チーム設立編
第1話 旧友との再会
2017年4月 高知 <
レンガ造りの欧風な建物の数段の階段を上がりドアを引く。カランコロンとドア鈴が優しく鳴る。幼い頃は毎週のように日曜日のモーニングを食べに来ていたレストラン『北欧館』。大学入学を機に地元の高知を離れてからは仕事や帰省で戻った時、久しぶりに食事やコーヒーを楽しみに来た事はあるが、それでも片手で足りるほどの回数だ。
入り口を入るとコーヒーの匂いとパンの焼ける匂いだろうか。あの頃と変わらないその店内の匂いで心は一気に青春時代へと引き戻される。少し狭い廊下を抜けて右側にカウンターと厨房、左側にソファの客席が数組用意されている。カウンター席も相当以前には座れるようになっていたのだろうが、俺が小学生の時に来始めた頃には既に忙しいモーニング時間の作業台と化していた。それは38歳となった今でも変わってはいないようだ。
店員が声を掛けようとこちらに目線をくれるが、その前に「連れが先にいます」と伝え、客席を見渡す。ランチの後のこの時間帯は比較的落ち着いた雰囲気でコーヒーやケーキを楽しめる。
そんな近所の奥様方や会社の営業マンが暇つぶしをしている席々の中で1人がこちらに手を振っている。
「和くん。ここや。」
落ち着いた店内の雰囲気に似合わないしゃがれた声に少し視線を集めてしまう。他のお客さんに申し訳なく思いながら、店員にアイスコーヒーを注文して呼ばれた席に腰を下ろす。
座っているのは中学・高校時代の同級生。
「久しぶりやねぇ。元気やった?」
関西弁とも違う独特の方言に心は更に学生時代に引き戻される。大学進学以来ずっと東京で暮らし、仕事で帰省する事もあるが、帰ってきても精々一泊程度の予定だった。なかなか知り合いと会う時間も会おうと言う気も無かった。
「司も元気そうだな。奥さん元気か?」
標準語で話す俺に眉間にしわを入れて笑う司。あぁ、よくある風景だ。「お前も東京に染まったな」の典型的なパターン。
「標準語喋りよったら何か別人みたいやにゃ。まぁ、ずっと東京やったら土佐弁も使わんやろうしにゃ。マコも普段は標準語?」
土佐弁と言うが、今の高知の若い世代が使う方言は大いに関西弁に影響を受けた『高知弁』と言い換えても良いほどに土佐弁とは別物だ。自分達の祖父母の世代が使っている生粋の土佐弁は地元民ですら時々?マークが飛ぶ単語が飛び出したりする。
「家の外ではそりゃ標準語だけど、子供叱る時は方言出るな。」
「そっかそっか。マコだけでも東京に染まっちゃぁせんようで良かった。」
満足そうに腕を組みながら顔を何度も頷いておどけた表情を見せる司。マコとは司と俺の高校の同級生で、今は俺の奥さんでもある(旧姓:田中)真子。
同窓会でもそれほど話せなかった司から急に電話が来たのは1週間ほど前。仕事で高知に行く事が決まっていた俺に2時間で良いから高知で時間を空けてくれないかと話を持ち掛けてきた。
中学・高校で一番仲が良かったと断言できるのは司だけだった。サッカー部に在籍していた司だったが、忙しい中でも時間が合えばこの北欧館でコーヒーを飲みながらお互いに大好きなゲームの話で盛り上がった。
本来ならどちらかの家で話せばいい内容だが、司の家は兄弟が多くいつも賑やかで、俺の家は典型的な学歴主義の両親だったので司の事をあまりよく思っていなかった。そんな事だから会うのはお互いの家の中間地点にあって俺も司も好きだった北欧館に自然となっていった。
「急に連絡来た時はビックリした。どうして分かったんだ?」
「あっ!聞いて無いがや?ごめんにゃ。マコに番号聞いたがよ。」
なるほど。そう言えば高校時代の友達の何人かとは未だに連絡は取ってると言ってたな。その中に司もいた訳だ。
「いや、別にえいけど。何か用があるがやろ?」
