第6話 狩りの時間 1

人とは嫌な仕事をしなくてはならないとき、自然と憂鬱な気分になり行動にも現れるだろう。現に何時も見る朝の光景も、ルーティーンとかしている特定の行動も、今日は鬱屈に感じてしまう。



 「はぁ・・・どうして朝から腹黒野郎の顔を拝まなくてはならないのか?罰ゲーム?罰ゲームだよな?もはや罰ゲームだろ。イボ蛙を生きたまま食えっていう罰ゲームと同等・・・。」

 

 普段は言わない愚痴を朝早く誰も居ない大通りを歩きながらため息とともに吐いた。



 折角昨日は暴飲暴食、酒池肉林の如く飲んで飲んで食って食って日頃貯めていたストレスを解消しゼロになった筈なのに昨夜に丁寧に届けられた一通の便箋、恐怖新聞かの如くいつの間にか部屋に侵入していた緊急招集命令のせいで腹黒野郎がいる部屋までの道のりで100%までストレスがたまる。

 

 この際だからはっきりと言おう。クソだ、クソ。態々と私が決めている休日を知っているはずなのに用件を言ってくる野郎はクソ上司の鑑、この世からブラック企業を駆逐するために消えてしまえ。死んで償え(呆れ)


 そんな悪態をつきながらも鎧の手入れ、朝の鍛錬、朝食をすまし身だしなみ(?)を整えた私は昨晩届いた便せんを見せ部屋に案内して貰った。

 

 案内された先にある上へと続く普段は入れないギルドの最上階まで金属の靴音と鎧がこすれる音を響かせ木製の階段を上りとある部屋まで赴く。廊下の角にあるその部屋からはカリカリとペンを動かす音がリズムよく聞こえてくる。


 コンコンコン「私だ。入るぞ。」


 仮にも上の立場であろう人物がいる部屋の扉を叩き言うような言葉では無い失礼で短い言葉を言った後に金属製の鈍い銀色の取っ手をひねり中に入る。

 

 部屋の部屋の中は応接用の革張りの茶色いソファーが対面するように二つ配置されその間に大理石を切り出して作った長い机、壁側には高価な本がびっしりと詰め込まれ日当たりの良い窓近くに書類が詰まれた黒檀の書斎机に木製の椅子。書斎机の上には羽ペンとインク壺に一輪の百合のような花が活けられた白い陶磁器の花瓶、うずたかく積まれている厚さ20センチメートルほどの書類束。


 そして机に積まれた書類を朝早くから処理する茶髪で目の隈がうっすらと浮かび上がる中肉中背、20代位のギルド公認の制服を着ている男が一人。


 「ふむ・・・遅いじゃぁないかミシェ・・・シンラ君。」


 嫌みをチクチクとねじり込み会話に皮肉をふんだんに混ぜ精神攻撃がお得意のギルド長ジェン・ドゥー。数少ない自分が抱えている核爆弾並みの弱みを知っている人物でありそして・・・


 「・・・はぁ・・・。毎度の如く思うが・・・普通こんな早朝に人を呼び出すか、普通!確かにこの時間から活動はしているが早すぎるだろ!」


 「仕方ないじゃないか。今回君に指名する個人依頼は大衆に知られるとまずいのだからね。それに早くから活動している君も悪いのでは?」


 私にクソ依頼を出してくるキングオブクソことギルド長、会話の中に織り込む嫌みはもはやスパイス。毎度毎度詳細不明な依頼をバンバン出してきて、かと言ってあらかじめ情報があったと思えばイレギュラーな事が確定で起こり苦労するのは私であるというのに・・・。もしかしたら、命令されたら何でもできる魔法のお人形と思っているのかも知れないな。まぁ実際出されてきた依頼は全部失敗してはいないが。(自慢)


