第6話 死なば諸共

2017年4月下旬 焼き鳥屋『鉄』2階 <冴木 和馬>

 自分からいなくなってくれたのに残ってくれた者の参加を左右する程の問題児だったとは....さて、どう答えたものか。


 「そこは参加しようと思っているメンバー全員で決める事だよ。俺が答えてしまうと俺のチームになってしまう。そうじゃないだろ?参加する意思がある人たちが話し合って決めていく方が健全だと思うけどな。」


 そう答えると望月君が手を挙げて「自分はあいつらを入れるのは反対です!」と言った。「理由は?」と聞くと今までに彼らがチーム内で起こした問題をいくつか挙げる。


 練習メニューを守らない、試合で疲れれば周りに関係なくすぐに交代しようとする、その割にスタメンで出たがる、性格が荒っぽいので相手チームと揉めた事が何度か。

 やれやれ....小学生なのか。まぁ、やり方は汚いかも知れないが、ここでもしっかり言質を取らせてもらいましょう。


 「じゃあ、彼らが参加するのが反対だって人は何人くらいいるのかな?」


 そう話題を振ると13人中12人が手を挙げた。意外にも挙げなかったのは司だった。司に「挙げない理由は?」と聞くと、


 「オレはあいつらのやりゆう事を上手く流しながらやりゆうき、仕事にさえ影響出んかったら特に問題は無い。でも、この現状を見たら参加させるがぁはチームとしてせん方が良さそうやね。」


 よし。問題なし。さて、じゃあ最終確認だ。


 「まぁ、ここまで話を引き延ばしてきたが、そろそろ良いだろう。聞かせてくれ。このチームを新たに作る事に賛成のメンバーは手を挙げてくれ。」


 少し迷いながらの者もいたが、無事に全員が手を挙げた。


 「ありがとう。とりあえずチームの責任者は及川で良いのか?」

 「それは次回までに話し合っちょくわ。」


 意外にも及川ではない可能性もあるのか。まぁ、そこは俺がタッチするべきでは無いだろうな。及川は新たなグループトークの勧誘を送るからそこで話そうとメンバーに話す。携帯のアプリで何十人もの人間と文字とは言え一気に話が出来る。ホント便利な時代だ。


 「じゃあ、俺から言えるのはそれくらいかな。とりあえずは施設借りながら練習を続けてもらうって事くらいだな。....あっ!誘わないって決めた奴らも申し訳ないが完全に会社を辞めるまでは練習に来るなら参加させてやらないと不味いからな。」


 やっぱりそうかみたいな顔がちらほら見える。


 「気持ちは分かるが今のチームは会社の福利厚生が目的のチームだ。会社運営に著しく影響するくらいの問題児で無いなら参加は断れないよ。君達のチームではなく、会社のチームだからね。そこは申し訳ないが我慢してくれ。」 


 不満はありそうだが了承してくれたようだ。さてと....


 「じゃあ、これからどうするんだ?帰るにはまだ早いだろ?」


 そう聞くと何人かはバレたかと言わんばかりにニヤニヤしている。この後もどこかに行くようだ。司にこの中で一番しっかりしているのは誰かを聞くと樋口ひぐちひかると言う子だと言われた。


 「じゃあ、樋口君。今日は君が責任者だ。まさかとは思うが、酒に酩酊して問題行動を起こしてチーム設立前から計画が空中分解するような事にならないように君が見張ってくれるか?」


 樋口君はすごく緊張した表情で何度も頷く。そして俺は財布から何枚かお札を抜き取り樋口君に渡す。


 「これで二次会は楽しんでくると良いよ。でも!くれぐれも!頼むよ。アドバイスする側として、お金を渡した者として不味い事になった時に責任が取れないから。」


 全員を見渡しながら再確認する。全員がコクコク頷いている。とりあえず信頼するしかないだろう。


 「じゃぁ、及川とはもう少し話があるから行こうか。じゃあ楽しんでくれ。」


 そう言って席を立つと今度は全員が揃った声で「「ごちそうさまでした!!」」と答える。さすがは体育会系だ。見事なもんだ。

 1階に降り会計を済ませて大将に詫びながら話しているとカウンター後ろの棚に瓶にネックの掛かった焼酎や洋酒が目に入る。


 「大将、ここはキープもあるの?」

 「あるよ。まぁ、あんま高い酒は無いけどな。」


 そう聞いて俺はこの店のボトルキープの定番だと言う「黒伊佐錦」をボトルで2本分先払いで払った。今日の子達が飲みに来る事があったら出してやって欲しいと頼むと良い笑顔で了承してくれた。酒を辞めろと言ったが、時々は飲みたいだろうからな。


