第3話 単独艦による一斉射撃行います!!

2017年4月 東京 <冴木 和馬>

 「どう思う?」


 事情を説明し終わると真子は眉間に指を押し当ててジッと考え込み始めた。久しぶりに見る真子の悩んだ姿。一緒に働いていた頃によく見せていた仕草だ。

 大学在学時にベンチャー企業として古びた旅館や営業していない古い民宿を見つけてリノベーションして営業する会社を始めた。最初は小さな民宿を海外のバックパッカー向けに二軒改装した。

 それが現役大学生が手掛けたと言う物珍しさもあり、ニュースで取り上げられて宿泊予約が埋まるようになった。それからは宿を運営する側と新たな宿をリノベーションする側に分かれて作業するようになった。その運営側の責任者が俺で、リノベーション側の責任者が真子だった。

 順調に仕事の依頼は増えて自分達で見つけて買い取った宿も軌道に乗り始めた頃に転機が訪れた。有名企業の福利厚生で作った施設のリノベーションを手掛けてもらえないかと言う依頼で、ゆくゆくは宿泊施設としてオープンさせたいと言う内容だった。

 俺と真子、そして友人達の5人で始めた会社はその話が来る頃には30人程の小さな会社に成長していた。無事に大学も卒業し、会社にフルシフト出来るようになっていた。

 そこからは宿だけでなく、古民家や店舗なども手掛けていた。そして、宿の経営の他にもカフェや食堂、インターネットカフェなども経営するようになった。


 そして自分達の中で大きな賭けに出たのが、ホテル建設だった。会社が出来て10年が経っていた。ホテルと言ってもビジネスホテル規模ではあるが、相当な冒険になる。今まではサブリース(一括借上)のやり方で宿や民宿を経営していた。

 いわゆる建物や土地は地主が用意してくれていて、それをリノベーションして経営し、利益の中から地主に土地と建物の賃料を払う形が今までだった。

 しかし、今回は土地だけ借りてそこに自分達でホテルを建て、全てを経営する形だ。当然初期投資は段違いに高額になる。

 銀行の融資などにも頼りながら始めたビジネスホテル経営は今までのリノベ経営が追い風となり順風満帆でスタートし、現在までその風は吹き続けている。


 真子とは高校生の頃から付き合い始め、お互いが23歳の時に結婚しすぐに颯一を授かった。子育てしながらの仕事はきっと大変だったはずで、その二年後に拓斗が生まれ小学校へ入学する事を機に真子は会社の実務から離れた。今は役員として名前は残しているが、年に数度の経営者の会議くらいにしか参加しない。


 そんな真子は会社で設計をしていた頃のあだ名が「修羅姫」だった。見た目は贔屓目もあるかも知れないが綺麗と言われる事が多い真子だが、一たび仕事となると容赦ない理詰め詰問で後輩たちを何度も泣かせていた。そんな時に見せていた仕草がこの眉間指だ。


 「あの....真子さん?」

 「....何?」


 返事が素っ気ない。まずい。機嫌が悪い。やはりこの話はするべきでは無かったか。いや、でも、話さないのも可笑しい。この話は真子を通して来た話なのだ。何もなかったは怪しまれるし、元よりそんなつもりも無かった。

 すると真子は大きなため息をついた。


 「はぁ....ホントに及川君の人の好さって言うか、甘さは変わらんね。どう考えたって社会人で30代後半迎えてる男が若い子らの為に犠牲になるこたないろうに。」


 まずい。方言が出始めた。いよいよな雰囲気だ。どう出たものか。


 「ツカっちゃんの性格からしたら放っておけんのやろうけど、それでも周りがツカっちゃんに丸投げすぎるがが気になって俺も話受けてしもうた。....ごめん。」


 真子がちらりとこちらを見る。はぁっと再びため息をするがその言葉は幾分か優しかった。


 「そんなん、和くんが及川君の事見捨てられるはずがないがやき、そこはえいがよ。それにそれで俺は知らんらぁて帰って来てたら今日は外で寝てもらう所やった。」


 はい、判断間違えずに済みました。相変わらず俺の危機察知能力には助けられてばかりだ。だが、この危機察知能力は対真子にしか役に立たないのが玉に瑕。それにしても久しぶりに和くんって呼ばれた気がするな。子供が生まれてからはパパかあなたの呼び方が増えた。当然俺もママと呼ぶことが増えたが。


 「でも、どうするつもり?諦めさせれば元通りやから話は早いけど、たぶんその若手社員の間ではもう話固まってきてるんやない?」


 やはり状況を読み解くのが早い。問題点に既に気付いている。


 「やっぱりそう思うやろ?最初の相談の時点で『運営をアドバイスしてくれ』って事はもう新しいチームを作る事で気持ちは固まってて、何とか自分達で運営できる方法を教えて欲しいって受け取れる言い方なんよね。」

