第8話 転生のスタートとは



 女神様の話を聞いて、俺は自分が尋ねたことに何か思うよりも、女神ルビエル様が悪く言われたことに腹が立っていた。


 そして、役に立てないなどと言っていたが、女神様は十分すぎるほど俺の役に立ってくださった。


「それっ……、女神様は悪くないじゃないですか!」


「そう言っていただけるのは、気持ちとして凄く嬉しいです。ですが、そう断言はできません。転生者であることを、一番に周りに話したのはロイア・ファレスティで、私の担当です」


「それは女神様のせいでは――」


「いいえ、私の責任です。周りに話せる境遇を作り、話してしまうような人間を連れてきてしまったのですから」


 女神様は自分に非があると譲らず、人間への後ろめたさや、女神としての責任を手放さなかった。


 女神様はロイアにチート能力を与えていない。

 それほどまでに強くなれたのは、ロイア自身の力だ。――それで良いのに。


 女神様はおそらく、急に飛ばされた異世界で、スタートから絶望的では、あまりに可哀想だと感じたのだろう。

 だから、国を動かすほどの権力も金力もないが、生きていくのには十分である、ファレスティ家に異世界人を憑依させた。


 ロイアがカリ王子と出会ったのはおそらく偶然。

 声をかけたと言うのも、別世界の常識を兼ねて動く転生者であれば、また、納得できる。

 

「……では、女神様は、ロイアに憑依させた異世界人を選んだことが、間違いだったと思うのですか?」


 震える拳を握りしめて、俺は女神様の瞳を真っ直ぐに見た。

 間違いではないだろう、と、強い口調で。


 使用人達から気に入られる性格で、平民とも気兼ねなく話し、素直に笑い、怒れる少女。

 それこそ奇跡のように王子と出会い、結ばれた少女。

 努力を惜しまずに日々訓練をし、チート級の能力を、自らの手で掴んだ少女。


 そんな者はそうそういない。


 そんな彼女を選んだ女神様は、間違ったことなどしていない。


 そう、伝えたかった。




「あの子を連れてきたこと、間違いでは、なかったのでしょうか」


「当り前ですよ」


 震えがちで弱々しい、いつもと違う女神様の問いに、思いっきり優しく肯定する。


「……ごめんなさい、レドルさん。こんなときですが、急な用事を思い出してしまいました」


「えっ、……女神様!?」


 女神席に戻り、転移魔法を繰り出そうとする女神様に、引き止めるよう右手を伸ばす。

 

 その伸ばした右腕を、頭の中で存在の薄れていた、トレニアに力強く掴まれた。


「離せって!」


「行かせてさしあげろ」


 敬語になりきっていないトレニアの言葉は、彼なりの敬意がこもったものだった。


 俺が少し怯んだ隙に、女神様はどこかへ姿を消した。








 協会を出た俺達二人は、ぼんやりと街を歩いていた。


「……トレニア、なんで止めたんだ? さっき」


「止めて当然だろ。乙女心の分からんやつだな」


 不満げに、トレニアを軽く睨むと、トレニアは微小した。


 当然だと言われても、その当然が理解に困る。


「うるせーよ。乙女心って、お前女兄弟でもいるの?」


「いないけど、幼馴染の姉妹がいる」


 その幼馴染の姉妹を思い浮かべたのか、トレニアは表情を穏やかに変えた。


 その頬が若干、赤みを帯びていて、彼らなりの恋模様でもあるのかな、と微笑ましくも羨ましく思う。


 俺には人間のそんな相手もいなければ、中等部に入るまで、周りの殆どが恋愛とは無縁だったほどだ。

 トレニアの表情を見るに、叶う見込みがきっと、あるのだろう。


「羨まし、お決まりの転生特典ってやつ?」


「そうかも。俺も話聞いてたし、そんな自慢とか……今、お決まりって言った?」


「言ったけど……」


 そんなおかしなことでも言ったか? と、興奮ぎみなトレニアを見ると、彼は赤い頬をより紅に染めた。


「異世界モノのラノベとかある!? この世界に!?」


「あるにはあるよ? でも、そこまで人気のジャンルじゃないし、父さんの趣味で家にあって、読んだことあるだけ」


「読ませて貰えないかそれ! できれば今から!」


 どうしてそこまで……とは聞くまでもなく、そういったジャンルが好きなのか、それとも、この世界からした異世界を見てみたいのかのどちらかだろう。


 父の物だから断言はできないが、友人の期待に応えたくて、俺は了承した。


「多分できる。無理だったらレア物揃いの本屋知ってるし、いっしょに行こ」


「サンキュー! 良い友達持ったわ俺」


 肩抱きしてくる友人を引き剥がし、自宅へと連れて行く。


 トレニアもチート能力保持者だが、それを乱用するようにはどうしても見えない。


 女神様が気に病むようなことが、なければ良いのだけれど。







「え!? マジかここでこうなる!? 大丈夫か」


 魔法通信で父に連絡を取ると、本の件は快く了承が貰えた。


 それをトレニアに渡すと早速読み始め、魔法による速読で、一気に数冊を読破している。

 そして、読みながら独り言を連呼していて少し引く。


 そんな俺をトレニアは睨みつけるが、そんなことされても困るし、あまりにも暇だったからゲームをする。


 俺は暫くゲームを、トレニアは暫く読書をしていると、いつの間にか丁度十冊読み切ったトレニアが、ソファに座る俺の背後に立っていた。


「あれ、そのアバター」


「このゲーム知ってんの?」


「まあ……。てか、お前のそのフレンド、カリ王子じゃね?」


「……はぁ?」


 そう言われて思い返してみれば、チャットでの話し方や、貴族らしい金銭感覚(課金額)、装備のセンスがそれっぽかった。


 だがそれだけでは曖昧で、その根拠を尋ねた。


「レドル知らねーの? カリ王子って配信やってんだよ、俺見たことあるもん」


「そうなん? 王子っぽくはないけど、カリっぽすぎて」


「それな?」


 誰にも聞かれる心配がなくゲラゲラ笑っていると、耳元にイケボが流れてきた。


 ボイスチャットをオンにしていた。

 そしてカリ王子も、いつもはオフのくせに、何故か今はオンになっていた。


『レドル? トレニア?』

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