 今回も難易度の高い依頼を持ち出されるのかと思うとジワジワ怒りがこみ上がるのをかみ殺し、上等なソファーに腰掛ける。鎧がすれても破れず座り心地のいいソファーはストレスをほんのちょっぴり軽減させた。


 「どうせ何時ものように時間が無いんだろ?さっさと依頼内容を教えてくれよ。」


 不機嫌なオーラを出しながら、言われた嫌みのお返しにさらに嫌みを混ぜて高圧的に聞く。


 「よく分かってるではないか、我がギルドの決戦兵器ちゃん。確かに何時もの事ながら時間が無いのでね。さっさと依頼内容を伝えるとしよう。」


 由緒正しきブリカスのように嫌みを返しながら対面にある応接用のソファーに腰をかける。机の上には来客用の温かい紅茶も、茶菓子も無い。代わりに一枚の羊皮紙を置く。鉄よりも重く、沈黙を随伴させた一枚の羊皮紙を。


 先ほどの空気から反転しギルド長の目が鋭い物に変わった瞬間、私も気を引き締め一言一句を逃さぬように顔を正面に向ける。



 「さて依頼内容なんだが――





 ◇◆◇◆◇


 青白く光る三日月が鬱蒼と茂る森林の隙間を縫い足元を照らしている。たいていの動物は深い眠りに入るであろう深夜、自身の真上に月がある暗い夜をランプも明かりも付けずに静かに歩いていた。月夜に照らされた鎧は鈍い銀色を放ち、兜のスリットから覗く瞳はまるで獲物を探す獣のようだ。


 何故こんな時間帯に態々と魔物はびこる市外に足を踏み入れているのかというと、今回の依頼が少々厄介であったことが起因する。


 ギルド長が直接会って誰にも触れられないように伝えた依頼内容。その驚くべき内容は…行方不明者の捜索。


 ……え?これだけ?って思ったかもしれないがもう少し詳しく内容を掘り下げると――先月あたりからとある地点での行方不明者が多発しており現在隣国の監視+魔王軍侵攻で兵を大量に出兵させているので戦力がない国からの依頼でこの捜索をさせようとしたが、この行方不明者騒動には魔王軍が関与していることが分かって、魔王軍を相手できるのは私が最高の適任なのでよろしく。


 と、いった感じだ。……こんな依頼断りたかったよ。でもさ…ギルド長一応貴族だから逆らうと不敬罪でつるされるし、なによりギルドでの立場なくなるし、自分の秘密ばらされたら速攻でギロチンからの晒し首になるから断れないんだよなぁ…はぁ。


 この世界における魔王軍はよくいるRPGおなじみの魔物とその上位者たる魔族によって構成された侵攻軍だが、強さというものが格段に違う。ただ暴力だけが取り柄で考えなしに単調な動きをする魔物とは違い、知恵をもち連携をしてなおかつ人よりも力をもつから厄介極まりない。例えば人食い虎がただの狩りではなく器用に罠を仕掛け、つるむ事も無い他の仲間と群れて狼のように連携しながら獲物を追い立て狩りをする。そのぐらいには厄介だ。


 私の場合はこのゲームを詳しく知っており魔族の弱点や立ち回りを知っていたからなんとか立ち回れているもの、そも魔族との戦いを人生で一度味わうか味わないかな冒険者には少々荷が重い。いや、重すぎる。


 しかし今回の依頼は幸いなことにギルド長お抱えの裏諜報部隊でどこに潜伏しているのか?規模は?などの情報が共有されたことでそれなりの立ち回りができそうだ。


 そして今回発見され行方不明に関与した魔王軍の規模は小隊の30にもなる魔物で混成された舞台でオーク10体にホブゴブリン19体、そして確認は出来なかったが隊長格に魔族がいる。という事前情報をありがたくいだたいたので全員逃さず、できる限りの苦痛を与えた上でこの世から消せる計画を立てねば。


 

