第4話 君達の想いを聞かせてくれよ

2017年4月下旬 高知 <及川 司>

 同級生の田中真子、今は冴木真子か。マコに頼んで教えてもらった無二の親友の和馬の番号。厄介事に巻き込ませてしまった事を今、本当に後悔していた。この事には何も関係ない人間が自ら悪者になって現実が見えていない若い社員たちに厳しすぎる現実を叩き付ける。


 正直、オレもこの内容には驚きしかなかった。やはりチームを作るとなれば最初に用意しなければいけない金額ばかりが気になるが、和くんが言うようにチームを活かし続けるには活動費が必要だ。その金額が自分の予想の倍以上だった。しかも細かな個人別の雑費は含まれてないと言う。


 未婚だったり彼女のいない者なら節約してなんとか活動費は作れるかも知れないが貯蓄は無理だろうな。オレは何とかなりそうだが、それでも生活費諸々を考えれば自分の使えるお金はほぼ活動費で消えると言っていい。

 これはあまりにも厳しい現実だった。


 すると、参加者の一人が席を立った。若い社員の一人、小谷だ。和くんの話を聞いている時から反抗的でイラついた態度を取っていた。同期の課長に聞くと普段の会社での態度や人間関係もあまり褒められた者ではないらしい。


 「はいはい。無理無理!俺らみたいな低所得者にそんな金毎年毎年用意出来る訳ないやん!!俺は一抜けるわ。同じ気持ちの奴は帰ろうや。」


 そう周りにけしかけると3人程が立ち上がり一緒に出ていこうとする。慌てて止める。


 「おい!最後まで話を聞かなくて良いのか!?」

 「いやいや!及川さん、無理やって。そんな金額。俺らに死ねって言うがですか?貯金も出来ずにサッカーで生活終わるやないっすか。」


 そう言いながら4人は部屋を出ていった。一階から女性店員の「ありがとうございましたぁ」と言う元気な声が二階に空しく響く。

 その様子を黙って見ていた和くんが言葉を投げる。


 「他にチーム立上げに興味が無い人間は話の途中でも退席して貰っても良いぞ。俺がチームを立ち上げる訳じゃないから判断するのは君達だ。」

 「おい!それ以上煽らんといてくれ。」


 いくら何でも煽りすぎだ。なぜこうも挑発的な言い方ばかりするのか。何か意図があるんだろうか。


 「分かった。じゃあ、話を続けるぞ。」


 また個室にピリッとした空気感が戻ってくる。今度は何を言われるのか、どんな高い壁を用意されてるのか。


 「さっき出ていった子達には確認しなかったけど、君達は社会人リーグに参加してどうなりたいの?目標はあるの?聞かせてくれないか?」


 そう。オレも皆に確認できなかった。いや、する事が怖かったこの質問。和くんは何の気負いもなく皆に投げかけた。


  ・・・・・・・・・・

同日 高知 <冴木 和馬>

 出ていった奴が喚いていたが、「サッカーで生活が終わる」?サッカーで生活したくてこのチーム立ち上げるんじゃないのか。結局は志が低い奴らだったと思って話を先に進めた。

 おいおい。黙らないでくれよ。一番最初に確認しておきたい事だぞ、普通。こりゃ一人一人に聞いていくしかないか。司は最後だ。司に最初に聞いてしまえば他の子達はその意見に流される。「司さんがそう言う目標だって言ったので。」を逃げ道にさせてはいけない。


 一番手前に座っていた30代くらいの男性に声をかけた。かなり驚いているがかなり真剣に悩んでくれている。


 「自分は....会社入った時からサッカー部に入れてもらってて。高校の時はレギュラー取れんかったし、それに今のチームでは紅白戦したら必ず試合には出れるんですよ。それにチームに誘ってくれた及川先輩とサッカーするの楽しいんで。」


 おいおい。まさかの及川信者かい。やはり司の優しさに溶かされるのは俺だけでは無かったようだ。質問を続ける。


 「じゃぁ、及川が新しいチームに参加しないってなれば君も参加しないって事かい?」

 「....はい。そうですね。」


 少し考えてからはっきりとした口調で答えた。ある意味、方向は定まっている。これは計算しやすくて助かる。


 「じゃぁ、君は?」


 その隣に座っていた色黒の若い子に声をかける。元気良い運動神経良さそうな子だ。


 「僕は....自分のサッカーがこのチームに合ってるなって思って。プロで頑張りたいって思ってた時もあるんですけど、就職して親を安心させたかったんス。でも、チームで一緒にやってたらやっぱりサッカー頑張りたいなって。このチームで....まぁちょっと問題もあるけど。このチームで社会人リーグ行けるなら行ってみたいって思ったから、今日の話し合いに参加しました。」


