第2話 ロイア・ファレスティは失敗作



 最寄りの協会に行き、それとなくロイアについて女神様に尋ねると、女神様はその美しい薔薇色の瞳を伏し目がちにして呟いた。


「レドルさんはどうやら、失敗作に出会ってしまったようですね」


「失敗作? 女神様、それってどういうことですか?」


「そのまんまの意味ですよ。ロイア・ファレスティ――その肉体に憑依したのは、異世界から呼び寄せた一人の女性です」


「異世界から……? そんなことあるんですか?」


 俺の知る限り、そんな魔法も技能もなければ、呼び寄せられる確証を誰一人として得ていない。

 学校でも習って来なかったし、物語の中だけのことだと思っていたけれど。


「レドルさん、魔法の力は無限大です。今やそれによって、観測圏内の星々は人間の住めるものとなりましたね。それから更に、魔法が進化したんですよ」


 優しく語りかける女神様の、白銀の長い横髪が、窓から差し込む光を反射して煌めいた。


 他の星への移住を可能とする魔法を生み出したとされるのが、この星で一番権力がある国の二代目国王だとされる。


 現在の国王が十一代目だから、数百年ほど前のこと。

 それから五代目までかけて住める星が増えていき、魔法はより進歩し、それが広がって現在となる。


 それだけでも物凄い魔法だと分かるのに、それよりも凄い魔法――世界線すら超える魔法ができたと言うのか。


 そしてそれを可能にするのが――。



「魔法を創る使命を持つ私達の、試作魔法“リダン・カーナーシア”。それによって訪れた、別世界の死者達が、この世界にいるんです」



 魔法を創り、与えるために人々の前に現れた奇跡――女神様だったんだ。


「女神様、二代目国王が生み出したとされる魔法も、もしかして本当は女神様が――?」


「そうですが、正しくは私ではない女神です。本来ならば、魔法は完成してから赤子に付与するものですが、国王と恋仲になり、伝えてしまった女神がいたそうで」


「女神様……、今更なんですけど、それって俺に言っても良い情報だったんですか……?」


 本当に今更すぎる。

 

 女神様がしらばっくれれば、これまでの経験上、俺もそれを信じただろうに。


 それでもどうして教えてくれたんだろう。


「本当ならダメなんですが、このままロイア・ファレスティと関わると、いずれ勘づいてしまうことでしょう。今正しい情報を伝えておくことが、この先何かのためになるかもしれませんから」


「女神様! 貴女はマジで女神です!!」


「そうですよ。私は女神です」



 口元に手を当て、お淑やかに微笑む女神様を見ていると、この方は本当に女神様なんだなぁ、と、痛感する。


「俺のために教えてくれたんですね!?」


「そうですよ。でも、貴方だけのためではないんです」


「それってどういう……」


「ないしょです♡」


 両手を合わせ、言葉の途中であざとく制止にかかった女神様に、俺は何も言わなかった。


 女神様がないしょと言うのなら、ないしょにしなければならない事情があるのだろう。


 女神様が俺だけに教えてくれた真実は、誰にも言わないと心に秘め、家路についた。


 ここだけの話、俺は真底この女神様に惚れている。

 叶わない恋だから気持ちを伝えることは一生ないけれど、今日は少しでも話せて良かった。







 レドルの家の最寄りにある協会に住む女神――ルビエルは、帰っていくレドルを見送って椅子に腰掛けた。


 この協会はできて十数年しか建っておらず、その他の協会と比べると、割と新しい。

 女神席も新品同様美しく、金色の装飾には傷一つ着いていない。これは、普段からルビエルが丁重に管理している賜物と言える。


 女神席からは、いつもの変わらない光景――立ち並ぶベンチ席と、女神の使う美しい宝石の作業机、ステンドグラスの張り巡らされた窓が見える。


 レドルにいくつかの情報は伝えたけれど、失敗作である理由、そして情報を伝えた目的――それらのことを隠しきれたことに、ルビエルは一旦安堵した。


 レドルが去って、人っ子一人いなくなり、もうじき夜が来る。


 一人きりで眠るのは寂しかったりするけれど、今宵は女神の集会があるため寂しくはない。


 集会場に用意された、地域別に割り振られた部屋で、仲間と共に寝るのだ。



 集会の内容は、ロイア・ファレスティ含む転生者のこと。


 これまでも転生をさせることはあったし、ロイアを転生させたのはおよそ十二年前のことなのだが、今更その会議をする理由は分かりきっている。


 天照魔法学園中等部――。


 第二弾の記憶を残す転生に挑戦した、ルビエル含む五十人の女神が担当した人々。

 何の縁だか、それこそ神の巡り合わせとでも言うべきなのか、彼彼女らは揃いも揃ってそこへの入学試験を突破してしまった。


 それこそが失敗。転生だの何だの言っても嗤われない立場になった、ロイア・ファレスティ含む転生者が、失敗作である理由。


 第一弾では割と進路が分かれたものの、今回は何故か全く同じような道を辿った訳を探るのだ。


 この先の進路は分かれるかもしれないが、天照魔法学園は、主に魔法に力を入れた、それ以外も優秀でなければ入れない学園。


 レドルに情報を伝えたのは、彼が転生者達と同級生になるから。

 最悪の場合の口封じに、レドルは利用できる立場にある。


 全員が同じ学園に入ったとなれば、情報共有などをされてしまい、政策が漏れる恐れがある。


 そうしてそれが、この世界の少数の人間が権力を握ることに繋がりかねない。

 女神は人々へ平等に魔法を配り、何としてでも、人間をもっともっと増やさねばならない。


 教会から出ることのできない立場にある女神の代わりに、もうじき蘇る魔王を、人間に食い止めさせるために。

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