第13話 幽霊化の可能性
「え……?」
母の真っ暗な声色は敵意に満ちていた。
まあ、俺が使える魔法は炎で、光ではない。
これまでの母の勘というものが外れていたのだと思い、不審者か何かを警戒しているのだ。
「出てきなさい。息子を返すのよ」
これは母の勘の通り俺で、不審者などではないのだなら、当然誰も出てこない。
「出てこいって言ってるでしょ! さっさとすれば殺さないであげるのよ!? 出てきなさいっ!!!」
金切り声を上げる母の声を聞きつけて、弟がここまでやってきた。
「どうしたの?」
「いいから下がってなさい。誰かいるかもしれないの」
「えっ!?」
母の懐にしがみつく弟が怯えて震えている。
不審者などいないのだが、伝えられる術はないのか。
さっきの信号で伝えようと試みるも、母の魔法に撃たれかけ、中断せざるをえなくなった。
撃たれた壁からは煙が出ていて、かすりでもすれば致命傷になると言っているよう。
魔法がすり抜けたり、魔法の影響で透明でなくなったりする可能性はあるが、最悪の場合を考え、下手な真似はよすこととした。
「……」
目を光らせる母から離れるために、そっと廊下の反対側へターンしようとすると、体がふわりと浮き上がった。
頭に一つの可能性が掠めた。
――俺、もしかして死んだ?――
死者の幽霊化による貫通、存在証明に使われる発光魔法、休む場所とされるベッドには触れられ、天へ昇るための浮遊魔法が発動。
何があったのか記憶も心当たりもなく、かといって抜け落ちた時間がたる訳でもなく、それならば何なのだろうと不安になった。
死者であると、その可能性は、一瞬掠めただけにも関わらず、もう頭の中の全てを支配していた。
何も分からないなんてカタチで、友達ともギクシャクしたままで、死んでしまったのだろうか。
体はするりと天井を通り抜け、だんだん空高く上がっていき、もうこのまま……と諦めたそのとき。
「……レドル・ク……クリセット?」
家名が若干違うが、地上から俺を呼ぶ声がした。
「見えるのか!?」
少しだけ期待して叫んでみると、俺を地上ではなくバルコニーから見上げていた少女は頷いた。
それを合図にしたのか、俺の昇天――ではなく浮遊は止まり、ふわりとバルコニーに降り立った。
落っこちるかと思っていた。
「あなた、こんなところで何をしているの?」
訝しげに首をかしげるのは、それなりに近くに住むご令嬢、ロイア・ファレスティだった。
「何をって言われても、俺にも分からないんだ。死んだ? のかもしれない」
「死んでたら動けな――じゃなくて、死んでたら見えないでしょ?」
「少なくとも、家族には見えてなかった」
「……お手伝いの人を呼ぶわ。それで見えたらあなた生きてるから。見えなかったら……私がおかしいってことになるのね、?」
自分で話をまとめたロイアは、部屋に戻ると使用人を呼んできて、バルコニーに人はいるかと尋ねた。
その後バルコニーに出てきた十名ほどの使用人は、口を揃えて「誰もいません」と言った。
一応ロイアがもう一度確認をとったが、使用人の答えは変わらなかった。
使用人達が全員去ると、ロイアは無言で俺を見つめていた。
「――何だよ? 俺だって来たくて来たわけじゃねーぞ?」
「知ってるわよ。私、変だったのかしら」
ため息をつき、不快そうに口元を歪めたロイアに、俺は軽く笑いかけた。
「でもさ、ロイアさんのお陰で俺は助かったわけだし」
「助かったって何からよ?」
「実はさっき昇天しかけてて、ロイアさんに呼ばれたら帰ってこれた」
「――あっそう。まあいいわ。家の人にも見えなくって、自由にも動けないなんて、今晩どうするつもりなの?」
「え……。ここ借りても?」
バルコニー――足元を指差すと、ロイアは首を横に振った。
「そんなところで寝るつもり? 私、人の心はあるんだから、客室くらい貸すわ」
「でも俺は――」
そこまで自由に動けず、触れられもしないのだから、部屋に入れない。
そう伝えようとした俺の手を、ロイアは当たり前のように掴んだ。
目を丸くする俺に彼女は、「動けないんでしょ? だったら引きずってあげるから」
婚約者がいる身でありながら、なんとも親切な心遣いだが、触れられるとは思いもしなかった。
そのまま連れて行かれた客室に放り込まれ、俺はベッドに横になった。
この御恩はいつか必ず。
温かな布団で俺が眠るのと同じ刻、母は捜索願を出していて、弟を親戚に預けて街中を探し回っていたそう。
朝を迎えるとき、ベッドに眠る俺がまだ現世にいることに喜んでいると、数分後、ロイアと母が客室に入ってきた。
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