 自分の体格を乗せれる馬が借りれずがっかりとした気持ちで深夜の市外森林に徒歩で依頼場所まで赴いていた私は遠くにボンヤリと光る橙色の発光を確認し巨体に見合わぬ隠密で姿を希薄させ闇夜に溶け込む。墨をこぼしたような闇に溶け込んだ私はその明かりを放つ物に目を向け獲物を見つけた獣のような吊り上げた笑みを無意識に浮かべていた。


 目線の先には地面に刺し先に灰と火の粉を落としながら発光する簡易的な松明が二本、入り口周りを照らすように配置されその入り口を守るように緑色の肌を持ち、貧相で血と泥がへばりついた革鎧と粗く処理された動物の皮を腰蓑にし醜悪で口からチラリと見える黄ばみが酷い歯はより怪物さを演出し気怠そうに欠伸をしながら何処かで奪ったであろう槍を持ち門番をしているホブゴブリン。


 間違いない。ここが依頼地点だ。


 今、物音を立てると感づかれ目の前の入り口より奥底で待機している魔物や魔族との乱戦になりかねないので地図を開いたりすることはできないが幸いなことにそれらの情報は全て頭の中にたたき込んである。


 現在自分が手にした情報から推察するに・・・あの二体のゴブリンを殺したとしてもその物音で確実に中から魔物達が出てくる。かと言って無理矢理正面突破をすれば中にいる魔族が逃げてしまいこちらの情報が出てしまうかも知れない。


 このようにどうやってこの小隊を血祭りに上げて逃がさず皆殺しにしようかと考える途中にふと気付く。


 そう言えばあの一本道と奥に広い空間がある洞穴の丁度横に続く自然洞窟があったな。・・・・・・一応見てみるか。


 入り口近くの闇に器用に身を潜めていた私は静かに足音を消してその場から大きく迂回し頭にたたき込んでいる近辺の地図情報を浮かべ目的地へと向かう。その目的地は鬱蒼と生える木々や腰まである草で隠れてはいたが崩落することも無く確かにあった。松明はおかれてはいないものの分厚い脂肪を蓄えたオークがフガフガと鼻を鳴らし石の棍棒を携え警護している。


 ・・・取りあえず此奴を殺そう。


 先ほどの門番とは違って単独で、しかも松明も灯さずに配置されている警備オークはその力と索敵能力を過信し配置したのだろう。しかしながら普段このオークよりもレベルが高い迷宮オークを狩っている私から見れば羽の無いただの鴨に過ぎない。


 近くに転がっていた小石を拾い上げオークの背後に大きく弧を描くように投擲した。綺麗な弧を描きながら飛んだ小石は背後の洞窟に吸われ地面に当たったコツンっと軽くて小さい音を発した。耳が良いオークはそれに反応し不思議にキョトンとしながら背後に頭を向ける。


 その僅かにできた隙を狙っていた私は身を潜めていた闇から飛び出しオークの首に腕を回し頭を固定、そのまま力任せにグルリとオークの頭を捻りゴギっと硬い何かが折れるような音を立てた後に白目を向き泡を吹いた後に断末魔も音も立てずに絶命する。この間僅か5秒。驚きの早業だ。


 力が抜けて膝から崩れそうになったオークの遺体を抱え鬱蒼と茂る森林まで持って行き地面に静かに置く。幸いながら死にたてホヤホヤで死臭を立たせてもいないためスカベンジャーの役割を持つ魔物や動物はきていない。


 門番がいなくなり警備が皆無になった自然洞窟に忍び足で侵入した。中は特に何も無く直ぐにこの洞窟の終わりについた。そこには奪った積み荷以外は特にない。この短さはもはや洞窟と言うよりただの横穴でしかないだろう。しかしながら予想していた通りに隣接している魔族軍の談笑や酒盛りをし下卑た声で笑い声を立てる音が聞こえていた。しかも予想よりも大きく聞こえることからこの間の岩壁はそうとうに薄い。


