要になるが、このプロジェクトに参加してもらう社員に関しては2年間の子会社への出向扱いでの採用にしようと思っている。当然リスクを背負って協力をしてもらう訳だから何らかの保証はしてあげたい。

 事業が成功してからリスクなく移って来る社員と同じ扱いはその社員の未来のモチベーションに繋がる。そこで、プロジェクト開始から2年で契約を見直し、継続して手伝ってくれる場合は出向扱いを取り消して、そこでプロジェクトと正式に契約をする。

 そして大事な事だが、この出向期間中の給与は現在の給与を引き継ぐ形で契約する。その代わり、申し訳ないが2年間は非常に大変な仕事になると覚悟して来てもらいたい。今の給与に不満が無く、このプロジェクトに興味がある社員はぜひ一度、自分のセクションリーダーに相談して貰いたい。


 (すると、ポォンっと電子音が鳴る。これはオンラインで参加している社員から質問がある時に鳴る音だ。PCを確認すると鳴らしたのはまさかの真子だった。)


 「さっき社長のおっしゃったって事は、希望を出して2年経った後に戻りたい社員はちゃんと元のセクションに戻れるんですよね?」


 それはもちろん保証されるべきだと考えている。出来るならば、プロジェクト側と社員、そしてファミリアの3者で契約書を交わしてそこを保証できればと思っている。そこもファミリアに了承を貰う事がスタートの大前提だが。


 (真子は少し考えて、また質問する。)


 「ごめんなさい。もう一つ。当然、プロジェクトでリノベーションや再生させた宿で出た収益や民家の売却益は全てプロジェクトの利益になるって事でしょうか?」


 そうですね。物件の買取から改装の費用も全てプロジェクトの資産から行いますので当然利益はプロジェクトが受け取るモノだと考えています。しかし、人材の提供は受けておりますので、そちらの取り組みは話し合いが必要だと思っています。


 「人材はファミリアから引き抜き、2年間給与も払い続けて利益は得られない。少し不公平ではないかしら?」


 であるならば、共同プロジェクトとする事も考えられますが、そうなれば当然損失も共有する事になります。それにスポーツ事業が核となってのプロジェクトなので、スポーツ事業が無ければ共同でも構わないなんて言う暴論は受け入れられません。


 「なるほど....」


 (まぁそうなるわなぁ....さて、皆さんの夢にかけますか。)


 当然2年間の給与をお願いする事はかなりの無茶をお願いする事にはなりますが、事業利益が将来的に問題なく得られると判断すれば、買い取って自分達の資産に出来るわけです。そこからの中長期計画でその2年間の人件費は十二分に補填できると考えています。


 「利益を出して事業を売り渡せる絶対的自信はなんですか?」


 おっしゃっている意味が分かりかねますが、自信ではなく確信を持ってやっています。それはファミリアと言う会社がそれを体現してくれています。このプロジェクトは16年前にあの部室で毎日集まって語り合った夢を立ち上げた時と全く同じです。ただ違うのはあの時は手探りでしたが、今は16年の経験と知識があります。当然、社会事情や経済事情の違いはありますが、ここからもう一度あの興奮を味わいたいと考えています。


 (創業メンバー4人がそれぞれに何かを感じ入っているような表情をしている。さて、最後の詰めが残っている。)


 現在、こうしてお話しているのは移住事業がメインとなってのプロジェクトの利益黒字化だけがどうしても先行してしまいますが、一番の大きな目標はその社会人チームがJリーグ1部で優勝を果たす事です。その為にはプロジェクトを買い取った後のファミリアの成長も非常に大事な要因になります。

 今のファミリアの企業資産で言えばJリーグ1部で戦うチームのメインスポンサーを張るには少しまだ会社として弱い。俺の目標はこのファミリアがメインスポンサーとしてチームと共にJ1昇格を果たす事です。その為にはファミリアにも今以上の成長が必要です。


 大きな話になってしまいましたが10年15年後にはファミリアの中でスポーツ事業が大きなカテゴリーとなれるように努力したいと思っています。ぜひ、ご検討ください。


 (さぁ、終わった。ガッツリとファミリアにも喧嘩売る形になってしまったけど、どう判断されるか。てか、自分の会社に社長が喧嘩売るってどんな構図だよ。さてさて、いつもなら方針会議は俺が議長で勧めるが、俺が提案者になった場合は林が進行役を務めてくれる。さて、どう出る。)


 「以上ですね。分かりました。今回の冴木社長からの話は本日の方針会議を持って箝口令を敷きます。一切外部に漏らさないように。良いですね。漏れた事が分かりそのセクションが分かれば当然厳しく断じます。これは肝に銘じてください。」


 (うわぁ、セクションリーダー達の顔が青ざめちゃってるよ。酷い時に会議参加しちゃったと思ってんだろうなぁ。ごめんなぁ。)


 「このまま役員会議に移ります。セクションリーダーは業務に戻ってください。役員会議の結果は順次個人別に報告します。そして社内に通知を出す場合も事前にリーダーには報告します。では、お疲れさまでした。」


 (戸惑った表情のままリーダーたちが会議室を出ていく。繋がっていたオンライン会議も次々と参加者の人数が減っていく。役員以外全員が外に出たのを確認し、高野が話し始めた。)


 「和馬。事前に相談が欲しかったぞ。僕を悪者に仕立て上げるなんてひどい扱いだ。」


 すまない。お前ならすぐに察知してくれると思ったんだ。それにこの事に創業メンバーはもちろんだけど役員も関わらせたくなかった。


 「なぜ?」


 もし、万が一、このプロジェクトが失敗に終わった時に責任を取るのが俺一人で済むようにしたかった。ファミリアに出来るだけ影響ない様に後始末をしたかったんだ。


 (どんっ!っと机を叩く音。役員の岩崎いわさき晴香はるかだ。)


 「水臭い!!!ほんっとに先輩は昔から変わらない!!真子さん!!!悔しくないの!?」


 (おいおい....火種作んなよぉ....)

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