 その言葉を聞いて違和感を覚えた。それが何かを考えていると横から司の助け舟が入る。


 「こいつ....八木は千葉で学生時代にプロのユースチームにおったがよ。高校ではあまり成績残せんくて、それで就職でうちの千葉工場に就職してサッカーしとぉてこっちに異動願い出した変わりもん。」

 「変わりもんは無いっスよぉ!」


 司の言葉で場は和み、笑いが起きる。八木と言う子もからかわれてはいるが嫌な気はしていないようだ。なるほど。違和感は標準語か。質問を続けてみる。


 「じゃあ、もし他の社会人チームから声がかかったらそっちへ行く可能性もある?そっちのチームがよりプロに行く可能性が高いとしたら。」


 少し考えるが答えははっきりしていた。


 「たぶん行かないっス。やっぱり就職してる事が大きいので。仕事辞めてまではやれないかな。自分の可能性信じたいけど、家族への仕送りもあるし。」

 「そうか。個人の事情を話してくれてありがとう。」


 しっかりと礼を言うと八木は照れたように何度もお辞儀をする。感謝するべきはちゃんと感謝を伝える。でないと、本当に伝えたい事が悪い印象のせいで相手に届かない事になる。


 「じゃぁ、分かった。一人一人応えて貰ってたら料理出せないって大将に怒られちゃいそうだから、俺の質問に挙手で応えてくれ。」


 冗談を挟むと少し笑ってくれる者が出て来た。良い傾向だ。


 「他の人達の意見は気にしなくていい。それを聞いたからって君達の立場が悪くなったりする事はない。....だろ?」

 「もちろん。」


 司に確認すると即答で応えた。それを確認し皆に質問を投げる。


 「新たにチームを作って県の社会人リーグに参加する事に賛成の人は?」


 11人の手が挙がる。2人は反対のようだ。敢えて触れずに次の質問をする。


 「じゃあ、その新しいチームでプロを目指してるって人は?」


 先ほど質問に答えてくれた八木以外に3人が手を挙げる。意外に多かったことに驚いた。そして最後の質問を投げかける。


 「そのチーム加入の為に今の会社を辞められるって人は?」


 ....全員が驚いた顔をしている。なぜチームを作るだけで会社を辞めなければならなくなるのか。そんな感じだろう。少しづつ説明していこう。誤解は生みたくない。


 「急にこんな質問をして申し訳ない。でも、非常に大事な三つの確認事項だったんだ。それによって俺もアドバイス出来る内容が変わって来るから。」


 それを説明してもう一度同じ質問をした。すると手が挙がったのは二人。まぁ、当たり前だろうな。仕事辞めてサッカー一筋は考えられないか。しかもそのチームはプロでも無ければ実業団チームでも無い訳だからな。


 「会社を辞められるかってのを聞いたのは、実は社会人チーム設立は君達の会社の社長さん達があまりよく思ってないって事なんだけど。それって、どれくらいの人が知ってる?」


 するとほとんどが手を挙げた。やはり周知の事実か。


 「俺はどちらの肩も持つつもりはないけど、どうして社長さんに良く思われてないかってのを、ちゃんと君らが理解してないかも知れないって及川から話を聞いた時に思ったんだ。だから今日はそこも含めて話をさせてくれ。」


 そして、会社側の視点で話をする。

 今まで福利厚生の意味合いはあれど、社員達が仕事外で好きなサッカーが出来るように企業努力もしてくれてたし多少なりとお金もかけてくれていた事。

 実業団チームを先に他の運動部が候補に挙がったからと言って逆ギレのように会社外に別チームを作ろうとした事。それはラグビー部は自分達でリーグ運営もした上で結果を出したにも関わらず、サッカー部は練習試合で勝ったと言う会社側からすれば判断材料としてはあまり重きを置けない内容で実業団チームにしたいと言い出した事。

 これらの事をひっくるめて会社側はそれでも会社と話し合う事無くチームを作ろうとしてるから、ユニフォームの使用禁止などと言う制限もかけたくなってしまうのではないか?そう言った内容を出来るだけオブラートに包みまくってお届けした。


 どれだけ理解してくれたかは分からない。しかし、伝えておかなくては。もし会社を離れる事になったとしても誤解が生じたままにしては申し訳ない。

 すると一人から手が挙がる。


 「社長が不機嫌なのは知ってるんですけど、チーム作ったら会社辞めないかんなりますかね?」


 相当不安そうだ。とりあえずこれに関しては憶測で話してはいけない。


 「これは俺がはっきり断言できるもんじゃない。でも、チーム設立をめてまた会社のチームでお世話になりたいですって頭を下げに行けば許してもらえるレベルだと思うけど。それを許してくれないような人なら、元より福利厚生でこんなに沢山の運動部作らないと思うんだよね。いくら会社の為とは言え、お金はかかる訳だから。」


