第2話 思いがけぬ提案

2017年4月 高知 <冴木 和馬>


 司からのあまりに突拍子もない申し出に言葉を失い、しばらく頭を抱えてしまった。とりあえず頭を冷静にして司と向き合うが、目の前には腹が立つほどに清々しい笑顔があるだけだ。


 「運営ってどういう事よ?」

 「あっ、言葉が足らんかった!運営してくれって言うがやなくて、運営する為のアドバイスが欲しいって事よ。」

 「だからぁ、それじゃ伝わらんって。」


 己の頭の中だけで勝手に作られた計画書を要点も踏まえず説明されても何も伝わらない。ホントにこいつは社会人やれてるのか?そんな事でよく社内の伝達上手くやれてるな。


 「ちゃんと順序を付けて説明してくれ。どうして俺に運営のアドバイスが欲しいって思ったんだ?」


 冷静になろうとすればするほど当然頭の中は仕事モードになり、司の前であろうが方言は抜ける。司は真剣な俺の表情に良い返事が貰えるのだろうかと不安そうだが、その判断も出来ないほど奴の出した手札は少ない。


 司はこの話に至るまでの経緯を説明し始めた。

 司は現在、県内の食品加工メーカー『上本食品』に勤めており、学生時代からの続けていたサッカーは今は趣味で続けていた。会社にはサッカー部があり、当然司もそれに所属していた。しかし、会社としては福利厚生の観点から作っただけで、例えば社会人リーグへ参加するとか、プロを目指すなんて言う事は全く興味が無く、金も時間もかけるつもりは更々無いらしかった。

 しかし、それは所属している社員たちも分かっている事だ。サッカーをたまにはしたいと思っても人数を集めたり場所を借りたりと意外と面倒な事が多い。それを会社のグラウンドで出来るならば良いじゃないかくらいの気持ちで所属していた。


 そんなサッカー部は2年前から自分達で相手を見つけて来て、会社に許可を貰い練習試合を行っていた。せっかく体を動かしているんだから、練習だけでなくて試合もしたいよねくらいの気持ちだ。最初は知り合いのシニアチームと楽しくワイワイ試合をしていたが、県の社会人リーグの二部に所属しているチームと練習試合をした機会があった。その試合でまさか大量得点で圧勝した。

 そこで調子に乗ってしまったのがチームに所属していた若手社員達だった。二部に勝てたのならもしかしたら一部のチームでも勝てるのではないかと、そして一部に所属しているチームに片っ端から声をかけまくった。


 最初は社会人リーグに所属もしていない所とは練習試合の意味が無いと断られる事ばかりだった。しかし、その負けた二部のチームが自分達が所属するリーグの他のチームに「強いチームがいたんだよ」と話した事で、二部のチームから2~3試合、申し込みがあった。

 そのうちの予定の合った2チームと練習試合をした所、1勝1敗の結果でこれまた調子に乗ってしまった。相手チームからも「頑張れば一部で良い勝負出来るんじゃないですか」と焚きつけられてその勢いは増してしまった。


 練習試合の後や練習の後の食事会でも、社会人リーグに参加したいと言い出す者が出て来た。しかし、会社の方針は変わらない為、司はチーム最年長としてそれは罷り通らない話だと若手社員達を説得した。

 会社にはその他にもいくつかの運動部があるが、その全てがリーグ戦への参加やプロ企業チームを目指すなどの方針は無かった。半ば無理な話だと諦めかけていた時だった。

 会社のラグビー部が同県の企業ラグビーチームと作っている私設リーグ戦で全勝優勝した。全勝優勝と言っても趣味程度の人たちの集まりのリーグ戦だ。開催や運営の為の費用も全チームの全選手が自腹で出し合って運営しているようなリーグ戦だった。ラグビー部は一応、社長に優勝を報告した。しかし、サッカー部にとってはこれが不味かった。

 時は2015年11月、9月に行われたラグビーW杯で日本代表が南アフリカを下すと言う「史上最大の番狂わせ」があった直後だった。そしてこの会社の会長は元ラガーマンだった。その報告を息子である社長から聞いた会長は、


 「四国でラグビー部を持つ企業さんに声をかけて四国リーグ戦をしよう」


と、鼻息荒く行動し始めた。

 そして一番最初に着手しようとしたのが練習場の確保だった。サッカー部とラグビー部が週に3日づつ譲り合って使っていたグラウンドが突如ラグビー部専用とするとなった。それによってサッカー部は、自分達で公共施設などのグラウンドを借りて練習する事になった。

 これはすぐに実行された訳ではなく、実際には半年ほど前に会社のグラウンドは完全にラグビー部専用となったそうだ。一番の呷りを受けたのはサッカー部だった。

 と言うのもこのグラウンド、人工とは言え芝が敷かれている上に夜練習が出来るように照明も付いている。当然だが、運動部は一切費用は必要ない。


 「でも、練習場は別で確保出来ゆうがやろ?」

 「そうは言っても自分達で予約せないかんし、今までみたいに仕事終わりにそのまんま練習できるって訳じゃないがよ。移動時間が出来た分、練習時間は短ぅなるし。」


 聞けば領収を持っていけばちゃんと練習場代も会社が出してくれてはいるらしい。しかし、高校野球大国と言われる高知県では野球の練習が出来るグラウンドは多いがサッカーとなると極端に少なくなる。しかも、意外に高い。


