ここって人気の異世界なんだ?

雫 のん

第1章 女神様とクラスメート

第1話 自称、ニホンから来た転生者



 女神様は存在する。




 教会に住んでいて、会ったこともあれば、話したことだってある。

 だが、何の仕事をしているのか、そして、何のためにいるのかは全くもって不明である。


 女神本人もナイショだと口を閉ざしているし、周囲の誰もその本来の役割を知らずにいる。

 時折冒険者に知恵を貸したり、聖女の祈りを聞き入れることはあるが、女神本人曰く、それは本来の仕事ではないのだそう。


 じゃあ何なんだ、と、そう尋ねても、相変わらず答えは反って来ない。


 俺がそのを知るのは、まだ少し先のことだ。









 俺の名前はレドル・クリスタル。


 自分で言うのも何なんだが、ルックスにも才能にも少しばかり自信がある。


 艶やかな赤毛は完全に地毛で、くせもなかなか付きにくく、逆にワックスを使ってもその効果が感じにくくなる程だ。

 つりがちな緑色の瞳はエメラルドのようで、母親譲りのキラキラとした魅力溢れるものである。

 鼻は高く、スタイルは言うまでもなく抜群。


 ……と言うのはあくまでも自己評価であり、家族や自分はそう讃えるものの、他人から見てどうだかは不明。


 客観的にも事実であることを言うならば、頭は良く、運動神経も魔法もそれなりに強い。

 これは有名騎士である父親譲りの体と言うべきだろうか。



 そんな俺は昨日、晴れて有名魔法学園――天照魔法学園中等部への合格通知を受け取った。


 まあ余裕だろうと抜かしていたのはテスト一週間前までのことで、そこから緊張に緊張を重ねていて、本番もビビりまくっていたことは誰にも話していない。

 両親も、そして年の離れた弟も、気付いていないだろう。……と、信じたい。


 だから、昨日の不安と緊張と期待が解き放たれる瞬間は、実に開放的なものだった。

 母が大粒の涙をぼろぼろと流してハグしてきて、あの父が褒め称えて、早速知り合いに自慢に回ったほどだから相当なものだ。



 今日は、通知の紙と共に入っていた紙に、事前に用意しておけと書かれていた、制服の採寸をしに専門店へ来店している。制服だけではなく、靴や鞄、その他教科書以外の必要なものを揃えに来ていた。


 両親は生憎仕事で忙しく、仕事柄、自分の都合で予定を空けることが困難なため、入学式は絶対空けるとのことで、ここに来たのは俺一人。

 多少の緊張はあるものの、通知待ちのときと比べればどうってことない。




 店に入り、店員に事を説明してから採寸が始まった。

 開店直後に来店したから、先客は一人もいなかったけれど、採寸をしている途中に一人、二人、俺と同い年の男子と女子が、同じように採寸に来た。


 一人は母親連れの一般人らしく、店員からおめでとうと称賛されると照れがちにしていて、初い初いしさがにじみ出る少年。

 まあ彼は同学年になる人として問題はないとし、問題は二人目だ。


 漆黒の長い髪を、余すことなくクルクルとカールさせていて、どこかで売っている人形のような、ピンク色のつぶらな瞳は愛嬌に満ちている。

 そんな彼女が引き連れるのは、十人を軽く越える人数の護衛。彼らは揃いも揃って、孫を見る祖父の様な眼差しを彼女に向けている。


 外にあるのは大層立派な馬車。

 来ている服は、ふんわりとしたスカートが可愛らしく、そして胸元のアメジストを使ったブローチがきらびやかな紺のドレス。

 履いている靴は、ハイブランドの黒いヒール。


 つまり、美しい令嬢らしさをかもし出すファッションと言うことだ。



 護衛達や店員に、何とも可愛らしい声で自慢気に制服姿を見せ、それを讃えられては照れ臭そうに笑う。


 どこかの令嬢であることに間違いはなさそうだが、俺が知っている貴族は、この国の王族、父が勤める家系、その他有名処と言ったところで、生憎彼女についての知識は持ち合わせていなかった。


 どうせどこかの底辺貴族だろう。


 俺がそんな悪い想像、言い方になるのも、こう言っては何だが仕方がない。

 

 彼女が来店してからは、俺と少年はすっぽかされ、店員達は揃いも揃って彼女へ称賛を浴びせている。

 制服なんだから皆払う額は一緒だろう、平等に扱えよ、等とついつい文句を吐きそうなほどの空気扱い。


 俺の知らない上級貴族の誰かなのか?


 そんな心配をよそに、彼女の制服や靴等のサイズは確定し、お買い上げしたところでようやく、僕と少年の存在が甦った。


「あら、ごめんなさいっ。わたし以外にもお客さんがいたのね? 先に終わらせて申し訳ないわ」


「いえいえ、大丈夫ですよ!」


「そうですよお嬢様。これが当然なんですから」


 存在を甦らせたのは、意外……と言うほどではないが、ご令嬢。


 彼女が可愛こぶった口振りで謝罪を口にしてみても、僕と少年は何も言えず、少年の母親や護衛、店員達は謝罪の受け取り拒否。


 俺たちの拒否権はないのか。


「お客様、では続けさせていただきますね」


「いや、待ってくれ!」


 何事もなかったかの様に採寸を再開しようとする店員を制止し、ご令嬢に声をかける。


 無礼者! などの叱咤の代わりに彼女から届いたのは、自己紹介の台詞。


「私の名前はロイア・ファレスティ。つい昨日、王子の婚約者になった、日本から来た転生者よ」


 カツカツとヒールを鳴らして立ち去るご令嬢、ではなくロイアと名乗る者。

 彼女の言うことが本当ならば、堂々と彼女を制止した俺は、とんだ無礼者だ。


 そんな心配を他所に、護衛達が俺を縛り上げたりすることはなく、早々に去っていった。



 それにしても、ニホンとは何だろう。


 その単語も名前も、そして情報も、俺もそうだが、同い年の少年も何一つ知らない。

 彼は俺と同じように、キョトンとした顔をしていたから。





 帰ってからロイア・ファレスティについて調べてみると、どうやら王子の婚約者になったというのは事実らしく、元々は想像通りの底辺貴族。


 だが、ニホンなんて単語は、いくら調べても何も分からなかった。



 不思議と無性に気になった僕は、夕方、女神様に会いに最寄の教会へと向かうことにした。

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