第7話 女神達の私利私欲



「女神様、俺のクラスのみんなって、転生者なんですか?」


「えっ!? ……違うと言えば、嘘になってしまいますが……」



 学校が終わり、俺はトレニアと一緒に教会まで来ていた。俺がよく来ている、女神ルビエル様のいる教会だ。


 その理由の一つ目が、なぜだか女神様と会ったことがないと言うトレニアに、一目拝ませてやろうというもの。


 そして二つ目が、今女神様に聞いたことで、クラスメートのチート級魔法についてを尋ねることだ。



 初めて会った女神様の、あまりの美しさに見惚れているトレニアは置いておいて、否定をしなかった女神様に更に追及する。


「天照魔法学園中等部、一年A組は、俺以外は転生者なんでしょう!? ロイア・ファレスティと同じように」


「……その通りです。ですが、おそらくレドルさんが一番聞きたい魔法のことで、私がお力になれることは少ないでしょう」


「女神様でも……?」


 この世界において全知全能とされる女神様にも、伝えることができないことがあることに、衝撃を受けた。


 だが、女神様だって一生命体で、万能なわけがなかろうと考え直し、「……すみません」と謝罪した。


「いいえ……。できないのでなく、やれないだけなので、使えないだとか思っていただいても、大丈夫ですよ」


「そんなこと思ってません!」


「ふふっ……、ありがとうございます」


 照れくさそうに微笑む女神様に、持っていかれそうになる意識を何とか留め、俺は魔法について尋ねる。


「トレニアは、生まれてくるときに魔法を選べたそうですが、まず、本来なら選べませんよね?」


「はい。ランダムではなく、女神の都合での決定ですが」


「どうして選ばせたのですか……?」


 責めるような口調にならないよう注意し、俺はただ疑問をぶつけた。


 それを受け止めてくれた女神様は、その美しい目をほんの少し伏せた。



「少なくとも、私が担当した、ロイア・ファレスティには魔法を選ばせてはいません。恐らく彼女が強いのは、その努力と金力によるものです」


「では、平民達はどうなんですか」


「――平民のみではないのです。あなたのクラスに集まった者は、女神の私利私欲のために強くなりました。……これから話すことは、私がうっかりしゃべった独り言です」









 女神集会にて――。


「ルビエル、あなたのロイアも、ご立派に魔法を使っていらしたのね。一番真面目だと思っていたあなたでも、やっぱり特別に扱ってしまったのかしらぁ?」


 ルビエルと同じ女神であり、不仲な隣国の女神であるカネナートは、集会場にいち早く駆け付けたルビエルに悪態をついた。


 一切やましいことなどしていないルビエルは、うろたえることなく、凛として答える。


「何のことだか分かりませんが、私は女神の掟に従ったのみです」


「本当は分かっているでしょうに。……ロイアの強さは、どう証明するつもり? それと、にレドルって男を入れたのは何故?」


「ロイア・ファレスティの魔法は、努力と金力によるものです。レドルさんについては、集会のときにきちんとお話致します」


「あっそ」


 格下の相手を見下すかのように、投げやりに答えてからカネナートは自席に着いた。

 


