第9話 王子様と俺達



 急に聞こえてきたカリ王子の声に驚いた俺達は、数十センチは超えたのではという感覚で飛び上がった。


 二人で顔を見合わせて、流れ出る冷や汗を止めようともせずに黙り込む。


「「――」」


『――』


「「――……」」


『ええと……違ったら悪いんだが、レドルとトレニアだよね? あ、急に呼び捨てにしたのがまずかった?』


「全っ然!? 親しみやすくて最高だよカリ!」


「そうだよ! 声だけで見抜くとかすげぇなお前!!」


 俺はとっさにそう言っていて、トレニアはそれに便乗した。


 沈黙がながれる。


 勢いにしては割と上手い言葉だと思ったんだが、とっさに考えた薄っぺらなものだと、見抜かれてしまったのだろうか。

 俺達は再び顔を見合わせて、顔面蒼白で黙り込む。


『……それは嘘?』


「「え」」


『いや、仕方ないよ。気を遣わずに、なんて言われても、難しいよね。身分とかがあるから』


 怒られただとか、死刑宣告だとか、想定の範囲にある悪い反応ではなくて安心したが、その暗い声を聞くと、悲しませてしまった罪悪感が湧いてきた。


 そういえばロイアも言っていた。


 カリはただ、身分の差で気を遣われたくなくて、対等に接することのできる相手が欲しいだけだと。


 ならば先刻俺がすべきことは、とっさに思いついた称賛を口にするのではなくて、正直な思いを伝えることだった。


 ただ、これまでの生活で染み付いた癖はなかなか取れないもので、俺は何も答えられずにいた。

 身分の差があるから仕方ない、カリもそう言っていた、と、自分を納得させることばかり考えていた。


 しかし、中等部初の俺の友人は、驚くほどに素直だった。


「カリ、悪かったよ……。やっぱりどうしてもまだ、お前と言うか――王家ってものが怖いんだ。護身の癖が付いてて――レドルもそうだろ?」


 そうして、何も言えなかった俺にでさえ、話を振って、答えやすいようにしてくれた。


 いくら異世界の前世の記憶があるとて、この世界で過ごした十二年は、俺と、そして他の皆と同じように、身分の差が生きづらかったりもしただろうに。

 上下関係も、トレニアにだって染み込んでいるものだろうに――。


「……ああ。正直、機嫌取ろうとか思っちまった。怒らせないようにしようとか思ったけど、下手に遠慮とかしてごめん。俺達はただの、クラスメートなのに」


 びくびくしないで、ただ真っ直ぐに思いを伝えると、それは以外にもあっさりと、格上の相手に伝わるものだった。


『二人とも、言ってくれてありがとう』


「――!?」


 そのカリの声は、晴れやかな春の日のように穏やかで暖かく、彼が傷ついたままでいなかったことに、俺達は安心した。


 悲しませてもこの先が怖ろしい、とは、少し思ってしまっているが。


『でも、悲しかったんだ』


「それは本当に悪かったって!」


「傷つけるつもりはなくって!」


『二人が謝っても、そうだとしても、俺が悲しかった事実は変わらないよ。許してあげるから、条件を聞いてくれ』


 俺達は青ざめた。


 やはり王家の権力を使い、俺達に何ならの形で危害を加えるのではないか、と、本気で考えた。


『●●●●●●●●●●●』


「「分かった」」










「これ気になってたんだよ!! 習い事で忙しくて、なかなか買えなかったなー! 今日買うわ」


「マジ!? 俺持ってるから買ったら対戦しようぜ!」


「えっ、じゃあ俺も買お」



 先週にした約束――彼が俺達に出した許す条件の下、俺達は三人で買い物に来ていた。


 買い物とは言っても、俺達の共通の趣味であるゲームを見て買い、昼食を食べ、ゲーセンで遊ぶ……という程度だ。


 つまりゲームをしに来たわけだが、いつの間にやら身分だのは忘れてはしゃいでいる俺達がいる。



 カリが、気になっていたと手に取ったのは、一ヶ月前ほどに発売された、新感覚バトルゲーム。


 アバターを自由に描いたり、元々あるアイテムを使ってのアバター制作もでき、技も自分で進化させたりできるものだ。

 技の会得には時間や資源、稀に課金が必要だったりするが、現実味があって、発売直後に買った俺は、案外ハマっていたりする。


 ただ、面倒くさいから、と好ましく思わない人もいるので、人気はそこまでないが、有名だ。


 カリとトレニアが購入すると決めると、早速次に遊ぶ約束ができた。


 身分の差を完全に忘れていた俺達だが、カリがたかだか数千しかしないゲームソフトに、見たこともない黄金のカードを出すと、俺達どころか店員まで腰を抜かした。


 その後は見るだけで特にゲームソフトは買わず、昼食の時間になった。


「カリ……俺お前のこと見くびってたわ。ホント、何でお前にビビってたんだろ」


 レストランなのに、わざわざ別で注文した白米を食べながら、俺が正直な感想をこぼすと、トレニアがそれに賛同した。


「そうそう、週末三人で遊びに行こう、だなんて言わないで、殺されるって本気で思ってた」


「はは、俺のこと何だと思ってたんだ? そんなことしないよ」


 白米だけをどんどん口に運ぶ俺と、スパゲッティで遊ぶトレニアに笑いかける、高級な、名前もよくわからないランチを食すカリ。


 その仕草や選ぶ食事でさえ、貴族らしく、この庶民向けレストランには見合わないと思った。


 よくよく考えたら、そういうところがカリを王子だと認識させている気がする。


「あのさカリ、お前、皆と対等にしたいんだろ? ……言って良い?」


「良いけど……怖い印象ってなかなか消えないと思うよ」


「服装とか選ぶ食事とかも、変えてみたら良いと思う。やっぱブランドモノとか高級なモノとか、あの金のカードとか……庶民はビビるぞ普通に」


「あ、そうか。でも、家に普通の服がないんだよ、行ける店が決められてるから。食事とカードは癖でつい……」


 寂しげな笑顔が可哀想に感じた俺は、白米をカリの皿に放り込んだ。


「これは……?」


「王子様の食卓には出てこない、ごく普通の白米様だよ。庶民は誰でも食ってるよ」


 それを見ていたトレニアも、遊んでいたスパゲッティを、カリの空いた皿に放り込む。


「こういうのも食ってみたら美味いぞ! 後で護衛にバレないようにコッソリ服買ってきてやるよ。俺達に任せとけ」


「ありがとう――。でも汚いから遠慮しておくよ、またの機会に注文するよ」


 そう微笑んだカリは、皿に乗った白米とスパゲッティをそれぞれの皿に戻した。


「おい、誰の食いかけがきたねぇって?」


「遠慮しねぇでもっと食べろって!」


 今日一日で俺達は、随分と気のおけない関係になれた。


 後日、俺とトレニアは、カリのために買った庶民の服と、今日買ったゲームを持って、カリの住まう城へと遊びに行く。

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