第6話 もしかしてみんな転生者?



 測定が全て終わってくれたその次の朝、憂鬱さ全快で登校した俺は、重い足取りで教室の扉を開いた。


 わざわざ挨拶をしてくるのは、いつものように、仲良くなったトレニアくらいかと思っていたが、今日はトレニアの席とは全く違う方向から声がかかった。


「おはよう。レドル・クリスタル君」

「あ……はよー! カリ」


 扉付近に立ち、来る人来る人に挨拶をかけるのはカリ。

 敬語を放ったその途端、背後で銃が構えられる――なんてことはなく、ただそれ程に背中がゾクリとするほどの笑顔を向けられる。


 爽やかなスマイルにスマイルを返して通りすぎ、トレニアの席へと向かった。


「トレニア、おはよ」

「おはよレドル。相変わらず凄いな、カリ」


 友達同士でもいちいち挨拶をするのは、ここが名門だからに他ならない。

 いつ、どこで、誰が見ているか分からないから、最低限の礼儀として挨拶はする。


「よく全員の名前覚えてるよなアイツ」


「魔法もレベチすぎて雲の上」


「分かるわー」


 男の俺たちが羨望の眼差しを向ける中、ロイア女子勢はやや熱っぽい視線を向けている。

 それに気が付いたロイアが、コルサニアや友人を軽く叩いた。



 このクラスと言うフィールドが、たった数日で、カリ王子という、たった一枚のカードで完成された。


 カードゲーム風に表すのなら、レアリティはSSR+。攻撃力9999、守備力9999、HP99999などとことごとくカンストし、魔法は何でもあり。カード効果はすべてのカードを自由に操作。――なんて、チートを超えたチートカードになりそうだ。



「てかレドル顔色悪いよ? どうした?」


 カリから目線を外したトレニアが、心配そうに声をかけてきた。

 目元なら朝、化粧で誤魔化してきたし、登校時に運動をしたから、顔色だって悪くないはず。


 どうして気が付いたかは分からないが、あまり触れてほしくない話題だから、適当な嘘をつく。


「寝不足かなー。昨日ゲームしすぎたのかも」


「……ほどほどにな?」


 躊躇いがちに注意したトレニアは、おそらく、俺の不調の理由を知っている。


 測定結果ではクラス唯一のCが二つあり、他のクラスや学校ならそうはならないのに、可哀想な目で見られたこと。

 本来ならば奇跡のAだって取ったのに、それが霞んでしまったようだ。


「あのさレドル、お前には、言っておきたいことがあるんだ。放課後良い?」


「え? ああ、分かった」


 トレニアの意図は分からなかったが、魔法測定に関することだとは、口調から察せられた。











 放課後に二人して教室に残っていると、友人達は先に帰ったのに最後まで残っていたロイアが、俺に声をかけてきた。


「レドル・クリスタルよね」


「ロイアさん? どうした?」


「前に制服のお店で会ったでしょ。あのとき私が言ったこと、くれぐれもカリには言わないでよね」


 最初は、どうして声をかけられたのかすら不明だったが、そういうことか。

 悪びれもしない『申し訳ないわ』、だとか、『転生者なの』、とか、それらを婚約者に言われて、不審がられたくないのだろう。防犯カメラもあったし、調べれば分かってしまうから。


「言う気とかないよ。そっちが険悪になったら、俺たちだって……」


「ならいいわ。……クリスタルって、カリとか私のこと、怖いの?」


 カリやロイアの態度には、確かに怖いと感じるところがあった。

 感づかれないよう気を付けてはいたが、やはり顔や態度に出てしまっていたのだろうか。


 そりゃそうだ、とは口が割けても言えず、代わりに言ったのは、肯定とも否定とも取れる、曖昧な返事。


「いやー……」


「ごめんなさいね、カリは身分制度とかが嫌いで、私はただカリが好きなだけなの。気を付けるわ」


 うなだれがちにそう告げて、ロイアは教室を後にした。


 今回の謝罪は心底申し訳なさそうで、彼女は、そしてカリは、想像よりは穏やかな性格なのかもしれない。

 根拠などは何一つとしてないから、少しずつ大丈夫そうなラインを攻めていき、打ち解けられたら良いと思う。




 ロイアの後ろ姿を見送ると、教室は今度こそ、俺とトレニアの二人きりになった。


 わざわざ放課後でなんて言うもんだから、何の話をするのかと思ったら、特別変わった素振りもなく、普通にトレニアは話し始めた。


「魔法測定あったじゃん。あれ、皆数値えぐかったよな」


「あー……。俺以外は」


 自虐的に相づちを打った俺に慰めをかけることなく、ただ寂しそうな目をしたトレニアが呟く。


「誓って俺はクスリとかしてない。でも、多分これ言ったらお前はズルって言うけど……言って良い?」


「いいよ」


 わざわざ確認をしてきたが、これを言うために放課後を使ったのだろう。

 当然肯定し、トレニアの話に耳を傾ける。


 トレニアに限らず、もしかするとこのクラスで何かやっているのでは――だなんて不安が頭を過る。





「俺の魔法は、遺伝とかじゃなくて、女神様からのもらいものなんだ」


「え、うん。そうだな」


 何を言うのかと思えば、そんな当たり前のことだったとは。


 たまたま被らない限り、子どもが、親とは違う魔法を使うのは、魔法が、女神様からの授け物だからだということは、誰もが知っているものだと思っていた。


 女神様はいたる教会にいるし、それを知らない人がいるだなんて思いもしなかったのだ。


「そうだなって……、え? レドルもそうなの?」


「俺もって言うか、みんなそうじゃね」


「みんな!?」


 トレニアが目を丸くして叫んだ。

 そこまで驚くことだったとは。


「じゃあこの世界は全員、どこか別の世界で死んだ人が、気が付いたら女神様の前にいて、魔法何にしますかって聞かれて、答えた魔法を授かってるのか!? それなのに平均がC? わざわざ……」


「待て待て待て!!」


 情報量が増えすぎて、当然でないところまで語ってきて、そのまま続けようとするトレニアを、一旦止めた。


「え?」


「『え?』じゃなくて! 魔法は普通選べないんだよ! だから弱い人ってのも出るんだよ」


「俺、選べたよ!?」


 トレニアの反応で、今度はこちらが衝撃を受けてひっくり返る。


 まさか俺だけ選べなかった?


 でも、天照が不合格だった人は俺よりも魔法が使えないわけだし、トレニア達クラスメートがやはりおかしい。


 もしかすると、女神様に保証されたロイアの転生が事実なように、トレニアも、カリや他のみんなも、のだろうか。


 これは検証の価値がありそうだ。






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