第5話 意思確認

2017年4月 高知 <冴木 和馬>

 望月君から聞けた感情は大事にしたいと思った。それは否定されていい物ではないし、むしろ彼のサッカーの情熱の火種であるような気がしたからだ。


「なるほど。望月君の気持ちは分かった。でも今二つある選択肢で、現状何も改善しないままにチームを作る、諦める、どちらを選んでも及川の現役中にプロを目指すって言うのは相当厳しいんじゃないかな?贔屓目とかファンタジーに考えず、現実的に経験者の君達から見てどう思う?」


 皆黙る。無言の肯定とも取れる。しかし、誤解を生まないようにちゃんと言葉を足す。


 「これは及川がプロになれないって言ってるんじゃない。実力的な事は俺には分からないしな。今話している事は金銭的や社会生活的に問題を抱えた状態で走り出してもサッカー以外の負担が大きすぎて、プロを目指すって目標地点に最短・最良の努力は出来ないんじゃないかって思うって事なんだ。」


 それを聞いていた司がすがる様な目で見つめながら問う。


 「じゃぁ、想像でも構んきよ。ファンタジーやろうがなんだろうが構わん。もし努力してサッカーの事だけを考えて努力したとして、オレが現役中にプロんなる為にはお前が出来るアドバイスはなんや?」


 覚悟を持って答える。彼の気持ちを萎えさせたくない。しかし、現実は見せなくてはいけない。匙加減次第でこの長い友人関係は崩壊するかも知れない。


 「俺がアドバイスするならまずは早急に仕事を見つける。その中でしっかりと練習時間を取れる仕事だ。これは一か月内には見つけたい。お前が今日まで真面目に会社に勤めていたんだとしたら、有給は相当残っているはずだ。一ヶ月で使える有給の最大日数は常識の範囲内で言えば20~24日くらいだろう。その有給消化の期間に仕事を探して生活基盤を作る。まぁ、簡単ではないけどな。」

 「他には?」


 どこまで伝える?いや、遠慮してはいけない。言葉は選びながら全ての条件は伝えなければ。


 「多少練習環境が悪くても安価で長時間練習できる場所を確保する。出来るなら道具なんかも誰から貰えたり出来るなら最高だな。言うなら、支出を減らすって事さ。さっき言った練習場の金額は俺から言わせればボッタクリのレベルの金額だ。アマチュアチームの手前みたいなチームが払う金額じゃない。でも、その金額を聞いても出来ると思える奴じゃないとプロになんかなれないだろ?」


 全員の目がこちらを向く。何かに縋る様なそんな目だ。そうなのだ。彼らの一人残らずプロになると言う憧れはあるのだ。それが現実的なのか夢絵空事なのかは個人差はあれど、やはりスポーツに携わる者は夢見る者なのだろう。


 「そして冷静に考えてくれ。どうやったって今年の社会人リーグに参加するのは無理だ。リーグ戦は先週第一節が行われたとサイトで見た。って事はどうあがいても参加出来るのは来季からだ。」


 少し雰囲気が重くなった。なぜそこで暗くなる。そうじゃない。ポジティブに考えなければこの先チームが出来たとしてもシーズンで戦えないぞ。


 「落ち込む事じゃない。はっきり言えば約10ヶ月の準備期間が出来たと思えば良い。その間に希望者が全員仕事を決めて会社を辞め練習場所を確保し、来年の四月から社会人リーグに全力を注げる体勢を作ろうって気には....ならないか。」


 あまりに非現実的な可能性だ。どんなに上手くいっても全てが順調にいく事はないだろう。まずここに居る全員の仕事先を決めるだけでも難しそうだ。


 「あともう一つ可能性を高める方法はある。しかし、一番非現実的だ。」

 「この際、話してくれ。」


 少し悩み、告げる。


 「スポンサーを付けるのさ。来年の四月までにね。10万円でも構わない。支援してくれる人が現れれば、君達が負担しなければいけない金額は少なくなる。しかし、当然何も実績のないチームに金を出すような酔狂な企業はそうそう現れない。足が棒どころか鉄柱になるくらい歩いて探しても見つかる可能性は低い。それを就職活動の中で行わなければいけないって事さ。」


 全員の表情は更に沈む。くそ、どうなってるんだ。なぜ俺は『』話を進めている?諦めさせる事がどう考えたって簡単じゃないか。頭の中で様々な可能性と否定的な考えが入り乱れる。しかも完全に自分の領域外の分野だ。知らない事だらけで判断をまともに出来ない。「くそっっ!」