 さて、場所を変えて司とは真剣に話し合わなければいけない。まぁ、さっきまでの雰囲気を見ていればそれと無くは感じ取ってもらえているかとは思うが。


 繁華街の東にある雑居ビル内の落ち着いたBARへとやって来た。店に入ると自分達以外に客はいない。マスターが俺たちを見て目を見開く。


 「司!!冴木くんやんか!!懐かしいなぁ!」


 ここのマスターは高校の時の同級生の矢口が経営しているBARで、真子から話を聞いていた。いつ行っても人が少ないから落ち着いて話せると苦笑いしながら教えてくれた。


 「矢口君。久しぶり。ちょっとこいつと話したくて。離れた席用意して貰って良いかな?」


 矢口はそれを聞いてすぐに察してくれた。あまりカウンター席からも見えづらい奥のテーブルへと通してくれる。二人ともハイボールを頼み、ベースは矢口に任せて矢口にも一杯勧める。

 矢口がグラスを持って現れ、俺たちと乾杯をするとそのままカウンターへと下がり店のBGMがこちらのテーブル席側だけ下がったように感じた。矢口、仕事は出来るようだ。なら、なぜ流行らない?

 まぁ、良い。話を始める。


 「とりあえず意思確認は出来て良かったにゃ。」

 「ホンマありがとう。上手く着地させてくれて。」


 二人でもう一度グラスを合わせる。


 「和くん、どっぷり漬からせる事になってしもうたけんど、良かったがかえ?」

 「おいおい....関わらせちょいてそりゃないやろ。」


 冗談ぽく振る舞う俺に申し訳なさそうに見つめてくる。ホントに真面目だな。こいつは。ちゃんと言ってやらないと胃がしぼんで明日から飯が食えなくなりそうだ。


 「これだけの決断をあの子らにさせちゅうがやもん。皆の次の仕事が決まったき、もう大丈夫やねバイバイみたいな真似はせんて。」

 「すまん。ありがとう。」

 「いや、謝らないかんのは俺も一緒よ。ここまで皆が真剣やとは思わんかったし。今後の流れ次第では本気で取り組まな、せっかくのチームが継続出来んなるで。」


 そう言うと司はグラスの酒をグイっと飲み、静かに頷く。決意を感じられた。


 「ここでこんな言い方もあれやけど、嫁さんは良いがかえ?仕事辞めて迷惑かけるで?」


 そう聞くと司の反応が悪い。どうしたんだ。少し考えながらゆっくり返事をくれた。


 「実は半年前、離婚した。」


 おいおいおい....家庭超大変な時期だったんじゃないか。それで会社の後輩からも相談持ち掛けられて。


 「そうか....大変だったな。」

 「そうでもない。向こうがどっかの誰かと不倫しよって、相手の男と暮らすき判押してくれって言われて離婚しただけやから。」

 「え?慰謝料は。」

 「貰ってない。」


 馬鹿野郎....ショックだっただろうが、そりゃいくらなんでも。まぁ、これ以上この話を広げるのは宜しくないな。切り替えよう。


 「恐らく仕事辞める事になるし、生活は大きく変わるぞ?大丈夫か?」

 「覚悟しちゅう。人生最後の悪あがきになるがやろうね。」


 悪あがき。そうだ。足掻くのだ。自分の人生の極々僅かな可能性を信じて、藻掻き足掻く。そんな親友の決意にアドバイス等と言う他所から口を出すだけの関りになろうとは思わない。自分も人生をかけるくらいに取り組まなければ、司ももちろんだがチームに参加する皆の信頼は得られない。

 珍しく緊張をする。司は俺の決意をどう受け止めてくれるだろうか。


 「司。聞いて貰いたい事がある。」


 普段とは違う呼ばれ方、そして標準語。司はいつもの雰囲気ではないと察して真剣な表情で向き合ってくれた。


 「うん。何?」

 「チームの事だけど。アドバイスでは無くて運営を俺がしようと思うんだが、司はどう思う?」


 司の眉が少し動く。表情は真剣なまま質問を投げて来た。


 「チームスタッフになるって事?それともチームオーナーになるって事?」

 「そこはまだ検討してる段階だ。たった1週間しかなかったからな。ただ、最初に司と話してたみたいにアドバイスだけして後は頑張れよってスタンスになるつもりはない。皆がリスクを負って挑戦するように、俺も何かしらちゃんとリスクを背負って皆のサポートをしたいと思ってる。」


 少しの間の沈黙。お互いがグラスを傾けながら頭の中で色々考えを巡らせる。そして司が酒のお代わりとつまみを頼んだ後、ゆっくり話しはじめた。


 「和くんの覚悟みたいなんはホンマに嬉しい。でも、和くんには家族もある。大きな会社で責任もある。だから早まった決断はしてほしくない。こうやって相談乗ってくれてるだけでも、オレはホントに有難いし頼りにはしてる。でも、それとこれは別問題やから。ちゃんと家族とも話して会社も納得した上でサポートしてもらえるなら嬉しいけど。」

