第11話 カミサマノオチカラ


 《神様》と言えば。


 人間には目視することもできず、人間に都合の良い存在とされ、利用される存在。


 俺にとってはそんな好印象とは言えない印象なのだが、“神様の御力”となれば話が違う。


 女神様を統率しているとされる不明瞭な存在、その存在こそが、神様の御力だと呼ばれているのだ。

 女神様を統率――つまり、無限の魔法を司る、伝説的なもの。


  ただし、その存在は世間の誰もが知らなくて、女神様からしても、何だか分からないのだとか。


 そんな存在である神様の御力だが、俺が生まれたその年から、妙な噂が流れるようになった。



「神様の御力があるって……。そんなもの、どうやったら分かるんだ?」


 その噂こそが、神様の御力を持つ者が、その年に人間というカタチとで世界に来たこと。


 それが誰なのか特定しようと、噂話に過ぎない話のはずなのに、数多くの研究者達が、揃いも揃ってがむしゃらになった。


 俺達の世代は、そのせいで待ち伏せをされたり、誘拐されたりと、少しだけ大変だったらしい。


 らしい、と、まるで自分は関係がなかったかのように言えるのは、実際被害にあったことがなかったから。


「消去法だ。俺は……俺達は転生者だから、誰もが幼少期から十分な知識を持っていた。それを使って研究者から逃げたり、転生者の特権のような身分や魔法を駆使したお陰で、実被害にあったことがない」


「で、俺も被害に会ってないから……?」


「そうだ。ただし、レドル以外にも実被害にあっていない者はいる。レドルに絞れたのは、レドルが世間に知られている子供だからだ」


 カリが言うことを分かりやすく頭でまとめる。

 すると彼が言いたいのは、転生者でもなく、世間には知られているのにも関わらず、研究者などの被害にあわなかったのが、俺一人ということか。


「付け足すと、レドルはどんなときでも、女神様の居る場所に行けば、女神様と話すことができる」


 皆もそうじゃないのか、と問おうとしたが、結果は見えているから聞くのはやめた。


 どんなときでも。


 それは、本来ならば、話せる状況というものが決まっているということ。

 その条件に当てはまらないのが俺だとでも言うのか。


「神様の御力がある人間なんて、所詮は噂話だろ? 確信しきってなんなんだ」


 茶化してきてる可能性に期待し、おちゃらけて笑った。


 カリは黙って眉尻を下げて笑うだけ。

 トレニアも頭をかかえて、考え込むような仕草をとっている。


 その行動が表すのは、茶化してるわけではないことだ。


 ただ信じられなくて、認められなくて、俺も黙るしかなかった。


 

 トレニアが、セットしたはずのゲームを静かに片付けだした。


 神様の御力の話題とは、遊ぶことさえ許させないものなのか。

 それなら話したくなかったし、俺から言い出したわけではないけれど、“へー、すっげー!”とでも、笑い飛ばしていれば、今日は普通にいられただろう。


 一人だけに片付けさせるわけにはいかなくて、俺とカリも黙って片付けだした。


 折角来たんだし、と、何度も出かけた言葉は喉につっかえて出なくて、片づけも終わり、いつの間にか玄関まで着いていた。


 ただ豪華なその場所が、俺の目には、来たときの煌めきを失っているように見えた。


「じゃあ、また……」


 やっとの思いで絞り出した声が、ただっ広い空間に響く。


 カリはまた、寂しげな笑顔を浮かべた。


 トレニアが無言で、カリに持ってきた物を突き出した。


 忘れていた。


 普通になりたいと言ったカリのために買った、庶民用の服だった。


「ありがとう」


 カリは静かに受け取った。


 けれどその声にいつもにじみ出ている優しさはなく、代わりに冷たい何かがあった。



 それを聞いて、俺はなんとなくだが察してしまった。


 カリが最初に“《神様の御力》がある”と言ったのは、おそらく本気ではない冗談で。

 それから自分で話していくうちに、真実味が増していった。

 俺がその条件に、あまりにもマッチしていたから。


 神様の御力があることが、もしも、仮に真実だとすれば。


 その存在はチート能力なんてものを、遥かに、何千倍も、何億倍も、もっと上回ってしまう。

 全ての魔法を意のままに操ることができたら、それこそ伝説的存在になってしまう。


 そうすれば、友達の関係でなんていられないと、それが今怖いのだろう。

 俺も怖いから、すこしわかるんだ。








 俺は城を出てから、トレニアと分かれ、家の近くの公園のベンチに座り、夕方の曇り空を見上げていた。


 雲の隙間から覗く人工太陽は、殆ど全てが沈んでいた。



 俺は、誰がどう見ても炎使いのはず。


 幼稚園では魔法試験というものがあり、そこで人々は、自分の扱える魔法を女神様に判断される。


 そこで俺は炎と出た。

 だから炎を使い、訓練し、天照への入学試験を突破した。



 もしも、他の魔法を使ってみたら、どうなるのだろう。


 人間は、生まれたときに、女神様から一つの魔法を与えられる。

 他の魔法は使えないのが常識になるほど、検証なんてとうの昔にされていた。


 けれど、幼稚園で女神様が判断したのは、使える魔法であって、使えない魔法じゃない。

 検証時にはいなかったがいたとしても、転生なんて例外ができたのだから、何もおかしなことではない。


 使える魔法のうちの一つが、炎なのだったとしたら――?



 試してみたいと、俺は立ち上がった。


 今日はもう暗いから家に帰ろう。


 歩いてたどり着いた家の扉を開け、ただいまと声をかけ、部屋に入り、扉を閉めた。


 





「明るい」


 レドルと分かれた後、家に着いたトレニアは、ぼうっとベランダに立って、空を見つめていた。


 日が沈み、月が少しだけ覗いていて、ほぼ真っ暗闇だった空が、ふとした拍子に明るくなった。


 太陽も、月も、殆ど見えていない。

 光の魔法かと思ったけれど、ここまでの広範囲の魔法を使えたら、今頃話題にでもなっているだろう。


 凄い能力の持ち主が、この瞬間にでも生まれたのだろうか。


 トレニアはネットニュースをずっと見ていたけれど、深夜を過ぎても何の情報も得られなかった。


 あの明るさはなんだったのか。



 この疑問は、たまたま空を見ていた全員が感じたもの。

 その正体は、後日いくつかの説が生まれたものの、どれも真実味のないものだった。




 ただ、一つだけ、魔法発生地測定による確かな情報があった。


 が発生地。

 その家にいたのは、父親、母親、そして、初等部に入ったばかりの少年ひとり。

 その他家族として、その日行方不明となった、天照魔法学園中等部一年、レドル。



「あいつ……」

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