第10話 第一王城
見渡す限りの全てが初めて見るものばかりで、カリ――友人の家であるはずなのに、何故か背筋が直定規になり、襟元を正し、洋服の埃を外で丁寧に落とした。
背筋の伸び以外なら、どんな家へ行ってもする人もいるだろう、とは思うが、友達の家=遊び場所として過ごしてきた初等部時代の俺が今の俺を見たら仰天するだろう。
自然とこんなに丁寧にした経験は初めてで、こんな豪華な家に来たのも初めてだから、次回からはもう少し自然体でいけるはずだ。
少しすると、玄関までわざわざカリが出迎えに来てくれて、いたるところに宝石を身に着けているとは思えないくらい身軽な動きをしていた。
俺達の手荷物をサッと受け取り、お客様用の部屋靴を広すぎる玄関横の棚から取り出し、俺達の足元に置いた。
かと思えば、いつの間にかカリは靴を履いた俺達の手を取り、更にいつの間にか俺達はカリの部屋にたどり着いていた。
俺、そしてトレニアは、何が起こっているのか全く理解できていなかった。
ようやく頭が落ち着いたのは、カリの広くて豪華すぎる部屋の、また大きくてふわふわのソファに腰掛け、宝石だらけの机にゲーム機が置かれたところから。
ポカンとしていた俺達は、そこでようやく、今日ここへ来た目的を思い出した。
「俺今日なにすんだっけって思ってた」
「俺もだよ……。途中意識飛んでたかも」
「あはは、そんな冗談を」
俺の言葉にトレニアが頷くと、カリは平然として笑った。
第一王子の自宅を、部屋を、場違い感を、読み違えていた。
ここまでの暮らしを当たり前としてきたのだから、庶民の服装やら食事やらなど、人間の生活としても認められなかったのではないか。
有名騎士の父により俺も一般的に見れば、何不自由なく生活させてもらっているし、裕福な方だろう。
だが、流石にここまで来ると、レベルが違いすぎて異世界かと思う。
そういえば、カリも異世界出身だったか。
前世ではどれほどの生活をしてきたのだろう。
「なぁ、カリって前世でも貴族だったのか?」
気になってそう聞いてみたは良いものの、ちゃんと考えれば分かることだが、カリは、俺がカリを転生者と知っているなどとは、一切思ってもいないだろう。
クラスでは他の誰より魔法の平均値が劣っていて、カリのような華と比べれば、自信家な俺でさえ劣等感を感じてしまう。
同じ転生者ならまだしも、転生者ではない俺が知っていることを、不思議がるかと思った。
「うーん……。貴族制度とかがなくて、でも、そこまで不自由ではない生活をしていたよ」
「そうかー……。って、え?」
カリは頭上にハテナを浮かべているが、そう当然の質問、みたいな顔をされても困る。
前世でも、と言うのが、一つのノリかと思われたのか。
「え? って、レドルは転生者じゃないのか? うちのクラスは皆転生者だと思っていたけれど」
「ちげぇよ!? てか、お前知ってたの?」
「何を?」
「うちのクラスが、転生者だって……」
話の内容を把握できていなかったトレニアが、納得顔でゲームをセットしている。
カリは、目を丸くして俺を見つめていた。
「なに見てんだよ」
「いや。――本当にレドルは転生者じゃないのか? 魔法はそれは――レドルにとって納得のいかない結果だったかもしれない。けど、天照の本当の首席入学者は、レドルだよ?」
「は、はあ?」
聞き返す声が上ずった。
今年の首席は、当然ながらにカリで、魔法からしても十分に納得のいくものだった。
それに比べて、魔法重視の学園でありながら、同級生より魔法が劣っている俺が本当の首席など、あり得ないもの。
「何がどうしたらそんな冗談が出てくる? 慰めの嘘とかいらねぇよ!?」
「嘘じゃないよ。直接学園長から聞いたんだ。『王族だから貴方を首席とします』って。――で、本当ならば誰だったんだと尋ねたら、『レドル・クリスタル』だって」
「いや、そんな見え透いた嘘つくなよ。惨めさが強まってくからやめろ」
「嘘じゃないよ。――だよね、トレニア?」
「え? ああ」
ゲーム機をセットし終えて、勝手にカリの本棚を読み漁っていたトレニアが、態度は曖昧だが、はっきりと肯定した。
俺が“俺の無能はトレニアが知っているだろ”と聞き、仲間に引き入れようと思っていたのに。
にしても、肯定するだなんて思わなかった。
「俺もレドルは転生者だと思ってた。――女神様と話してみて、そうじゃないって知ったときは驚いた」
「お前まで何言ってるんだよ。俺のどこにそんなこと感じたんだ?」
何度思い返してみても、全く思い当たる節がない。
筆記結果なんてトレニアが知るわけないし、魔法はやはりこの学級ではかなり下。
特別得意なこともなければ、天照に入れたってチート級のチカラなんてない。
そんな俺を、二人が転生者だと思うそれはなんなんだ?
「レドル、言っては悪いが、お前は確かに飛び抜けて凄いところがある訳じゃない。天照じゃ、他学年でも真ん中より少し上くらいだろう」
「悪いとか思うなよ。事実なんだから」
申し訳無さそうに眉尻を下げたカリに、気にするなと笑いかけた。
「でも、お前はきっと誰よりも強い――」
カリは少し黙り込んだ。
トレニアも、何も言わない。
「勿体ぶるなって、冗談って言うなら今のうちだよ?」
「お前本当に気づいてねぇの? お前こそ冗談言ってると思ってた」
トレニアが、真底驚いた口調で放った言葉だが、俺に心当たりなどない。
皆との格差なんてものは、俺が一番、痛いほど知っているのだから。
カリは、俺が冗談を言っていないと確認すると、静かに口を開いた。
「レドルには、《神様》の御力があるんだよ」
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