 「何が不満ながよ?練習場を自分らで用意せないかんようになっただけで他は今まで通りやんか。」


 俺の言葉に司はうな垂れて元気なく答える。


 「そうながよね。俺もそれは全然不満はないがよ。でも、他の社員の子らはラグビー部だけ贔屓されてるのが我慢ならんらしいがね。」

 「そうは言うてもラグビー部の人らやってちゃんと練習して結果出したからこそのリーグ戦の立上げやないが?それまでにちゃんと自分らで身銭切ってリーグ運営しよった訳やろ?そら言いがかりに近いで。」


 ダメだ。自分の悪い癖が出始めている。相手の会話の矛盾点がガンガン突いてしまう。普段ならもう少し優しく言えるのだが、相手が司と言う事もあって遠慮が無くなっているようだ。

 司がずっとうな垂れているのを見ている訳にもいかず、空気を換える為に店員にコーヒーのお代わりを頼む。司からは話は2時間と約束していたが、今日はこの後夜の飛行機まで予定は入れていない。司には話していないが時間に余裕はある。


 「まぁ話は分かったけんど、それと俺が運営のアドバイスするのと何が関係あるが?」


 そう尋ねると司はまるで飼い主に怒られている犬のように怯えた表情で今のチームの現状を話し始めた。


 「実は何人かの若手社員が会社とは関係ないチームを作って、そのチームで県の社会人リーグに登録せんかって所まで話が進みだしたがね?」

 「えいやか。やらしたら?今までどれだけ会社に助けられてサッカー出来てたかが分かる良い機会よ。」

 「そうながよね。で、チーム作るのにもリーグに登録するのにもお金は必要やんか?それの準備をしてたら社長に呼び出されて、もし自分達でチームを作るなら会社の名前や今まで使ってたユニフォームを使うのはいかんって言われたがよ。」


 そりゃ当たり前だ。せっかく会社がユニフォームも用具も用意してやって会社終わりの楽しみを提供してやってるのに、自分達の都合でそのチームを抜けて新しいチーム作ります、でもユニフォームは使わせたくださいでは良い気分にはならないだろう。

 少し大人気無いとも言えるが、言い分としては真っ当だ。


 「まぁ当たり前なやい?」

 「うん。で、ユニフォームとかも作り直すとしたらどれくらいの予算がいるとかその他にも用具も自分らで構えないかんなったやん?どんどん調べる事が増えだしたらなかなか先に進まんなったみたい....。」

 「で、ツカっちゃんが泣きつかれたと。」

 「すまん....」


 謝る司に少し笑ってしまった。いつもそうだった、自分の利益なんか度外視に困っている奴は放っておけない。それが自分の友人や後輩になろうもんならこちらに非があっても庇ってしまいそうな性格だ。

 変わってないな....学生時代にずっと俺を包んでくれていた温かな気持ちがグッと込み上げてくる。


 「ツカっちゃんが謝ることやないやんか。まぁ話は分かったとして俺に出来る事は何?」

 「あいつらがチーム作るにしても諦めさせるにしても、もう俺では説得できる頭が無いがよ。こう..どう言えばえいやろ....相手が納得する言葉が思い浮かばんって言うか。」

 「ちょっとはっきりさせておきたい事があるがやけど..」


 そう俺が切り出すとポカンとした顔で俺を見る司。ちゃんと聞いておかないと後でそのつもりは無かったと言われても困る。


 「ツカっちゃんはその子達にチームを作るのを諦めさせたいの?それとも独立させてあげたいの?」


 聞かれた司の顔は苦渋していた。


 「そうながよね。社会人リーグなんてもんに目を向けんかったら、今まで通り会社に助けてもらってサッカーは出来るがよ。でも、自分らの実力を試したいって言うあいつらの気持ちも同じサッカー仲間としては分かるトコもあって....」


 そうだよな。司だって一時期はプロを目指してサッカーに本気で取り組んだ時期はあった。高校時代に一度だけ全国大会に出場出来て、大学でもプロ目指して頑張ってたと聞いている。そんな司がまだ若い社員達のその熱い気持ちに触れたら流されてしまいそうになるのは理解出来る。


 「分かった。じゃぁ、外部の人間である俺がそいつらに現実を説けばいいって事だな?」

 「ごめん....助けてくれ。」

 「分かった。ツカっちゃんじゃなければ断ってるけど、でもね?かなりキツイ言い方になる可能性はあるからね?それは向こうにも伝えておいて欲しいし、ツカっちゃん自身も覚悟しておいてね?」

 「分かった。」


 少し怯えた表情のままの司。とりあえず来週に1日時間があるから仕事終わりにそのサッカー部全員を集めておいてほしいとお願いした。司はそれを了承し、今日の話はそれで終わった。その後、少し昔話に花を咲かせ落ち着いた気持ちのまま店を後にした。


