第12話 透明人間の発光魔法
ただいま、と。
ひと声かけて室内に足を踏み入れたが、玄関に皆の靴はあるのに、おかえり、の挨拶はなかった。
俺の家は家族仲が良くて、おはよう、おやすみ、おかえり、ただいま、などの挨拶はかかさない。
食卓は全員で囲むのがいつも通りで、わざわざ家族で寝るための部屋があったりする。
ショッピング、旅行などは、親が忙しい基準でいくのならば、一般家庭よりも多いだろう。
そんな我が家だが、これまた当然ながら、聞こえていない挨拶は返せないし、玄関まで行く暇のないときは行かない。
今回もそんなものだろうと、普通に自室へと向かって行き、部屋に入るとベッドまで一直線に向かった。
個室をもらったのは、十歳の誕生日を迎えたその日からで、一人部屋にしては、少しだけ広すぎる部屋を与えられた。
家族は大好きだけど、俺だけの空間が心地よくて、その日は一日中部屋にこもっていたっけ。
「暗いな」
窓から差し込む月明かりでは、部屋全体は照らせない。
いつもと比べてあまりにも明るいものだから、入ってすぐにはつけなかった電気をつけた。
暗い室内に明かりが灯った。
「お夕飯よー」
母の声で、俺はベッドから起き上がった。
ただごろごろと寝転がっているだけで、特に考え事はしていなかったけれど無性に、このまま立ち上がりたくない気分になった。
重い腰をなんとか持ち上げて、俺はダイニングへと向かった。
母の作った料理が食卓に並んでいる。
忙しいはずなのに、仕事を一旦切り上げたりしてでも家事をしにきてくれる。
そんな母に甘え続けたくないと、二年ほど前、家事を一通り見て覚えた。
ただし、母になれたのだからと、母は役目を代わってくれなかった。
早速席につき、いただきますと両手を合わせ、箸を持とうとしたところで、俺は違和感に気づいた。
箸を、指が通り抜けた。
「えっ!?」
もう一度、更にもう一度掴もうとしてみるが、箸は一向に動かない。
試しに皿を掴んでみようとしても、皿に触れることすらできなかった。
電気はつけられたし、布団は持ち上げられた。
しかし、箸や皿は触れられない。
この違いは一体。
「レドルー? まだー?」
母が張りのある声で俺を読んだ。
ここにいるのに、見えていないのだろうかと思い、俺は返事をした。
「ここにいるよ」
「返事くらいしなさーい」
俺の声が聞こえていないかのようなスルー。無視。
俺、何かしたっけ。
それとも透明人間にでもなったか。
不安になりながらも再び返事をしたが、「まったく……」と呟いた母は、俺の部屋へと向かい出した。
「ちょ、母さん! 待ってって! 俺なんかした!?」
少し大きめのつもりで声をかけたが、またもやスルー。
ここまで来ると、流石にこっちの声が本気で聞こえていないのではないかと、さっきまでとは違う意味で不安になった。
「かあさーん……」
俺の声はむなしくも届かず、母は俺の部屋の扉をノックし、少し待ってから勝手に入った。
俺はここにいるのだから、当然だが誰もいない。
「レドル……?」
母は震えていた。
口元に手を当て、不安そうに顔を歪めて後退りをしている。
「かくれんぼかしら? それとも、まだ帰ってない……のよね?」
かくれんぼな訳あるか、と突っ込みたくなる衝動を堪え、存在を証明できないかと考える。
思いついたのが、部屋の電気をつけること。
さっき上手くいったのだから、これならできると確信し、パチリ。
部屋全体がパッと明るく―――え?
「きゃっ――。レドル? いるの?」
母が驚き戸惑っているが、どうやら俺の存在には気づかないようで、きょろきょろと周囲を見回してはいるものの、こっちを見てもすぐまた別の方向を向く。
そんなことよりも、きっていないはずの電気が消えていた。
だから、スイッチを押したとき、電気は消えずについたんだ。
少し考えた後、電気をつけたり消したりとする信号をおくってみた。
カチカチと点滅するライト――ではなく、点滅しているのは、良く見ればスイッチそのものだった。
「「え?」」
俺と母の声が重なる。
なぜスイッチが光るのか。
その訳とは、試してみれば分かること。
思い返してみれば、トレニアやカリ、その他にも見えていたであろう頃には物に触れられていたし、ゲーム機はバッグに入れて家に持ち帰れた。
それから分かることは、この異常はトレニアと分かれた後からのこと。
ドアノブにも触れられたし、スイッチも押せた。服も着たまま。
つまり、握る、押す、の動作と、既に着用しているアイテムを触ることが可能。そして逆に不可能なのは、おそらく話す、掴む、持つ、ただ触れるだけのこと。
できるのだと分かっている、部屋のドアノブを握ることをした。
最高とは言えなくも期待通りに、ドアノブを握って放すと、少しのタイムラグの後で、ドアノブは盛大な光を放った。
「……そこにいるの?」
光源がドアノブということの異常さに気が付き、母が何かを察したかのように、もしや、と俺に手を伸ばす。
俺もそっと手を伸ばしてみた。
母の手は、俺の手を、俺の体を服ごとすり抜けて、ただ空を切った。
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