「おっ。えいね。やっぱり和くんとは方言やないと変な感じ。」
「しばらく使ってないき、イントネーション可笑しいかも知れんけど笑いなよ?」
それくらい久しぶりの高知弁だった。懐かしいけど恥ずかしい。でも、嫌じゃない。そんな不思議な感覚が体を纏う。目の前でくしゃっとした笑顔を見せられると更に恥ずかしくなるが。
東京で暮らしている間に当然ながらだんだんと方言は使わなくなる。大学入学時にふとした場面で出た方言を東京出身者のいけ好かない男に笑われたと言うトラウマが原因のほとんどを占めていたりはする。
「すまんすまん。からかいゆうつもりは無いき。時間ないろ?本題話してかまん?」
「おう。頼む。」
少し司の表情が硬いものへと変わる。
嫌な予感。いや、嫌な経験が呼び起こされる。
自分が20代で会社を興し、順調に成長させて周りからも新鋭の実業家なんて持ち上げられ始めた30代になる頃、よく大学や地元の知り合いから電話がかかって来た。想像通り予想的中の「金の無心」であった。理由を様々付けて「今、会社調子良さそうだから少し助けてくれないか」と言う決まり文句。ただの借金の申し込みもあれば、会社の支援や新しい会社を興す資金を手助けしてくれなど、上げ始めればきりが無いほどに多岐にわたる詐欺師っぷりなお電話の数々だった。
だいたいの申し出には俺の必殺の殺し文句。『いつまでに返済出来る計画にしてる?きちんと間に専門家も入ってもらって書面にするから会って話しようか』と言うとほとんどの人間は一気にトーンダウンして、「そこまでの話じゃないんだ」と何とかそう言う事なしに会えないか画策するが、こちらもそんなに馬鹿じゃない。
相手の御気分を害さない程度にお断りの意味合いを込めて会話を続けると、「あっ、こいつ無理だ」と分かり撤退する。
そして数年後には地元と大学周りの知り合いには俺はドケチだと言う噂がしっかり回っている。まぁ、2度と会う事も無い人間にどう思われようと構わんが。
司はそうではないと思いたかった。司だけは信じて見たかったのかも知れない。それにどうせ騙されるのなら司に騙されたかった。自分の孤独になるはずだった学生時代に色を付けてくれた司になら。
「和くん、サッカーってどれくらい詳しい?」
え?サッカー?あまりに唐突な予想外の質問に頭が真っ白になる。用意していた何通りもの返しの言葉が綺麗さっぱり頭から消え失せる。
戸惑いの表情のまま何とか司の質問に答える。
「サッカーって....あのサッカーやろ?司がやってた。」
「そう。サムライブルーのサッカーよ。」
「どれくらいってまぁ、11人対11人で戦ってポジションが何となく分かる事とW杯は毎大会見たりはしゆうけど。俄かって言えるくらいの知識すら無いね。」
「そっか....」
答えを聞き下を向いて考え込む司。何を言おうとしてるのか。全く想像がつかない。まさかとは思うが....
「まさかとは思うけどサッカーチームに入れとかは無理で?運動した事ないし、何より仕事もあるから東京やしね。」
「あっ....うん....」
冗談で間を繋ぐが司は考え込んだままだ。
しばらく沈黙が続くと、思いを決したように膝を叩いて司が顔を上げた。
「うん!やっぱり後悔したくない。」
「なにがよ!!」
勝手に自分の中で結論を出した司に思わずツッコんでしまった。司は少し笑った後、また真面目な顔でグイっとこちらに向き合う。
『和くん。おれらのチームの運営、してくれん?』
おいおい....学生時代にハマったテレビゲームじゃ無いんだぞ....
頭を抱えて下を向く俺を、今度は満面の笑みで司が見ていた。
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