 その後、俺は北欧館から北へ行った場所にある複合商業施設に向かった。この施設が出来てからは中心地の繁華街はグッとお客さんが減ったと聞いた。そりゃそうだ。いい加減狭いこの街で全ての事が完結する利便性がある中に、たった一軒で買い物から食事に遊ぶことまで網羅されたら太刀打ちなんて出来るはずがない。

 まぁ、商店街には商店街の複合施設には無い強みがあるんだが、それを先導して街ぐるみで対策を練らないとジリ貧になる事が目に見えている。


 その複合施設の中にある本屋に立ち寄った。広い店内に様々な書籍・雑誌が陳列されている。スポーツコーナーで人気のサッカー誌を2種類ほど手に取る。会計を済ませて店の前にあるコンコースのベンチに腰掛け雑誌を流し見る。

 当たり前だが、内容はプロリーグの事ばかりで社会人リーグを取り扱っている記事は一つも見つからない。記事の中心は来年に迫ったロシアW杯のアジア予選での日本の快勝を称えるモノが多かった。

 サッカーをそれほど見ていない自分からすると、まだ本大会も行けていないのによくもこれだけ盛り上がれるものだと思うが、考えればほんの十数年前まではW杯本戦トーナメント出場なんて現実的に考えれもしなかったのが日本のサッカー界だった。


 98年フランスW杯アジア最終予選でのジョホールバルの歓喜で見事W杯初出場を決めた。あの時は司が泣きながら日本代表の素晴らしさを俺に語ってたなぁ。しかし、W杯予選を全敗し本戦トーナメントへの出場は出来なかったんだっけ。


 そこから日本代表は韓国との共同開催もありながら、W杯5大会連続出場を勝ち取っている。前回大会2014年ブラジル大会はまさかの勝利無く予選敗退となってしまった。次回のロシアに賭ける関係者の思いは強いはずだ。


 とは言えど、今の俺には日本代表の事は全く関係が無い。今の社会人リーグの現状を知る必要がある。東京へ帰る間、携帯やパソコンで高知県だけでなく県外の社会人リーグの情報を調べてみるが、当然と言えば当然かあまりしっかりとした情報が得られるものは少なかった。

 ホームページや携帯サイトの管理をしているのもチームの選手や関係者なのだろうが、自分達の仕事の合間に更新したりしているらしく酷い物では二年以上更新されていなかったり、選手の入れ替わりが更新されておらず選手一覧にいない選手が試合速報に名を連ねているなんてサイトもあった。


  ・・・・・・・・・・・・

2017年4月 東京 <冴木 和馬>

 これはなかなか大変だぞ。そう思いながら夜遅くに自宅マンションのエレベーターに乗る。いかんいかん、気持ちを切り替えねば。暗い表情のまま家族と会うのは良くない。

 玄関ドアを開け、奥に声をかけると次男の拓斗たくとと真子がおかえりと返してくれた。廊下を抜けリビングに入ると二人はソファに座って野球の試合を観ていた。


 「おかえりなさい。食事は?」

 「ただいま。大丈夫、機内に入る前に済ませたから。」

 「父さん、風呂湧いてるから入んなよ。」

 「ありがと。颯一そういちは部屋か?」

 「まだ塾だよ。」

 「こんな時間までか?」


 時計は既に22時半を過ぎている。怪訝な表情の俺に真子はソファから立ち上がり苦笑いしながら肩を叩いてキッチンへ向かう。


 「あなたが学生の時だってこれくらい勉強してたじゃない。まぁ、颯一とは違ってあなたは不満そうにしてたけど。」

 「こんな時間まで勉強しなくても良いだろうに。成績悪い訳じゃないんだろ?」

 「行きたい大学の為には一年・二年の準備が重要なのよ。」

 「そうか....」


 俺は自分が幼い頃から両親に勉強ばかりを強制され、有名大学に入る事が人生のゴールだと教え込まれた事が嫌で、自分の子供達にはほとんど勉強の事は言わなかった。どちらかと言えば休みの日には出来るだけ一緒にいて外へ出かけるように心がけていた。

 しかし、気付けば子供達は自分から勉強をして塾にまで通い始めた。最初は妻の真子が無理強いさせているのではないかとそれとなく聞いたが、どうやら本人から行きたいと言い出したらしい。次男の拓斗も小さい頃から英語に興味があったらしく、英会話教室だけはずっと行き続けているようだ。


 「まぁ、目標があってやってるなら良いんだけどなぁ。」


 何となく雰囲気を察してか拓斗は自分の部屋へと退散していった。お茶を淹れてくれた真子がダイニングの椅子に腰かける。向かい合って座った俺に心配そうに声をかけた。


 「及川君、話、出来た?ごめんね?電話番号教えちゃって。」

 「良いよ。ツカっちゃんなら。」

 「あら、ツカっちゃんなんて懐かしい響き。で、どんな話だったの?」


 そうだな。聞いて貰おう。頭の中を整理したかった。

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