 彼女の嫌みな態度は昔からのものではない。


 敵対国の女神であるルビエルには、多少あたりが強いと感じることもあったが、決して不仲ではなかった。

 むしろ女神として、良いライバルのような存在だったのだが。



 こんな仲になった理由も、転生者の問題についても、今回の会議で何とかなれば良いのだが……。


 そう思ってはいたが、現実、そう上手く運ぶことはなかった。





「これより、女神会議を始めます。礼」


「「「お願いします」」」


 代表女神と呼ばれるダイアリーの号令で、女神会議は始まった。


「議題についてですが、事前に告知したように、何故転生者の全員が、天照魔法学園に通うことになったのか。―――とは言っても、みなさんご自身でお分かりですよね?」


 ダイアリーは、代表女神だけあり、空間までもを怯ませるきつい視線で周囲を見渡した。


 ばつが悪そうに目を背ける者、反対に堂々としている者など様々だが、ルビエルはそのどちらでもなく、ただ真摯にダイアリーの言葉を受け止めていた。


「カネナート、分かりますよね?」


「分かります。私のように、皆さん魔法を選ばせたりしたのでしょう? そうでなくても、何かしらのずるをしたんでしょうね」


「悪びれもせず何と――!」


 カネナートはダイアリーの言葉を丸々無視し、自身の弁論を始めた。


「でも、仕方ありませんよね。だって、魔王を倒した人間を担当した女神が、願いを一つ叶えて貰えるんだもの。誰だってずるの一つや二つするわ」


 ですよねーっ、とカネナートが掛け声をすると、大勢の女神が肯定した。

 そんな餌を目の前に、ただ黙って真面目にルールに従うなど、無理だと。


「貴方達は揃いも揃って……! ルビエルを見習いなさい! 貴方達と同じように、異世界から選んだ転生者を担当したのに、彼女は、ずるの一つもしていないでしょう」


「ルビエル? あー……。お言葉ですがダイアリー様、ルビエルはこの世界を知っている女を転生させましたよ? でないと、底辺貴族が王と結婚だなんて無理でしょう! ですよね、アメラ」


 ダイアリーを鼻で笑い、カネナートはカリ王子を担当した女神、アメラに話を振った。

 アメラは不満げに目を瞑り、まるで被害者のように泣き真似をしながら賛成する。


「ええ、カネナートの仰る通り。どうせこの世界の物語でも作って、異世界人に読ませたんでしょう? それなのに、無実だと言い張るなんて……。ルビエルが私と同じ国の担当だなんて、反吐が出るわ」


「なんと可哀想なアメラ!」



 被害妄想を膨らませる二人を軽く睨み、ダイアリーはルビエルに目を向ける。


「ルビエル、貴方はカネナート達が言うようなことをしましたか?」


「いいえ、そんなことはしておりません。私はただ、人見知りせず、真っ直ぐで、努力家で、人を愛することのできる。……そんな異世界人を選んだまでです」


「だそうですが。カネナート、アメラ、何か根拠はありますか?」


 依然として変わらぬ態度のルビエルに嫌気が差したのか、カネナートは大袈裟にため息をついて見せた。

 アメラも、ふてくされた顔で手をひらつかせ、嫌々ながらダイアリーの問いに答える。


「一つ挙げるのなら。……天照の転生者クラスに、レドル・クリスタルって生徒がいるでしょう? 転生者じゃなくて、ルビエルが担当している人間。あの人間をあのクラスに置かせたのは何故?」


 レドルをクラスに入れさせたのは、確かにルビエルが行ったことだ。


 天照魔法学園に限らず、クラス編成や試験結果は、必ず女神の助言を元にして行われる。

 勿論、女神の助言は後から聞くもので、確認作業のようなものだ。


 そのときに、レドルと転生者をまとめて同じクラスにしたのは、他でもないルビエル。

 その理由は最悪の場合のストッパーとしてだが、レドル一人が転生者ではなく、浮いてしまっているのは事実。


 本当のことを言えるはずもなく、かと言って嘘をつくのも躊躇われ、ルビエルは黙りこんだ。


「ほぅら、ダイアリー様。何かやましいことがあるから言えないんですよ」


「ルビエルも所詮は欲張りな女神の一人ですからね」



 高笑いする二人に、ルビエルは無言を貫いた。


 それで得たものはダイアリーからの不信感のみで、ルビエルはダイアリーからの信頼を失ってしまった。


 だが、普通の人間を利用した、と話すよりはましだっただろう。



 集会が終わり、ひとりきりになったルビエルが感じたのは、女神の私利私欲のためだけに巻き込まれた人間への、後ろめたさだけだった。




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