第4話 第一王子
天照魔法学園は、想像の何倍も広く美しく、気高かった。
写真は見たこともあるし、遠目で見たことなら何度かあったが、近づき、そして入ってみないと分からないものがある。
俺はそれに驚かされた。
「……」
特別豪華だとか、細部が細かすぎるとか、何か凄いものがあるとか、そういうわけではない。
歴史的建造物なんかにありがちなオーラ……、そう言った類いのものかもしれない。
これにはいずれ慣れるだろう、と、意識を目前の黒髪に当てる。
たまたま同じクラスになり、たまたま入学式で一つ前の席になった、王子の婚約者――ロイア・ファレスティ。
この世界において、名簿だとか性別だとかは意味を持たない。
意味があるのは、ただ位が高いか、低いか。そして、その人個人に才能があるのか、ないのか。
どちらもを持つものは当然のように優遇され、逆にどちらも持たないものは冷遇される。
人間に努力をさせるために王家が作った、階級制だ。
才能の階級とは、要するにテストの成績や進学先のレベルで決まる。学歴社会と言うものだ。
言いたいのは、ロイアが前の席なのは位が高いから。そういうことだ。
今は入学式の中の、学園長挨拶の時間。
話は聞いていたが、三十分もそんな気力が持つはずもなく、周りに目を向けていた。
今はもう四十五分ほど経っただろう。
流石に話が長すぎる。
見ると、周りの生徒たちも殆どがギブアップ状態――意識が別のところへ向いていた。
むしろ向いていない人などいないのではないかと思うくらいだ。
そんなこんなで入学式が終わり、在校生に案内されて教室へと向かう。
新入生の疲れきった様子を見て、先輩が「お疲れ様。学園長の話には私もまだ慣れないよ」と言って労った。
この先もこれが続くのかと、全員が、間違いなく絶望した。
教室で、教科書などの配布が終わると、自己紹介の時間となった。
自己紹介カードの類いを書く暇はなく、即席で考えたことを話す。それは、一番に考えたことを喋る者――つまり、一番位の高い人が一番苦戦する。
それ以降の人は、それをパクって少し変えれば済むからだ。
そして、例外でなく、俺もパクるつもりだ。
五分間だけ考える時間があり、指名されたのは、カリ・ナイトピアと言う者。見たことがなかったから誰だか分からなかったが、その名を聞いた全員が息を飲んだ。
「初めまして。第一王子、カリ・ナイトピアです」
どよめきとざわめきが沸く中、ロイアだけは誇らしげに微笑んでいる。
第一王子と言うことは、この、カリ・ナイトピアがロイアの婚約者。
非の打ち所のない圧倒的美貌、同性までもを夢の世界にかどわかす、甘い低音。
全身の衣装は、貴族間の流行の最先端を行く、ハイブランドばかりだ。
第一王子はどんなことを語るのだろう。
この場の全員が、目線を、耳を、彼だけに集中させる。
「ラーメンとココアが好きで、休日はよくゲームしてます。あ、漫画も好きで、同じ趣味の人と語りたいです! よろしくお願いします!」
イケメン第一王子は、格下しか居ない教室で、深々と頭を下げ、自席に着いた。
一瞬別人が来たのかと思ったが、俺には分かる。
反応を見て、無礼者!! などと、身分を弁えない者を、隠れているであろう護衛に切り捨てさせるのだろう。
笑いを堪えている人や固まっている人が多いが、俺は騙されないぞ。
家族や友達の期待を背負って、折角入学した天照魔法学園だ。初日で終わらせてたまるか。
俺が拍手を始めると皆もそれに続き、盛大な拍手が沸いた。大抵の人はそれで切り替えたが、一人の女子が堪えきれずに笑いだした。
拍手をしながら、王子の顔色を伺うその他の生徒。
その反応は
―――
―――
「どうして笑うんだ?」
ほら見ろー! とでも言わんばかりにその他の生徒が青ざめる。
肝心の女子生徒も、ようやく失態に気が付いたのか、顔面蒼白で涙ながら、しどろもどろに弁解する。
「えっと、す、すみま……申し訳ございません! カリ王子! 王子の趣味を笑ったとかではなく、ただ!!」
「ただ?」
「えっと、王子がウケ狙いで言ったのかなって!」
そんな訳あるか! と、生徒一同が女子生徒から目をそらすなか、ただ一人、カリ王子だけは目をそらさなかった。
「それなら良かった」
安心しきった顔で、カリ王子が微笑みかける。
女子生徒はそのお許しに感謝し、顔を真っ赤にして俯いた。
それを見て面白くないのが、ロイア・ファレスティ。
俺も知らなかったのだし、おそらくこのクラスの殆どは、このクラスに王子の婚約者がいて、黒髪の彼女がロイアだとは思ってもいないだろう。
ロイアは、女子生徒とは違う意味で顔を真っ赤にし、女子生徒を睨み付けた。
「貴方ねぇ! 私のカリ王子は貴方なんかに振り向かないのよ!? ちょっと笑いかけられたからって、良い気にならないで頂戴!」
「えっ、ま、まさか、ロイア・ファレスティ様!?」
「そうよ。私がロイア。カリ王子の婚約者。よくも私の彼を侮辱して、その上……」
「やめないかロイア」
怒りに身を乗っ取られたロイアを、カリ王子が声で制する。
「俺は第一王子としてではなく、一人のクラスメートとして、このクラスの皆と関わりたいんだ。君と普段そうしているように。……イメージと違うだとか、平民みたいなしゃべり方だとか、そんな風に笑われても良いよ」
「……っ、分かったわ。カリが言うなら。でも、あの子が顔赤くしたの、私見てたのよ」
「そんなっ、ロイア様! 私みたいな愚民が、王子の相手にされる訳がないでしょう!? どう見たって釣り合わないじゃないですか」
「コルサニア、ここでの俺を王子扱いしないで欲しい。ロイア、俺はロイアしか見ていないよ」
「「カリ様っ!!」」
女子二人が目をハートにし、即にらみ合いが始まる。
「私の婚約者よ! なにその顔」「憧れるくらい許してくださいません!?」……と、カリ王子――カリも呆れる具合。
いがみ合う二人を無視して、自己紹介は順調に終わった。
自己紹介のときに知ったが、あの女子生徒はハーティー・コルサニアと言うそうだ。
ここでは下の扱いをされる身分だが、カリはサラッと家名を出していた。
なんたるイケメン。
婚約者持ちでなければ、心置きなく仲良くできる同性の友人は、彼にはできなかったであろう。
逆に、そのイケメンな言葉がいちいち作りもののようで、それだけが少しばかり奇妙であった。
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