 ・・・これならいけるな。


 私が脳内で考えて居た最も効率が良く魔王軍を一匹も逃さずに皆殺しにできる案。それが実行できることを確信した。


 この計画は具体的にこうだ。


 まずこの洞窟の真上、丁度台地になっており自分の背の丈ほどの高さを持つ巨岩がゴロゴロと転がる場所まで移動する。次にその巨岩を抱え先ほど確認した洞穴の入り口真上まで持って行き落とす。その際に門番役をしている二体のホブゴブリンを潰すようにして落石が起きたように思わせる。そして最後に門番を始末できたことを確認したら先ほどの横穴の壁をぶち抜き中にいる魔物を奇襲し皆殺し。ふむ。我ながらパーフェクトプランと言えるな。素晴らしい。(自画自賛)

 ・・・それなら先ほど殺したオークにスカベンジャーが湧いてうるさくなる前にサッサと実行しないとな。


 魔力を軽く足に回し跳躍力を一時的に上げた私は6メートル程ジャンプし台地のてっぺんまで向かう。そこには事前情報通りに巨岩がゴロゴロと転がっている。


 その中のひときわデカい大きな岩、身長の何倍もある大岩を軽々しく肩で担ぎ持ち上げた。一歩歩くたびに地面が足跡の形にへこむ。


 一歩、また一歩と入り口の真上まで運んだ。少なくとも大きい音が出ているはずだが未だ気がついて騒ぐ様子がしない。やはりゴブリンは馬鹿なのだろう。


 真上までついた私は頭の上に大きな巨岩をかがけ、そして・・・


 ドゴォォォォォォォンン!!


 轟音と共に真下にいたホブゴブリン二体を地面にへばりつく粘っこい肉片に変貌させ入り口を塞いだ。外からも聞こえる位、洞穴の中にいる小隊連中が騒ぎ立て、奇襲と気がついているが投げた大岩はびくりとも動くそぶりを見せない。入り口の封鎖は恐らく成功したと言えるだろう。


 もうこんなデカい体を窮屈に縮めて隠密に徹する必要は無いから・・・私も次の段階に移行しなくては。


 そう思った私は先ほどの洞窟擬きの穴まで鎧がこすれる音を立てながら移動する。洞窟擬きの壁からは封鎖した洞穴で混乱し怒号の命令を下す声が反響して聞こえる。奇襲が成功した今、連携が弱い内に叩かなくては。そのように思った。


 しかしながら今日携帯している武器はツインメイスだがこの狭さ、十分に振り回せずに万全の力を放つことは難しい。が、こんな武器なんぞ無くてもいい。


 濃密な魔力を腕に集める。手に万力の力を宿した貫手はどんなに硬い物質でも貫く気迫を感じさせる。


 赤色に染まったように幻を放っている貫手を壁に向かって放った。丁度放った先には魔物がおり、そのままの勢いで頭を掴みさらに力を込めた。捕まった魔物は抵抗しようと掴まれた手を殴り抵抗しているが万力の前には無に等しく熟れたトマトを握りつぶして果汁と果肉を飛び散らせるように目が飛び出て頭蓋骨をひしゃげて絶命した。あんぐりと開いた口からは重力に従った舌がだらりと垂れ下がった。


 そして腕を抜くと壁が崩れ全貌が明らかになる。地面に転がる略奪品の酒、無残に食い散らかされた人肉、犯して飽きたので焼いて食べられてしまった虚ろな表情を浮かべお腹が空っぽになっている女の死体。


 不愉快だ。人を下等種と見下し攻撃する魔王軍は前世でも甘い程醜く、醜く、醜悪だ。だからこそ魔物の生と言う生を否定し尊厳を踏みにじり殺したい。獣のような残忍な欲望が浮かび上がる。


 そんな欲望を背負い目の前の敵を踏みにじる。






 攻撃の狼煙が月夜の元に上がった。


 

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