 「まぁやってみたいならやれば良いんやろうけど、新しいチームやりながら今の会社に居続けるが?社長からはもう完全に目を付けられてるのに?相当立場弱くなるがやない?」


 普通に働きながら社会人チームを作り、空いた時間に活動する事は珍しい事では無い。企業チームに参加していないほとんどの社会人選手はこうして本業の仕事後や休日を利用してスポーツに携わる。

 しかし、今回の場合は会社のチームに参加している中で新たなチームに云わば移籍するようなものだ。もしサッカー部全員が元のチームを抜けるとなれば会社が今まで見て来た費用は無駄になる。まぁ福利厚生だから利益なんか求めちゃいかんのだが。

 利益を横にすっ飛ばしても彼らがやろうとしてる事は、社長や会長からすれば気持ちの良い物ではない。それを理解出来ていないように思えてならない。


 「若い子は別の仕事探すって手もあるやろうけど、及川君が今の年齢で新たに仕事探すらぁて大変やと思うで?」


 一番の心配はそこだ。まさかそんな事で会社をクビになったりはしないだろうが、会社に居づらくなるような流れにはしたくない。


 「それに会長さんがラグビー主体でやっていくんだとすると、今まで福利厚生の塊やった運動部の中にちゃんとした実業団チームが出来る訳やんか?」

 「そうやね。恐らく資金なんかも会社から出るんやろうね。」

 「そこが我慢ならんって言う人がおるんやったら、このまま会社に残ってサッカーしててもずっとイライラし続ける事にもなるやろうしねぇ。」


 本当にどちらを取ってもリスクしかない。もういっその事、サッカー続けたいなら会社を辞めろと言ってやった方が楽になるのではないかとも思う。

 しかし、真子が質問してきた一言で一気に話は雰囲気を変えた。


 「でもよ?どうして今2部とか1部にあるチームに参加せんのやろ?その方が自分の実力って分かりやすくない?どうして『新チーム』にこだわるんやろうね?」


 俺はあっと思わされた。確かにそうなのだ。プロになりたい、上手い選手の中で実力を試したいなら他の社会人チームに移籍するのが一番手っ取り早い。チーム創設時にかかる費用も無いから持ち出しは少なくて済む。なのに、彼らはなぜかを目標にしているように思える。


 「うわぁ....その辺ちゃんと聞かないかんかったわ。」


 そんな事を考えながら、次の日から空いた時間に情報を集め自分なりにまとめてみたりした。色んな社会人選手のブログ等を見に行ったりしてどう生活をしているのかもチェックしたりもした。


 自分なりに社会人チームを運営するとはどういう事かを考えながら、約束の日となった。


  ・・・・・・・・・・

2017年4月下旬 高知 <冴木 和馬>

 チームの人と会う場所は繁華街にある小さな居酒屋の2階を大将に無理を言って貸し切らせてもらった。俺は早めに店に着いたが、店には既に司を含めて何人か来ていた。


 「早いな。」

 「あっ。冴木。すまんな。今日は宜しく頼む。」


 事前の打ち合わせで司の知り合いのコンサルタント会社の人間と言う事になっている。同級生が運営の判断してるとなれば、状況が悪くなったりしたら司が逆恨みされかねない。


 約束は19時だが全員が揃ったのは19時半だった。遅れて来たのは4人だが、一人はしきりに謝っていたが他の3人は遅れた事にあまり申し訳なさは感じられなかった。


 「皆さん、初めまして。冴木和馬と言います。まぁ、コンサルタントの仕事をさせてもらってて、今回は及川から相談を受けてここにこさせてもらいました。さて、話が長くならないようにしたいからさっそく始めようか。」


 料理も出ていない。あるのは食器のセットとウーロン茶と緑茶のペットボトルが机の上に置かれているだけだ。敢えてそうしている。ここに親睦会のつもりで来たのではない。彼らに状況の説明に来たのだ。

 料理が無い事を不思議に思っている者が何人かいたようだが、無視して話を進める。


 「及川に頼まれて君たちがサッカーの社会人チームを作りたいのでアドバイスしてもらえないかと言われて来ました。なので、食事はその説明が終わってからにしてほしい。酒を飲みながら聞く話でもないだろうしな。」