 皆の表情を見るに納得半分と言った感じだろうか。そして以前に真子と話していて不思議になった事を聞いてみる事にした。


 「あと、これは俺のただの興味なんだけど、どうして新しいチームを作る事にこだわってるんだ?」


 その質問に皆が苦笑いする。何かあるようだ。とりあえず話しやすくする為に言葉を続けてみる。


 「だってそうだろ?自分達の実力を確かめたいだけならチームを新たに作らなくても今まで通り練習試合で経験を重ねていく事も出来ただろうし、個人で挑戦したいならそれこそ会社に在籍したまま一部リーグのチームに移籍する事も出来たはずだ。」


 ちらほらと頷いてる。よし、もう少しだ。


 「チームとして社会人リーグに挑戦したかったなら、やはり手順を守って社長を納得させるだけの結果を出せれば会社ももう少し話を聞いてくれたかも知れない。何よりそれはラグビー部が実践してる訳だろ?....まぁ、会長さんって言う裏技はあっただろうけど。」


 皆からやや苦笑が漏れる。よしよし。話のタネにして申し訳ない。会った事も無い会長さん。


 「どうしてこんなにもんだって思うんだよ。あと二年でもかければ十分交渉の場には出られる手札は作れたと思うんだが。誰か教えてくれないか。」


 八木が手を挙げる。周りのメンバーをきょろきょろ見ながら気遣って話し始めた。


 「実は俺達も何年か時間をかけて会社を説得しようって話にはなったんです。特に及川さんはそれをみんなに根気よく話してくれて説得してくれてたんです。」

 「なるほど。」


 少し八木の言葉が止まる。そして覚悟を決めたように話し出した。


 「さっき出ていったうちの3人が2年も待てないって。さっさと会社関係なくチーム作って結果残して1部で良い勝負出来ればスポンサーとか付くかも知れないし、もしかしたら社長たちが向こうから会社のチームとして活動してくれって頭を下げてくるかも知れないって。」


 ....ぁぁぁぁぁああぁあぁ。全くよぉ!!どこの場所にも状況読めねぇ、調べもしねぇ、自分だけの勝手なご都合主義で他人を巻き込む奴は現れるもんだなぁぁ!!て事は何かい!?司はその馬鹿達のせいで危うく会社での立場を悪くしようとしてるって事かい?


 「えっと....ちょっと言葉が見つからないんだけど。じゃあ、そのスポンサーが見つかるまでの活動費や皆が会社を辞めたあとの生活とかどうやって誰が面倒見るの?君らは若いから良いだろうけど、及川だったり、えっとぉ....」


 一番手前に座っていた及川信者の名前が出てこない。


 「あっ、望月です。ゴールキーパーやってます。」

 「お!GKゴールキーパーか!背高いもんな!望月君な。」


 出来るだけ印象良く答える。


 「及川だったり望月君が会社を辞めて新しいチームに入ったとして、次の仕事を決めてそれに慣れてサッカーを始められるまでにどれだけの時間が必要だと思ってるんだ?そんなことをしてたら及川の現役の時間はどんどん短くなる。それを理解してそいつらは新しいチームを作るって言ってたのか。....言ってるわきゃないわな。ホンマしょうたれちゅうで。」


 いきなり俺から漏れた方言に皆が驚きの表情を見せる。俺は照れながら申し訳なさそうに皆に自己紹介する。


 「すまん。ちゃんと言うてなかったけど俺も高知出身ながよ。まぁ高校卒業して高知を離れてからはずっと東京ながやけど。及川とは中学・高校の同級生。」


 一気に皆の表情が緩む。だからこの人はこんなに及川に対して必死だったのかと理解出来たようだ。また八木が手を挙げる。


 「すんません。あまりに考えが無くて、それに流されすぎでした。社会人リーグに行けばもっと楽しい試合が出来るかもってそればっかり思ってたっス。」


 望月が続く。


 「それ言うなら自分もです。もしかしたらホンマにこのチームで社会人リーグで勝負出来るかもって思うたのは事実で....そうすれば及川先輩が昔目指しよったって言うてたプロにもしかしたら手が届くかもしれんって。それには個人で挑戦しても仕方無かったんです。皆で。及川先輩がいるチームで自分は挑戦したかったがですよ。」


 だんだんと望月の語気が強くなる。それだけ気持ちが入っていたんだろう。

 及川は下を向いている。肩が小刻みに震えていた。その肩にポンと手を置き、俺はもう少し話を続けることにした。

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