 「ありがとう。もちろんそこの部分はこれからしっかり話し合ってくる。会社よりも強敵が家に待ってるからな。今から緊張するよ。」


 お互いに苦笑い。高校時代から真子は性格と責任感の強さで有名だった。司はそれを思い出したのだろう。「やっぱマコは変わらんね」と嬉しそうに笑っていた。


 「ただ皆にはこの話は絶対に内緒にしてくれ。サポートがあるなんて目先にニンジンぶら下げられたら人は甘えるかサボるかのどちらかだ。今の必死さを継続させたい。俺がちゃんと皆の前で話すのは会社を何人かが辞めるって事が現実をおびてきてからだ。」

 「分かった。」


 そうは言ってもどこまでのサポートが出来るようになるのかは全く分からない。結局はアドバイスくらいしか出来ませんでは申し訳ない。しっかりと計画を立てなくては。


 お代わりを持ってきた矢口を席に座らせて、そこからは3人で昔話に耽っていった。


  ・・・・・・・・・・


2017年5月10日(水) 東京 (株)ファミリア 会議室 <冴木 和馬>

 あの日以来、会社の仕事に追われつつも自分で社会人チーム設立に関われる可能性と方法を探り続けた。ある程度の目途を付けて、今日の方針会議の最後に主要な経営メンバーに相談するつもりだ。


 方針会議はうちの会社、ファミリア内の全ての部署の統括職が集まって行う会議で、部署側からの報告と今後の展開を聞きながらこちら側は会社としての方針を皆で再確認し修正していく会議だ。所謂、ドラマであるような皆がピリピリして経営者家族が好き勝手するみたいな雰囲気は一切ない。それぞれのセクションの責任者はしっかりと自分達の部署の今後が円滑に進められるように遠慮なく突っ込んでくるし、こちらも聞きたい事はしっかりと確認する。


 会議を効率的に終わらせて仕事に戻れるように、方針会議は一ヶ月に一回しか行わない。会議時間も13時半から17時までに終わらせる事が厳格に決められている。だいだい、20人くらいの参加で始まる。経営のトップは俺を含めて創業メンバー5人と役員待遇の社員3人。あとはセクションリーダーとなる。

 会議が進み2時間ほど経ってある程度の終わりが見えた時に俺は話を振る。


 「すまない。今日は皆に話しておきたい事がある。」


 少しの緊張感。それは皆も同じのようだ。まさかの方針転換?人事異動?皆の頭の中では今までにあった様々な社長サプライズの経験が思い起こされている事だろう。すまないな。今回が一番突拍子もないサプライズになりそうだ。


 「実は、社会人サッカーのチームを運営しようと思う。そして、それに伴う部署を立上げて現地で運営の拠点を置こうと思っている。」


 さぁ、ざわつくざわつく。今まで様々なプロスポーツや企業・団体のスポーツチームからスポンサーの依頼を受けたが、うちは尽く断って来た。にも関わらず、ここに来てまさかののチームを運営すると言うのだから、そりゃ戸惑うよな。

 日本には今50以上のプロサッカーチームがある。にも関わらず、まさかの社会人チームの運営なのだ。会社の宣伝効果は雲泥の差だ。


 創業メンバーの林倫太郎りんたろうが代表して質問する。


 「和馬。思い切ったね。それは会社として企業チームを作るって事かい?それともどこかのチームにスポンサー契約するって事?」


 創業メンバーは今まで他の企業からの引き抜きが数多あっただろうに、義理堅くずっとこの会社に残ってくれている。そして林は俺の意図を汲むのが最も敏感だ。


 「それはこれからみんなに話していく中で理解してもらえたら、うちの企業チームとして立ち上げたいと思ってるけど色々条件があってね。まずはこの話をする事になった経緯を話させてくれ。」


 そしてここまでの司との話を皆に話す。皆の反応は様々で一番多い反応は急にこんな話を持ってきた事への戸惑いってのが多そうだ。林が答える。


 「同級生からの頼みか。今まで仕事の事に関しては私情を挟まず冷静にやって来た和馬から出てくる言葉とは思えないけど....僕はそう言う話は大好きだな。どうせスポンサーをするにしてもチーム運営するにしても、しっかりと下部組織もしくはアマチュアリーグから支援した方が地元の方にもファンにも企業は愛して貰いやすい。その分、リスクは高くなるけどね。」


 さすがだな。皆にそれとなくこの話の会社の旨味とリスクを織り交ぜて要点をまとめてくれる。さらに続ける。


 「でも、当然だけどその地域リーグ?県リーグ?にいる間はチームとしての収入はゼロって事だよね?うちがチームとして稼げるようになるのはそのJFLだっけ?そのリーグに勝ち上がれるまでは収入は見込めないって事かい?」


 さぁ、戦の始まりだ。号砲は林がしっかりと撃ってくれた。後は俺が攻撃し、反撃を乗り切るのみだ。


 「じゃぁ、プレゼンさせてくれ。」

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