 最初から少しかます。明らかに顔色が不機嫌になった者が2名。ちゃんと見てるからな。


 「とりあえずこれを読んで欲しい。色々説明していくが質問があればその都度手を挙げてくれ。疑問はその場で解決していこう。」


 1枚の資料を人数分渡していく。内容は社会人チームを作り、都道府県サッカー協会に登録し1年存続させる為に必要になるであろう「活動費の概算」だ。

 ある程度はざっくり書いてあるがそれだけでも相当なお金が必要になる。協会に登録すると言っても、日本サッカー協会・四国サッカー協会と高知県サッカー協会、このすべてに登録する必要がある。当然それぞれに費用は必要だ。

 そこに更に全国の社会人連盟と県の社会人連盟の登録費、リーグ戦に参加するなら参加料に登録料、運営預かり金が選手人数分が必要で選手登録料も当然だ。


 「チームを作って登録して形だけを作るなら20万円もあれば作れる。今ここに集まってくれてる17人以外にあと3人集めれば一人頭は一年間で10,000円って事だ。」


 それを聞いて雰囲気が少し緩む。一年間に一万円ならやれない事はないと思ったのかもしれない。ここで更に畳みかける。


 「ただ!これは登録するだけならって話だ。これにユニフォームが一人当たり15,000円から20,000円。それをホーム用アウェイ用の2着。これにボールを練習球10球として公式球も2個買うとしよう。他にも必要だな。紅白戦にはビブスがいる。ドリブル練習にはマーカーコーンもいるな。他には?作戦ボード、ホイッスル、ドリンクは各自が持って来ればクーラーボックスは買わなくて済むな。」


 どんどんと挙げる購入リストに皆の顔は少しづつ硬くなっていく。


 「まぁ、ざっとだが登録費とは別に一人頭40,000円から50,000円は必要になると思う。言っておくがこれは一年間で必要なんじゃない。立ち上げるって決めて物を買うって決まった瞬間に必要になる金額だ。部費じゃないから分割で払うなんて出来ないぞ。」

 「ねぇ、ちょっと良い?」


 座っている一人から質問が飛ぶ。態度はすごぶる宜しくない。見れば遅刻した上に料理が無いと分かって不機嫌になった奴だ。


 「誰かがまとめてはろうちょいてそれにみんなが毎月返していけば良いがやない?」

 「誰が払うんだ?」


 即答した俺の言葉に返す言葉がすぐ出てこない。思い付きで発言するからそうなるんだ。呆れた表情で質問してきた男に言葉を返す。

 挑戦的な野郎には一斉射撃で黙らせる。終わった等と思うなよ!!


 「この中に大富豪がいてチームにかかる金額、少なく見積もってもおよそ80万から90万近い金を即金で払える人がいるならそうすれば良い。俺は設立に必要な資金とこの先の運営をアドバイスするだけだ。金貸しじゃないから金の心配まではしてやれない。」


 俺の言葉に明らかに気分を害したようだ。しかし、こんな事も容易に考えられない人間ばかりならチームは最初から暗礁に乗り上げる事は目に見えている。そんな泥船以下のチームに司を関わらせる訳にはいかない。

 御機嫌悪い所申し訳ないが、話はここで終わらない。


 「そしてそこからシーズンが始まり、県の社会人リーグ2部からスタートするとしよう。年間と言っても4月から年明けまでがシーズンで参加チーム数で前後はするが、だいたいは10試合前後らしい。それ以外ではチームによって練習試合を組んだりしてるようだ。」


 金の話が終わったかと安心し始めてる者が何人かいるようだが、残念だな。まだここからもう少しあるぞ。


 「仮に1週間に3回練習するとして1か月に12~15回。まぁ、計算しやすいから15回としようか。それがオフシーズンも練習するんだろうから年間180回。レンタル出来る練習場の使用料金は様々だが3時間借りるとして3万円。」

 「えっ!そんなにするんですか?」


 誰かから思わず声が漏れる。確かに俺もこれは調べて驚いた。声の方を見て頷きながら更に続ける。


 「もちろん全ての練習場が高い訳じゃない。だが高いなら高いなりの逆ならそれなりの理由がある。だいたい半日で3万円を超える利用料の練習場のほとんどは芝グラウンドってのが原因だな。土グラウンドで良いならもっと安く借りられる所もある。言っとくが東部の多目的ドームなんて全面丸一日借りたら皆の月収くらいの利用料だぞ。」


 ざわつく。そりゃそうだ。いったいそんな利用料で誰が借りてんだが知りたいもんだ。


 「ホントにざっとの計算だが年間で練習場を確保するのに540万。それを20人で割って一ヶ月で割れば22,500円だな。まぁ、25,000円か。当然、練習の時に飲むドリンク代や皆で飲みに行ったり食事したりするお金。練習場までの交通費・ガソリン代。その他細かな諸々は全部計算には入ってない。」


 見回すと全員が下を向いて言葉もない様子だ。

 目標、完全に沈黙。

 やり過ぎたか。

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