 思わず髪を搔きむしりながら叫んでしまった。


 全員が何が起こったかと心配しながらこちらを見ている。もうこうなればどうにでもなれだ。『チーム設立の条件』を俺なりに考えて一気に捲し立てる。


 「仕事を辞めて次の仕事を見つけるのは最低二ヶ月の期間があればいいとして仕事が体に慣れるまでに....そうだな、こちらは仮に最大二ヶ月としようか。なら会社を辞めるのは最悪でも開幕の四ヶ月前で良いって事だ。」


 全員の顔がハッとなる。気付いて来たか。さぁ、考えを共有しろ。これは全員で同じ脳みそにならないと誰かが置いてかれる事になるぞ。


 「ならば今年の年末前、そうだな....10月から12月までの間に全員が退社すれば会社にも迷惑はかからないだろう。いや、13人も辞めれば迷惑はかかるんだろうが、そこは超優良企業様の懐の深さに甘えるとしよう。」


 今の俺は悪い顔をしてるんだろうな。会社を立ち上げたばかりの時に友人や真子にその表情を見て「悪魔が舞い降りてる」と言われていた。見れば少し若い子達は怯えているようにも見える。構う物か。最悪、今日でもう会わなくなるかも知れないのだ。


 「その間は最大限に会社の施設を利用させてもらって練習する。例えばラグビー部が休日練習が終わった後なら使えたりしないか?....そこはまぁ交渉次第か。普段は会社から言われた通り外部の施設を借りて練習する。どうせ会社の金だ。高額にならなきゃ夜間練習出来る施設も借りてみたらいい。注意されたら借りるの止めりゃいいんだ。そして、辞めるその日まで会社にご迷惑かけましたって反省してるスタンスでサッカーを続ける。」


 何人かは鬼気迫った顔で頷いている。

 「言い方は悪いが、全員が無事に仕事を辞められるまでは皆に詐欺師まがいの事をさせてしまう事になる。もちろん法には触れないが、反省してる振りして全員が辞めるつもりで動いてるんだからな。そして仕事が決まった者からどんどんとスポンサー探しをする。スーツを持ってない奴は安い奴でいいから構える。」

 「えっ、またお金かかるじゃないですか。」


 誰かが口を開く。心配するな。そこまで考えて話してるよ。


 「今から最短で辞めてもあと五ケ月の給料が丸々手に入る。そこから辞めてからは仕事が見つかるまでは失業保険だってある。良いか、この話に乗る人間は今日から極貧生活に入れよ。タバコなんて論外だ。酒も控えるか辞めるくらいの気持ちでいろ。プロになるんだ。体と思考を変えろ。お前たち全員の生活をサッカーオンリーにしたいならそれだけの代償を払え。」


 やや怒気の籠った声にさらに雰囲気は重たくなるが構いやしない。これでもやると言える奴が恐らくプロ意識って奴を持ち合わせた奴なんだろうと俺は理解している。


 「今まで自分達が使っていた遊興費を全て貯蓄に回せ。そしてその中から一番安いスーツを買う。そして営業周りに使うんだ。」

 「ずっと工場勤務なので営業とかした事が無いがですけど....」

 「場数で補って経験を積もう。一人で行く事はないだろうし、もちろん勉強も必要になるかも知れない。」


 言い終えると当然の沈黙だ。さて、彼らはどう出るか。


 「選ぶのは君達だ。まぁ、メシにしようか。さすがにそろそろ怒られそうだ。」


 そう言って俺はふすまを開けて階下に声をかける。すると女性店員の「はぁい。」と言う声と一緒に大将の「やっとか!この野郎!!」の声がこちらにも響く。

 部屋はどっと笑い声に溢れた。さぁ、大きな決断の前には腹ごしらえだ。


  ・・・・・・・・・・


同日 焼き鳥『鉄』二階 <望月 たける

 次々と出される料理はどれも美味しかった。自分が特に気に入ったのは地鶏のせせりを焼いた上にみじん切りの生の玉ねぎとミョウガを使った酢ダレがかかった料理だ。良い店を知れた。絶対にまた来よう。


 いや....これからは極貧生活になるんだった。チーム設立のお祝いをまたここでやりたいな。....でも、皆この話に参加するんだろうか。及川先輩と八木は間違いなく乗りそうな雰囲気だったけど、他の皆はどうだ。もし乗らなかった奴が会社にこの事を話したらクビとかになったりしないか。

 冴木さんはどう考えてるんだろう。アドバイスをしに来てくれたって言ってたけど、サッカー詳しくないって言ってたのにこれだけスラスラと説明出来るって事はかなり勉強して来たんだろうな。それぐらい及川先輩との仲が深いんだろうな。


 隣に座っている八木はまるで食いだめるかのようにガツガツ喰いまくってる。「落ち着いて食えよ」と声をかけると「ふぁい!」とハムスターのように頬を膨らませて笑顔。ホントに世話が焼けるよ。


 鍋や刺身の盛り合わせなんかも用意されててホントに腹がハチキレルくらいに食べた。皆がジュースやアイスを食べながら落ち着いていると冴木さんから声がかかった。


 「さて、お腹は十分満たしてもらえたかな?」

 「「「ごちそうさまです。」」」


 自分も含めて何人かがパラパラとお礼を言う。冴木さんは満足そうだった。


 「この食事で釣ろうなんて思ってないし、それにこのチームを運営するのは君達だ。俺はチームが立ち上がって軌道に乗りくらいまではアドバイスさせて貰うけど、それ以降は自分達でチームを回していく事になる。だから真剣に考えてくれ。」


 ついに決断の時なのか。ほんわかムードだった部屋がまた緊張感に包まれる。


 「その前に、社会人リーグに参加するつもりが無いって言ってた二人に個別に質問しておきたい。ここまでの話を聞いてどう感じてる?」


 そのつもりが無いと答えたのは、大西と和瀧わたきの二人だ。二人はチームでディフェンダーをしてくれていて貴重な戦力だ。特に大西は大学サッカー経験者で戦術理解もあるからディフェンスラインの統率を任せている。はっきり言えばこの二人が参加してくれないのはチームとして相当の戦力ダウンだ。

 大西が冴木さんの質問に答える。


 「大西と言います。ポジションはDFディフェンダーです。僕は会社で営業職もしてて、三流の大学出て何とか入れた会社なんではっきり言えば辞めてまでサッカーに賭けられる踏ん切りが尽きません。大学時代にプロへ行くような奴らを何人も見てきましたから。自分がその実力を持てているとは思いません。なので、会社を辞める判断は出来ないなと思っていました。」


 やっぱりか。大学までサッカーで頑張っていたなら同世代のプロレベルのプレイヤーとも何度もやり合ってきただろうから、自分の実力は冷静に判断出来ているのかも知れない。

 冴木さんが大西に質問する。


 「で?話を聞いて気持ちは変わらない?」

 「........あの、....正直言って揺れてます。皆が意外にサッカーで上を目指してるって知らなかったし。それに望月さんがおっしゃった司さんをプロの舞台へって言うのは僕もそう思ってたから。僕は学生時代の司さんともサッカーしてみたかった。今であれだけの体と実力をキープ出来てるって、普段相当な努力してるんだと思ったんです。」

 「へぇ~....そうなんだ?お前上手いのか?」


 冴木さんがからかうように及川先輩を見る。及川先輩は照れながら冴木さんの背中を叩いていた。


 「ごめんごめん。話の腰を折った。で?一番クリアにしたい、って言うか、参加するとすれば一番に解決しておきたい問題点はどこだい?」

 「もちろん就職先です。」

 「ありがとう。分かりやすくて良い。それがクリア出来れば君は参加して貰えるって事で考えて良いかな?」

 「はい。」


 大西の問題点をしっかりと表面に出してそれをクリアすれば参加すると言質を取る。これで大西はもし良い就職先の打診が来れば断れなくなってしまった訳だ。話の進め方がえげつないな。冴木さん。

 「じゃぁ、もう一人の」と冴木さんが和瀧に目を向ける。和瀧は立ち上がって応える。


 「はい!和瀧げんと言います。DFしてます!」

 「元気良いな。君はどう感じてる?」


 和瀧は緊張した感じで質問に答える。


 「僕が心配なのは実力です。サッカーはホント、趣味で続けれたら良いやくらいにしか思ってなくて。うちのチーム、何人か雰囲気悪い人いるけどそれ以外は最高に楽しいので。だから、このメンバーで続けたい気持ちはありますけど、プロって言われると全く想像付かなくて。....すみません。」


 申し訳なさそうな和瀧に冴木さんはずっと笑顔だ。


 「いや、何も問題ないよ。当たり前の心配だと思う。俺だっていきなりこんな話持って来られたら悩むだろうしね。じゃあ、和瀧君もクリアしたいのは就職先?」

 「いえ、最悪自分は実家の農家継げるので就職先は他の皆さんほどは心配していません。」

 「じゃぁ、何が迷わせてる要因なのかな?」

 「えっとぉ....最初に出てった人達も新チームに参加するんですかね?だったら僕はちょっと考えます。」


 その言葉に皆は一気にざわつく。でも、気持ちは分かる。それを聞いた冴木さんは及川先輩の顔を見てから和瀧に向き直る。


 「話、聞かせてもらっていい?」

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